今日の東京都心は、暖かな日和晴れでした。

今日もお参りのあとは、法話を聞きましょうニコニコ

 

 

今日のご講師は、福岡県嘉穂郡長明寺の花田照夫師です。

 

 

 

 

青字が花田師の言葉の要約です。

 

<いつも一緒だったんだよ>

 

私の祖父は6年前に102歳で往生しましたが、

祖父の口癖は食事の後の「堪能しました」でした。

祖父の往生後は、私も食事後に真似をした時期がありましたが、

今は命日の日だけは「堪能しました」を使って食事を頂いています。

私はそのことで、往生した祖父を偲んでいるのです。

今日は「偲ぶ」ということをお話していきたいと思います。

 

  おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん

 

大切な方が亡くなるのはとても悲しいことですが、

仏教ではこれを

「仏縁をいただく」

と言います。

では、何を頂くのでしょう。

これには三つあるのです。

 

まずは、

姿です。

 

人は去っても、その人の微笑みは去らないのです。
人は去っても、その人の言葉は去らないのです。
人は去っても、その人のぬくもりは去らないのです。
人は去っても、拝む手の中に帰ってくるのです。

 

私のお寺で法話会をしたときに、ある布教使さんが、こう言ってました。

「皆さん、ご自分の合掌した姿を写真に撮っておきましょう。

そして、ご自分が往生した時に、お仏壇にその写真を飾ってみませんか」

 

私たち、写真を撮る時は、

眼を大きく開いて、

顎を引いて、

背筋をピンと伸ばしますよね。

そして、撮った写真を見て、

写りが良ければ「いい写真」と言い、

写りが悪ければ「悪い写真」と言います。

しかし、どんな写真も、

そりゃ、結局は自分のありのままです。

 

でも、

そのありのままの姿が一番美しいのは、

「合掌の姿」ではないでしょうか。

ご自分の合掌の姿を撮ってもらい、

自分の仏壇に飾ってみれば、

残された方がお参りをするときに、

合掌しているあなたが家族を見ているんです。

何だか、いいと思いませんか。

 

姿って、

やっぱりその人を偲ぶものだと思うんです。

 

  おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん

 

二つ目は、

いのちです。

 

往生した方を通じて、

我がいのちを見つめさせていただく。

私はあなたと同じ、

「限りあるいのち」と気づかせていただく。

 

誰も代わってくれることがない我がいのち、

それを大切な方を通じて知らされていくんです。

よく、死んだ日の事を「命日」と言いますが、

「いのちの日」と読み替えてもいいでしょう。

 

ある女性が97歳で往生したんです。

お家に行ってみると、

70歳になる息子さんがいました。

聞くと、女性は昨日往生したのですが、

その日は息子さんの70歳の誕生日だったそうです。

息子さんはこう言いました。

「普通、この年になれば、誕生日なんて嬉しくもないが、

これからは誕生日が特別な日になっていくんです」

 

生は必然、死は偶然と、

錯覚している私たちですが、

生は偶然、死は必然と、

気づかせてくれるのも、

往生したあの方なのです。


 

  おばあちゃん      おばあちゃん      おばあちゃん      おばあちゃん      おばあちゃん

 

三つ目は、

聞(もん)です。

聞いていくんです。

 

死んで終わりの命ではない

と、聞いていくんです。

 

私のお寺のご門徒さんに

「お寺参りをしませんか」と誘います。

すると、こういう返事が返ってきます。

「いや、もう少し歳を取ってからいくよ」

そういう男性は80歳です。

 

別の方に同じことを言います。

すると、

「いや、うちはこの間、主人が死んでバタバタしてるから今は無理」

すると、別の方がこう言います。

「いや、うちは主人がまだ生きていて、バタバタしてるから今は無理」

 

皆さんは、

いつ大切な方の行き先を、

いつ自分の行き先を聞きますか?

 

      おばあちゃん          おばあちゃん           おばあちゃん         

 

ある御住職のもとに、

90歳の女性から法事をしたいと連絡がありました。

聞くと100回忌とのことです。

あまり珍しいから聞いてみると、

「姉です」と言います。

 

お姉さんはこの女性が生まれる前に、

幼くして亡くなったんだそうです。

ですから、この90歳の女性は、

お姉さんに会ったことがないのです。

 

それでも、

お母さんから何かあるたびにお姉さんの事を聞かされ、

そのたびに涙するお母さんを何度も見てきたのだそうです。

 

そして、姉の死を境に、

お姉さんを通じてお母さんは、

「仏様のお話」を聞くようになっていきます。

 

今回は姉の100回忌を通じて、

お母さんにも届くように、

また、自分が亡くなった後も、

家族にこのご縁が届くように

100回忌をしたいとのことでした。

 

電話が終えた後、

その御住職は深々と頭を下げて、

電話の向こうの女性に合掌をしたそうです。

 

  おばあちゃん      おばあちゃん      おばあちゃん      おばあちゃん      おばあちゃん

 

では、何を聞くのでしょう?

