今日の東京都心は、雲りくもりの多い1日でした。

朝晩すっかり冷え込むことが多くなりましたが、

体調管理には気を付けたいものです。

 

さて、

今日は第4日曜日ですね。

東京都豊島区誓願寺にお参りに行ってきましたニコニコ

 

 

お寺の掲示板です。

 

 

 

お参りのあとは、法話を聞きましょう。

今日のご講師は、東京都豊島区誓願寺の古賀正明師です。

 

 

 

 

※青字は古賀師の言葉の要約です。

 

 

<これからもよろしくね>

 

昨日でお彼岸は終わりましたが、今日はお彼岸会をします。

浄土真宗では

「こうでなければならない」というこだわりがないからです。

 

お彼岸、特に中日は「太陽が真西に沈む」と言われます。

その「真西にお浄土がある」と、お経では説かれています。

その真西に向かって、先に往った懐かしい方を偲んでいくんですね。

 

親鸞聖人はこう言います。

 

生死の苦海 ほとりなし. 

久しく 沈づめる 我らをば.

弥陀弘誓の 船のみぞ

乗せて かならず 渡しける
 

つまり、

私たちの住む生死の世界は

苦しみばかりの海のように果てがありません。

そうしてこの世の海に

遠い過去より沈んでいる私たちを、

阿弥陀如来の救いの船は、

乗せてかならず彼岸(お浄土)まで、

渡してくださるそうです。

 

私たちは、

その「救いの船」にもう乗船中で、

この娑婆の縁が尽きたら、

即、同時に

もう彼岸(あっちの岸)、

つまりお浄土に着いているんですって。

 

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人が亡くなると、

よく聞く「三大言葉」がこれです。

 「ご冥福をお祈りします」

 「草葉の陰から見守っています」

 「お悔やみを申し上げます」

 

冥福の「冥」は暗いと言う意味ですから、

「暗くて寂しい世界に行ったあなたの幸せを祈ります」と言う事です。

お浄土は、「暗くて寂しい世界」ではありません。

 

昔は土葬で、地面には草が生えていたから、

「地面の中から、残った人を見てるからね」

お浄土は、「地面にあって、草が生えている」のではありません。

 

「あれもしたかった、これもできなかった、と悔やむことばかりだから、

「そうした悔やみ事ばかりですよね、という慰め」

お浄土は、「悔やみも悩みも悲しみも苦しみもない世界」です。

 

私と、私たちの大切な方の行方とその後。

それを今日も考えてみましょう。

 

  🚢   🚢   🚢   🚢   🚢   🚢   🚢   🚢

 

私たちの阿弥陀様は、

ふたつの事を

私たちに贈り物(プレゼント)としてくれたんです。

 

まずは、

この娑婆の縁が尽きても、

いのちは終わりではなく、

また、六道輪廻には戻らない。

仏さまの世界に仏と成っていく

といいます。

 

これを往相(おうそう)、

詳しくは「往生浄土(おうそうじょうど)の相」

と言います。

「相」とは、すがたと言う事です。

 

先ほどの、

生死の苦海 ほとりなし. 

久しく 沈づめる 我らをば.

弥陀弘誓の 船のみぞ

乗せて かならず 渡しける

 

と言う事なんです。

 

もう、苦しまなくていいよ。

もう、迷わなくていいよ。

もう、悲しまなくていいよ。

 

だって、

仏と成って

お浄土に往かせてもらうのだから。

 

そして、

もう一つの贈り物を、

還相(げんそう)、

詳しくは「還来穢国(げんらいえこく)の相」

と言います。

 

「穢」とは汚れたということ、

汚れた国とはこの娑婆の事です。

お浄土に往った方は、

また再び、

その汚れた国に

必ず還ってくるんですって。

 

還相のこと、

もう少し、お伝えをしていきましょうか。

 

  🚢   🚢   🚢   🚢   🚢   🚢   🚢   🚢

 

私が関東のある場所に法話で呼ばれて行ったときのことです。

法話が終って、30歳代くらいの女性が、控室に私を訪ねてきました。

まだお若い方でしたので、

「仏教の事を教えて下さいと言うなら、私が教えてあげないとな」

そんな思いも持ちながら、その方のお話を聞くことになりました。

 

その女性の名前を仮名で、ゆうさんとしましょう。

ゆうさんはお若くして結婚し、りんりゃんという女の子を授かりました。

ところが、夫婦にはご事情が出来たようで、

ゆうさんはシングルマザーとして、

りんちゃんとの生活が始まったそうです。

 

りんちゃんは、あまり活発ではないし、

すぐに体調を崩す病気がちな子どもでした。

それでも、楽しく二人で過ごしてきたそうですが、

あまりに他の子と比べて弱いので、

3歳になった頃、街のお医者さんに行って詳しく検査をすると、

もっと大きな病院に行った方がいいとのことでした。

 

そして、大きな病院で、

重大な「心疾患」が明らかになっていきます。

それも、生まれてすぐにわかっていれば、処置のしようがあったが、

3歳になってからでは、生命の維持も危うく、

このまま長生きをさせるなら、

病院で長期の入院生活を要すると言われます。

 

「なんで、今まで気が付かなかったんだろう」

「なんで、あの時もっとこうしなかったのか」

ゆうさんは自分を責め続けました。

 

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入院後、

ゆうさんは病院には毎日のようにお見舞いに行きました。

病院の大きな窓からは、たくさんの花が見えたそうです。

とにかく、りんちゃんは「動く」のがしんどいのです。

そんな生活の中でも、

病室の窓から見る花は、四季折々の花が咲いてきれいでした。

 

早速、ゆうさんは「花の図鑑」を買って、

りんちゃんと二人でみるのが楽しみになりました。

4月は桜の花がきれいでした。

ゆうさんは病院の看護師さんに確認し、

食べていいものを確認してから「お弁当」を作ってきて、

病室で親子で食べました。

りんちゃんは言いました。

「おかあさん、ありがとう!」

 

しかし、

りんちゃんのこの娑婆の縁が尽きる時がきました。

その日は桜の花びらが散り始めていました。

5歳の誕生日の、ちょっと前の出来事でした。

 

それ以来、

ゆうさんは桜の花が見るのが嫌いになったそうです。

そして、七回忌があった時の事です。

浄土真宗のお坊さんが

「還相」の話しをしてくれたそうです。

 

え?

また、還ってくるんですか、あの子が!

 

その話を聞いて以来、

今度は桜が恋しくなったそうです。

 

「あの桜の花を見てると

いのちが続いているって、

思わせてくれるんです」

 

「あの子は

悩み、苦しみのない

仏さまとなって、

私の傍に還ってきてくれるんです」

 

そのお話を聞かせて頂いて、

私は恥ずかしくなりました。

 

「この私が仏さまの事を教えてあげよう」

じゃなかったのです。

 

私より、

阿弥陀様と出遇っていた

ゆうさんでありました。

 

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最近もニュースでありましたが、

今、孤独死で無縁仏となった方が、

8000人くらい、いらっしゃるそうです。

 

先日、私のところに連絡がありました。

「70歳の男性が高齢者施設で亡くなったが、身よりがない。

せめてお経だけはあげてあげてくれ」と。

 

私が指定された会場に行くと、

棺はありますが、施設の方も来ていないため、

葬儀関係者の方しかその場にはいなかったのです。

 

葬儀関係者がいいます。

「お経をあげて下さい。私たちは外で待っています」

 

会場は、その男性と私だけです。

こんな経験がありませんので、

私は戸惑いました。

お経を読んだ後も、

法話はありません。

聞いてくれる方もいませんから・・・。

 

その後、

この体験をある先輩僧侶に言ったんです。

「こんなことがありまして、

この場合はどんな心持ちでいたらよかったんでしょう?」

 

そうしたら、その先輩僧侶はこう言ったんです。

「有難い体験をさせてもらったね」

 

「無縁仏って言うよね。

無縁と言っても、

誰とも縁が無くて

いのち終えたんじゃないんだよ」

 

「仏さまは、

ひとりひとりを大切にして下さるじゃないか」

 

「その方は、今、仏さまとなって

仏の国であるお浄土からこの穢国に戻ってきて、

出会っていく、その相手が君だったんだよ」

 

そうだったんですね。

 

仏さまは

この娑婆に戻ってきて、

「自分の為に経を読んでくれる」

この私のところにやってきて

私を育てようとしてくれていたんですね。

 

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最後に、

私の親友の話しです。

私は35歳まで福岡にいましたので、

親友と呼べる存在も福岡にいます。

 

昨日の話しなんですが、

その親友から電話があったんです。

「母親が亡くなったんだ」

 

そうか・・・。

何しろ、私が中学生くらいの時からよく知っていて、

その方が亡くなったんですから

私もご葬儀に本当は行きたいところなんです。

でも、こういうのは急な話ですし、

今日はお寺の法話会がありましたから、

簡単には行けません。

そのため、

私は彼に手紙を書くことんしたんです。

 

こんな内容です。

「お母さんは人生で、

苦しいこともたくさんあったでしょう。

でも、

楽しいこともたくさんあったと思うのです。

それが「人生」というものではあるけれど、

最後は

<お疲れさまでした>と

伝えてあげて下さい」

 

「きっと、

親子でたくさんの思い出を作ったことでしょう。

高校生のときにお父さんが亡くなった後、

お母さんはきっと、

死に物狂いで頑張って、君を育て上げ、

立派に社会に送りだしてくれました。

君が結婚をしたときも、

影ながらの嬉し涙があったことでしょう。

最後は、

<今までありがとう>と

伝えてあげて下さい」

 

「お母さんのこの娑婆の縁が尽きて、

君はきっと寂しい気持ち一杯の今だろうけれど、

お母さんはすぐにこの穢国に還ってきて、

ずっとずっと君の傍にいて、

いつでも

どこでも

ここにいて

君の事を見守ってくれるでしょう。

最後は、

<これからもよろしくね>と

伝えてあげて下さい」

 

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この娑婆の縁が尽きた方が

再びこの穢国に還ってきて

今、自分と一緒にいてくれる。

 

さて、そのハタラキ。

ほんとうにあると思いますか?

 

今は朝晩と涼しくなり、

夜は虫が鳴き、

キンモクセイも香ってきました。

 

皆さんは「秋」ってみたことがありますか?

ないですよね。

じゃあ、秋はないんですか?

ありますよね。

それは、

気温、虫の声、キンモクセイの香り・・・。

そういうものが「秋」の「ハタラキ」によって、

物事が動き、変わり、

それを私が感じている

ってことですよね。

 

そうです。

見えなくたって、

あるじゃないですか。

感じるじゃないですか。

 

優しい人っていますよね。

その方の「優しさ」を見たことがありますか?

見えますか?

見えないのではないでしょうか。

でもその「ハタラキ」があるから、

優しさを感じるんですよね。

 

そうです。

見えなくたって

あるじゃないですか。

感じるじゃないですか。

 

亡き方はどうですか?

