今日の東京都心は、気温は33.5度爆  笑

今日も水分ジュースをしっかり取りながらの1日です。

 

今日も境内の蓮の花が綺麗ですニコニコ

 

 

 

お参りのあとは、義援金を箱に納めました。

 

 

お参りのあとは、法話会を聞きましょうニコニコ

 

 

今日のご講師は、愛媛県今治市万福寺の浅野執持師です。

 

 

 

 

浅野師の言葉の要約に、今日は少々の加筆をお伝えします。

 

 

<出会いの数だけ、

       別れがある>

 

よく、

県境ってありますよね。

皆さんは、

日本で一番長い県境は

どことどこの県境かご存じですか?

 

正解は

愛媛県と高知県で

249キロもあります。

 

では、

皆さんは、

日本で一番短い県境は

どことどこの県境かご存じですか?

 

正解は

愛媛県と広島県で

わずか50メートル程なんです。

 

どちらも

愛媛県なんて

面白いでしょう。

 

では、

国と国ではどうでしょう。

 

やっぱり、

県境と同じように

国境にも線が引かれて

国と国がはっきり分かれていますよね。

 

では、

私たちの人生の

線引きはどうでしょうか?

 

男と女

大人と子供

私とあなた

 

色々なものに

線を引いていきます。

 

線を引くことで

私たちは区別をしたりして

生活をしていかなければなりません。

 

ところが

色々な線を引いていくと、

 

気が付けば

一人になっていた。

 

気が付けば

大切な人を

一人にさせていた。

 

そういうことも

起きてくるんです。

 

線引きの中での

孤独や淋しさ・・・。

 

そういうものは

人の社会では

必ず出てきてしまう。

 

でも、

それがないのが

仏さまの世界です。

 

仏さまには

線引きがないんです。

 

線を引けば

あなたは救うけど

あなたは救わない。

 

そういうことが

起きてきます。

 

でも、

これでは

仏さまじゃない。

 

我が事と

受け止めて

寄り添っていくのが

仏さまの存在です。

 

つまり

私とご一緒。

私に連れ添って

歩んでくれているのが仏さまです。

 

  晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ

 

高松悟峰(たかまつごほう)先生のお話です。

 

高松先生は

ある会場でのご法話の最中で、

このように言ったそうです。

 

「この中に一人、地獄行きの人がいます」

 

そう言ったまま、

法話は休憩時間になっていきます。

会場は少しざわついたそうです。

 

そして、休憩時間が終った時、

また、こう言ったそうです。

 

「この中に一人、お浄土行きの人がいます」

 

さて、

一体、誰のことでしょうか。

 

つまり、

それは、

 

この私のこと

 

と言うのです。

 

みなさん、

一生懸命生きてきたでしょうが、

やっぱり、

私という存在は

意識しなくても

人を傷つけ

うそを言い、

人より得をしようと考える私なのです。

 

では、それじゃあ、

やっぱり地獄行きですね。

 

でも、

六道輪廻(天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄)の世界、

特に三悪道(地獄、餓鬼、畜生)の世界から

あなたを必ず救います。

 

それが、仏さまの誓いですから、

では、それじゃあ、

やっぱり私という存在でも、

お浄土に必ず参らせてもらえるんです。

 

だから、

有難うと

感謝の合掌を

していくんですよね。

 

お浄土に行くと言う事は

阿弥陀様とご一緒の世界と言う事。

阿弥陀様と同じ世界に

「私が行く」と言う事なんです。

 

  晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ

 

東京は、7月がお盆ですね。

東京以外では、8月のお盆が多いでしょう。

 

お盆は

大切な方とのご縁の機会です。

 

お盆は

仏さまとの大切なご縁の機会です。

 

私たちは

この人生で

様々な方たちと

出会っていきます。

 

でも、

私たちは

この人生で

様々な方たちと

別れていきます。

 

では、

その数は

どっちが

多いでしょうか。

 

仏教の教えでは

生者必滅(しょうじゃ ひつめつ)、

会者定離(えしゃ じょうり)

とあります。

 

「生きている者は、必ず滅び(死して)、

出会った者は、必ず別れゆく」

 

という無常観を示す言葉です。

 

「会者定離」(えしゃ じょうり)

 

「出会った者は

必ず別れるご縁が待っている」

 

人は一度出会えば、

その後もずっと一緒にいられるように

思われるかもしれません。

 

しかしながら、

状況や時間の経過とともに、

どこかで離れ離れになることもありますよね。

 

でも、

今生で出会う者は

今生で必ず別れる。

 

ということは、

 

出会いの数だけ

別れの数もある。

 

そういうことでは

ないでしょうか。

 

でも、

その別れ。

別れによって

大きな出会いを知っていくんですよね。

尊い出会いと知っていくんですよね。

 

出会いは人生を豊かにし、

別れは人生を深くします。

 

今生で

別れがあっても

大丈夫。

 

私たちは

今生の縁が尽きても、

仏さまのお力で

仏さまと成らせて頂きます。

 

行った先、

お浄土では、

必ず

必ず

待っている方がいますから。

 

また、

会える世界が

お浄土です。

 

言い換えれば、

そこでは

「もう別れない世界」が

待ってます。

 

 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

 

ここからは、

bonbu-kokiが書いていきます。

 

この世で

別れがあったとしても、

別れのない世界こそ、

お浄土の世界。

 

皆様のお盆は

もうお済みでしょうか。

これから

という方も多いでしょう。

 

普段は

忙しい中であっても

せめてお盆、お彼岸は

亡き方を偲びながら

よい仏縁を結んでほしいと思います。

 

今日もお育て頂きましたニコニコ

今日もようこそのお参りでしたお願い

 

 

 

今日の東京都心は34度。

相変わらずの夏空晴れ晴れ晴れです。

 

境内で蓮のつぼみを見つけましたニコニコ

 

 

お参りのあとは、毎回の義援金は忘れずに、ですウインク

 

 

お参りのあとの、法話会も忘れずに、です爆  笑

 

 

今日のご講師は、愛媛県今治市万福寺の浅野執持師です。

 

 

 

 

 

 

青字は、浅野師の言葉の要約です。

 

 

<私より、私のことを想う方>

 

インターネットの車のCMで、

こんなものがありました。

 

親が、我が子を想う時間

子供が、我が親を想う時間

どっちが長いか?

 

まずは親御さんたちに聞いていきます。

「あなたは、お子さんの事をどれくらい思い出しますか?」

 

すると、

このような答えが返ってくるのです。

 

「いつもです」

「毎日です」

 

今度は20歳前後の方で、

特に地方から出てきた学生や社会人に聞いていきます。

「あなたは、郷里の親御さんのことをどれくらい思い出しますか?」

 

すると、

このような答えが返ってきます。

 

「時々、かな・・・」

「友達と親の話しになった時、かな・・・」

 

さて、

今度は、

子供さんの言葉を実際に

親御さんに録画で聞いてもらいました。

 

すると、

「時々・・・」と

言われた親御さんたちは

皆さん苦笑をしています。

 

今度は、

親御さんの言葉を実際に

子供さんに録画で聞いてもらいました。

 

すると、

「いつも」「毎日」と

言われた子供さんたちの反応はどうだったと思いますか。

 

ある人は

じっと黙ってその画面を見つめてました。

 

そして、

ある女性は、

涙をこぼしたことでありました。

 

子供の方は

親のことなどすっかり忘れて

自分の身体や心を粗雑に扱う時でさえ、

「あの子、今頃どうしているか」と

一人ずっと想いを寄せ続けるのが親だからです。

 

私より

私のことを想う方がいる。

 

それに気づくと

安心するんです。

 

それに気づくと

感謝で涙するんですね。

 

  泣き笑い   泣き笑い   泣き笑い   泣き笑い   泣き笑い   泣き笑い   泣き笑い   泣き笑い 

 

私の祖父は僧侶だったのですが、

祖父は長男を12歳で亡くしています。

昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下されました。

そして、その翌日、8月7日が長男の亡くなった日なんです。

偶然にも、今日は8月7日ですね。

 

私の祖父は、とにかく寡黙な人でした。

家族が会話をしていても、ひとりだけしゃべりません。

 

そんな祖父でしたから、

長男のことはほとんど周囲には語られないで、

今まできたんです。

 

ところが、

祖父の死後、

祖父の日記が見つかりました。

 

そこには

こう書かれていました。

 

あの子に会いたい

どこにいても

探し当てて

そして救ってあげたい

親ならば当然の想いだと思う

 

何も言わない祖父でしたが、

やっぱり、

子を想う熱い想いはあったんです。

 

その後、

パラパラと日記をめくっていくと

あるページで眼が止まりました。

そこにはこう書かれていたのです。

 

わかった

 

本当に救われていなかったのは

この私自身だった

 

苦しみ

悲しむ

この私には

阿弥陀様のお慈悲が

注がれていたのだった

 

あの子は言う

 

お父さん

僕は大丈夫

お父さん

悲しまないで

僕はお浄土にいるんだから

 

そうか

死んで終わりなんかじゃない

仏と成らせて頂いていたんだ

 

ありがとう

ありがとう

 

そのことを

教えてくれた

あの子は

菩薩さまでありました

 

ここにもまた、

私より

私のことを想う方がいる。

 

  👦    👦    👦    👦    👦    👦    👦

 

私は愛媛県の大三島(おうみしま)と言うところからきているのですが、

すぐ近くに岡村島という島があり、

そこに真宗大谷派の僧侶の真城義麿(ましろよしまろ)先生がいらっしゃいます。

真宗大谷派では有名な先生で、大谷高校の校長先生も務めた方です。

 

さて、

その真城先生は、

仏さまの前に来る私たちに

このような言葉を送っていらっしゃいます。

 

仏さまの前に来て、

仏さまの話しを聞いたら、

「ええ話」を持って帰ろうとしたら

それは違うからね。

 

それは逆。

私たちは

「置いて帰る」のです。

 

私らは、

いつも、

生活の為、

生きるために

鎧(よろい)を

着ているんです。

 

自分で自分を

重くしているんです。

 

その他にも

荷物をたくさん

持っています。

荷物をたくさん

背負っています。

 

悲しみ

苦しみ

辛さ

虚しさ

愚痴

後悔

偽り

 

そういう

荷物を

仏さまの前で

降ろしていくんです。

 

そして、

そういうものを

置いて帰っていく。

 

それが、

仏さまの前に来る。

仏さまの話しを聞く

そう言う事なんです。

 

仏さまの前では

何でも話せる場所なんです。

飾らなくていいんです。

弱い自分でいいんです。

 

だって、

仏さまは

私より

私のことを想う方だから。

 

  お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

私はお寺に来た人や

ご門徒さんに聞くことがあります。

 

「仏さまの前に座ってどうですか?」

 

どう?と聞かれると、

返って難しく考えて

答えが出ないことがあります。

 

ですから、

私は二択で聞いていきます。

 

「落ち着きますか?」

「落ち着かないですか?」

 

すると、

大抵はどちらかでお答えになります。

 

ところが、

こういう答えを最近聞きました。

 

「どっちでもいい」

 

私は

それって「あり」だよね

と思いました。

 

仏さまは

自分の前に来たら、

 

こうしなさい

ああしなさい

こうじゃなければ

 

そうやって、

注文を

この私には

ひとつも

付けて

いないのです。

 

そのままの

あなたでいい。

 

私は

私に

注文を

自分自身で付けていますよね。

 

その

「我執」

自分への捉われのせいで

私は苦しんでいるんでいるんです。

 

そのことを見抜き、

 

そのままの

あなたでいい。

 

