
今日も東京都心は34℃。
明日からは少し気温も落ち着くようですが、
湿度の高さは相変わらずでしょう。
皆様の住む場所は如何でしょうか。
皆様も私も、確実に去年より1歳老化をしています。
ご自愛、致しましょう
さて、今日はお盆期間と言う事で
今日もお寺にお参りに行ってきました

参道です。

昨日、今日と、
外部から布教使さんをお招きしての法話会です。

まずは、宗祖親鸞聖人の御命日法要があります。

お参りの後は法話会です。
今日の御講師は、昨日に引き続き、山口県超専寺の田坂亜紀子師です。



※青字は田坂師の言葉の要約です。
<この世が転じられるとき>
(今日のご讃題:テーマ)
如来の作願(さがん)を たづぬれば
苦悩の有情(うじょう)を すてずして
回向(えこう)を 首(しゅ)としたまひて
大悲心をば 成就(じょうじゅ)せり
親鸞聖人(正像末和讃)
(意訳)
阿弥陀さまが私に「寄り添いたい」と願いを立ててくれたのは、
悩み苦しみ悲しむ私を「見捨てることはできない」と思ったからです。
私に「仏の功徳、慈悲を与えること」を最優先に考えて、
私の苦悩を解き放つという、大きな慈悲を達成されました。