今、ハタラキとなって、

私やあなたのいのちになって、

ここにいるんです。

 

感じて

頂けますでしょうか。

 

今日は彼岸会です。

素敵な出会いを

感じて下さいね。

 

 

 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

 

ここからは、

bonbu-kokiが書いていきます。

 

往相と還相

 

この仏法の言葉には、

結構、

私は惚れこんでおります(笑)

 

亡き方は死んで終わりの命ではない。

仏と成らせて頂いてお浄土に参らせて頂く。

そこでは、先に往った懐かしい方と再会を果たしていく。

ところが、それで話は終わらない。

仏と成った方は、

また、この娑婆に還って

有縁の方の傍に、

たくさんの困っている方の傍に、

いつでも、

どこでも

今ここに

一緒にいてくれる。

 

まさにそれが

仏のハタラキ。

そう聞いていきます。

 

ありがたいと思います。

今日もお育て頂きました。

 

今日もようこそのお参りでしたお願い

 

今日の東京都心は、「曇りくもり」と言う当初の予報を覆し、

ほぼ「終日雨雨」の肌寒い一日でした。

 

今日はお彼岸の中日です。

どこのお寺も「彼岸会」が多いと思いますが、

私のお手次寺も「彼岸会」でしたお願い

 

 

お寺の掲示板です。

(雨が降っているのが、わかりますよね)

 

 

お参りの後は、

法話を聞きましょうニコニコ

 

今日の御講師は、

東京都世田谷区正法寺の白川淳敬師です。

 

 

※青字は白川師の言葉の要約です。

 

 

<つながっている

     ~縁から縁へ~>

 

最近は雨が多く、

それも、今までにないような降り方をしますよね。

月曜日は、千葉と神奈川で、ものすごい量の雨が降りました。

 

また、少し前は、ネパールで大量の土砂が流れだして、

建物もあっという間に飲み込まれ、

人の被害も数千万人と言う話でした。

 

昨日までは大丈夫だっだけれど、

今日も「大丈夫」とは限らないのが

この世の出来事。

この世のご縁です。

 

ものごとは

変わっていくんだよ。

 

お釈迦様が教えてくれた真実です。

これを

諸行無常

といいますが、

だからこそ、

「今日」を大切にしていきたいものです。

 

  黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花

 

実は、私はネパールに行ったことがあるんですが、

その当時は、世界で気温が熱くなり始めていたころでした。

そうすると、いろんなことが起こってきていました。

 

「今までにないようなこと」があると、

今でもそうですが、

日本人は、科学的に説明をしようとするんです。

すると、

私たちは「そうなんだ」と納得しやすいでしょう。

ところが、

インドの方でこんなことを言っていた方がいました。

 

「神様が怒ってる!」

 

皆さんは、

これを

笑うでしょうか?

 

今の世界はどうですか?

ネパールの災害は

「氷河が溶けた」ということになっていますが、

私たちの「便利」「快適」を追求した結果、

やっぱり、

誰かに怒られているんじゃなんでしょうか。

 

  黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花

 

今日は、先ほど、皆さんで、

お釈迦様のお説きになった

「仏説阿弥陀経」を読経しました。

 

その中で、

6種類の鳥が出て来きましたよね。

白鵠(びゃっこう)とは、白い大きな水鳥

孔雀(くじゃく)

鸚鵡(おうむ)

舎利(しゃり)とは、色鮮やかな霊鳥

迦陵頻伽(かりょうびんが)とは、上半身が人、下半身が鳥と描かれる妙音の鳥

共命之鳥(ぐみょうのとり)とは、一つの体に二つの頭をもつ鳥

 

鳥は、六道輪廻の中の「畜生」という分類ですが、

何故、「畜生」が極楽浄土に出て来るかと言えば、

阿弥陀如来に代わって仏法を教える役割なんですね。

 

さて、その中で、

共命之鳥(共命鳥)

がいます。

こんな感じです。

 

 

身体はひとつなのに、首から上は二つ。

このお寺の階段の途中にもいますから、

後ほど見てみて下さい。

 

 

この鳥については、

色々なお話の伝わり方があるのですが、

ようするに

身体は一つで、首から上は二つの鳥です。

 

一羽が寝ているときは、

もう一羽は起きていたりします。

 

ある時、

一羽が美味しそうな木の実を見つけます。

「ああ、美味しそうだな。

美味しい木の実を食べたら、

きっともう一羽も喜んでくれるだろうな」

 

そう思った、一羽は、

「おいしい木の実」を食べるんです。

 

しばらくして、

もう一羽の方がそのことに気付くんです。

 

「君は、僕に黙って、美味しい木の実を食べただろう。

なんで僕に黙って、独り占めをしようとしたんだ!」

 

もう一羽は、

仕返しをしようと思うんです。

「あんな奴、これで懲らしめてやる」

 

そう思って、

もう一羽は「毒の入った木の実」を

「これ美味しいから食べてごらんよ」

そう嘘を言って、一羽に食べさせたんです。

 

食べた途端、

一羽は苦しみ始めました。

 

「懲らしめてやったぞ」

 

ところが、

今度は自分も苦しみ始めました。

 

頭は二つでも

身体は一つなんです。

当然ですよね。

 

結局、

この鳥は二羽とも、

死んでしまいました。

 

共命鳥は

ともに同じいのちを

生きていたのですね。

 

一羽は、

もう一羽の為に

美味しいものを食べたのに、

もう一羽は、

自分のためだけに

生きてしまったのです。

 

  黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花

 

このお話、

共命鳥の身体を

地球に例えてみたらどうでしょう。

 

頭は国です。

自分だけ得をしよう。

あとの人は関係ない。

 

そう思ったら、

結局は

共倒れに

なるんですよ。

 

だから、

自分を大切にするように

相手の事も大切にしようよ。

 

このことを

共命鳥は

阿弥陀様に代わって

私たちに

説法してくれていたんですね。

 

自分には関係ないよ。

あの人には関係ないでしょ。

 

いやいや、

みんな、

つながってるんですよ。

 

一見、

つながってないように見えても、

実はつながっているんです。

 

これを仏教では、教えてくれます。

これを仏教では「縁」とも言います。

 

国も、人も、動物も、鳥も、

みんなみんな

「縁から縁」

の世界でつながっている。

 

自分が幸せになりたかったら、

まずは他人も幸せを願っていきましょう。

 

仏教は

そのことを教えてくれます。

 

今日はお彼岸です。

名前も、顔も知らないご先祖様も、たくさんいるでしょうが、

「ご先祖」お一人お一人が

つながったから、

今、自分はいるんですよね。

お一人でも欠ければ、

この自分はいないんです。

 

今日は雨ですが、

西に向かって

合掌して、

 

ありがとう。

お蔭様です。

 

是非

言ってみましょうよ。

 

 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

 

ここからは、

bonbu-kokiが書いていきます。

 

全てのものは、同じ命を生きている。

 

共命鳥の法話を、

是非世界のリーダーには聴聞をして頂きたいと思います。

 

さて、

今日は法話が12時で終わり、

これから他の法話会も間に合わないので、

それではと、

ご縁のあるブロガーさんの情報を頼りに、

人気アーティストの竹井千佳さんの個展に行って参りました。

(東京渋谷のスペースYUI:外苑前1b下車、徒歩5分)

 

 

竹井さんは仏教にはあまりご縁がなかったそうですが、

あることをきっかけに、

関西までわざわざお出かけをされて、

菩薩さまや仏教の教えを

絵で表現されたのだそうです。

 

bonbu-kokiなりに味わいますと、

これを

「仏さまに導かれた尊いご縁」

と言うのだと思います。

 

今日の個展では、

竹井さんが心を込めて取り組んだ

「仏縁作品」の数々が並んでいました。

 

まさに

阿弥陀経ではありませんが、

青色青光(しょうしき しょうこう)

黄色黄光(おうしき おうこう)

赤色赤光(しゃくしき しゃっこう)

白色白光(びゃくしき びゃっこう)

 

青いものは、青く光り輝き

黄色のものは、黄色く光り輝き

赤いものは、赤く光り輝き

白いものは、白く光り輝き

 

どの作品も、

混じることなく、

競うこともなく、

ひとつひとつが

自分の色(個性)として

「凛」と輝いていました✨

 

仏教は、

「限られた人のもの」ではなく

「みんなのもの」であってほしいと思います。

今日は、

仏教を知らない方でも

親しみやすい画風で、

仏教用語と絵のマッチングが

斬新で大変面白かったです。

 

私はこのブログのテーマカラーでも使っていますが、

個人的にパステルカラーのパープルが好きなので、

好きな色を基調に、

たくさんの作品から

「ほっとしたり」

「柔らかかったり」

「明るいイメージ」

を感じさせて頂きました。

 

そして、

お伺いした時間が、

午後1時少し前であったこともあって、

竹井さんからたくさんのお話を頂うことができました。

 

作品の写真を撮ったのでご紹介したいところですが、

是非、画廊に行って頂きたいので、

ここではちょっと我慢を致しましょう爆  笑

 

今日は「ご縁」で

bonbu-kokiと一緒に写真を撮って頂きました。

とてもチャーミングで、やわらかな物腰の方でした。

 

 

 

また、

竹井さんの本や、ポストカード等を購入させて頂きました。

 

 

竹井さんの本に

サインまで頂き、有り難いご縁となりましたお願い

 

いつもお坊さんにねだるように(笑)、

今日は竹井さんに本名と法名を連名で書いて頂きました。

 

 

こちらこそ、

素敵なご縁を賜り

ありがとうございました✨

この場を借りて

御礼を申し上げますお願い

 

竹井さんのような感受性の高いアーティストさんには、

今後さらに世界に羽ばたいてほしいと願うばかりですニコニコ

 

まさに、

今日は

縁から縁へ

でありましたお願い

 

           (竹井さんの十一面観音菩薩)

 

今日の東京都心は、台風🌀が近づいて、大雨☔です。 

皆様のお住まいのところは、大丈夫だったでしょうか。

 

 

先日より、本堂では、

仏教伝道協会の「法語➕️写真展」が開催中です。

 

 

今日はこれを味わっていきましょう。

 

 

私たちは、

雨雨が降れば、「あいにくの天気」といい、

晴れ晴れが続けば、雨を恋しがります。

 

雨が降れば、「台風は御免」と思うのですが、

雨が降らなければ、

せめてダムには降って下さい、

農作物にはほどほどで・・・、と

際限なく自己都合を願ってしまいます。

 

ですが、

なかなか私達の自己都合には、

自然は合わせてくれません。

 

ですから、

私達の方が自然に合わせるしかないのでしょう。

私たちがどのように自然と向き合っていけるのか。

 

その中で、

私たちの心構えですが、

晴れの日は晴れを受け入れ、

雨の日は雨を受け入れていく方が

心穏やかに過ごせて良いようですよ。

 

さて、

お参りのあとは法話を聞きましょうニコニコ

 

 

昨日は、ご講師さんのお姿を撮らなかったので、

菅原師の紹介文を載せておきます。

 

 

今日のご講師は、神奈川県川崎市髙願寺の宮本廣宣師です。

 

 

 

※青字は、宮本師の言葉の要約です。

 

 

<いのちは大海で一緒になる>

 

お釈迦様が生きていらしたインドでは、

このようなお話が伝わっています。

 

あるところに、王様とお妃さまがいました。

あるとき、王様がお妃さまに聞きました。

「あなたにとって、世界で一番大切な人は誰かな?」

 

王様は、当然

「それはあなたです」

という答えを想像していました。

 

ところが、お妃さまの答えは違いました。

「はい。それは、私自身です」

 

王様はびっくりしますが、

冷静に振り返れば、

では、「王様はどうですか?」

そう聞かれたら、やっぱり

「それは自分自身である」

自分でも、そう答えると思ったので、

お妃さまを怒るわけにはいきませんでした。

 

これで、夫婦の仲は大丈夫か?

しいては、国を守れるのか?