そう言ってくれる方がいる。

 

私より

私のことを想う方がいる

 

この素晴らしい事実に

是非気付いていきたいですね。

 

 

 晴れ  晴れ  晴れ  晴れ  晴れ  晴れ  晴れ  晴れ  晴れ  晴れ  晴れ  晴れ  晴れ

 

ここからは

bonbu-kokiが書いていきます。

 

よく

「親の心、子知らず」

と言いますね。

 

でも、

「子の心、親知らず」

これもまた事実でしょう。

 

それでも、

やっぱり、

親から

掛けられた願い

掛けられた恩

掛けられた想いの時間

 

そういうものは

やっぱり

山よりも高く

海よりも深いものだと思います。

 

仏さまもまた同じ。

 

仏さまから

掛けられた願い

掛けられた恩

掛けられた想いの時間

 

そういうものは

やっぱり

山よりも高く

海よりも深いものだと思います。

 

それを

知らぬは

私ばかりなり

 

そうならないように

いつだって

「気づき」を

大事にして

いきましょう。

 

今日もお育て頂きましたニコニコ

今日もようこそのお参りでしたお願い

 

 

今日の東京都心は35.3と言う事で、

またまた猛暑日晴れ晴れ晴れとなりました。

来週は、気温が少し落ち着くとのことですが、

まだ8月は始まったばかりです。

皆様、ご自愛下さい。

 

境内の蓮が綺麗ですお願い

 

 

 

今月の参拝者カードです。

 

 

 

熊本地震の被災者の皆様のための義援金が始まっています。

私も微力ながら、今、自分にできることをしたいと思います。

 

 

お参りのあとは、法話を聞きましょうニコニコ

 

 

今日のご講師は、東京都台東区浄雲寺の荒木尚太師です。

 

 

 

 

青字は荒木師の言葉の要約です。

 

 

<知らぬ間に

    してもらっていた>

 

(今日のご讃題:テーマ)

 

十方微塵(じっぽうみじん)世界の
念仏の衆生を みそなはし
摂取(せっしゅ)して すてざれば
阿弥陀となづけ たてまつる

 

           親鸞聖人

(bonbu-koki意訳)

東、西、南、北、

北東、南東、南西、北西、

上、下の十方の方角の中、

その方角の隅々まで見渡して、

苦しみ、嘆き、悲しむ私たちを

仏さまは一人残らずご覧になり、

摂取不捨、

「決してあなたを見捨てません」と仰せです。

その仏さまの事を、「阿弥陀様」と名付けて奉ります。

 

 

 お願い    お願い    お願い    お願い     お願い     お願い    お願い

 

私の父は浄雲寺が実家ですが、

私の母は栃木の真言宗のお寺が実家となります。

母には弟が二人いて、二人とも真言宗のお坊さんで、

髪型を丸坊主にしています。

同じ仏教ですし、東京と栃木ですから、

会うたびに真言宗さんの修行の様子をよく聞いていました。

 

真言宗さんは、

自分で修行をして、悟りに近づく努力をしていきます。

ですから、自分で努力をして、自分の方から仏様に近づいていこうとします。

自分で頑張るのですから、「自力」で救われる道を歩んでいきます。

 

ところが、

浄土真宗では、

自分では何をやっても不完全な私を見て、

仏さまの方から私に近づいてくれていると考えています。

自分じゃない力ですから、「他力」で救われる道を歩んでいくんですね。

 

私が何かをするんじゃない。

仏さまが私にして下さったことを聞いていくのです。

 

無量寿経では、

仏さまがこんな私を「必ず救う」と

約束してくれていることが明らかになっています。

 

そのことを

ただただ

ありがとうございます。

 

そうやって、

仏さまの存在に

感謝していくんです。

 

  晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ 

 

お寺では、何回忌とか、法要を勤めさせてもらいます。

お寺では、「〇〇さんの〇〇回忌はもうすぐですよ」と案内を出すのですが、

ある程度の回忌までくると、

「うちはもう案内は不要です」

とか、

「ここまでやりましたから、

もうこれからはやらなくていいと思ってます」

そういうお返事があることがあります。

 

でも、

待ってくださいね。

法事は誰の為にやるんでしょう。

 

実は、

「亡き方の為にしなくちゃいけない」

というものではありません。

 

「亡き方」が、

「仏さま」が、

私のために

準備をしてくれたご縁が

法事なんです。

 

お経も

「亡き方」の供養のためにはあげません。

お経は

「今の私」に仏法を聞かせるためにあげるんです。

 

だって、

仏さまに成られた方に向かって

お経はおかしいですよね。

 

では、

お仏壇やお寺の仏さまは

どちらを向いて、誰を見ていますか?

この私に向かってです。

この私を見ていてくれているんですよ。

 

智慧を表すろうそくの灯は、どこをを照らしてますか?

私の足元を照らしてますよね、

私が人生をしっかり歩むための灯ですよ。

 

慈悲を表すお花は、どっちを向いていますか?

この私に向かってですよ。

私の為にお慈悲を注ぐということですよ。

 

ハタラキを表すお香は、どこに漂っていますか。

この私にしっかりと香りとなって

届いているじゃないですか。

私の為にすでに

ハタライているということですよ。

 

この私は、

毎日、毎時間、

仏さまのことを考えていません。

忙しい毎日では、

やっぱり、

つい忘れがちになるじゃないですか。

 

忘れる私だけれども、

また思い出せばいいんです。

 

そういうご縁が

法事でもあるんですよね。

 

  晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ

 

先日、私の携帯に連絡がありました。

京都で半年間一緒にさせて頂いた同期の友人が、

この娑婆の「いのち終えた」というのです。

 

最後に会ったのは、

3年前の結婚式の披露宴の場でした。

 

また、会えるだろう。

 

そう思っていたのですが、

その「また」は来ませんでした。

 

思えば、

私は私に「何かが起こる」とは思ってはいません。

思えば、

私はあの人に「何かが起こる」とは思ってはいません。

 

そこにいるのは、

「また会える」と思い込んでいる自分です。

 

人生には

時に

思いがけないことが

起こってきます。

 

でも、普段の自分はどうでしょう。

 

「私は大丈夫」

 

そういう自分ではないでしょうか。

 

それを

危なっかしい人生と言うのですよね。

 

  晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ   晴れ 

 

私は7歳の時に

「くも膜下出血」のご縁に会いました。

 

小学1年生の時、

昼休みにフラフープで遊んでいました。

休み時間が終ったのですが、

私は後片付けをしないまま

教室に戻りました。

 

すぐにそれは先生に見つかり、

「片付けてきなさい」と言われて

勢いよく教室を飛び出したとたん、

廊下で6年生とぶつかって、

私は身体ごと飛ばされたのです。

そして、頭を打って、

すぐに病院にいくことになったのです。

 

幸いにして、緊急手術とはならずに、

薬を使っての治療で1週間の入院となりました。

 

入院中、何が辛かったかと言えば、

とにかく「頭痛」です。

動かなくても、頭が痛い。

テレビのような音があっても、頭が痛い。

本当に大変でした。

 

夜も寝られなくて、

ふっと目が覚めるんですが、

目を覚ますと母が傍にいるんです。

 

何度、目を覚ましても

傍に母がいたんです。

 

そのお陰で

私は安心して眠りにつけたことを

今でも覚えています。

 

きっと、

母がいなければ、

怖くて怖くて

仕方なかったでしょうね。

 

  ニコニコ   ニコニコ   ニコニコ   ニコニコ   ニコニコ   ニコニコ   ニコニコ   ニコニコ

 

私には2歳の息子がいます。

添い寝をするのですが、

背中や手をトントンとするんです。

すると、目をつぶっていくのですが、

トントンをやめてしまうと、

ふっと、目を開けていきます。

ですから、またトントンとやっていきます。

すると、また気持ちよさそうに寝息を立ててきます。

きっと、それで安心をしていくのでしょうね。

 

私のお寺は本堂があって、私たちの住居があって、

渡り廊下でつながっています。

 

息子は、動けるようになっていますから、

とにかくじっとはしていません。

時々

「本堂に行きたい」と私に訴えてきます。

 

そりゃ、住居より、本堂の方が広いですからね。

行きたい気持ちもわかります。

 

本堂では内陣、外陣の間が段差になっていますから、

そこで転ばないか、

また、何かを触ってけがをしないか、

いろんなことに気を使います。

 

だから、私は、

喜ぶ息子、走り回る息子に目を細めながらも、

やっぱり心配で心配でなりません。

 

何かあっても困りますから、

息子に付いて回るんです。

 

でも、

こんなに私が心配していること、

2歳の息子には

きっとわかってないですよね。

 

思い返していけば、

私たち、

誰かに

知らない間に

してもらっていたこと。

たくさんあるのではないでしょうか。

 

実は案外、

大人になっても

知らない間に

してもらっていたことに

気付かない。

 

そういうことって、

あるのだと思います。

 

それって、

私と母

私と息子

 

その関係に

見ることが

できるのかも

しれません。

 

  立ち上がる   立ち上がる   立ち上がる   立ち上がる   立ち上がる   立ち上がる   立ち上がる   立ち上がる

 

思えば、

「自分に何かが起こる」と、本気で思っていない私です、

思えば、

「親しい誰かに何かが思る」と本気で思ってない私です。

思えば、

何かが起きるときは、それはどこかの遠い人の事。

 

とにかく

私は大丈夫。

 

そうやって

危なっかしい人生を歩む私です。

 

だからこそ、

自力ではなく他力。

 

誰かが見守っていかないと

ならないのではないでしょうか。

 

お経では

摂取不捨(せっしゅふしゃ)

決して見捨てない

いつだって、そばに付いている。

いつだって、ついて回っている。

 

そう言う方に

守られている。

決して見捨てないという

仏さまがいてくれる。

 

そのことを

安心して、

そのことを

喜ぶ。

 

それを

教えてくれるのが

お寺だと思います。

 

 

 

 お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い 

 

 

ここからは、

bonbu-kokiが書いていきます。

 

私たちは

知らぬ間に

いろいろな方々に

見守られています。

いろいろな方々に

して頂いています。

 

それは

仏さまにも

同じことが

言えるのでは

ないでしょうか。

 

ですから、

普段は気が付かなくても

気がついた時こそ、

頭を下げて感謝していく事が肝要ですね。

 

さて、

荒木師のご法話は

下記のブログでもお読み頂けますので

是非ご覧ください。

 

 

 

 

 

 

今日もようこそのお参りでしたお願い

 

今日の東京都心は、午後からひと雨雨あって、蒸し暑い1日となりました。

 

今日は第四日曜日です。

東京都豊島区誓願寺へお参りに行ってきましたニコニコ

 

 

お寺の掲示板です。

 

 

 

お参りのあとは、法話を聞きましょう。

今日のご講師は、広島県廿日市市の米田順昭師です。

 

 

 

 

青字は米田師の言葉の要約です。

 

<声なき声を聞いていく>

 

法事ってありますよね。

あれは、

お経を読んでいる時間だけが

法事じゃないんです。

 

さて、

今度の法事はいつがいいかな。

法事は誰を呼ぶかな、都合はどうかな。

お寺さんと相談しなくちゃな。

日にちが決まったら、準備は何が必要かな。

 

そうやって、当日を迎えて、

今度はお経が終ったら、

お斎(とき)という食事会があって、

参列者で亡き方のお話をしたりしていきます。

 

そうやって、

初めから終わりまで、

お経の30分だけじゃない。

長い時間を掛けて、

その人のことを思い出し、

その人に想いを寄せるのです。

 

  🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶   

 