昨日、今日のテーマは「慈悲に遇う」です。
「あう」と言うと、
私たちはよく「会う」と書くのですが、
今日の「あう」は「遇う」です。
この違いは、
手話でやると分かりやすいんです。
「会う」は右手の人差し指を一本、左手の人差し指を1本、
それを同時に動かして、
真ん中でぴったんこに合わせれば「会う」です。
私と相手が会おうと思って、両者が動いていくのです。
ところが、「遇う」とは、
右手の人指し指はそのまま動かさず、
左手の人差し指を動かして、
移動させて右手の一指し指にくっつけるんです。
右手を私とすれば、
私は動かないままで、
左手の相手の方が動いて私に寄ってくるんです。
相手が私に遇うことを目的に
動いてくるんです。
だから、
私が遇おうと思って遇うんじゃない。
あの方が私に遇うことを目的に
来てくれたのです。
それが
数ある仏さまの中でも
たったお一人。
阿弥陀様と言う
仏さまなんですよね。
この遇い方を
親鸞聖人は
すごく喜ばれたんですね。
NHKの「朝ドラ」で、「ばけばけ」というのをやっていましたが、
ラフカディオ・ハーンと奥さんの小泉せつさんの人生を描いたドラマでした。
最近のNHKの朝ドラはキャッチコピーを作るのですが、
この「ばけばけ」のキャッチコピーはこのようなものでした。
この世はうらめしい。
けど、
すばらしい。
また、このドラマについて、
紹介文はこのようなものでした。
この物語は、
人魂よりも さまよって、
おばけより 生きるのが下手くそで、
幽霊より この世を恨めしく思い、
生きる人たちの物語です。
どうですか?
この言葉。
仏教を知る知らないに関わらず、
多くの方の共感を得た言葉でした。
だって、
私たちはいつも人生の選択をしていくのですが、
一度だって「後悔しなかった」なんて人はいないでしょう。
この世を生きるのは、本当に難しいですよね。
皆さん、一度はこう思ったことがあるでしょう。
何で私ばかりが、
こんな目にあわなくちゃならないの!
でも、
落ち着いて考えて下さい。
それが「人生」
というものでしょう。
でもね、
そのうらめしい人生だけれど、
うらめしい。
けど、
すばらしい。
そうやって
化けていく事があるんです。
👻 👻 👻 👻 👻 👻
井村和清さんという医師のお話です。
井村先生は、長女の飛鳥さん誕生直後、右膝に悪性腫瘍が見つかり、
1977年11月、転移を防ぐため右脚を切断します。
その後、リハビリを経て同院に復帰した義足の井村先生は、
患者さんから「あの先生のために頑張る」と言われるほど尊敬を集めますが、
非情にも腫瘍は両肺に転移します。
井村先生は医師ですから、
データから自分のいのちがもう長くないことを知っていきます。
そして、井村先生は、愛する妻子やまだ見ぬ2人目の子を残して死にゆく無念、
自らの来歴や医療観などを手記として、残された約5カ月の間に綴っていきます。
「悲しいことに、私はお前たちが大きくなるまで待っていられない。
これは私が父親として、おまえたちに与えうる唯一の贈り物だ。さようなら」
この遺稿は、書籍『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』として刊行されていきます。
さて、
この中で井村先生は最初はこう思っていたのです。
「何で自分に、この世は意地悪をするのだろうか!」
でも、
その手記の中でこうも書いています。
「この病気をしたとき、
初めて私の事を自分以上に思う人がいることを知った。
私以上に悲しみ、私以上に涙する父、母の姿を目にし、
思わず手を合わせたいと言う衝動にかられたのである」
そうなんです。
病気の中で、自分の事を思い、
一緒に寄り添いながら涙するご両親を見て、そう思ったのです。
井村先生の死期が迫る時、
奥様は第二子を身ごもっていました。
井村先生は、この子の顔を見ることなくこの世を去るのです。
そこで、
手記でこの子らにこう綴っているのです。
「この世はもちろん辛いことがある。
でも素晴らしいものに出会っていくことが
出来る世界でもあるんだよ」
井村先生は
最初はこの世がうらめしかったのに、
なぜ変わったんでしょう?
仏教では、このことを
「慈悲に遇う」
と言います。
人は
慈悲に出遇う時、
うらめしかった世界が
すばらしい世界に変わっていく、
転じられていくのです。
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私が昨日、今日とお話をさせて頂ている和田堀廟所には、
九条武子(くじょうたけこ)さんのお墓があります。
九条武子さんは本願寺の明如上人の末娘さんですが、
美人で秀才で、特に得意なのは「歌を詠むこと」でした。
武子さんは、
「これからは女性の教育、それも仏教を中心に心を育みたい」
その想いから「京都女子大学の創設」に携わります。
また、関東大震災では、お嬢様でありながら救護活動に没頭し、
孤児の為に施設を作り、自らも園長になり、子どもの人生を支えていきます。
まさに「慈悲の実践者」だったんです。
さて、
そんな武子さんでしたが、元々はお嬢様で、美人で歌も詠む。
その上、色々な社会活動もされていて、
色々な意味で注目をされていきます。
そこには「素晴らしいですね」と称賛する方もいれば、
逆に「誹謗中傷」をする人たち、そして「妬む方」もいたそうです。
武子さんは43歳で亡くなるのですが、
友人の柳原白蓮(やなぎはらびゃくれん)さんは、
武子さんが亡くなった時に、このように言っています。
「たあ様(武子さん)は、
深い深い胸の底に、
涙の壺を抱いていた方だった」
涙の壺。
つまり、
幾たびも泣きに泣いた。
お皿なんかじゃない、
壺じゃないと収まらないほどの
大量の、大粒の涙を
何度も何度も流したというのです。
その武子さんが詠んだ歌がこれです。
百人(ももたり)の
我にそしりの 火は降るも
ひとりの人の 涙にぞ足る
たとえ、
百人の人に悪口、誹謗中傷、いじめをうけても、
たった一人でも私の為に涙を流す方がいれば
私は幸せです。
どうでしょう?
私なら、100人に謗られたら、
1000人に「いいね」を言われないと気が済みません。
でも、武子さんは、
「ひとりの涙で十分です」と言うのです。
言うまでもなく、