 

王様は、お釈迦様のところに聞きに行きます。

「これで、大丈夫でしょうか?」

 

お釈迦様の答えは明確でした。

「大丈夫」

 

でも、

そのあとで、こうも言うのでした。

「実は、みんなそう思っている。

自分自身が一番大事だと。

だから、

他の人たちも、

「自分が一番大事」

と思っていることを忘れてはいけません。

ということは、

自分を大事に思うように、

相手のことも大事に思わないといけないのです」

 

私が一番大事な存在。

 

では、

その大切な私自身のいのちですが、

私ひとりのもの・・・・、

なのでしょうか・・・・。

 

 👑    👑    👑    👑   👑   👑   👑   👑

 

今日は、

私であって

私でないいのち

というお話です。

 

アメリカで、以前に本や映画になったのですが、

「モリー先生との火曜日」という実話があります。

 

モリー先生は、ボストンの大学の先生をしていました。

ところが、

ALSという筋肉が動かなくなってくる病気にかかりました。

 

ある日、テレビの番組で、

ALSに掛かったモリー先生がインタビューを受けていて、

たまたま、ミッチ・アルボム(以下、ミッチさん)がそれを見たんです。

ミッチさんは、若い頃はミュージシャンをやっていましたが、

その後、新聞のスポーツライターになって、成功を収めていた人物です。

「あ、この方は、もしかしたら、私が昔に教えてもらった先生だ」

 

テレビを通じてミッチさんは、

昔の恩師が、難病に指定されている「筋萎縮性側索硬化症(通称ALS、Amyotrophic Lateral Sclerosis)」という神経の病と

闘っていることを初めて知ったのです。

この病気にかかると、体の自由が次第に失われていき、

やがて眼球や瞼の開閉がやっとといった状態になり、

最後には死に至ります。

 

そのことを考えれば、ミッチさんはこう思ったのです。

「モリー先生に会いに行こう」

 

早速、ミッチさんは、モリー先生のもとへ駆けつけました。

それからというもの、

病床の先生と今は大人になったミッチさんとの間で、

毎週火曜日に授業が行われることになりました。

 

病床で行われる先生の最後の授業には、教科書はありません。

愛、死、お金、老い、家族、人生の意味など、

数多くのテーマについて、モリー先生が優しく語り、

ミッチさんはそれに耳を傾け、質問を発し、また考えます。

 

モリー先生は言います

(以下、   印はモリー先生の言葉)

 

「今は、昔のようにダンスも踊れなくなった。

トイレにも一人ではいけない。

身体を拭くことも一人ではできない。

最初は、人にやってもらうなんて、恥ずかしかったよ。

人に頼るなんてことも恥ずかしかったよ。

でも、今はそうじゃない。

人に助けてもらうのを楽しみにしているんだ」

 

「そもそも、考えてみれば、

みんな、自分が赤ちゃんの頃はそうだったじゃないか。

誰かに抱かれ、

誰かに食べさせてもらい、

誰かにオムツを交換してもらった。

誰かが私の機嫌を取り、

誰かが私と遊んでくれて、

誰かが私に色々なことを教えてくれた。

その時、嫌だ、なんて思ったかい?

みんなに助けてもらって嬉しかったじゃないか」

 

「だから、今はこう思うんだ。

なんだ、昔に戻っただけじゃないか」

 

「じゃあ、更に付け加えようか。

私たちが元気だったころ、

人を必要としないで、

何でも一人でやれたかい?

どんなに元気なときだって、

必ず人を必要としたよね。

人を助けた者が人に助けられる。

人生は、お互い様、お蔭様じゃないか」

 

 立ち上がる    👦    👨    👴    👨    👦    立ち上がる

 

こういう授業を受けながら、

ミッチさん自体も徐々に意識が変わっていきました。

 

その頃、ミッチさんの弟はスペインにいましたが、

癌で闘病生活をしていましたが、

上手く連絡が取れずにいました。

 

そのことをミッチさんがモリー先生に相談すると、

こういう返事が返ってきます。

「いつか、つながる道があるよ」

 

一見、爆戦とした答えですから、

ミッチさんは聞いたのです。

「何で、そんなことがわかるんですか?」

 

モリー先生はこう言いました。

「だって、君は僕を見つけたじゃないか」

 

ミッチさんは、

スポーツライターとしていい仕事をして評価を得てきました。

それこそ、

「自分は一人で頑張った」

 

そう思っていたけれど、

「本当に一人でやってきたのか?」

自分に問いかけた時、

決してそうじゃなかった自分に気づくんです。

 

その後、

ミッチさんは様々なご縁が繋がって

弟さんと連絡が取れるようになりました。

 

 🖊   🖊   🖊    🖊    🖊    🖊    🖊    🖊

 

モリー先生とミッチさんの火曜日教室。

最後の事です。

 

その日は部屋の窓の外には、

ハイビスカスの花が咲いていました。

 

モリー先生は静かに言います。

このころは、モリー先生も

自分の旅立ちを意識したころだったでしょうか。

 

「みんな死を大騒ぎするけど、

自分が自然の一部であることをわかってないからさ。

生まれた者は、必ず死んでいくんだ。

お互いに愛し合うのが人間同士。

愛し合っている限り、

ひとりで死ぬなんてことはない。

死んでも生き続けるんだよ」

 

モリー先生、最後の授業は

見事な死生観を教えてくれました。

 

外では、

ハイビスカスの花びらが

ゆっくりと散り始めていたそうです。

 

 🌺    🌺    🌺    🌺    🌺    🌺    🌺

 

ここで、

波のお話をしていきましょう。

 

小波がいました。

小波はいつも周りの波と

一緒に楽しく過ごしていました。

 

ある日、

小波は見てしまったんです。

自分の先に行く波が、

岸に向かっていき、

岸に着くと

そこで消えてしまったのです。

 

ああ、自分も岸にむかって進んでいる。

ということは、

いつか自分も岸に着いたら、

消えてしまうんだろうか・・・。

 

不安になった小波は

別の波の仲間に聞くんです。

「僕たち、波は、岸にぶつかったら、

消えて、なくなってしまうんだね」

 

それを聞いた仲間の波は言いました。

「ああ、確かに・・・。

岸にぶつかったら、

消えたようにみえるかもね」

 

「でもね、

よくよく見てごらん。

ぶつかった波は、

形は変わったけれど、

海と一緒になっただけなんだよ。

君は自分の姿しか知らないのかもしれないけれど、

僕たちは大きな海の一部なんだよ」

 

 🌊    🌊    🌊    🌊    🌊    🌊    🌊

 

最初に

私であって

私でないいのち

と言いました。

 

私たちは

「自分のいのちはひとつのもの」

と思っているけれど、

実はそうじゃなかった。

 

私たちは

大きないのちと

生きているんですよ。

 

親鸞聖人はこう言っています。

 

凡聖逆謗斉回入

(ぼんじょう ぎゃくほう さいえにゅう)

如衆水入海一味

(にょしゅう しいにゅう かいいちみ)

 

仏教の厳しい修行も出来ない者も=私(凡)

仏教の厳しい修行をできる者も(聖)

仏教を否定する人も(逆謗)

皆等しく(斉)

仏に導かれる(回入)

 

いろいろな川も(如衆)

結局は海に流れ入れば(水入海)

ひとつ(の味)になる(海一味)

 

つまり、

凡夫も聖者も、仏教を否定する人も、

みんな仏さまの願いの海に導かれれば、

どの川の水も海に入ると一つの味になるように

等しく救われる。

 

そういう事なんです。

 

「みんなが救われる」って

そういうことですし、

いのちそのものが

もともとは

ひとつのものだった。

 

私ひとりのいのちと思っていたら、

私ひとりのいのちではなかった。

 

私は大きないのちの

一部だった。

 

大切なあの方のいのちも

大きないのちの一部だった。

 

私たちは

この娑婆の縁が尽きても、

いのちのつながりは

終わらないんです。

 

私のいのちと

あの人のいのちは

別々なんかじゃない。

 

同じいのちを

生きてるんですね。

 

 

 

  お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い 

 

 

ここからは、bonbu-kokiがかいていきます。

 

今日は台風の中でしたが、

それでも仏教を聞きたい方が

お寺には集まっていました。

 

今日は「小波」のお話が新鮮でした。

別の法話で「赤い風船」というお話では、

「割れた風船の空気(いのち)は、どこに行くの?」

「なくなってなんてないよ。

形を変えて大きな空気と一緒になったんだよ」

 

 

 

 

そう聞かせて頂くのですが、

「葉っぱのフレディ」ではないですが、

枯れた花びらや葉が、腐葉土になるように

単独のものなど何もなく、

お互いに関わり合い、つながり合っていく。

そういう、大自然、大宇宙の法則が

いのちの在り方なのかもしれません。

 

これを書いている時点では、

東京はようやく雨風が収まって参りました。

 

それでも、

関東の皆さんは

くれぐれもご注意ください。

 

今日も

ようこそのお参りでした。

 

今日の東京都心は台風🌀の影響で、ほぼ雨☔の1日でした。

 

 

お参りのあとは、法話を聞きましょうニコニコ

 

 

今日のご講師は、千葉県松戸市高林寺の菅原智之師です。

 

 

御講師さんの写真を撮り忘れました(笑)

今日は眼鏡を掛けていましたよ。

今日はインターネットから、お写真を拝借しました。

 

 

※青字は菅原師の言葉の要約です。

 

<人生は味わうこと>

 

もう20年くらい前の話しですが、

私があるお宅に法要でお邪魔した時のことです。

 

法要の後で、お茶を頂いていた時の事です。

その男性のお年は60歳。

長年勤めた会社を定年退職をしたのだそうです。

 

男性が活躍した時代は主に昭和です。

テレビでは「24時間戦えますか!」

なんてCMもあったくらいです。

 

その男性は会社の為に、朝早くから、残業は当たり前。

接待のゴルフや接待のお酒、色々なことをしたそうです。

日曜も仕事を家に持ち帰り、

それこそ

「会社の為なら何でもする」

そういう気持ちですから、

「この会社は俺がいないとダメなんだ」

そういう気構えさえあったそうです。

 

ところが、

いざ、会社を定年で辞めることになった。

気持ちとしては、ホッとした・・・。

そういう気持ちもあったと言います。

ところが、

同時に淋しい気持ちも湧いてきたそうです。

 

「この会社は俺がいないとダメなんだ」

 

そう思っていたけれど、

自分がいなくなっても

会社はちゃんと回っている。

俺がいなくても、大丈夫なんだ。

 

そうか、

私は「代わりのきく存在」だったんだ。

そう思ったのだそうです。

 

人は皆、大切な存在ですね。

大切だ

大切だ

と言うけれど、

自分は誰かと代わりのきく存在だった。

そう思うと、

ちょっと虚しくもなってしまうものですね。

 

これが、

自分は誰とも代わりのきかない存在。

そうだったら、

そう言ってくれる方が

一人でもいるのなら、

どんなに心強いでしょうね。

 

  🏢   🏢   🏢   🏢   🏢   🏢   🏢   🏢

 

ある教育者の方の講演会がありました。

会場には、小さな子を連れた、若いお父さん、お母さんが

たくさんいらっしゃいました。

 

話しが進んでいき、

その講師の方がこう言ったんです。

「いいですか、お父さん、お母さん。

もし、お子さんが物心をついてきたら、

こう聞いてきますよ」

 

「どうして、私は生まれたの?」

 

「そういう時があったら、

間違ってもこう言ってはいけません」

<お父さんとお母さんが結婚をしたからだよ>

 

「そういう時があったら、

必ずこう言ってほしいんです」

<あなたに会いたかったから、

お父さんとお母さんは結婚をしたんだよ>

 

最初のいい方は、

お父さんとお母さんが結婚をすることが一番大事。

あなたは二の次だよ。

その延長線上であなたが生まれたんだ。

言い換えれば、あなたが生まれなければ、

誰かが生まれてくるから、

あなたじゃなくてもその代わりはいるんだよ。

 

そのような意味さえ含んでいるんです。

それって、

自分は誰かと代わりのきく存在だった。

ということ。

 

では、

次のいい方はどうでしょう。

あなたが一番。

だから、結婚は二番なんです。

あなたが大切

あなたが大切。

あなたじゃなければだめなんだ。

 

それって、

自分は誰とも代わりのきかない存在だった。

ということなんです。

 

歎異抄って言って、

親鸞聖人のお弟子さんの唯円さんが書いたお書物があります。

その本文のあとで、

「あとがき」として「後序」というのがあります。

 

そこに出て来る文で、

こう言うものがあります。

 

ひとえに 親鸞一人が ためなりけり 

 

仏さまは、

その他大勢のような人の救い方をしない。

あなたが大事

あなたが大切

掛け替えのないあなた一人を救うために

私は仏様になったんだ。

 

そういう仏さまの心を

親鸞聖人は

「親鸞一人のためだった」

そういう味わいをしているんですね。

 

 👨   立ち上がる   👩   立ち上がる   👨   立ち上がる   👩   立ち上がる  👨 

 

 

三村麻子さんと言う方のお話です。

三村さんの娘さんは香夏子(かなこ)さんと言いました。

香夏子さんは、小さい頃はとても活発な子だったそうです。

ところが、13歳で小児がんを発病します。

その後は、4回の手術と抗がん剤治療を受け続けていきます。

2年3カ月の闘病生活の間、

三村さんはほとんどの時間を娘と過ごしたそうです。

それでも、香夏子さんは15歳で亡くなります。

 

三村さんは

毎日泣いて過ごしていきます。

 

泣いて

泣いて

泣きに泣いて。

 

なぜ?