ある女性の四十九日の時の事です。

お経が終って、私はお斎に呼ばれました。

喪主である、女性の息子さんがいい感じで

周囲の方にお酒を注いでいきます。

 

しばらくすると、

徳利のお酒がみんな空になっていきました。

すると、息子さんが言いました。

「は~、の~なったんか・・・」

 (もう、なくなったんだ)

「じゃ、追加せんとな!」

 

息子さんは、すっかりいい気分ですが、

それに反応したのは奥様です。

「あんた、もうやめときなさい」

 

息子さんも反論します。

「いいじゃないか。まだ始まって30分じゃ」

「まだ、ええわいのう!」

 

夫婦で揉め始めましたが、

そこで息子さんはこう言ったのです。

「じゃあ、かあさんに聞いてみよう」

 

そういうと、仏間に行って、

お仏壇の横に飾ってあった

お写真に向かってこう言ったのです。

「母さん、聞くんじゃがのう」

「母さんの四十九日で兄弟たちが来てくれたんよ」

「ホントに久しぶりに集まったんじゃ。

もう一本ええか?」

「もう一回、聞くで。もう一本ええか?」

 

そう聞くと、

5秒ほど間が空いて、

男性はこう言ったのです。

「ええか! よし、もう一本じゃ!」

 

  🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶

 

そのあとで、

奥さんはもう苦笑いなのですが、

傍で聞いていて、

その会話が実に自然なんですよ。

全然、酔っぱらいのお芝居じゃない。

 

その男性が普段お母さんと話をしていた

「間」も、「声のトーン」も、「表情」も、

まったくそのまんま。

 

と言う事は、

その息子さんは、

お母さんの姿を

見ていたんじゃないですかね。

 

一見、

周囲からは

お母さんの姿が

無いように

思われます。

 

でも、

息子さんはお母さんと出会っています。

声なき声を

ちゃんと聞いていたんです。

 

私には

そうとしか

思えませんでした。

 

  🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶

 

私は以前、

このように教えてもらいました。

「過去は変えられるんですよ」

 

過去って、

事実は変えられない

ですよね。

 

でも、

過去の意味は、

今、変え続けることが出来る

と言うのです。

 

私たちは

今、生きていく中で、

過去のことに

どんな意味を見出していけるでしょうか。

 

  🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶

 

思えば、

私たちが生まれてきた時も、

既に「過去」なんですね。

 

それから、

生きているというのを

実感していくのが数年後。

 

生きていけばいくほど、

出会いが多くなりますが、

この出会いも不思議ですよね。

 

自分で作った出会いじゃなく、

人生の流れの中で出会いが巡っていきます。

 

その出会い、

ひとつひとつに意味があります。

 

その意味を意識することで、

「あなたに出会えてほんとうによかった」

「あなたに出会えたことは尊い事でした」

そう思えても来るんです。

 

でも、

それは時に残酷で、

その方が生きているうちには意識できなくて、

その方が亡くなってから、初めて意識できる。

そういうことって、

人生であるんですよ。

 

そうすると、

過去の意味が変わっていく事もあるんです。

 

  🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶

 

ある年のお彼岸の事です。

私の知っている方のお寺の掲示版は

こういうことが書いてありました。

 

死ぬと言うから、おかしいんだよ。

先にいくだけなんだから。

 

これは、

東京都台東区浅草にある、

浄土真宗最尊寺に生まれた、

作家の永六輔さんの言葉です。

 

その永六輔さんの言葉に

そこのお寺の住職が

付け足した言葉がありました。

 

先にいく、というところに

先にいく世界があるんです。

それがお浄土です。

 

先にいく、というが、

後からいく、という世界もあるんです。

それが倶会一処(くえいっしょ)です。

 

お浄土がある。

行ったら、そこで懐かしい方と会える。

いいですね。

倶会一処、共に、ひとつの、ところで、会うんです。

仏に成って、お浄土に参る。

これを

往相回向と言います。

 

でも、

それって、

お浄土にいかないと

会えないのでしょうか。

 

いえ、

そんなことはないのです。

先ほどの息子さんは

「今」お母さんと出会っていました。

一緒にいたんです。

今、ここにお浄土が現れたんです。

 

これを

還相回向と言います。

 

  🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶

 

私のお寺の御門徒さんのお話です。

85歳でその女性は往生しました。

肺が弱くて、

往生する間際は酸素吸入をしていました。

 

入院中は酸素吸入をしていたそうです。

酸素吸入は、あの三角のマスクを使うのですが、

マスクをその女性は自分で外してしまいます。

そのため、女性の娘さん、

娘さんと言っても、もう60歳は超えていますが、

外したマスクを付けて行くんです。

 

お母さんがマスクを外す。

娘さんがマスクをつける。

 

その繰り返しだったそうです。

 

ある時、

マスクを外したあと、

2回、娘さんの方をみて頷いたそうです。

「え? なに?」

娘さんが聞いても、

特に話す事は出来なかったそうです。

 

お母さんは

やがて、この世の縁が尽きていきます。

 

お母さんは往生してから

何回目かのお参りの時の事です。

娘さんのほうから

ポツポツと話し始めてくれました。

 

「母が亡くなってから、

悲しみの中にずっといたのですが、

気になっていたのは、

あの2回の頷きはなんだったんだろう。

そのことでした」

 

「思えば、母はよくお寺参りをしていて、

ご法話を聞いて帰ってきていました。

そこでは

仏さまのお話、

死んで終わりのいのちではないこと。

お浄土があること。

そこに往けること。

倶会一処と言って

懐かしい方と出会うこと。

お浄土に往ったら行きっぱなしではなく、

またすぐにこの娑婆に還ってきて、

私たちの苦しみによりそっていくこと。

 

そういうことを聞いていたと思うんです。

 

そうか・・・・。

 

あの頷きは

「もうええよ」

「あたしは大丈夫だよ」

「今までありがとうね」

「私はいなくなんかならないよ」

「私はお浄土にいくんやから」

「また、あなたのところに還ってくるからね」

 

そういう意味だったのかなと・・・・・

 

そういうと、

娘さんは

少しだけ微笑みながら

大粒の涙を流したのでした。

 

娘さんも

声なき声を

ちゃんと聞いていたんです。

 

  🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶    🍶

 

10人いれば、10通り。

100人いれば、100通りのお別れがあります。

 

でも、

この娑婆の縁尽きても、

そのまま終わりじゃない。

そのままのお別れじゃない。

遇える世界もあれば、

この娑婆だって

今、会っています。

 

過去は悲しくたって、

今、その意味が変わっていく

そういうのを

教えてくれるのが

先に往った愛しいあの方。

 

そうだと思います。

 

 

 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い  

 

 

ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。

 

愛おしい方が

この娑婆から姿を消す。

 

それは、

とても

つらく

悲しい事です。

 

でも、

その方から、

まさに今、

メッセージが

来ています。

 

ぜひ、

その声なき声を

受け取れるように

心を澄ませて

行きたいものです。

 

さて、

今日は誓願寺の坊守さん(御住職の奥様)から、

個人的に頂き物をしてしまいました。

 

坊守さんのお父様、

初代誓願寺、岡本住職直筆の掛け軸。(150cm)

 

摂取不捨(せっしゅふしゃ)

決してあなたを見捨てません。

 

観無量寿経という

お釈迦様がお説きになったお経の言葉です。

 

 

額付きの色紙

(南無阿弥陀佛と、称ふれば・・・)

 

 

 

色紙2枚

(入願海深知佛恩)

禅語もあります

(却下照顧)

 

 

法話の後は

坊守さんお手製のおにぎりとお漬物。

お茶、お菓子も頂きます。

 

御講師の先生を囲んで、

座談会です。

 

アットホームな誓願寺へ

あなたもぜひおいで下さい爆  笑

 

今日もお育て頂きましたお願い

 

今日の東京都心は36.1℃で、猛暑日晴れ晴れ晴れとなりました。

関東は「梅雨明けと見られる」とのことです。

 

親鸞聖人も阿弥陀ビームでお出迎えです✨

 

 

境内の蓮が綺麗ですお願い

 

 

お参りのあとは、法話を聞きましょう。

 

 

今日のご講師は、北海道勇払郡法城寺の櫻庭尚吾師です。

 

 

 

 

 

 

青字は櫻庭師の言葉の要約です。

 

 

<なんちゃじゃない>

 

(今日のご讃題:テーマ)

 

十方微塵(じっぽうみじん)世界の
念仏の衆生を みそなはし
摂取(せっしゅ)して すてざれば
阿弥陀となづけ たてまつる

 

           親鸞聖人

(bonbu-koki意訳)

東、西、南、北、

北東、南東、南西、北西、

上、下の十方の方角の中、

その方角の隅々まで見渡して、

苦しみ、嘆き、悲しむ私たちを

仏さまは一人残らずご覧になり、

摂取不捨、

「決してあなたを見捨てません」と仰せです。

その仏さまの事を、「阿弥陀様」と名付けて奉ります。

 

 

 お願い    お願い    お願い    お願い     お願い     お願い    お願い

 

今日のテーマなのですが

親鸞聖人は

「摂取」の文字の左側に

「ひと度(たび)取りて

永く 捨てぬなり。

ものの 逃(に)ぐるを

追(お)はへ取るなり」

と註釈をされています。

 

つまり、

どこまでも

仏さまから逃げだしていく。

 

逃げるから

なお更人生の迷いに出会ってしまう。

 

でも、

そんな私だからこそ、

追っかけて行ってまで

この手に抱きとって

決して

離さないからね。

決して

見捨てないからね。

 

そういうのが

仏さまのお心なんです。

 

  ✋    ✋    ✋    ✋    ✋    ✋    ✋

 

私の話しで恐縮ですが、

聞いて頂けますでしょうか。

 

私は生まれは四国になります。

2歳で父と母は離婚し、

私と兄は父方の祖父と祖母に育てられました。

 

小学6年生の時には祖母を

中学2年生で母を亡くします。

 

兄は東京の大学に行ってしまいましたので、

私は祖父との二人暮らしになりました。

 

祖父はお寺の出身ではなく、

在家の僧侶で

布教使(法話をする役割の僧)をしていました。

 

ですから、

私は小さい時から

阿弥陀様のお話を聞いていたんです。

もちろん、

詳しいことはわからないし、

興味もそれほどないですから、

「へぇ~、そうなんだ」

くらいのものでした。

 

  👴    👴    👴    👴    👴    👴    👴

 

私が20歳くらいの頃の事です。

ある宗教の勧誘を受けました。

若くて、何も知識もないし、

そのころ「宗教によっては危ない」

などという認識もないですから、

ふわっとしながら聞いたんです。

そうしたら、その方がこう言うんですよ。

 

「念仏? おじいちゃんが布教使? それは罪深いですね」

「念仏したら、地獄に必ず落ちるんですよ」

 

「え? 地獄に落ちる! 」

「では、どうしたらおじいちゃんは地獄に落ちないで済むんですか?」

 

「聞きたい?

じゃ、今度教えてあげるから、また来るんだよ」

 

「そうですか、分かりました! また、教えて下さい」

 

そうやって、

私はその宗教教団の教えを学んでいったんです。

 

そうなると、

私もおじいちゃんにこのことを知らせなければなりません。

大好きなおじいちゃん、

お世話になったおじいちゃんが

地獄に落ちるんですから!