武子さんは幼いころから阿弥陀様のお話、
仏さまのお話をずっと聞いてきたんです。
親鸞聖人は阿弥陀様の事をこう言います。
阿弥陀様は
見てござる
聞いてござる
知ってござる
私たちの見る、聞く、知るは
自分の都合のいいものだけですよね。
でも、阿弥陀様は
私たちが見て見ぬふりをするものを見て、
私たちが聞いたのに聞こえないふりをするものを聞き、
私たちが知らないと思っていることでも
すべてをご承知です。
こんな私でも、
私の姿をちゃんと知ってくれて、
私の為に涙を流してくれる。
そんな方がいて、私は幸せです。
武子さんの言う「ひとりの人の涙」とは、
きっと阿弥陀様のことだったと思います。
阿弥陀様が
私の為に一緒に泣いてくれていた。
そう思うと、
心が暖かくなり、
きっと安心をされたのでしょう。
ここにもまた、
涙を流し続けてきた武子さんにとって、
転じられる世界があったのですね。
👻 👻 👻 👻 👻 👻
私は昨日、今日と座らせてもらっているのですが、
実は現在赤ちゃんを身ごもっています。
女性は赤ちゃんをお腹に宿すと、
まずは血液の量が40%増えるそうです。
酸素や栄養を血液に乗せて、胎盤に送るためです。
また、
鉄分やカルシウムも自分より優先して、
胎盤に送っていくのだそうです。
そればかりか、足りない時は
自分の骨を溶かしてまで赤ちゃんにお送りますから、
妊婦さんは時々骨粗鬆症になることがあります。
私は冷え性で、夏も結構手足が冷たいことがあったのですが、
今年は今も手の平は暖かいままです。
それは、それだけ血が身体を巡っていると言う事なんです。
つまり、
全ては赤ちゃんを中心に、
私は今、生きているんです。
それは、
私を差し置いても
「最優先するものがある」と言う事なんです。
まさに
今日のテーマのように、
回向を首と、したまひて・・・。
あなたの事を第一に優先して、
と言う世界です。
「如来蔵(にょらいぞう)」
という言葉があります。
タターガター ガルヴァと言いますが、
タターガターとは「如来」仏さまの事。
ガルヴァとは、
インドの言葉で「子宮」「胎児」のことです。
如来、仏様に「いのち宿される者」がいる。
それが「私」なんです。
皆さん、仏の子なんですが、どうですか?
これって、
自覚できることじゃないですよね。
でも、
今、私が思うのは、
今、私のお腹の中にいる子も、
私の顔はわからないでしょう。
子は親の姿を見られないんです。
それなのに、
親は子を育てることに集中してるんです。
それと同じように、
私という存在は「煩悩まみれ」で、
仏さまと言う「親」を見ることはできません。
でも、如来は、今、私を育てているんです。
私は「見えている世界」「見ている世界」しか信じてこなかったけれど、
このお話を聞いて、私の知らない世界の中で
「いのち」育まれ、生かされていることを知りました。
母は子に何を願いますか?
それは「生まれてこいよ」です。
今、私たちは
仏さまの子として育まれているんです。
阿弥陀様の願いは
「仏の子として生きて、
我が国、お浄土に
生まれてこいよ」
その仏さまの願いの中で、
私たちは生きているのだと思います。
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私の親友の話しです。
その子は若い時に結婚をしました。
私は披露宴に招かれて出席をしていました。
披露宴では、プロフィールムービーと言って、
自分の小さなときから今までを
写真ごとに紹介して
「人生の歩み」を出席者に伝えることがあります。
さて、写真を紹介しながら、
その友人が教えてくれたことがありました。
友人は披露宴に備えて、
まずは実家に帰り、
自分が赤ちゃんから今までの
膨大な数になる写真を一枚一枚チェックしていったんです。
すると、あることに気が付いたんです。
あれ?
家族写真なのに
お父さんが写ってないな?
彼女のお父さんは
大変に子煩悩な方で、
カメラを片手に
何枚も写真を撮ってくれていました。
写真の中に
こんなにたくさん私はいるのに、
お父さんがいないなんて・・・・。
そうです。
お父さんの姿はそこにはないけれど、
そこには
お父さんの子を想う、
優しい眼差しが写っていたんです。
そのことに
彼女は気づかされたのだと言います。
我が子が愛おしい
我が子が可愛い
思えば、
家に帰れば、必ずお帰りと言ってくれた。
喧嘩もしました。
悩み事には相談に乗ってくれたこともありました。
今まで私は、
私の両親は普通の平均的な人たちだと思っていたけれど、
そうか、
私はこのお父さんのまなざしの中で
いのちを育まれてきたんだ。
そう思うと、
自分の姿の写真ばかりだけれど、
この写真、一枚一枚が
愛おしく思えたのでした。
私の人生は平凡じゃない。
深みもあれば
味わいもある。
こんなに幸せなことはなかったんだ。
そう言う風に
人生が感じられ、
転じられていったのでした。
👻 👻 👻 👻 👻 👻
今日のテーマは
慈悲に遇う
ということでした。
慈悲とは
時に見えて
時には見えないもの
でもあるけれど、
辛く
苦しい
この世。
うらめしい
この世であっても、
時に、
転じられて
すばらしい世界と
気づくことがある。
そのことを想うと
この娑婆も
悪くないよね。
そう思えるのではないでしょうか。
ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。
今年になって、
布教使さんの多くは
「ばけばけ」の話しをされる方が多くなりました。
それは何かと思えば、
共感、共有しやすいからでしょう。
人魂よりもさまよって、
おばけより生きるのが下手くそで、
幽霊よりこの世を恨めしく思い、
生きる人たち
よほどの過信家、成功者以外であれば、
正に自分のことだなぁ、
と思うのではないでしょうか。
道ですれ違う、
一見、幸せそうなあの人も、
人に言えないような
苦しみ、悲しみを抱えていて、
人知れず涙を流しているのです。
それでも
そのように転じられる世界がある。
それを感じられるご縁があったり、
それを気づける感性が育まれていたり、
そういうことがあると、
けど、
すばらしい
となるのでしょう。
今日もお育て頂きました。
今日もようこそのお参りでした