どうして?

その問いも見つかりません。

 

それでも、

なぜ、こういうご縁と

出会っていかなければならなかったのか。

そのことを考えていくうちに、

三村さんはこう思うんです。

 

いつまでも泣いているのではなく、

もっと

「娘を失った悲しみと向き合っていかなければ」

 

そのことを思っていくうちに

こう考えていくようになりました。

 

人生は味わうことだと思う。

喜びも悲しみも

人生の全てをきちんと味わいたい。

「つらいこともあるけれど、

一生泣いて生きるのは違うと思う。

私は味わいながら生きる選択をしました。なぜかと問われれば、

「娘がそんなふうに生きたから」

 

香夏子さんが亡くなる3カ月前、

香夏子さんはこんなことを言ったのだそうです。

 

「ママ、私、お葬式ってとても大事なことだってわかっちゃった!」

 

三村さんは、「縁起でもない」と、うろたえたそうですが、

香夏子さんは言葉を続けたそうです。

 

「だってお葬式ってさ、生まれて来なかった子にはできないんだから」

 

生きることに精一杯だったはずの香夏子さんなのに

人生の終わりを想像していたのでしょうか・・・・。

 

このことがきっかけで、

三村さんはその後、葬儀に関係あるお仕事をされています。

 

  🌻    🌻    🌻    🌻    🌻    🌻    🌻

 

私たちの人生。

そのお味は如何ですか。

 

甘い味

うまみのある味

すっぱい味

辛い味

苦い味

 

私たちの人生

四苦八苦だよ。

 

生まれも選べず

老いに苦しみ

病に悩み

死に怯える

愛する方とのお別れもある。

憎い方、苦手な方に出会っていかなければならない。

求めても得られない苦しみもある。

心身の悩みにも苦しんでいく。

 

誰も代わってあげられない私の人生。

やめることもできない私の人生。

なかったことにも出来ない私の人生。

 

生まれたからには

これは避けられないんだよ。

 

それをお釈迦様は

見事に言い当ててくれました。

 

人生は「一切皆苦」

 

思い通りにはならないよ。

 

楽しい事だってあると言いますが、

それ、ずっと続きますか?

楽しいことが終った気分はどうですか?

 

そういうことを

避けられないのが我が人生です。

この世に生まれちゃったんですから、

これはもうどうしようもないのです。

 

人生は、

色々な味を味わっていくんですよ。

これが「私の人生」と味わっていくんですよ。

 

それでも、

あなたが大事。

あなたが大切。

そう言って、

あなたを救う

仏さまの存在があります。

 

どうぞ

どうぞ

安心をして下さいね。

 

 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

 

ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。

 

三村さんのお話をインターネットで見つけました。👇

 

 

 

さて、

今日は第三日曜なので、

本来は決まったお寺にお参りにいくのですが、

今月は「お彼岸の為にお休み」の日でありました。

 

であればと、

いつものお寺に参ったわけですが、

こういうのも「ご縁」ですね。

 

自分で選んだようでも、

実は「仏様に引っ張られていた」

そういう解釈も

「味わい」

なんですよね。

 

今日も良いお話を聞きながら、

仏さまの御加護や人生の味わい方を聞いていく。

 

ありがたいご縁を頂きました。

 

今日もようこそのお参りでしたお願い

 

今日の東京都心は、1日雨☔です。

気温も25度を下回り、場所に寄っては半袖では肌寒い感じです。

 

災害から、一ヶ月以上経ちました。

被災された方々は、まだ大変な想いをされていると思います。

1日も早い復旧が待たれます。

 

 

今日は親鸞聖人のご命日法要がありました。

 

 

法要のあとは法話を聞きましょう。

今日のご講師は、千葉県我孫子市真宗寺の柏倉学師です。

 

 

 

※青字は柏倉師の言葉の要約です。

 

 

<あなたは大切な人だから>

 

(今日のご讃題:テーマ)

 

本願力(ほんがんりき)に あひぬれば

むなしくすぐる 人ぞなき

功徳(くどく)の宝海(ほうかい) 満ちみちて

煩悩(ぼんのう)の濁水(じょくすい) へだてなし

 

                    親鸞聖人

 

 

今日のテーマですが、

親鸞聖人が阿弥陀様のことを称えたお歌になります。

 

阿弥陀様の根本の願いである「必ず救う」という

救いのはたらきに出遇ったならば、

むなしくすぎていくような

迷いの人生を送る人はいません。

 

また、

阿弥陀如来の力によって、

濁り水のような煩悩を抱えた我々でも、

まるで宝の海のような功徳がこの身に満ちみちて、

へだてなく救われていくのです。

 

阿弥陀様と出遇ったなら、

この人生に、意味のないものはない。

この人生に、価値のないものはない。

 

「死んだらおしまい」というような世界を

味わうことなどはありません。

 

この世で悩み、苦しみ、泣き叫ぶあなたに

お浄土を準備してあるよ。

だから、安心をして下さい。

 

あなたを必ずお浄土に

生まれさせるから、

どうぞどうぞ安心して下さい。

 

そういう仏さまの真実を

聞いていきたいと思います。

 

  クローバー   クローバー   クローバー   クローバー   クローバー   クローバー   クローバー   クローバー

 

ガッツ石松さんのお話です。

 

今日、ここに来ている方は

ガッツ石松さんをご存じの世代だと思いますが、

若い人に「ガッツ石松」さんを聞くと、

知らない方も多くなりました。

「ほらほら、ガッツポーズ、ってあるでしょ。

あれは、ガッツ石松さんのポーズが元になってるんだよ」

そういうと、「へ~」と言う返事です。

 

でも、ガッツ石松さんが、俳優だったり、

タレントだったりする姿も見ている方であっても、

実はボクシングの世界チャンピオンだった

というのをご存じない方もいます。

 

ほら、ボクシングの・・・・、というと

「ああ、ちょっちゅね、の人」

いや、それは具志堅さん・・・・。

 

とにかく、

ガッツ石松さんの話を続けましょうか。

 

  🥊    🥊    🥊    🥊    🥊    🥊    🥊

 

ガッツさんは栃木県のご出身です。

ガッツさんいわく、

決して裕福なお家ではなかったようです。

 

お父さんが病弱で、

家庭の働き頭はお母さんだったそうです。

 

時代は、

道路をたくさん作って行こう

と言う時代です。

 

たくさんの男衆が

つるはしを持って働いていたのですが、

女手ながら、

お母さんは道路工事の仕事をしていました。

 

女だったこともありますが、

当時は一日240円が日給です。

男性に交じって、毎日お母さんは働いたそうです。

 

そんな時、

ガッツさんは自分には「ボクシングしかない」と思い、

東京に上京することにしたのです。

 

そして、上京する日、

お母さんはいつも通り、

朝早くに土方仕事へ出て行きました。

 

普段は忙しくて、ろくに話もできませんでしたから、

駅に向かう途中に仕事場に立ち寄ってみたそうです。

そこでは、

泥にまみれて、

汗まみれで、

つるはしを持っているお母さんがいました。

 

ガッツさんはお母さんを見つけると、こういうのです。

「東京へ行ってくるぞ」

すると、お母さんは泥だらけの手で前掛けのポケットをゴソゴソやって、

1枚の千円札をガッツさんに渡したそうです。

そして、お母さんはこう言いました。

「サツ(札)はサツでも、警察のサツは使えねえぞ」

 

お母さんはガッツさんが、

「悪さ」ばかりしていたことを

ちゃんと知っていますから

そのように言ったのですね。

 

そして、

お母さんは

ハラハラと涙をこぼしたかと思うと、

「偉い人間になんかならなくていい。立派な人間になれ」

と言ったそうです。

 

その後、

順風満帆ではなかったけれど、

努力に努力を重ねて、

ガッツさんはついに世界チャンピオンになり、

たくさんのファイトマネーで、

お母さんに家を建ててあげたそうです。

 

  🏠    🏠    🏠    🏠    🏠    🏠    🏠

 

さて、

そのガッツさん。

苦労する時間も多かったですから、

その日の食事代にも苦労する日も多かったそうです。

 

その都度、

あの1000円に手が伸びたそうです。

でも、

結局はあの1000円は使わずに、

最後まで取っておいたそうです。

しかも、

額に入れて飾っていた、

とも言われています。

 

あの1000円があれば、

おにぎり、パンは買えたでしょう。

 

でも、

あの1000円札には、

たくさんのしわがありました。

そして、たくさんの泥もついていました。

さらに、たくさんのしみもついていました。

 

そのしみとは、

お母さんが汗と涙をこぼして

お札についたものです。

 

しわの数

泥の数

しみの数

 

1日働いて

240円の中での1000円です。

 

それを思うと、

やっぱり使えないのです。

むしろ、

その1000円札をみて、

「俺は一人じゃない」

「俺は頑張るぞ」

何度も、そう思ったことでしょう。

 

ちなにに、

ガッツさんのお母さんのお墓には

「詩」のような言葉が残されているそうですが、

その言葉の最後にはこうかかれているそうです。

 

しかられた

おれいまいりの

はかまいり

 

ガッツさんは

お母さの願い

お母さんの苦労を見て、

人生を歩んだんですね。

 

 👵    👵    👵    👵    👵    👵    👵

 

阿弥陀様は「五劫思惟」

長い長い時間を掛けて、

どうしたら

「この私」をこの苦しみから救うことが出来るのか。

どうしたら

「この私」をこの悲しみから救うことが出来るのか。

 

考えに、

考えぬいたそうです。

 

そして、

長年のご修行の末に

菩薩から如来になっていったのです。

 

そして、

仏さまが私に代わって苦労し、

苦労を重ねたからこそ、

私たちは、この娑婆の縁が尽きても、

お浄土と言う場所に

往き

生まれる

ことが出来るのです。

 

そこでは

先に往った

懐かしい方にも

会うことでしょう。

 

その御恩を思えば、

私は一人じゃない

がんばるぞ

ありがとう

 

そういう言葉がが

出て来るじゃないですか。

 

阿弥陀様は言いますよ。

 

あなたが大事

あなたが大事

 

あなたは大切な人だから

あなたは大切な人だから

 

放っておくなんて

できやしないに決まってる!