 

私はおじいちゃんのところに行っては、

「おじいちゃんは地獄に落ちるんだって!」

そう言うと、

おじいちゃんも布教使ですから黙っては聞きません。

二人で宗教戦争が勃発しました。

 

挙句の果てに私は

もう我慢が出来ずに

家出を決意するんです。

 

それからというもの、

その宗教の関係者たちとの

生活が始まりました。

 

一緒に生活をしながら

「今度お友達を連れて来てね」

そう先輩信者から言われて

友人を連れていくこともありました。

 

すると、

友人たちの中でうわさが広まっていきます。

「櫻庭は最近、なにやらアヤシイぞ。近づくなよ!」

 

私の周りから、

友人たちが

遠のいていくのでした。

 

そんな中、

私にとっての大事件が起きます。

 

その宗教団体が

ふたつに分かれたんです。

お寺に付きますか?

それとも、

会長さんに付きますか?

 

もう、

どうしよ・・・。

 

その中で、

ドンドン東京に出ていく

友人たちがいました。

 

よし、

俺も東京に行くぞ!

 

  🚅     🚄     🚅     🚄     🚅     🚄

 

年齢は25歳になっていましたが、

東京では好きなバンド活動をやりました。

丁度、ドリカムなどの時代です。

 

でも、

3年くらいやったのですが、

このころから、

自分達が「これからこれで飯が食っていけるか」というのが

はっきりわかるようになっていきます。

 

「やっぱり、無理か~」

 

そんなころ、

おじいちゃんがこう言ったのだそうです。

「尚吾の歌が聞きたい」

 

当時は東京に父と兄が住んでいましたから、

父と兄の案内でおじいちゃんが東京に来てくれたのです。

場所は渋谷のライブハウスです。

 

会場の入り口付近に

父と兄とおじいちゃんがいて、私を見ているんです。

まあ~

やりにくい、やりにくい・・・・。

 

それでも、

帰り道におじいちゃんは

こう言ってくれたそうです。

「尚吾の歌はええなぁ・・・」

「あの子はやるぞ!」

 

今思えば、

おじいちゃんは

出来る兄より、

出来ない私のほうが

可愛かったのかもしれません。

 

  🎸    🎸    🎸    🎸    🎸    🎸    🎸   

 

思えば、

育ての大恩人、おじいちゃんのところから家出し、

仏教をきちんと勉強していたおじいちゃんと、素人が宗教論争をして、

宗教団体の先輩の言う通りに友人を勧誘して、友人たちと疎遠になり、

一発千金を狙った東京進出は3年で終り。

 

一体、

自分のやってきたことは

何だったんだろう。

 

初めて、

冷静に考えました。

私は28歳になっていました。

 

そうだ。

おじいちゃんがまだ生きているうちに

おじいちゃんへの恩返しでお坊さんになろう。

 

早速、おじいちゃんのところに行くと、

当たり前ながら「お前にはできない」

と一蹴されました。

 

今までが今まででしたからね。

それでも、何度も食い下がり、

私の本気度を認めてくれたました。

 

「では、

大阪の高槻にある行信教校という、

お坊さんの学校にいきなさい」

 

私は浄土教の勉強もしましたが、

法華経の勉強もしました。

 

そこでびっくりすることがありました。

法華経にも阿弥陀様の事が出て来るんです。

それから、こうも書いてありました。

「法華経で救われない人は、

他のお経で救ってもらいなさい」

 

念仏したら地獄に落ちる・・・

 

そうじゃないんですね。

 

私は本格的に勉強して

偏ったものしか信じてこなかった自分を恥じました。

そのことに一生懸命になって、

おじいちゃんの信頼も

友人たちとの友情も

踏みにじり、

挙句の果てに

バンド活動も中途半端。

 

ならば、

最後に残ったこの道。

 

歩まねば!

と思いました。

 

  📔    📔    📔    📔    📔    📔    📔

 

やがて、得度もして、

しばらく大阪で法務員をしていましたが、

そのころおじいちゃんは90歳を超えていました。

 

そして、

92歳で脳梗塞をします。

96歳では認知症の診断を受けていきます。

97歳ではもう身体の自由も利かず、

寝たきりのような状態になりました。

 

私は、

「そうか。伝えるなら今だ」

「言わなければならないことがある」

 

そう思って、

おじいちゃんのところにいきました。

おじいちゃんは布団に寝ていたけれど、

「おじいちゃん来たよ」

そう言って、言葉を続けました。

 

「今まで、ほんとうに生意気はことを言ってきて、

迷惑もたくさんかけて来て、

心配もたくさんさせてごめんね。

今、ようやく、なんまんだぶ。

本当のお念仏のことがわかったよ。

今まで、ほんとうにごめんね」

 

すると、

おじいちゃんはつぶっていた目を

ぱっと開けてこう言ったのです。

 

「なんちゃじゃない」

 

「なんちゃじゃない」とは、

そんなことは

何でもないよ、

そう言う意味です。

 

言い換えれば、

気にするなよ

大丈夫さ

 

そう言うと、

おじいちゃんは

再び恍惚の人となりました。

 

おじいちゃんは

私のすべてを

受け止めて

受け入れて

くれたんです。

 

まさに、

このやんちゃ坊主を

決して

見捨てなかったんです。

 

思えば、

母は交通事故で往生し、

祖母は脳梗塞が原因で往生し、

おじいちゃんも往生しました。

 

でも、

お浄土で再会したことでしょう。

 

でも、

一方ではやっぱり

還相回向で

今、私の拝む手の中に帰ってきてくれています。

 

人は

色々なことで迷うけれど

大抵のことは、

なんちゃじゃない。

何でもないんです。

 

だから今は、

大きなものに包まれる

安心を頂いているような気がします。

 

  👴    👴    👴    👴    👴    👴    👴 

 

思えば、

私たちは

 

生まれ変わり

死に変わり。

生まれ変わり

死に変わり。

 

何度も

それがあったとて、

この人生は

初めての人生なんです。

 

だからこそ、

人は迷うのです。

 

どうしたらいいか

わからないことも

多くあります。

 

その時のご縁次第では

そのご縁に振り回されたり

そのご縁に伴っていくこともあるでしょう。

 

人生では

何度も

そう言う場面があるのです。

 

それでも

見捨てない方がいる。

 

仏教なんか聞きたくない

仏教なんて関係ない。

仏教なんて役に立たない。

 

そうやって、

仏さまを

見ようとも

聞こうとも

思おうとも

考えなかった。

 

仏さまから

避けて、避けて

逃げて、逃げて

逃げまくっていたからこそ、

どうしようもなくなった時もありました。

 

でも、

そんな時でも

私は

いつでも

仏さまの手の中にいたんです。

 

摂取不捨

 

決して

私を

見捨てない

仏さまと

ご一緒です。

 

あなたも

同じなんです。

 

決して

あなたを

見捨てない

仏さまと

ご一緒です。

 

そう聞いていく。

 

若い時は

迷ったけれど、

 

今、

私は

満たされています。

 

私は

幸せですよ。

 

 お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い  お願い 

 

 

ここからは、

bonbu-kokiが書いていきます。

 

人生は山あり谷ありです。

 

昭和の禅僧、

曹洞宗の澤木興道さんは言います。

 

「死んでから人生を考えれば、

どうでもよかったのである」

 

澤木さんは、

もちろん

この娑婆に生きているときに

この言葉を言っているのですが、

今悩むことのほとんどは

死ぬ間際には

どうでもいい。

どっちでもいい。

なんだっていい。

きっと

そう思うのではないか。

 

そういうことなのかなと

思います。

 

それなのに

色々なことで

悩む私にも

見捨てない方がいると

聞かせてもらいます。

 

ありがたいなと

思うことですニコニコ

 

今日もようこそのお参りでしたお願い

 

今日の東京都心は、よく晴れ☀️て暑い1日となりました。

今後は雨の天気予報もなさそうで、

関東の梅雨明けももうすぐでしょうか。

 

さて、今日は第三日曜日ですね。

東京都港区安楽寺の法話会に行ってきましたニコニコ

 

 

参道です。

 

 

本堂と玄関です。

 

 

お参りのあとは法話会です。

今日のご講師は、安楽寺住職の藤澤克己師です。

 

 

青字は藤澤師の言葉の要約です。

 

 

<大切なもの>

 

 

 

猫に小判

   というが

あわれ人間は

その小判に

   目がくらむ

 

    (榎本栄一)

 

毎月、お寺の掲示板の言葉を元にお話をしていますが、

今月はこの言葉を選びました。

 

榎本栄一さんと言うのは

仏教詩人として有名で、

仏教に因んだ詩を書いているのですが、

この詩もその中の一つです。

 

これを読んで、

「ああ、人の事を言っているんだな」

そう思った方もいるでしょうか。

 

「猫に小判」というのは、

猫に小判を与えても

ちっとも喜びません

と言う事なんですが、

 

一見、

「な~んだ、猫は小判の価値もわからないのか」

と猫を馬鹿にしているようにも思えますが、

「猫に小判」を

ただ単純に

その読み込みだけで

終わらせても

いいものでしょうか?

 

では、人はどうですか?

榎本さんは

「あわれ」

という表現を使っていますが、

人は小判欲しさに、

お金をほしさに

何をしているでしょうか。

 

  💰   💴   💰   💴   💰   💴   💰   💴

 

小判とはなんでしょう?

私たちは、

猫は小判の価値はわからない

と単純に決めつけているけれど、

猫は

「自分の生活に

必要のないものは

いりません」

と言っている

と読み込んだらどうでしょうか。

 

猫の生活を見ていると、

猫は実に意のままに

一日を過ごしています。

 

寝たければ、

その日の気持ちのいい場所を見つけて

好きな時に寝ています。

 

お腹が空けば、

ようやく食べ物を探しに出かけるか、

飼い主にその時だけ甘えます。

 

でも、

もっとちょうだいと言うよりは、

空腹が収まれば、

さっさと飼い主から離れます。

 

かと思えば、

「おいで」と呼んでも知らんぷりしているのに、

いつの間にか、

飼い主の肩に乗っかってきたりします。

 

まったく、

おおらかに

気ままに

生きています。

 

ところが、

猫が見向きもしない

小判に人間は目がくらむんです。

 

その小判、

いや、そのお金。

 

お金を使って

いい洋服を買い、

高級な食事をして、

車を買い、

家を買い、

旅行をしています。

 

もちろん、

生活をするうえで

お金は大切。

必要不可欠なものです。

 

でも、

ポイントが貯まるといい、

お買い得だといい、

あそこより安い高いとあくせくし、

あの人より私の方が給料が多いか少ないか、

隣りの家より、敷地が広いか狭いかと比較し、

そういうことに

私たちは振り回されながら

一喜一憂していることはないでしょうか。

 

だた、

その価値基準だけで

人生を一生懸命にならないようにしたほうが

もしかしたらば

いいのではないでしょうか。

 

お金を得るにしても

何のためにお金が必要なのか。

お金で何をしたいのか。

将来の蓄えなのか。

そこもしっかり考えてみるといいですね。

 

そして

一番考えたいこととは、

自分にとって

大切なものは何かを

立ち止まって

考えてみませんか

 

そういうことを

この言葉は

私たちに

問いかけているのではないでしょうか。

 

  💰   💴   💰   💴   💰   💴   💰   💴

 

親鸞聖人の生きた時代は

飢饉や災害、疫病など、

「明日をもわからぬいのち」だった時代です。

 

その中で、

自分はどう生きればいいのか。

何を大切に生きていけばいいのか。

 

一生懸命に修行もしたけれど、

最後は「念仏」を一番大切に

そしてそれを人生の拠り所にして

生きていこう。

 

仏さまは有難い。

この私が救われるなんて、

これをたくさんの人に伝えていこう。

 

そういう

生き方をされたんです。

 

それは、名僧になって

朝廷から身分を保証されるような生き方ではなく、

むしろ、流罪になって、僧籍もはく奪されて、

そうなっても、大事なものは守り抜いた。

一番立場の弱い民衆と一緒になって

生きていったんです。

 

小判ではなく

自分にとっての

「価値」

を見出した人生でした。

 

  💰   💴   💰   💴   💰   💴   💰   💴

 

さて、

今日はここまでとしますが、

自分の人生で

一番大切にしたいもの。

それは何かなと。

 

お金と

どう付き合っていくのかなと。

 

本当に必要なもの以外は

いらないかもしれないよと。

 

そういうことを

一度

立ち止まって

考えていきましょうか。

 

 お願い     お願い     お願い     お願い     お願い    お願い

 

 

ここからはbonbu-kokiが書いていきます。

 

曹洞宗(禅宗)の板橋興宗さんの本が好きで、

何冊か持っています。

 

 

一番好きなのは、この本です爆  笑

 

 

禅宗(曹洞宗)らしく、

生き方の指南本です。

 

猫は昨日(過去)の事を後悔しない。

猫は明日(未来)の事を心配しない。

今日を気ままに生きる事だけを考える。

即今、当処、自己(たった今、ここで、私がする)

 

いらんことを

考えないから、

「ねこは なやま ニャい」

という説法です。

 

猫のように

ひょうひょうと

生きていく。

 

それは

大木のような生き方ではなく、

柳のようにしなやかな生き方、

大風でも倒れない生き方です。

 

自分にとって

何が大事か

何が必要か

不要なものは

拘らなくていいよねと、

そういうことを

今一度振り返ってみる。

 

如何でしょうか?