 

それが

仏さまの願いです。

 

本願力(ほんがんりき)に あひぬれば

むなしくすぐる 人ぞなき

功徳(くどく)の宝海(ほうかい) 満ちみちて

煩悩(ぼんのう)の濁水(じょくすい) へだてなし

 

そう聞いたら

もう、あとは

お礼の言葉しかない私だと思います。

 

 

  お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

 

ここからはbonbu-kokiが書いていきます。

 

今日、私は、

午後から特別養護老人ホーム(略して特養と言います)に

傾聴ボランティアに行っていました。

 

傾聴の後は、法話会を開催しました。

そこでは皆さんで

聞信寺の大久保悟師の法話を聞きましたが、

そこには

食い入るように

お話をきいているおじいちゃん、おばあちゃん達がいました。

 

お彼岸で、また仏縁が来るね。

また、懐かしい人を想いだすね。

いつか、自分も彼岸(お浄土)に往くんだね。

 

そういうことを

年齢的にも

実感して味わっていたことでしょう。

 

本願力(ほんがんりき)に あひぬれば

むなしくすぐる 人ぞなき

功徳(くどく)の宝海(ほうかい) 満ちみちて

煩悩(ぼんのう)の濁水(じょくすい) へだてなし

 

ありがたいなあと

思う次第でありますお願い

 

今日もようこそのお参りでしたニコニコ

 

今日の東京都心は、午前中は曇りくもりでしたが、

午後からは晴れ間もチラリ晴れと見えましたニコニコ

 

災害は今や、全国のあちらこちらで起きています。

今日も義援金は忘れずにウインク

 

 

お参りのあとは、法話を聞きましょうニコニコ

 

 

今日のご講師は、大阪府大阪市正宣寺の大野孝顕師です。

 

 

 

 

※青字は大野師の言葉の要約です。

 

 

<苦しみに育てられ>

 

私はいまこそ元気になりましたが、

35歳の時に心筋梗塞で3ヶ月入院をしていました。

 

私は生まれが岐阜県の高山ですが、

地域性もあるのか、母親は漬物が得意でした。

ですから、関西に出て来てからは、

いつでも故郷から漬物を送ってきました。

 

また、私はお酒が大好きです。

お酒のつまみに、この漬物がよう合うんです。

その生活をしていましたから、

これは自業自得です。

 

でも、

病に会って、気づく事って有るんです。

 

健康の有り難さは、

若くても「当たり前の事」ではありませんでした。

食生活には、

いいこと、悪いことがあることも教えてもらいました。

 

今では、

「お蔭様の世界」を頂いていますが、

健康すぎるゆえに

相手の事を理解してあげられない。

 

そう言う事もあると思うんです。

 

苦しかったけれど、

育てられる世界がそこにありました。

 

  🍺    🍺    🍺    🍺    🍺    🍺    🍺

 

藤澤量正(ふじさわりょうしょう)先生のお話です。

藤澤先生は、有名な僧侶であり仏教学者でした。

バリバリと多方面で活躍をされていましたが、

平成7年9月、暖頭がんの手術を受け、

声帯も切除し声を失うことになりました。

 

長年にわたって布教され、

また、教壇に立たれていただけに、

声を失うことは相当ショックだったと思います。

 

また、

住職でありながら読経もできず、

法話どころかお念仏を称えることもできない絶望感は、

想像を超えたものでもあったでしょう。

 

藤澤先生が失意のどん底にいた時、

一通のお見舞い状が届きました。

そして、

お見舞い状の最後には、こう書かれてありました。

 

「先生の話しておられたグットマン博士の言葉を

実践していただくことを期待しています」

 

それは先生が、

かつて講義や布教などでよく語っていたもので、

パラリンピックの提唱者である、

イギリスのグットマン博士の言葉でした。

 

失ったものを追い求める前に、

残されたものの価値を見出せ

 

先生はこの言葉によって

入院中の沈んだ気持ちと孤独を抱えていた気持ちが

一気に振り払われたそうです。

 

それからというもの、

先生は「話すこと」ではなく、

「文章を書くこと」で、

仏教の教えを伝えていくことになったんです。

 

そして、

病気にならなければわからなかったこと

悲しみに遇わなければ知ることができなかった貴重な経験を

とても慶ばれたそうです。

 

苦しかったけれど、

育てられる世界がそこにありました。

 

  🏥    🏥    🏥    🏥   🏥   🏥    🏥

 

この辺で、ちょっとほっこりする話をしていきましょうか。

 

小学3年生の女の子の「詩」です。

 

タイトルは

 

     わたしのかあちゃん、ばかかあちゃん

 

 

私のかあちゃんは、本当にばかです。

いつも失敗ばかりしています。

炊事と洗濯を一緒にするから、

煮物の途中でシャツを干そうとしていて、

煮物がふきこぼれ、火を止めて走ろうとすると、

さおに通しかけたシャツは地面に放りだされます。

シャツは泥だらけ。

そして、煮物の鍋はひっくり返って台無しです。

「こんな私で悪かった。 ごめんね、とうちゃん、勘弁な」

すると父ちゃんは「ばかだなー」と言って笑います。

 

そういう父ちゃんもバカ父ちゃんです。

いつかの日曜日、みんなが朝ごはんを食べていると、

奥からあわててズボンと洋服を着ながら、

カバンを抱えて茶の間を通り抜けていきました。

「ああ、もうだめだ。こりゃ、いかん」とか言って、

玄関から飛び出していってしましました。

「まただね、しばらくしたら帰ってくるからね」

とかあちゃんは落ち着いたもんです。

すると案の定、父ちゃんは帰ってきて、

恥ずかしそうに、

「また無駄な努力をしてしまった。日曜日だというのに、ハハハハ・・・」

と言い訳を言っています。

 

そんなバカ父ちゃんとバカ母ちゃんの間に生まれた私が、

利口なはずがありません。

ついでに弟もバカです。

私のところは、家じゅう皆バカです。

 

でも私はそんなバカ母ちゃんが大好きです。

世界中の誰よりも一番好きです。

私が大きくなったら、

うちのバカ母ちゃんのような大人になって、

うちのバカ父ちゃんのような男の人と結婚して、

子供を生みます。

そして私のようなバカ姉ちゃんと、

弟のようなバカ弟をさずかって、

家中バカ一家で、

今の私の家のように明るくして、

楽しい家族にしたいと思います。

 

バカ母ちゃん、

そのときまで元気でいてください。

 

 

いかがですか。

 

私たちは何かにつけて失敗をします。

ところが、

自分の失敗には寛大で、

他人の失敗には必要以上に見下します。

 

失敗する自分も

失敗する他人も受け入れる。

 

不注意

うっかり

失敗

ミス

 

そういう「負」の事ではあっても、

そこにもまた、

心を育てられる世界がありました。

 

 👨    👩   👧   👦   👨   👩   👧   👦 

 

最後は、

梯實圓(かけはしじつえん)和上のお話からです。

 

福井県のあるお寺と、

そこのご門徒さんのお話です。

 

そこのお寺の総代さん(門徒の代表者)が、

ある時、そのお寺の住職を訪ねてきました。

「住職、話しがあるんじゃ」

 

総代 「ワシに弟がおって、大阪にいるのを知っているだろう。

    実は今、癌で大阪の日赤病院に入院をしている。

    まだ、本人には癌と伝えていないから、

    住職が行って、本人に伝えてくれんかな」

住職 「バカなことを言うな。あんたは兄貴じゃないか。

    身内から言うもんだろう」

総代 「実は、ワシの連れ合いも弟の連れ合いも、

    本当の事を言ったらあかんと。

    ワシは病院に行ったらいかんと、足止めをされている」

住職 「じゃ、別に言わんでもいいんじゃないか。

    なぜ、今頃になって、本当の事を言おうとするのか」

総代 「弟は福井から大阪に出て、最初は丁稚奉公だった。

    それが会社を経営するまでになったから、

    いわば人生の成功者だ。

    でも、御法義(仏教)を聞く時間がなかったから、

    これから自分がどうなるか。

    往くところもわかっとらんだろう。

    だから、住職に行ってもらって、話をしてもらいたいんじゃ」

住職 「急に言ったって、なあ・・」

総代 「こういう話は、いつも急だろう。

    それに、そう言う話をするのが住職の仕事じゃないか」

住職 「・・・・・・」

 

  お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶  

 

住職は渋々、大阪の日赤病院に行きます。

病院の門まで来ましたが、どうも足が進みません。

医者でも、家族でもないのに、

本人に「癌」を知らせるのです。

しかも、お坊さんが伝えるって、

それ「死刑宣告」じゃないですか。

 

夕暮れになり、

住職がは勇気を持って病室に向かいました。

病室に入ると、弟さんは寝ていました。

少し待っていましたが、起きる気配はありません。

これなら、

「行ったけれど、寝ていたから帰ってきた」と言えます。

住職が帰ろうとしたとき、

病院に到着した救急車の大きな警報音が鳴ったことで、

弟さんが目覚めてしまいました。

「おお、住職さんじゃないですか」

 

あちゃ~、

見つかったか・・・。

 

  お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶  

 

「いや、今回は大変でしたね」

 

住職が切り出すと、

そこから、これまでの入院の経過の話しが始まっていきます。

「ところで、今日は、兄貴に頼まれてきたんでしょ?

 私にはわかるような気がします」

 

弟さんは、

話を続けました。

 

「私は大阪に出て来て丁稚奉公から始まりました。

でも、大阪に来るときにオヤジが

「阿弥陀様の本尊」を持って行けと、

私に持たせたんです。

以来、丁稚奉公で辛い時、

嫌になって、

何回も福井に帰ろうと思ったけれど、

その都度、阿弥陀様に話を聞いてもらいました。

戦争から返ってきた時、会社を立ち上げた時、

会社が幾度もピンチになった時、

その都度、愚痴や弱音をご本尊の阿弥陀様に聞いてもらいました。

今思えば、私は阿弥陀様とご一緒の人生でした」

 

そう言うと、

「ナンマンダブ」

阿弥陀様のお名前を呼んだのです。

 

弟さんは言葉を続けました。

「みんなが胃潰瘍だと言うから、

今まではこれからの事業計画を考えていたけれど、

自分の病気のことはなんとなくわかっていました。

だから、事業計画は今日でやめて、

子供のいない私は

これから会社をどう引き継ぐかを考えていきます」

 

そこまで聞いて、

住職はびっくりしました。

 

この方は

ここまで

御法義(仏教)をわかっていた。

ここまで

御法義(仏教)が心に沁み入っていた。

 

もう、

住職の私が言うことはない。

ここから先の事は

阿弥陀様が

この方のいのちを

引き受けてくれるんだ。

 

そう思ったとのことでした。

 

  お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶   お茶  

 

人生では

いろんなことが出てきます。

 

苦しいこと

辛いこと

悲しいこと

虚しいこと

淋しいこと

 

そして、

受け入れがたいこともあるでしょう。

 

それでも、

苦しいことに、お育てを頂く。

辛いことに、お育てを頂く。

悲しいことに、お育てを頂く。

虚しいことに、お育てを頂く。

淋しいことに、お育てを頂く。

受け入れがたいことにも、お育てを頂く。

 

そう言う事って、

人生では

たくさんあって、

それが、自分の財産になり、

生きる智慧や力になっていくと思うんです。

 