 

今日もお育て頂きました。

今日もようこそのお参りでしたお願い

 

 

今日の東京都心は、曇りくもり時々雨☔です。

湿度も高く、外を歩くだけで汗だくでした爆  笑

 

今日の蓮を遠目から見てみましょうかニコニコ

 

 

今日もお参りのあとは、法話を聞きましょうウインク

 

 

今日のご講師は、北海道勇払郡法城寺の櫻庭尚吾師です。

 

 

 

今日の後席は櫻庭師の節談説教でした。

 

 

 

青字は桜庭師の言葉の要約です。

 

<お母さん>

 

今日は、

当時熊本市立弓削小学校の小学6年生だった

中村良子さんの書いた詩を

ご紹介して参りましょう。

 

 

今日の宿題は つらかった 

今まででいちばんつらい宿題だった


一行書いては なみだがあふれた

一行書いては なみだが流れた

 

「宿題は、お母さんの詩です」

先生は そう言ってから

「良子さん」と

私を呼ばれた

 

「つらい宿題だと思うけど

頑張って書いてきてね。

お母さんの思い出と

しっかり向き合ってみて」

 

「お母さん」と一行書いたら

お母さんの笑った顔が浮かんだ

 

「お母さん」と もう一つ書いたら

ピンクのブラウスのお母さんが見えた

 

「おかあさん」と言ってみたら

「りょうこちゃん」と お母さんの声がした

 

「おかあさん」と もう一度言ってみたけど

もう 何も 聞こえなかった

 

がんばって がんばって 書いたけれど

お母さんの詩はできなかった

 

一行書いては なみだがあふれた

一行読んでは なみだが流れた

 

今日の宿題は つらかった

今まででいちばんつらい宿題だった

 

でも

「お母さん」と いっぱい書いて

お母さんに会えた

 

「お母さん」と いっぱい呼んで

お母さんと話せた

 

宿題をしていた間

私にも

お母さんがいた

 

 

小学6年生の詩です。

12歳くらいと言うと

お母さんの年齢は40歳前後でしょうか。

 

良子さんは、小学校1年生の時に

すでにお母さんを病気で亡くしていました。

 

すでに小学6年生の良子さんは

今はとても明るく立派な大人に成長されていますが

当時はお母さんと別れた後、

長い間、良子さんは元気がなかったそうです。

それはそうですよね。

 

当時担任だった上田輝子先生は、

最初は

「書けません!」

と戸惑っていた良子さんに、

「しっかり者の良子さんだったら、

お母さんのことを思い出しながら

きちんと向き合ってくれる、

そのことが将来の良子さんの為になる」

と背中を押されたようです。

 

そして、

良子さんは

お母さんと向き合っていくのです

 

涙はたくさん流れたのですが、

良子さんには

大きな気づきがありました。

 

本当は

お母さんと

いつでも

遇えるんだ。

 

  泣き笑い    泣き笑い    泣き笑い    泣き笑い    泣き笑い    泣き笑い    泣き笑い 

 

 

私の話しをしていきます。

 

私の両親は私が二歳の頃に離婚をしています。

そのため、私は父方の両親、

つまり、

私にとっては祖父母に育てられました。

 

祖父母は私に、本当の父母のように

厚く、温かく接してくれました。

 

実のお母さんは?というと、

隣町に住んでいて、

時々行き来することもありました。

私は「寂しかった」けれど、

顔を見られることは

大きな心の救い、

大きな心の支えになっていました。

 

さて、

私が中学2年生の時です。

学校で担任の先生から

「すぐに家に帰りなさい」

と言われました。

 

私が自転車で家に帰ると、

そこにはタクシーが待っていました。

タクシーに乗せられると、

行き先はお母さんのところでした。

 

行くと、

布団に寝かされて、

顔にハンカチが乗せてありました。

 

聞くと、

お母さんが交通事故に遭って、

亡くなったのだと聞かされました。

 

傍では

大人たちがバタバタと動き回っています。

私はショック状態で、

呆然とするしかありませんでした。

 

それから、

毎週のお勤めのたびに

お母さんのところに行きましたが、

三七日(みなのか)の時の事です。

 

お母さんには四人姉妹なのですが、

妹になるおばさんがいました。

そのおばさんが

こんなことを言ったんです。

 

「私が仕事から帰るとね、

階段を登る音がするのよ。

あれはきっと、

あなたのお母さんかもしれないね」

 

おばさんは

お母さんが幽霊になってまで

ちゃんといるよ、

と言いたかったのでしょうか・・・。

 

私は思わず言いました。

 

「幽霊でいいから、会いたい!」

 

    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー

 

実は私の祖父は「在家の僧侶」です。

お寺の生まれではなかったけれど、

家の近くに「津村別院」という

お参りが出来る場所があったので、

通っているうちに「僧籍」を取得したのでした。

 

私は祖父にも言ったのです。

 

「幽霊だって怖くないよ!」

「お母さんに会いたい!」

 

すると、

祖父はこう言ったのです。

 

「そうか・・・。

でもな、もうちょっと待て。

慌てんでもな、

お前もやがては

この娑婆の縁が尽きる時がくる。

 

でも、

死ぬんじゃない。

お浄土に

生まれるんや。

 

阿弥陀様に

お浄土まで

つれて行ってもらうんや。

 

そこにお母さんが待っとるから、

もう少し、待っとけ・・・」

 

そして、

こうも言ってくれました。

 

「お前が口に出した

南無阿弥陀仏。

これは仏さまの名前やけど、

お母さんのことでもあるんや。

 

さみしくなったら、

なんまんだぶ(南無阿弥陀仏)、

すればええ。

 

それは、

お母さんと一緒やぞ!

それは、

お母さん、ここにいるよ!

 

そういうことなんや」

 

これは

私が

初めて

聞いた

法話でした。

 

 

   お願い    お願い    お願い    お願い    お願い    お願い

 

 

ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。

 

お母さんと言えば、この詩も有名ですね。

西条八十さんの詩です。

 

 

「お母さん」

 

                    西条八十

 

おかあさん おかあさん

おかあさんてば おかあさん

なんにも ごようは

ないけれど

なんだか よびたい

おかあさん

 

おかあさん おかあさん

おかあさんてば おかあさん

なんべん よんでも

うれしいな

おへんじなくても

うれしいな

 

おかあさん おかあさん

おかあさんてば おかあさん

ほらほらこっちを

おむきです

にっこりわらって

なにごよう
 

 

お母さんがまだこの娑婆に

いらっしゃる方もいるでしょう。

 

また、いつか、

とは思わずに、

今日と言う日を

大切にご一緒なさってください。

 

お母さんが

もう往生なさった方もいるでしょう。

 

大丈夫、

いなくなんかなっていませんよ。

拝む手の中に

ちゃんと居てくれます。

いつでもご一緒です。

 

如是我聞

 

私は

そう聞いていますよウインク

 

今日もお育て頂きましたニコニコ

今日もようこそのお参りでしたお願い

 

 

今日も東京都心は34℃。

明日からは少し気温も落ち着くようですが、

湿度の高さは相変わらずでしょう。

 

皆様の住む場所は如何でしょうか。

皆様も私も、確実に去年より1歳老化をしています。

ご自愛、致しましょう爆  笑

 

さて、今日はお盆期間と言う事で

今日もお寺にお参りに行ってきましたニコニコ

 

 

参道です。

 

 

昨日、今日と、

外部から布教使さんをお招きしての法話会です。

 

 

まずは、宗祖親鸞聖人の御命日法要があります。

 

 

お参りの後は法話会です。

今日の御講師は、昨日に引き続き、山口県超専寺の田坂亜紀子師です。

 

 

 

 

青字は田坂師の言葉の要約です。

 

 

<この世が転じられるとき>

 

(今日のご讃題:テーマ)

 

如来の作願(さがん)を たづぬれば
苦悩の有情(うじょう)を すてずして
回向(えこう)を 首(しゅ)としたまひて
大悲心をば 成就(じょうじゅ)せり


        親鸞聖人(正像末和讃)

 

 

(意訳)

阿弥陀さまが私に「寄り添いたい」と願いを立ててくれたのは、

悩み苦しみ悲しむ私を「見捨てることはできない」と思ったからです。

私に「仏の功徳、慈悲を与えること」を最優先に考えて、

私の苦悩を解き放つという、大きな慈悲を達成されました。

 

 クローバー     クローバー     クローバー     クローバー     クローバー     クローバー

 

昨日、今日のテーマは「慈悲に遇う」です。

「あう」と言うと、
私たちはよく「会う」と書くのですが、
今日の「あう」は「遇う」です。
 
この違いは、
手話でやると分かりやすいんです。
 
「会う」は右手の人差し指を一本、左手の人差し指を1本、
それを同時に動かして、
真ん中でぴったんこに合わせれば「会う」です。
私と相手が会おうと思って、両者が動いていくのです。
 
 
ところが、「遇う」とは、
右手の人指し指はそのまま動かさず、
左手の人差し指を動かして、
移動させて右手の一指し指にくっつけるんです。
 
右手を私とすれば、
私は動かないままで、
左手の相手の方が動いて私に寄ってくるんです。
 
相手が私に遇うことを目的に
動いてくるんです。
 
だから、
私が遇おうと思って遇うんじゃない。
あの方が私に遇うことを目的に
来てくれたのです。
 
それが
数ある仏さまの中でも
たったお一人。
阿弥陀様と言う
仏さまなんですよね。
 
この遇い方を
親鸞聖人は
すごく喜ばれたんですね。
 
   クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー
 
NHKの「朝ドラ」で、「ばけばけ」というのをやっていましたが、
ラフカディオ・ハーンと奥さんの小泉せつさんの人生を描いたドラマでした。
 
最近のNHKの朝ドラはキャッチコピーを作るのですが、
この「ばけばけ」のキャッチコピーはこのようなものでした。
 
この世はうらめしい。
けど、
すばらしい。
 
また、このドラマについて、
紹介文はこのようなものでした。
 
この物語は、
人魂よりも さまよって、
おばけより 生きるのが下手くそで、
幽霊より この世を恨めしく思い、
生きる人たちの物語です。
 
どうですか?
この言葉。
仏教を知る知らないに関わらず、
多くの方の共感を得た言葉でした。
 
だって、
私たちはいつも人生の選択をしていくのですが、
一度だって「後悔しなかった」なんて人はいないでしょう。
 
この世を生きるのは、本当に難しいですよね。
皆さん、一度はこう思ったことがあるでしょう。
 
何で私ばかりが、
こんな目にあわなくちゃならないの!
 
でも、
落ち着いて考えて下さい。
それが「人生」
というものでしょう。
 
でもね、
そのうらめしい人生だけれど、
 
うらめしい。
けど、
すばらしい。
 
そうやって
化けていく事があるんです。
 
   👻    👻    👻    👻    👻    👻
 
井村和清さんという医師のお話です。
井村先生は、長女の飛鳥さん誕生直後、右膝に悪性腫瘍が見つかり、
1977年11月、転移を防ぐため右脚を切断します。
その後、リハビリを経て同院に復帰した義足の井村先生は、
患者さんから「あの先生のために頑張る」と言われるほど尊敬を集めますが、
非情にも腫瘍は両肺に転移します。
井村先生は医師ですから、
データから自分のいのちがもう長くないことを知っていきます。
そして、井村先生は、愛する妻子やまだ見ぬ2人目の子を残して死にゆく無念、
自らの来歴や医療観などを手記として、残された約5カ月の間に綴っていきます。
 
「悲しいことに、私はお前たちが大きくなるまで待っていられない。
これは私が父親として、おまえたちに与えうる唯一の贈り物だ。さようなら」
この遺稿は、書籍『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』として刊行されていきます。
 
さて、
この中で井村先生は最初はこう思っていたのです。
 
「何で自分に、この世は意地悪をするのだろうか!」
 
でも、
その手記の中でこうも書いています。
 
「この病気をしたとき、
初めて私の事を自分以上に思う人がいることを知った。
私以上に悲しみ、私以上に涙する父、母の姿を目にし、
思わず手を合わせたいと言う衝動にかられたのである」
 
そうなんです。
病気の中で、自分の事を思い、
一緒に寄り添いながら涙するご両親を見て、そう思ったのです。
 
井村先生の死期が迫る時、
奥様は第二子を身ごもっていました。
井村先生は、この子の顔を見ることなくこの世を去るのです。
 
そこで、
手記でこの子らにこう綴っているのです。
 
「この世はもちろん辛いことがある。
でも素晴らしいものに出会っていくことが
出来る世界でもあるんだよ」
 
井村先生は
最初はこの世がうらめしかったのに、
なぜ変わったんでしょう?
仏教では、このことを
「慈悲に遇う」
と言います。
 
人は
慈悲に出遇う時、
うらめしかった世界が
すばらしい世界に変わっていく、
転じられていくのです。
 
   👻    👻    👻    👻    👻    👻
 
私が昨日、今日とお話をさせて頂ている和田堀廟所には、
九条武子(くじょうたけこ)さんのお墓があります。
九条武子さんは本願寺の明如上人の末娘さんですが、
美人で秀才で、特に得意なのは「歌を詠むこと」でした。
 
武子さんは、
「これからは女性の教育、それも仏教を中心に心を育みたい」
その想いから「京都女子大学の創設」に携わります。
また、関東大震災では、お嬢様でありながら救護活動に没頭し、
孤児の為に施設を作り、自らも園長になり、子どもの人生を支えていきます。
まさに「慈悲の実践者」だったんです。
 
さて、
そんな武子さんでしたが、元々はお嬢様で、美人で歌も詠む。
その上、色々な社会活動もされていて、
色々な意味で注目をされていきます。
そこには「素晴らしいですね」と称賛する方もいれば、
逆に「誹謗中傷」をする人たち、そして「妬む方」もいたそうです。
 
武子さんは43歳で亡くなるのですが、
友人の柳原白蓮(やなぎはらびゃくれん)さんは、
武子さんが亡くなった時に、このように言っています。
 
「たあ様(武子さん)は、
深い深い胸の底に、
涙の壺を抱いていた方だった」
 
涙の壺。
つまり、
幾たびも泣きに泣いた。
お皿なんかじゃない、
壺じゃないと収まらないほどの
大量の、大粒の涙を
何度も何度も流したというのです。
 
その武子さんが詠んだ歌がこれです。
 
百人(ももたり)の
我にそしりの 火は降るも
ひとりの人の 涙にぞ足る
 
たとえ、
百人の人に悪口、誹謗中傷、いじめをうけても、
たった一人でも私の為に涙を流す方がいれば
私は幸せです。
 
どうでしょう?
私なら、100人に謗られたら、
1000人に「いいね」を言われないと気が済みません。
でも、武子さんは、
「ひとりの涙で十分です」と言うのです。
 
言うまでもなく、
武子さんは幼いころから阿弥陀様のお話、
仏さまのお話をずっと聞いてきたんです。
 
親鸞聖人は阿弥陀様の事をこう言います。
 
阿弥陀様は
見てござる
聞いてござる
知ってござる
 
私たちの見る、聞く、知るは
自分の都合のいいものだけですよね。
 
でも、阿弥陀様は
私たちが見て見ぬふりをするものを見て、
私たちが聞いたのに聞こえないふりをするものを聞き、
私たちが知らないと思っていることでも
すべてをご承知です。
 
こんな私でも、
私の姿をちゃんと知ってくれて、
私の為に涙を流してくれる。
そんな方がいて、私は幸せです。
 
武子さんの言う「ひとりの人の涙」とは、
きっと阿弥陀様のことだったと思います。
 
阿弥陀様が
私の為に一緒に泣いてくれていた。
 
そう思うと、
心が暖かくなり、
きっと安心をされたのでしょう。
 
ここにもまた、
涙を流し続けてきた武子さんにとって、
転じられる世界があったのですね。
 
   👻    👻     👻    👻    👻    👻
 
私は昨日、今日と座らせてもらっているのですが、
実は現在赤ちゃんを身ごもっています。
 
女性は赤ちゃんをお腹に宿すと、
まずは血液の量が40%増えるそうです。
酸素や栄養を血液に乗せて、胎盤に送るためです。
また、
鉄分やカルシウムも自分より優先して、
胎盤に送っていくのだそうです。
 
そればかりか、足りない時は
自分の骨を溶かしてまで赤ちゃんにお送りますから、
妊婦さんは時々骨粗鬆症になることがあります。
私は冷え性で、夏も結構手足が冷たいことがあったのですが、
今年は今も手の平は暖かいままです。
それは、それだけ血が身体を巡っていると言う事なんです。
 
つまり、
全ては赤ちゃんを中心に、
私は今、生きているんです。
それは、
私を差し置いても
「最優先するものがある」と言う事なんです。
 
まさに
今日のテーマのように、
回向を首と、したまひて・・・。
 
あなたの事を第一に優先して、
と言う世界です。
 
「如来蔵(にょらいぞう)」
という言葉があります。
タターガター ガルヴァと言いますが、
タターガターとは「如来」仏さまの事。
ガルヴァとは、
インドの言葉で「子宮」「胎児」のことです。
 
如来、仏様に「いのち宿される者」がいる。
それが「私」なんです。
 
皆さん、仏の子なんですが、どうですか?
これって、
自覚できることじゃないですよね。
 
でも、
今、私が思うのは、
今、私のお腹の中にいる子も、
私の顔はわからないでしょう。
子は親の姿を見られないんです。
それなのに、
親は子を育てることに集中してるんです。
 
それと同じように、
私という存在は「煩悩まみれ」で、
仏さまと言う「親」を見ることはできません。
でも、如来は、今、私を育てているんです。
 
私は「見えている世界」「見ている世界」しか信じてこなかったけれど、
このお話を聞いて、私の知らない世界の中で
「いのち」育まれ、生かされていることを知りました。
 
母は子に何を願いますか?
それは「生まれてこいよ」です。
 
今、私たちは
仏さまの子として育まれているんです。
阿弥陀様の願いは
「仏の子として生きて、
我が国、お浄土に
生まれてこいよ」
 
その仏さまの願いの中で、
私たちは生きているのだと思います。
 
   👻    👻    👻    👻    👻    👻
 
私の親友の話しです。
その子は若い時に結婚をしました。
私は披露宴に招かれて出席をしていました。
 
披露宴では、プロフィールムービーと言って、
自分の小さなときから今までを
写真ごとに紹介して
「人生の歩み」を出席者に伝えることがあります。 
 
さて、写真を紹介しながら、
その友人が教えてくれたことがありました。
 
友人は披露宴に備えて、
まずは実家に帰り、
自分が赤ちゃんから今までの
膨大な数になる写真を一枚一枚チェックしていったんです。
 
すると、あることに気が付いたんです。
あれ?
家族写真なのに
お父さんが写ってないな?
 
彼女のお父さんは
大変に子煩悩な方で、
カメラを片手に
何枚も写真を撮ってくれていました。
 
写真の中に
こんなにたくさん私はいるのに、
お父さんがいないなんて・・・・。
 
そうです。
お父さんの姿はそこにはないけれど、
そこには
お父さんの子を想う、
優しい眼差しが写っていたんです。
 
そのことに
彼女は気づかされたのだと言います。
 
我が子が愛おしい
我が子が可愛い
 
思えば、
家に帰れば、必ずお帰りと言ってくれた。
喧嘩もしました。
悩み事には相談に乗ってくれたこともありました。
 
今まで私は、
私の両親は普通の平均的な人たちだと思っていたけれど、
そうか、
私はこのお父さんのまなざしの中で
いのちを育まれてきたんだ。
 
そう思うと、
自分の姿の写真ばかりだけれど、
この写真、一枚一枚が
愛おしく思えたのでした。
 
私の人生は平凡じゃない。
深みもあれば
味わいもある。
こんなに幸せなことはなかったんだ。
 
そう言う風に
人生が感じられ、
転じられていったのでした。
 
   👻    👻    👻    👻    👻    👻
 
今日のテーマは
慈悲に遇う
ということでした。
 
慈悲とは
時に見えて
時には見えないもの
でもあるけれど、
 
辛く
苦しい
この世。
 
うらめしい
この世であっても、
時に、
転じられて
すばらしい世界と
気づくことがある。
 
そのことを想うと
この娑婆も
悪くないよね。
 
そう思えるのではないでしょうか。
 
 
 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い
 
ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。
 
今年になって、
布教使さんの多くは
「ばけばけ」の話しをされる方が多くなりました。
 
それは何かと思えば、
共感、共有しやすいからでしょう。
 
人魂よりもさまよって、
おばけより生きるのが下手くそで、
幽霊よりこの世を恨めしく思い、
生きる人たち
 
よほどの過信家、成功者以外であれば、
正に自分のことだなぁ、
と思うのではないでしょうか。
 
道ですれ違う、
一見、幸せそうなあの人も、
人に言えないような
苦しみ、悲しみを抱えていて、
人知れず涙を流しているのです。
 
それでも
 
うらめしい。
けど、
すばらしい。
 
そのように転じられる世界がある。
 
それを感じられるご縁があったり、
それを気づける感性が育まれていたり、
そういうことがあると、
 
けど、
すばらしい
となるのでしょう。
 
 
今日もお育て頂きました。
今日もようこそのお参りでしたお願い

 

今日の東京都心は34℃。

猛暑日まであと少し・・・。(いや、頑張らなくていいんですが爆  笑

 