今まであった方も、

また今後もあると思います。

 

阿弥陀様は

あなたがどんな辛いことに出会っても

見捨てることはありません

と仰せです。

 

お経では

摂取不捨

と言います。

 

育てられる私

護られる私。

 

気付いていきたいですね。

 

  お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

 

ここからは、

bonbu-kokiが書いていきます。

 

人生は苦なり

一切皆苦

思うようにはなりません。

 

お釈迦様は

人生をズバリと言い当てましたよね。

 

お釈迦さまの

「モノの道理は、こういう風になってんだよね」

「見方をこういう風にしたらいいかも」

 

そういう数々の事を

聞いてきました。

 

その結果、

私は随分と救われました。

 

今も、

人生の苦しみは

背負ったまま

楽しく

生かさせてもらっています爆  笑

 

仏さまに出会うって

仏教を聞くって、

やっぱり凄い事ですよお願い

 

それでも、

最後は、

こういう方がいるから大丈夫だよ。

 

お釈迦様に

そう教えて頂き、

それが、

如来様と言う

仏さまの存在です。

 

救われるとは

安心を頂く

そういうことでも

あるのでしょうね。

 

今日も

お育てを頂きました。

 

今日もようこそのお参りでしたお願い

 

今日の東京は、朝のうちが雨で、

お昼前からは曇りの空模様でした。

なかなか、お日さまとお会いできない日が続きます。

 

さて、今日は第二土曜日です。

東京都調布市西照寺にお参りに行ってきました。

 

親鸞聖人がいらっしゃいます。

 

お参りの後は法話を聞きましょう。

今日の御講師は、千葉県八千代市称名寺の長井かずみち師です。

 

 

 

 

※青字は長井師の言葉の要約です。

 

 

<想いが繋がる>

 

テレビ番組のお話です。

これは、実話を元に、

そのことをドラマ仕立てにしていくものです。

 

今回の主人公は、高木波恵さんです。

高木さんは2020年に111歳で往生されていますが、

生まれた頃の時代と言えば、日本が台湾を統治していた時代です。

高木さんのお父さんが台湾に赴任するタイミングで、

高木さんは日本で生まれながらも、台湾で育ちます。

 

そして、

物語りは1930年から始まっていきます。

その当時、高木さんは20歳代でしたが、

小学校の先生として働き始めます。

 

トイレに間に合わない子がいれば、

周囲に気付かれないようにそっと始末をしてあげます。

貧しい家庭の子が皮膚病になっていれば、

そっと薬を塗ってあげます。

貧しい家庭ゆえに長袖を買えない子がいれば、

そっと長袖のシャツをプレゼントしてあげます。

いじめがあれば、両方の子を呼んで、

自分が中に入って仲良くなる仲介をしていきます。

 

そうした優しさと平等に接する高木先生を

児童みんなが慕っていくのです。

高木さんは子供たちを想い、

子供たちも高木さんを想って、

それを励みに大変な時代を生きていたのです。

 

ところが、時代に翻弄されます。

日本が戦争に負け、台湾は中国に統治機能が移っていきます。

日本人は財産を没収され、収容所に送られ、

やがて帰国する運命となっていきます。

 

そんなドタバタですから、

高木さんは子供たちに「さよなら」も言えずに帰国したのです。

 

  👦   👧   👦   👧   👦   👧   👦   👧

 

帰国した高木さんは、農家の人と結婚し、

二人の子に恵まれます。

 

そして、時は流れ、2011年、高木さんが100歳を超えた頃、

KONOという台湾映画がありました。

ストーリーは、まさに1930年代当時、台湾の高校球児が、

日本の甲子園大会で準優勝する実話の映画なのです。

その映画のことを知った高木さんでしたが、

ふっと思い出すんです。

 

1930年代

私は先生をしていたな。

楽しかったな。

そう言えば、あの子たち・・・。

どうしたかな・・・。

会いたいなぁ・・・。

 

その想いで、高木さんは娘さんに

「手紙を書きたい」と打ち明けます。

親子共同で手紙と宛名を書きあげました。

あて先は台湾。

住所は今の住所がわからないので、昔の住所表記です。

宛名は、「よう かんそう」様。

当時の学級委員のこどもさんです。

ご存命なら80歳代くらいになっているのです。

 

  💌     💌     💌     💌     💌     💌

 

台湾に手紙が着いたころ、

手紙の手分け作業が始まっていましたが、

この手紙を見たのが「かん」さんでした。

かんさんが見ると住所は昔の住所表記です。

通常なら、即、日本に送り返すのですが、

筆で書かれた達筆の文字、送り主は日本人、住所は昔の表記

これを見て、かんさんは「これは、ただの手紙じゃない」と思ったそうです。

 

そこから、かんさんと、事情を理解してくれた同僚の「ちん」さんと、

郵便配達の度に聞き込みをして言ったそうです。

時には、郵便局長にバレて、叱られても、

「手紙を届けるのが自分達の使命であり、仕事」と、

聞き込みをやめることはなかったそうです。

 

聞き込みをして10日目。

たまたま、「よう」さんと言う名の家を探し当てます。

行ってみると、出てきたのは「よう ほんよう」さんという男性でした。

「よう かんそう」は私の父です。

 

ついに、探し当てたのです。

事情を話し、

ほんようさんと、その娘の前で手紙は開封されました。

 

何しろ、文章は日本語です。

最初はわからなかったのですが、

娘さんがスマホの翻訳機能を使って、

一文字、ひと言づつ解読をしていきました。

 

そうか!

そうだったんですね!

ありがとうございます!

 

  📳    📶    📳    📶    📱    📶    📱

 

さて、無事に配達された手紙でしたが、

ここでは終わりません。

娘さん、つまり、かんそうさんのお孫さんですが、

早速、インタネットのSNSにあげたのだそうです。

「私の家で、こんなことがあったんですよ」

 

すると、ネットは拡散し、台湾中の話題になり、

ついには日本領事館までその話は届くのです。

このことを知った日本領事館は、

なんと高木さんに電話をしていきます。

 

そして、

高木さんの元には、

ついに手紙の返事が来たのです。

送り主は「かん ほんよう」さん。

息子さんからでした。

 

「父はリハビリセンターに入っていますが、

このことを伝えると大変に喜んでいました。

ほんとうにお世話になりました。

ありがとうございました」

 

ですが、

これもここでは終わりません。

「かん ほんよう」さんは、

お父さんの同級生を調べていき、

可能な限りの方から、

高木さんあての手紙を集めたのです。

 

そして、

同級生たち、

高木さんの教え子たちの手紙も

その中に入っていました。

 

その後、

高木さんと教え子たちは対面します。

台湾と日本を超えるのは大変でしたから、

教え子たちは学校の教室に集合し、

テレビ電話で再会を果たすのです。

 

高木さんは言いました。

「さよならも言えずにごめんなさい」

 

 👵    👵    👵    👵    👵    👵    👵

 

この話。

お金を掛けていけば、

きっと近道をしながら

解決していたかもしれませんね。

 

でも、

このお話。

全然お金はかかっていないんです。

 

人の想い。

高木さんの想い

高木さんの、娘さんの想い

台湾の、かんさんの想い

台湾の、ちんさんの想い

台湾の、ようほんようさんの想い

台湾の、ほんようさんの娘さんの想い

台湾のネットで共鳴してくれた人たちの想い

台湾領事館の方の想い

そしてなによりも、

ようかんそうさんの想い

同級生の教え子の想い

 

そういう人たちの

想い

 

このつながりがあってこそ、

1通の手紙が

何十年ぶりかの再会になっていったんです。

 

思えば

お釈迦様が仏教をまとめてくれました。

その想いは、弟子たちに繋がっていき、

「お経」という伝わりやすい形になっていきました。

それが中国に伝わり、

それが日本に伝わり、

それをまた、色々な高僧たちが形作り、

いま、何も知らなかった私の元に届いているんです。

 

これもまた

想い

なのだと思います。

 

この想い

感謝をしていきたいと思います。

また、

大切にしていきたいと思います。

 

 

 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

 

ここからは、

bonbu-kokiが書いていきます。

 

ネットからちょっと探してみました。👇

 

 

 

 

 

さて、

 

わたしのいのち

あなたのいのち

 

たくさんの方の

想い

それがあって

それが繋がって

今があるんですよね。

 

掛け替えのない人生

 

自分らしく

生き抜いて

 

その想い

 

だれかに

繋がっていったら

素敵ですよね✨

 

今日も

ようこその

お参りでしたお願い

(映画のパンフレットとリーフレット)

 

 

<あるがままを生きていく>

 

 

今日は、

たまたま仕事もお休みで、

趣味の野球観戦も雨天中止・・・爆  笑

 

それではと、

映画鑑賞のご縁を頂くことにしましたお願い

しかも、今日はたまたま火曜日だったので

大人は「火曜日割引デー」ということで、

1200円で入場ができました。

(ご縁とは、こういうものですよねぇ・・・ウインク)

 

さて、

映画のタイトルは

「まさゆめ」

 

禅の視点を持つ映画です。(予告編が見られます)👇

 

 

今回の映画監督である吉開菜央(よしがい なお)さんの

個人的体験(実話)を元にして、

人生の出来事の味わい方(捉え方)をテーマにしています。

 

ネタばれしないようにお伝えすると、

吉開さんが34歳になった時、

吉開さんは極度の躁状態で心身は絶不調だったそうです。

また、同時期に、心の病を6年間患っていたお母様の死に直面し、

心療内科に通うほど、身も心も衰弱していきます。

 

そこで出会ったのが

京都にある臨済宗宝泉寺禅センターでの宿泊体験でした。

 

規則正しい生活。

作法。

作務(掃除などの役割)。

早朝、夜間の座禅。

読経。

住職の法話。

住職のカウンセリング。

他の修行生との関り。

 

そこでの様々な体験が、

吉開さんを新たな境地へと導いていく・・・。

 

そんな感じでしょうか。

 

 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い 

 

 

ある女性の修行生で、

こういうセリフがあります。

 

苦しいのは変わらない。

どこに行っても、苦しみは付いてくる。

でも、安心して苦しめる場所がこの世にある。

 

そこが、

お寺(宝泉寺)だと言います。

 

また、お母さんを亡くしたことで吉開さんが、

泣きながら住職(吉開さんは和尚さんと呼んでいます)にさらけ出した時、

住職が言った言葉がこれでした。

 

好雪片片不落別処

(こうせつへんぺん べっしょにおちず)

意味は、
雪は一片一片、
本来あるべき場所に落ちていく。

落ちるはずもない場所には、落ちることはない。

 

必然的にそうなったのだ。

雪は一片一片、
本来あるべき場所に落ちていくだけのこと。

私たちに起きる出来事も、また同じこと。

 

その人の人生のご縁の中で

なるべきこととして

そうなっただけのこと。

 

だから、

吉開さんのお母様が亡くなったのは、

吉開さんのせいじゃない。

吉開さんが後悔をする必要もない。

 

本来

落ち着くべきところに

落ちついたということ。

 

だけど、

人はそこに

悲しい

可哀そう

と自分の感情をあてがってしまう。

 

そこに「苦」の原因がある。

 

だから本当は、

お母様の死が

吉開さんの「苦」の原因ではない。

吉開さんの心の持ちようが

「苦」の原因。

ということです。

 

自分に起こった出来事は、

よかったことも夢。

悪かったことも夢。

 

何故なら、

よかったとか、

悪かったとか、

自分の価値基準で勝手に思うけれど、

自分の心をあてがっているだけのこと。

物事は淡々と、

「そこ」で起こっているだけの事。

 