さて、今日はお盆期間と言う事で

今日もお寺にお参りに行ってきましたニコニコ

 

 

今日明日と、

外部から布教使さんをお招きしての法話会です。

 

 

お参りの後は法話会です。

今日の御講師は山口県超専寺の田坂亜紀子師です。

 

 

 

青字は田坂師の言葉の要約です。

 

 

<慈悲に遇う>


今日のテーマは「慈悲に遇う」です。

「あう」と言うと、
私たちはよく「会う」と書くのですが、
今日の「あう」は「遇う」です。
 
この違いは、
手話でやると分かりやすいんです。
 
「会う」は右手の人差し指を一本、左手の人差し指を1本、
それを同時に動かして、
真ん中でぴったんこに合わせれば「会う」です。
私と相手が会おうと思って、両者が動いていくのです。
 
 
ところが、「遇う」とは、
右手の人指し指はそのまま動かさず、
左手の人差し指を動かして、
移動させて右手の一指し指にくっつけるんです。
 
右手を私とすれば、
私は動かないままで、
左手の相手の方が動いて私に寄ってくるんです。
 
相手が私に遇うことを目的に
動いてくるんです。
 
だから、
私が遇おうと思って遇うんじゃない。
あの方が私に遇うことを目的に
来てくれたのです。
 
それが
数ある仏さまの中でも
たったお一人。
阿弥陀様と言う
仏さまなんですよね。
 
   クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー

大乗仏教は、
私一人が救われてOKじゃないんです。
みんなが救われないとOKじゃないんです。
 
親鸞聖人は
慈悲には二つあると言います。
ひとつは
聖道の慈悲
であり、
それは
憐み、悲しみ、育むなり。
と仰っています。
 
その方を見て、深く涙する「憐み」
その方を見て、愛おしいと思う「悲しみ」
その方を見て、育てたい、支えたいと思う「育む」
 
これは
私たちが思う慈悲、持っている慈悲の心です。
ですから、
こういう心で私たちは
日ごろ周囲の方達と接していくのです。
 
ですが、
これには唯一の欠点があるんです。
それは
「限界がある」
と言う事です。
 
私たちが、
いくら気を使って、
時間を掛けて、
悲しみに震える方の傍に寄り添っても
私たちのすることには
限界があって、
助けてあげたいけれど
結局は
どうしていいのかわからないことがあるのです。
 
私たちの慈悲には
最後に限界が待っています。
 
   クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー 
 
今はお盆ですよね。
お盆のいわれは、
ご存じのように
お釈迦様のお弟子の
目連(もくれん)とお母様のエピソードでした。
 
神通力が得意な目連が
今は亡きお母さんがどこにいるのかと思って、
神通力で見てみたら、
「天の世界」にはいなくて、
「人の世界」でもいなくて、
「修羅の世界」にもいなくて、
「畜生の世界」にもいなかった。
 
まさかと思った時に見たのは
「餓鬼の世界」にいて苦しんでいたお母さんの姿でした。
そして、
自分が救おうと思ったけれど、
自分の力では救えずに
「お釈迦様に智慧を頂いて、ようやく救えた」
と言うお話でした。 
 
もう一度言えば、
やっぱり
私たちのしてあげる事、
私たちの慈悲には、
限界があるんです。
 
その限界の境界線。
親鸞聖人は
「かわりめ」
と言っていますが、
境界線で「転換点」があると聞いていきます。
 
それが、
浄土の慈悲
です。
 
ああ、ダメだった
ああ、助けてあげられなかったと
悲しく終わっていかなくていい。
そのように
開かれているのが
浄土の慈悲です。
 
あなたを救う仏が
ここにいますよ!
 
それが
仏さまのお名前、
仏さまの願いである
南無阿弥陀仏
です。
 
阿弥陀様に救ってもらって
浄土に生まれたら、
私たちは
阿弥陀様と同じ
大慈悲の仏様に
なっていくのです。
 
そうなったら、
またこの世に帰ってきて、
苦しんでいる方
有縁の方
大切なあの方の
傍にいて
その方の人生を助けていく役割の仏と
なっていきます。
 
親鸞聖人の「正信偈」に
遊煩悩林現神通(ゆうぼんのうりん げんじんづう)
とあります。
 
私が仏と成って、
再び煩悩だらけのこの娑婆に帰ってきて、
「遊」とは「遊ぶ」のですって。
 
人を救うのは
「楽しい事」
「嬉しい事」
「喜び」でもある
と聞いていきます。
 
私たち、
この娑婆では
聖道の慈悲で限界があるけれど、
浄土の慈悲(仏さま)に
出遇っていくことで、
それは即ち
心が解放される世界と
出遇っていく
ということなんですね。
 
  クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー    クローバー
 
浄土真宗には怪談話があります。
今からそれをお話していきます。
 
お子さんにも恵まれて、まさに「この世の春」を迎えていました。
 
ところが、
出産後の肥立ちが悪くて、奥様は若くして亡くなっていきます。
重右衛門は、まぶしいような明るい世界から、
一気に暗い世界に身を置くことになるんです。
 
それでも、
子供がいることが励みになり、
赤ちゃんを背負って漁に出たり、
近所から「もらい乳」をしながら
子育てをしてきました。
 
さて、
そんなある日。
重右衛門が就寝をしていると、
枕もとに幽霊が出ました。
重右衛門は飛び起きて、
よくよく見てみれば、
それは亡くなったはずの我が妻でした。
そして、幽霊はこう言ったのです。
「我が子に乳を飲ませてあげたい」
 
重右衛門はびっくりしながらも、
一生懸命にこう言いました。
「俺はお前からみたら頼りないかもしれないが、
周りの人も協力してくれている。
この子は俺が立派に育てるから成仏してくれ・・・」
すると、
幽霊はスッと消えて行きました。
 
ところが、翌晩、その次の日と、
毎日、決まった時間に幽霊が出ています。
言う言葉は一緒です。
「我が子に乳を飲ませてあげたい」
 
そんなことが続いたある日の晩、
重右衛門は夢を見ました。
それは夢のお告げでした。
「明日、琵琶湖には大風が吹くだろう。
その時、越前から蓮如上人がやってくるから、
蓮如上人にお前の妻の事を相談すべし」
 
蓮如上人とは、
浄土真宗の本願寺の八代目の門主の事です。
 
翌日、
夢のお告げ通りに琵琶湖は荒れていました。
その晩、
重右衛門は蓮如上人に奥さんの事を伝えていきます。
「そうでしたか。それはお辛い事でしょう」
そんな話をしているうちに、
時刻はいつもの幽霊が出る時間となっていました。
そして、
この日も蓮如上人がいる前に幽霊が出たのです。
「我が子に乳を飲ませてあげたい」
 
その言葉を聞き、
幽霊の真剣なまなざしをご覧になった蓮如上人は、
その場で涙を流したのです。
 
実は蓮如上人は、
若くして産みの母と生き別れています。
それは、
決して望んだ別れなどではない
苦しい苦しい別れだったそうです。
きっと我が母も、
幼い私のことを想って
涙した日も多かっただろう。
 
母の愛とは
深く強いものなのだ。
 
きっと、
蓮如上人は幽霊を見ながら
我が母の事を思い返していたのだと思います。
 
幽霊を見ながら、
蓮如上人は法話を始めました。
「お母さん、そうだよね。
本当は我が子を抱きしめたい。
本当は我が子に乳を飲ませたい。
その想いで、一心の事でしょう。
でも、思い通りにならないから
今ここにそうやって立っているんですよね。
 
末通らぬ慈悲を抱えて
本当に辛い事でしょう。
 
でも、それを妨げない阿弥陀様と言う仏さまが
「我にまかせよ、そのまま救う」
と仰せです。
 
私も母と幼くして別れました。
今、母が
どうしているのかもわからないけれど、
この蓮如と一緒に、
仏さまのお名前、
南無阿弥陀仏
を称えていきましょう。
そして、
共に浄土の道を歩んで参りましょう」
 
そこまで言うと、
幽霊の口からは、
このような言葉があったそうです。
 
「そうですか。
こんな私でも
救いの目当てにして下さった
仏さまがいてくれたんですね。
なんまんだぶ・・・」
 
そして、
最後にこう言い残したそうです。
「私はもうここに出て来ることはありません。
幽霊を捨てて、仏と成らせて頂きます。
でも、一つだけお願いがあります。
この子が物心がついた時に、
母がいなくて寂しくないように
南無阿弥陀仏(名号)を
書き残してはくれませんでしょうか」
 
南無阿弥陀仏とは母の事。
南無阿弥陀仏の中に母はいます。
 
どこまで行っても
あなたと母は一緒にいます。
 
そう思えば、
この子はきっと
心強く思って
生きてくれると思います」
 
その言葉に
蓮如上人は静かにうなずきました。
 
そこまで言うと、
幽霊は初めて笑顔を浮かべて
スーッと消えて行ったそうです。
 
その後、
御付きの者に筆と紙を用意させ、
南無阿弥陀仏
と書いたそうです。
 
虎もようの南無阿弥陀仏として、
私たちの慈悲、
私たちの智慧では
限界があります。
 
どうしたらいいかわからない。
 
その重い扉をひらくのが、
浄土の慈悲だと聞いていきます。
 
限界がないのが
浄土の慈悲です。
 
それを
これからも
仏教に聞きながら
訪ねて参りましょうか。
 
 
 
 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い
 
ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。
 
私も浄土真宗の法話を聞いて10年になりますが、
怪談話は初事でありました。
 
ちなみに西福時はこのようなところです。(画像お借りしています)
 
 
 
蓮如上人が書いた名号は
西福寺の「家宝」となっているそうです。(画像お借りしています)
 
御絵伝(画像お借りしています)
 
何だか、
唯々不可思議なお話でありましたが、
聞いた後で心温まる後味がありますよねニコニコ
 
今日もお育て頂きました。
今日もようこそのお参りでしたお願い

 

今日の東京都心は梅雨の薄曇りでしたくもり

何とか雨は降らずとも、

湿度はムシ~っと全開です。

今日も蒸し暑い一日となりました爆  笑

 

さて、

今日は私のお手次寺の盂蘭盆会に行って参りました。

 

 

お寺の掲示板です。

 

 

浄土真宗の盂蘭盆会のお飾りです。

 

 

左右のお飾りは、切子灯篭(きりことうろう)と言います。

 

 

お参りの後は、法話を聞きましょう。

今日の御講師は、静岡県伊東市寶專寺の遠山泰範師です。

 

 

 

 

青字が遠山師の言葉の要約です。

 

     <本日のご讃題(テーマ)>

 

十方微塵(じっぽうみじん)世界の
念仏の衆生を 見そなはし
摂取(せっしゅ)して 捨てざれば
阿弥陀と名付け たてまつる

                                     

             親鸞聖人

 

(bonbu-koki意訳)

東、西、南、北、

北東、南東、南西、北西、

上、下の十方の方角の中、

その方角の隅々まで見渡して、

苦しみ、嘆き、悲しむ私たちを

仏さまは一人残らずご覧になり、

摂取不捨、

「決してあなたを見捨てません」と仰せです。

その仏さまの事を、「阿弥陀様」と名付けて奉ります。

 

 

 お願い    お願い    お願い    お願い     お願い     お願い    お願い

 

 

<大丈夫よ!ここにいるよ!>

 

東京の方では、

今はお盆の真っ最中ですね。

 

一般的なお盆というと、

年に一回、ご先祖さんが戻ってきて、

また、帰っていくというイメージですね。

 

でも、仏教の宗派の中でも

浄土真宗と言うのは

そう考えないんです。

 

そう考えない、というのは、

「期間限定」で

仏さまが行ったり来たりはしない

と言う事です。

 

じゃ、

いつ戻ってくるんですか?

いつでも、

どこでも、

です。

 

それは

私と一緒にいて下さる。

私がこの娑婆の縁が尽きる時がきても

そのあとも一緒なんですよ。

だから安心なんです。

 

この娑婆は

思い通りに

ならない世界だけれど、

いつでも一緒の方がいるから

安心して生きていける

そう聞いていくんです。

 

お盆と言うのは、

いつも私のいのちに寄り添ってくれて

ありがとうございます。

 

そういうお礼を伝えて、

仏教を聞いていく。

「仏縁の機会」

と捉えていくのです。

 

私たちは、

日頃は目の前にやることがいっぱいあって

仏さまがご一緒というのを忘れています。

だからこそ、

私たちはこういう機会を作って

仏さまの事を思い出し、

仏さまの事を気づかせてもらっていくんです。

 

よく、

父の日、母の日ってあるでしょう。

あれは、

お父さんありがとう。

お母さんありがとう。

なんですが、

あの日一日だけが、

「ありがとう」でしょうか?

違いますよね。

本当は毎日が、

「ありがとう」ですよね。

 

でも、

私たちは日々の忙しさで

「お父さんありがとう」

「お母さんありがとう」

を忘れちゃうじゃないですか。

 

だから、

あえて

そう言う日があるんです。

 

それと同じで、

今日は

「仏さまありがとう」

「ご先祖様ありがとう」

「愛おしいあなたありがとう」

 

そう言う日

なんですね。

 

  👨    👩    👨    👩    👨    👩    👨  

 

私たちは普段、

こういう世界にいます。

 

分別(ふんべつ)

 

大きい、小さい

多い、少ない

長い、短い

勝った、負けた

ある、ない

いる、いない

できる、できない

好き、嫌い

 

私、あなた

若い、老い

健康、病い

生きる、死ぬ

 

分ける世界です。

区別する世界です。

それは

差別する世界でもあります。

 

もう一歩突き詰めれば、

それ(分別)がきっかけで

苦しんでいく世界です。

 

私たちは、

都合のいいことに拘ります。

執着するんです。

だから苦しい。

苦しい原因は何かと言えば

「執着」なんですよ。

 

でも結局は

そういう世界に

生きていますでしょ

私たちは・・・。

 

よく、

ゴミの分別っていいますよね。

笑い話があります。

 

ゴミ捨て場に、ゴミを捨てに来たご婦人がいました。

すると、もう一人のご夫人が来て顔を合わせました。

顔をみるとご婦人はこう言いました。

「あの粗大ごみも、一緒に持って行ってくれると助かるのよね」

 

そう言った視線の先には、

引きつった顔の御主人がいたそうです。

 

その時、

ご主人は声には出さなかった(出せなかった)けれど、

こう思ったそうです。

「危険物を出すのは、いつだったかな」

「危険物は取り扱いが難しいんだ・・・」

 

 爆  笑   爆  笑   爆  笑   爆  笑   爆  笑   爆  笑   爆  笑   爆  笑

 

では、

仏さまの考え方って、

どうなんでしょうか。

 

それは

無分別智(むふんべつち)

言います。

 

無が付くから、

分別しないということ。

智慧の智が付くから、

分別しない智慧ということです。

 

あの人が憎い

あの人が嫌い

そういうことがないんです、

仏さまは。

分けないんですから。

 

むしろ、

あの人の心が=(イコール)になる。

あの人の心は、我が心になります。

 

わかりやすく言うと

 

放っとけない!

 

これを

と言うんです。

 

私たちは普段

一人ひとりが独立していますよね。

それは

一人ひとりが孤独って感じる事でもあると思うんです。

 

日本画家の堀文子さんの名言があります。

「みんなひとりが寂しいといいますが、

人といれば本当に寂しくないのかしら?

人はそもそも孤独なんです」

 

さて、

私たちは

実はみんな孤独なんです。

 

でも、

それを絵にかいてみると、

こういう事なんです。

 

島がある。

上から見たらどうもバラバラにあるみたい。

でも、

その島の一つ一つは

海底でつながっているんですよね。

そうですよね。

 

 

私たちは、

普段、独立してる。

でも、

それって、

時に孤独。

 

そう思っているんですが

見えないところで

ちゃんと繋がり合っていた。

 

この

見えないところ

見えないもの

そういうものって

実はあるんですよ。

たくさん。

 

人の心のつながりだって

仏さまとのつながりだって

見えないだけで

ちゃんと

あるんですよ。

 

つながっているからね。

大丈夫

そういうのを

仏さまっていうんですよ。

 

   🏝    🏝    🏝    🏝    🏝    🏝    🏝

 

仏さまって、

座っていたり、立っていたりするでしょう。

浄土真宗の仏さまを見てみましょうか。

 

眼はどうなっているかというと

半分、眼を閉じています。

いや、眠いんじゃないですよ。

これは半眼(はんがん)と言います。

皆さんは

小さな子供や赤ちゃんを見るとどうなりますか。

目が細くなりますよね。

あの眼です。

 

可愛くて

可愛くて仕方ない。

心配で

心配で仕方ない。

 

では、

誰を見てるんでしょう?

あなたを

ですよ。

 

耳はどうかと言えば、

大きいです。

何のためでしょう。

どんなに小さな声も

聞き漏らさないということです。

時には、「声なき声」

声に出せないようなことさえ、

ちゃんと仏さまには聞こえていらっしゃいます。

 

では、

誰の声をでしょう?

あなたの声なき声を

ですよ。

 

立ち姿とは何でしょう。

真正面からは見えませんが、

真横からみると、仏さまが前傾姿勢なんです。

よく、運動会の短距離走で、前傾姿勢になるでしょう。

あれと同じことです。

どういうことかというと、

いち早くスタートをするためです。

 

では

誰の元に行くのでしょう?

あなたのところに

ですよ。

 

(画像お借りしました。普段は横からは見えないですからね)

 

 

  👀    👂    🏃    👀    👂    🏃    👀

 

私の子供は今は高校生になりましたが、

この子が5歳の時のことです。

 

誕生日プレゼントに自転車を買ったんです。

その自転車とは「ランニング自転車」と言って、

ペダルが付いていない自転車で、

本格的に自転車に乗る「前の段階」の自転車です。

 

買うと早速、境内で乗り始めました。

そうしていくと、お寺に来たご門徒さん達から、

「上手だね」

「速いね」

「かっこいいね」

そう言われるのです。

言われた方は、もう有頂天です。

 

そうしているうちに、

ある時、伊東市で「ランニング自転車」の大会があるので

「参加者募集」というチラシが舞い込みました。

それを見た我が子は「出たい」と言います。

私は早速、申し込みました。

 

さて、大会の前日、

我が子が勢いよく家を飛び出していきました。

私はてっきり、練習をするのだと思ったのですが違いました。

大きな岩の上に乗ったのです。

「何をしてるの?」

私が聞くと、こう答えたんです。

「表彰台に乗る練習!」

もう私は苦笑いです。

 

   🚴    🚴    🚴    🚴    🚴    🚴

 

さて、大会当日です。

私はびっくりしました。

大会に出る子は

「チームを作って練習をしてる子」や、

「全国大会に出まくっている子」など、

猛者が多く出ていたんです。

 

うちの子

ダイジョウブかな?

 

私たち夫婦も、

ちょっと心配になりながら

レースを見ていました。

レースは大きな板が倒れたら、

その板の上を通過してゴールを目指します。

 

ヨーイ、スタート!

 

一斉にスタートしますが、

スタートしてトップの子はどんどん先に進んでいきます。

我が子は?というと、

みるみる間に置いていかれ、

早くも最下位です。

 

あ~、

 

私は他の子とはレベルが違うんだな

と思いながら、隣にいる連れ合いを見ると、

さっきまでいた連れ合いがいません。

 

あれ?

どこ行った?

 

再び、視線を我が子に戻すと、

レーンの横には連れ合いがいました。

我が子と平行になり、一緒に走っているのです。

 

うそだろ~!

 

連れ合いは

自分も一緒に走りながら

我が子に大きな声を掛け続けていました。

 

おかあさんも

いっしょに

はしるからね!

 

大丈夫よ!

ここにいるよ!

 

その後、

ダントツの

最下位だったけれど

完走して

ゴールをしました。

 

ゴールに着くなり

連れ合いは

我が子を

ぎゅっと

抱きしめました。

 

「よく、頑張ったね!」

「えらかった、えらかった!」

 

実はその瞬間、

私は

自分が勝手に作り上げた

「暗い世界」から解放されたのです。

 

私が見ていたのは

「勝ち負けの世界」

「我が子は何番かなと言う世界」

「ああ、ダメなんだ、という評価の世界」

自分の作り上げる

執着、分別によって

自分が苦しんだのですね。

 

でも、

連れ合いは違いました。

私と同じ風景を見ていたのに、

連れ合いは

我が子の心を見ていました。

 

「悔しさ」

「恥ずかしさ」

「みじめさ」

 

泣きたいほどの辛さを

一緒に感じていたんです。

 

他の誰かが見離しても

他の誰かが見捨てても

他の誰かが見下しても

たった一人

見捨てない人がいたんです。

 

摂取して

捨てないんです。

 

   🚴    🚴    🚴    🚴    🚴    🚴

 

今日は

私の連れ合いが仏さまです、

と言うことではありません。

 

私たちの人生では、

分別することが求められます。

比較して、選別して、取るか捨てるか。

そうしないと日常生活は送れません。

 

ですが、

そういう世界であるからこそ、

分別、執着から

苦しみが生まれてくる。

そのことも事実でしょう。

 

苦しんだら

それは誰のものでしょう。

それは

苦しんでいる人だけのもので、

他の誰も

「代わってくれない」世界です。

「代わってあげられない」世界です。

 

孤独ですね。

苦しいですね。

辛いですね。

 

だからこそ、

仏さまという

「分別」しない「智慧」を持った方が

寄り添ってくれているんです。

私のいのちに

寄り添ってくれているんです。

 

それも、

こっちに来いじゃない。

こっちに来てくれるんです。

 

お盆は

この期間だけ

戻ってきて、

帰って行く。

 

それで

大丈夫ですか。

 

あとは

一人ですか?

 

いや、

仏さまは

期間限定じゃありません。

 

いつでも

どこでも

私と

ご一緒です

 

仏さまとは

そういう方です。

 

この時期は

お盆ですね。

 

仏さまのことを気付き

いつもありがとうの感謝と

そういう仏縁を感じて、

気づいていくのが

いいんじゃないでしょうか。

 

 

  お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い  

 

ここからは、

bonbu-kokiが書いていきます。

 

浄土真宗では、

よく阿弥陀様のことが出て来るのですが、

お坊さんが言うには

「それだけじゃない」と言います。

 

今もここに来ていて、

私のいのちに寄り添うのは、

先に往かれた人生の諸先輩方、

先に往かれた有縁の人たち、

先に往かれた愛おしいあの方、

そういう仏さまが寄ってたかって

自分のいのちと成って、

いまここで

ハタライてくれている

と言うのです。

 

そう聞いたら、

仏さまには

何かをお願いするんじゃない。

 

素直に

ありがとうございます。

それしかない世界なのだと

私は聞いています。

 

東京や神奈川などが7月のお盆なら

それ以外の多くの地域は8月がお盆ですね。

 

皆様、

思い思いの中で

よいお盆をお過ごし下さい。

 

今日もお育て頂きました。

今日もようこそのお参りでしたお願い