また、

住職はこんなことも言います。

「いのちに価値はない」

 

一見、何を言うのかと思うのですが、

いのちに、「いい、悪い」の価値をつければ

いいいのちと

悪いいのちが

出来てきます。

 

あの人は大往生だったと言えば、

いのちの使い方が「良かった」となり、

あの人は可哀そうな死に方だったと言えば、

いのちの使い方が「悪かった」となります。

 

そうやって、

「いい」

「悪い」と

分けていくのではなく、
良いも悪いも分け隔てず、

そのまま、

ありのままの事実を

受け止めた先に、
心の静けさが訪れるのです。

 

そのように伝えていくのです。

 

それを聞いて

吉開さんは

すっと心が楽になったそうです。

 

人も

猫も

電車も

畳も

空気も

皆

ただ、そこにあるだけ。

 

事実を正しく見る。

横眼やサングラスで見ていかない。

事実をまっすぐに、よく見ていく。

 

すなわち、

人生は

あるがままを生きていけばいい。

 

そのように味わった

今日の映画鑑賞でしたお願い

 

 お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

最後に

禅宗である曹洞宗の宗門校出身のbonbu-kokiから一言。

 

禅では、

調身・調息・調心

と言います。

 

(昭和の名僧:曹洞宗:澤木興道師)

 

姿勢を整え、(調身)

呼吸を整え、(調息)

心を整える。(調心)

 

この三つの柱で、

 正しい姿勢と呼吸を通じて心を調えること。

これこそが「禅」の基本的立場になります。

 

ちなみに、

禅寺で「調身、調息、調心」を整えたことで、

吉開さんは今も元気に活躍されています。

 

 

今日の東京都心は1日雨☔でした。

朝から、小雨と言うより、しっかりとした雨で、

大変に涼しい1日でした。

 

今日も熊本への義援金は忘れずに。

 

 

お参りのあとは、法話を聞きましょうニコニコ

 

 

今日のご講師は、神奈川県横浜市善行寺の成田善真師です。

 

 

 

 

※青字は成田師の言葉の要約です。

 

        今日のご讃題(テーマ)

 

本願力(ほんがんりき)に 遇ひぬれば 

むなしくすぐる 人ぞなき

功徳(くどく)の宝海(ほうかい) 満ちみちて 

煩悩(ぼんのう)の濁水(じょくすい) 隔てなし

 

(意訳)

阿弥陀如来の根本の願いである

「必ず救う」という救いのはたらきに出遇ったならば、

むなしくすぎていく迷いの人生を送る人はいません。

阿弥陀如来の力によって、

濁り水のような煩悩を抱えた我々でも、

まるで宝の海のような功徳がこの身に満ちみちて、

隔てなく救われていくのです。

 

                   親鸞聖人

 

  お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

 

<あなたが苦しいなら、

  私の喜びはありません>

 

 

これは、

小学1年生の男の子とお父さんのお話です。

 

ある時、

男の子のお母さんは、

よそにお父さん以外の男の人を作って、

家を出て行ってしまいました。

 

それからというもの、

男の子とお父さんだけの

二人だけの生活が始まっていきます。

 

幼いとは言え、もう小学生なのです。

男の子は自分の境遇を、

うすうすわかっていました。

 

理不尽です。

悲しいです。

淋しいです。

 

男の子はこれから

その辛さと共に歩まねば

ならなかったのです。

 

学校には、

給食設備がなかったため、

昼食はお弁当でした。

 

ところが、

お父さんは料理は苦手です。

おかずを作るにも苦労しました。

 

ある日の夕食の事。

食卓には焦げた卵焼きがありました。

「こんなもん、食べられないよ!」

 

その言葉に、

お父さんは何も言い返すことができません。

「ごめんな・・・」

 

   🍳    🍳    🍳    🍳    🍳    🍳

 

2年生になり、遠足に行くことになりました。

遠足の時のお弁当と言えば、

これはもう、お母さんたちの「発表会」と言っていいでしょう。

どの子も、豪華なおかず、色鮮やかなおかずやフルーツ、

盛り付けも工夫に富んでいます。

 

ところが、男の子のお弁当は、

やっぱり、色彩も地味。おかずも地味です。

 

男の子はその日、お弁当箱を開けたけれど、

すぐに閉めてしまい、

他の子のおかずをもらったり、

お菓子を食べて過ごしました。

 

そして、

お弁当の中身は・・・・、というと、

帰りに原っぱに捨ててしまったそうです。

 

料理が苦手なら、

コンビニでお弁当を買って、

中身だけ移し替えればいいのでしょうが、

お父さんはきっと気が引けたのでしょうね。

 

さて、その日の夜。

お弁当箱は空っぽです。

それを見てお父さんはこう言いました。

「全部食べてくれたんだね」

「ありがとうな~」

お父さんは、男の子の頭を優しくなでてくれました。

 

しかし、男の子は「本当の事」を言えずに、

黙って自分の部屋に戻りました。

そして、悲しいやら、申し訳ないやらで、

布団の中で泣いたそうです。

 

そして、その翌日の夜。

男の子は「罪の意識」がありますから、

お父さんのところに行きました。

でも、その時、お父さんは台所で

レシピを見ながら必死に料理を研究していました。

男の子は、本当は謝りたかったけれど、

今度も言いそびれてしまいました。

 

  👦     👦     👦     👦     👦     👦

 

そして、家庭訪問の日がやって来ます。

男の子の家に来た先生は、思わぬことを切り出しました。

「ところで、この間の遠足の時、お腹の調子が悪いと言って、

お弁当を一口も食べなかったけれど、その後の調子はどう?」

 

男の子は、じっと下を向いて無言です。

お父さんは、その時、初めて気が付きました。

「ああ、お弁当を食べなかったんだ・・・」

「お父さんのせいだね。ごめんな・・・・」

 

  👦     👦     👦     👦     👦     👦 

 

その後、しばらくして、

お父さんは調子を崩して入院をします。

男の子は病院でこんなことをいいました。

「あの時のお父さんの焦げた卵焼き、美味しかったよ」

「サラダもお皿に盛っただけだったけれど、あれも美味しかったよ」

 

その言葉を聞いて、

お父さんは、また、男の子の頭を優しくなでてくれました。

 

  👦     👦     👦     👦     👦     👦

 

お父さんは、自分のしたことで

男の子に「ありがとう」を言って欲しかったわけではありません。

男の子が食べてくれることが、お父さんの喜びでした。

 

ところが、

男の子が食べてくれない。

我が子は「食べたいはずなのに食べられない」

お父さんは我が子の苦しみがわかって、

喜ぶことはできませんでした。

 

あなたが苦しいなら、

私の喜びはありません。

 

男の子もまた、

お母さんの料理とのギャップ、

お母さんのいない淋しさ、

そこでまた、苦しみを背負っていたんでしょう。

また、

お父さんの後ろ姿を見て、

お父さんの苦しみを感じていたんです。

そして、いつまでも「謝れない自分」を

喜ぶことができなかった。

 

あなたが苦しいなら、

私の喜びはありません。

 

仏さまも同じなのです。

 

あなたが苦しいなら、

私の喜びはありません。

 

だからこそ、

悩み苦しむ私を見て、

今、

仏さまは

今、

ここに、

来て下さっているんですよ。

 

 

<人生を頂く>

 

仏教では、

因果の道理を説きます。

物事は、原因があるから結果がある。

物事は、結果があれば原因がある。

 

よく、

自業自得と言います。

「ああ、あいつは自業自得だよな」

 

いや、

これは人に向かって言うよりも、

自分の行いが自分の報いとなってくる。

そうやって、

自分の事として捉えて見て下さい。

 

「親の因果が、子に報う」と言いますが、

親の因果は親です。

子の因果は子なんですよ。

 

私たち、

六道輪廻といって、

たくさんの

「生まれては死に」

「生まれては死に」

を繰り返してきました。

 

よく「三世因果」と言って、

前世、現世、後世の中でも

自分の作った原因と結果を味わって決ました。

 

善因善果

悪因悪果

 

いいことをすれば、いい結果がある。

悪い事をすれば、悪い結果がある。

 

そう言うのですが、

例えば、電車の中で席を譲る。

一見「いい事」ですが、

譲ったら、

「私はそんな年じゃない」と

怒られることがあります。

 

ボランティアをしていて、

人に話せば、

「凄いですね」

「偉いですね」

と褒められて、

その褒め言葉を期待するのがこの私です。

 

どうも、

人間のする「善行」とは、

何か「末通らないもの」なのです。

 

「末通る」善行とは、

「仏様以外にはない」と聞いていきます。

 

人生を経験していけばいくほど、

いいことをしても報われないとか、

いい加減なことをしてもいい思いをしてみたり、

悪い事をしてないのに、悪い思いを味わったり、

どうも、人生には

「末取らない」ような、

いろいろなことが起こってくるんです。

 

  🚃    🚃    🚃    🚃    🚃    🚃   🚃

 

私はお寺の次男坊です。

兄がいますので、学生時代は兄がお寺を継ぐものだと思っていました。

ところが、家族会議があって、兄は自分の好きな道へ、

そして、私がお寺を継ぐことになりました。

 

「え~!!」と思ったけれど、

その路線で人生の進路が決まったのです。

 

仏法など、何もわからない者ではありましたが、

まずは法話を聞くことから始めました。

但し、やっぱり聞いてみても、何だかわからない話でした。

 

そして、話しが終って、茶話会になりました。

すると、たまたま私の隣に座ったおばあちゃんがこう言ったのです。

 

「不思議なご縁を頂いて、長生きさせて頂きました」

 

私にとっては

なんだかこの言葉。

ものすごく新鮮に聞こえました。

 

人は皆、

老いて、

病にも会い、

やがて死を迎える。

 

老いると、わかります。

なんで、出来たことが出来んようになったのか。

 

病にに会うと、わかります。

なんで、この私が病気にならんといかんのか。

 

こうなっていくと、

人生は引き算のように

「マイナス」のようになっています。

 

あれがだめだ。

これがだめだ。

自分は役にたたん。

人生はつまらん。

 

ところが

おばあちゃんは違うんです。

 

私は最初は

何もできない赤ちゃんだった。

でも、まだ、

これはできる。

あれもできる。

これなら大丈夫。

今日まで生かしてもらってありがたい。

ありがたい。

ありがたい。

 

そうやって、

人生は足し算のように

「プラス」のようになっていくんです。

 

本来なら、

死んでもおかしくない歳でも

今日も朝、ちゃんと目覚めて、生かされたのです。

ありがとうございます。

 

今日もちゃんと、お箸が持てる手がございます。

ありがとうございます。

 

今日もご飯が食べられる、歯や体がございます。

ありがとうございます。

 

遅くとも、

あるける二本の足がございます。

あるがとうございます。

 

今日も誰かとお話ができるのです。

ありがとうございます。

 

そこには

「当たり前」ということではなく、

「有難し」

有ることが難しいことを

今、頂いている。

 

「ありがとうございます」

 

なんですね。

 

この達観したような

人生の頂き方をみて、

私は

「仏教を聞かせてもらう」

「真実を見る眼や心を育ててもらう」

そのような有り難さを感じました。

 

最初のご讃題に戻りましょうか。

 

仏さまの本願(願い)と出会った人は

人生が虚しく過ぎることはありません。

 

仏さまと出会わない人生は、

マイナスの人生。

あれがない。

これがない。

もっともっとの人生では

やがて虚しい人生と感じるでしょう。

 

仏さまと出会えば、

プラスの人生。

これがあった。

あれもあった。

「他者のお陰様」

「仏さまの光と御加護」

 

これが見える人生は

虚しい人生になんかにはなりません。

 

どうぞ、

たくさんのご縁と

今後も出会って下さいね。

 

 

  お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い

 

 

ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。

私は「人生相談」の相談員を

某団体でさせて頂いているのですが、

人生のもやもや感で悩む方はとても多いです。

 

相談事は「対機説法」ですから、

その方によって、

傾聴や御伝えすることが違っていくのですが、

こんなことも御伝えしています。

 

では、

寝る前に、

今日一日、

悪かったこと

ツイていなかったことを数えて、

もやもやするより、

今日一日、

よかったこと

ツイていたことを数えてみたら如何でしょう。

少しでも、心が穏やかに、温かくなるかもしれません。

きっと、幸せ度がアップしますよ。

 

  黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花   黄色い花

 

このブログで何度も紹介していますが、

京都佛光寺の「八行標語」にはこんなものもあります。

 

 

絢香さんの歌でも、ありましたね。

 

      「にじいろ」

 

なくしたものを数えて 瞳を閉ざすよりも

あるものを数えた方が 瞳輝きだす

 

人生の頂き方は

人それぞれですが、

心豊かに生きていく。

 

そういう極意を

これからも

仏教に聞いて参りましょう。

 

今日もようこそのお参りでした

 

今日の東京都心は、おおむね雲くもりの1日です。

 

もう、9月になりましたね。

お寺の参拝カードも新しくなりましたニコニコ

 

あの人はどうだとか、

人を裁くけど、

悪人の自覚がない私こそ、

真っ先に仏様は

救って下さるそうですよ。

 

ありがたい爆  笑

 

 

裏面です。

 

 

熊本への義援金は忘れずに。

 

 

ゆったり座れる椅子があるので、

仏教を支持し、国家レベルで広めた聖徳太子と

多くの宗派で大切にされる阿弥陀如来のお姿を拝見できるこの角度が

私の定位置です爆  笑

いつも、ゆっくりと静かに座ってますお願い

ホントに、落ち着きますよ~照れ

 

 

お参りのあとは、法話を聞きましょう。

 

 

 

今日のご講師は、神奈川県横浜市善行寺の成田善真師です。

 

 

 

 

※青字は成田師の言葉の要約です。

 

<人生そのものの問い>

 

拝読 浄土真宗のみ教え

 

 

日々の暮らしのなかで、

人間関係に疲れた時、

自分や家族が大きな病気になった時、

身近な方が亡くなった時、

「人生そのものの問い」が起こる。

 

「いったい何のために生きているのか」

「死んだらどうなるのか」

 

この問いには、

人間の知識は答えを示せず、

積み上げてきた経験も役には立たない。

目の前に人生の深い闇が口を開け、

不安のなかでたじろぐ時、

阿弥陀如来の願いが聞こえてくる。

 

親鸞聖人は仰せになる

 

弥陀の誓願は

無明長夜の

おほきなる

ともしびなり

 

「必ずあなたを救いとる」

という如来の本願は、

煩悩の闇に惑う人生の大いなる灯火となる。

この灯火をたよりとする時、

 

「何のために生きているのか」

「死んだらどうなるのか」

 

この問いに確かな答えが与えられる。

 

 

(意訳)

※弥陀の誓願は 無明長夜の おほきなる ともしびなり

※阿弥陀様が「私を大切にしたい」と誓った願いは、

無明長夜(あかりのない長い夜)= 人生を戸惑い迷い嘆く私にとって、

大きな大きな灯火になるのです。

 

  🕯    🕯    🕯    🕯    🕯    🕯 

 

仏教では、輪廻転生の考えがあります。

私たちは、今の人生が

「初めての人生」

「これで一回きりの最後の人生」

そう思っていますよね。

 

ところが実は

私たちには

「前の境涯」があって、

その「前の前の境涯」もあって、

更にその「前の前の前の境涯」もあるんです。

 

長く長く、とてつもなく長い間。

その間、ずっと仏さまのほうでは

私たちにアプローチをしてくれていたのにも関わらず、

仏さまの存在なんて、はねのけてきた私たちです。

そして、その結果、「六道輪廻」といって、

迷いや苦しみの世界を繰り返して生きてきた私たちです。

 

ですが、

今の世界で、

やっと!

本当の仏様に出会ったんです。

 

親鸞聖人は

それを「遇う」と表現されました。

「偶然に、奇跡的に出遇えた」

と喜んだんですね。

 

そこを聞いていこう!

それが「聴聞」です。

それが「法話」です。

 

  🕯    🕯    🕯    🕯    🕯    🕯 

 

ところで、皆さんは、どうして生まれたのですか?

ところで、皆さんは、どうして生きているのですか?

ところで、皆さんは、何のために生まれてきたのですか?

ところで、皆さんは、何のために生きているのですか?

 

大谷選手は凄いですね。

彼は野球選手になるために生まれてきたのでしょうか。

 

私の知り合いで、お酒が好きな人がいます。

彼は言います。

「俺は酒を飲むために生きてきたんだよ」

 

私の地域では釣りができます。

釣り好きの人は言います。

「私は釣りの為に生きているんだよ」

 

では、野球は、

では、お酒は、

では、釣りは、

今は出来ても、

いつかできなくなる時がきます。

 

その時、どうしますか?

その幸せは、生きがいは、

やがて崩れていくんですよ。

 

もっと言えば、

私たちは

気が付いたら生まれていて、

気が付いたら生きているんだけれど、

明確な生まれた理由

明確な生きている理由がないと、

人生の中で

「本当に厳しい現実」にぶち当たったときに、

生きていけないことが起こってくるんです。

 

  🕯    🕯    🕯    🕯    🕯    🕯 

 

私の連れ合いの妹の旦那さん、

つまり私にとっては義理の弟は、

群馬県の沼田市で消防士をしています。

 

都会と違って、

小さな町ですから、

消防士は消火、救急、レスキューと

何でもやっていくそうです。

 

その中で、年に数件ですが、

「遭難に見せかけた、自死願望者」

の救助があるのだそうです。

 

ある時の事、

遭難者である男性を救助しました。

 

その男性は

自死願望がありますから、

助かっても喜ぶことはなく、

憔悴しきった顔だったそうです。

 

聞くと、

それまで必死に会社で頑張ってきたのに、

会社の健診で「癌」が見つかったそうです。

「余命は3ヶ月」

 

その方からすれば、

今まで人生で積み上げたものが

あっという間に崩れていったように思えたのでしょう。

「俺の人生は何だったのか」と・・・。

 

そう言う問いに

答えが見つからない。

だから、

生きてはいけなかったのでしょう。

 

  🕯    🕯    🕯    🕯    🕯    🕯 

 

仏教では、お釈迦様の入滅後、

仏法の衰退とともに世の中も荒廃していくと言われました。

入滅後の500年までは、

正しい教えがまだ実践されている、正法(しょうぼう)の時代。

入滅後の1000年までは、

像(かたち)ばかりは残っている、像法(ぞうぼう)の時代。

それ以降は、

教えの衰退する、末法(まっぽう)時代と言われたんです。

 

もう、親鸞聖人のご存命の時は末法の時代ですから、

世の中は濁り(五濁)の時代でした。

 

時代の「五濁(五つの濁り)」の中で、

「命濁(みょうじょく)」

というものがあります。

いのちが、どんどん短くなっていくんです。

 

でも、待ってください。

現代は末法の時代ですが、

いのちはどんどん長生きになっていますよね。

 

ところが、

仏教を聞く方も、まだまだ少ないですし、

死生観はどうでしょう。

 

「死んだら無になる」

「死んだらおしまい」

「しんだらおしまい」

 

そう思っていないでしょうか。

 

時代が経つにつれて

生きている意味も

わからなくなっていませんか。

 

100歳生きても

幸せを感じない生き方の方もいます。

 

やっぱり、

真実の意味で

いのちは

短くなっているのでは

ないでしょうか。

 

  🕯    🕯    🕯    🕯    🕯    🕯 

 

真宗大谷派で

高光大船(たかみつだいせん)という、

石川県加賀のお坊さんがいました。

 

北陸では「在家の報恩講」があります。

お寺ではなく、自宅で「親鸞聖人の遺徳を称えた報恩講」をするのです。

さっそく高光さんは、

あるご家庭を訪問されました。

 

普段は若い方は働きに出ているので、

高齢者のみのお参りになることが多いのですが、

その日は若い男性がおりました。

何でも、男性は電車の運転士で、

たまたま公休日だったのだそうです。

 

北陸では、若い男性は「あんちゃん」と呼ばれます。

あんちゃんは、まったく仏教には興味がないようで、

仕方なくそこにいただけでした。

そのことを高光さんは、すっかり見抜いておりました。

 

お経も終って、高光さんはあんちゃんに聞いてみました。

「何か聞きたいことはあるかな?」

あんちゃんは、めんどくさそうにこう言ったそうです。

「仏教が伝えたいことって、結局、何かな・・?」

 

高光さんは、こう言いました。

「鉄砲の反対じゃ」

あんちゃんは、

「何それ?」と聞きかえします。

 

高光さんは言います。

「鉄砲は人を殺める」

「仏法は人を生かす」

 

あんちゃんが言います。

「じゃ、棺桶の死んでる人間も生き返るんか?」

 

高光さんは言います。

「死んでる? 死んでるのはあんたのほうじゃ!」

 

高光さんが言葉を続けます。

「機関車は、石炭で生きてるというか? あれは動いているだけじゃ。

あんたは眼もうつろで、何となく動いているだけだろう。

そういうのは生きているとは言わん!」

 

あんちゃんは、

びっくりしながら、

自分の心を見透かされたことに気付き、

下を向いていたそうです。

 

  🕯    🕯    🕯    🕯    🕯    🕯 

 

現代人は忙しいですね。

 

何のために生まれた。

何のために生きている。

 

そんなことも考えずに

その日暮らしをしているのではないでしょうか。

 

但し、

明確な生まれた理由

明確な生きている理由がないと、

人生の中で「本当に厳しい現実」にぶち当たったときに、

生きていけないことが起こってくることがあります。

 

私たちは

仏法に

そこを聞いていく。

 

そのことから

道が開けていくと思うのです。

 

  お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い   お願い  

 

 

ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。

 

bonbu-kokiが思うに・・・

人生のその時々で、

 

人生観

大切にしたいもの

優先したいもの

好きなもの

 

どうも、

そう言うものは

生きていれば状況で

変わっていきますよね。

 

結局は、

それはあくまで

自己中心的な

「目先のこと」

となるのでしょう。

 

その「目先のこと」は

あっていいと思うのですが

基本的な「人生の軸」というか、

そういうものを

2500年続いてきて、

なおかつ支持されてきた仏法に

訪ねて、聞いて、気づいていく。

 

そこは

あっても

いいと

思うのです。

 

先日、

今年の5月に発行されてベストセラーになっているという

70歳を超えた作家の方の著書を拝読しました。

その方は最近まで、巨大組織のトップを務めていた方でもあります。

その作家さんいわく、こう書いていました。

 

「死んだら脳も停止するはず、そうしたら、私たちの思考はすべて0になる。

死は無。そう考えた方がずっと気が楽になるというものだ」

「死んだら完全な無になりたい」

 

本音か、読者のために「ちょっと表現をひねった」のかはわかりません。

ですが、それをまともに受け止めた方もいるでしょうし、

bonbu-kokiとしたら、

ちょっと、それって寂しい気持ちになりました。

 

考え方は

人それぞれで

いいのでしょうが、

私は私で、

これからも

仏法を

聞いて参りたいと思いますニコニコ

 

今日もようこそのお参りでしたお願い