それは

阿弥陀様の事を聞くのです。

 

我にまかせよ

そのまま救う

 

人生をレコードに例えた方がいました。

レコードはずっと一本の筋で出来ています。

筋とは「道」です。

その道は「山あり」「谷あり」

でも最後はひとつのメロディで曲は完成します。

それと一緒に動くのが「針」です。

針とは、仏様のことですよ。

 

では、どう聞くのか?

私たちは

「私が」

「私が」と、

「が」が付くのです。

「私がする」

ここには自分中心の価値観や考え方、感じ方があります。

それゆえに「迷い」が出てくるでしょう。

 

それを

「仏が」

「仏が」と、

「仏がする」

そのことを聞いていくんです。

 

仏様の考え、

仏様のなさったこと、

仏様のことを聞けば

これは間違いない価値観になっていくんです。

 

では、聞くとどうなるのか。

私の姿が明らかになっていきます。

私がこのあとどうなるかもわかってきます。

 

60歳代の男性が私にこのように言いました。

「この間、病院に行ったら、重い病気の宣告を受けた」

いや、「重い病気の宣告」ですよ。

どれだけ不安でしょう。

どれだけショックでしょう。

どれだけ嫌だったでしょう。

 

でも、男性はこのように言葉を続けました。

「仏様の話しを聞いてきた。

今、その話が私を支えているんだ」

 

では、聞いたらそこに何があるんでしょう。

それは

浄土があるという

新しい人生の姿があるのです。

それも、

阿弥陀様と言う仏様がご一緒

と聞いていくのです。

 

   おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん

 

最後のお話を聞いて下さい。

ある男性が50歳で、この娑婆の縁が尽きたのです。

ところが、目を覚ますと、

有る場所に立っていたのです。

気が付くと、そこには足跡があって、

自分の立っている後ろにずっとずっと、

一本の道筋の線が出来上がっていました。

そうです。

これは男性の50年の人生の「歩いてきた足跡」だったのです。

 

ところが、よく見ると、

自分の足跡の他に、

並行して、寄り添うように

同じ足跡が一本の道筋の線が出来上がっていました。

 

すると、

遥か上の方から声がしてきました。

「おい、男よ、私はいつもお前と一緒にいた者である。

お前が楽しい時も苦しい時も、

お前と一緒に人生を歩いてきたんだ。

お前の足跡の隣の足跡は私だよ」

それを聞いた男はお礼を言います。

「そうか。それはありがとう!」

 

あれ?

よく見ると、

自分の足跡の横の足跡、

つまり、声の主の足跡は途中で消えて、

ところどころ、二本のはずが一本になっています。

 

すかさず、男が言います。

「おい!今まで人生に寄り添って来たって言うけれど、

ところどころ一本じゃないか。

苦しい時も一緒だなんて言ってたけど、

俺が苦しい時、お前はいなかったんじゃないのか?

お前は嘘をついてるんじゃないのか!」

男が怒りました。

 

すると、声の主がこう言いました。

「お前の人生の所々、消えた足跡。

あれはお前が苦しくて苦しくて、

立ち上がれずにいた時のあとだ。

あの時、立てないお前に代わって、

私が背負って歩いたからだ」

 

そうです。

声の主が男を背負って歩いたから、

道は時々二本は一本になったのでした。

 

最後に声の主が言いました。

「いつも一緒だったんだよ」

 

男とは、

あなた。

声の主とは、

仏様。

 

そう聞いていくのが

仏様の話しです。

 

 

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ここからはbonbu-kokiが書いていきます。

 

最後のお話。

実は花井先生が、ご門徒さんのお宅でたまたま拝見した

「キリスト教」のお話だそうです。

でも、とても真宗らしいということで、

最後の話しでご紹介がありました。

 

さて、この我が人生。

私たちは「自分の人生は、自分の足で歩いている」と思っています。

振り返れば、自分の足跡が確かに残っていることでしょう。

 

ですが、よーく見てみるといいでしょう。

足跡が横に並行して、もう一本あるかもしれないですね。

また、所々で足跡が止まっているところがあるかもしれない。

そして、

足跡が一本になっている場所がところどころあるかもしれない。

 

そっか。

誰かに背負われたときもあったんだ。

 

この気づきが

仏教を聞く

ということだと思います。

 

私の辛かった時期

あなたの辛かった時期

ともに歩んでくれた方がいたのだ

聞いていくのがいいでしょうね。

 

今日もお育て頂きました。

今日もようこそのお参りでしたニコニコ

 

今日の東京都心は、穏やかな暖かさですニコニコ

明日の気温は師走並みとのことで、

関東の方は体調管理にお気をつけ下さい。

 

お参りの後は法話を聞きましょう。

会場は聞法ホールです。

 

 

 

30分前(開所時間)に入場するのが私の習慣ですが、

今日もまだ誰も来ていません爆  笑

 

 

今日の御講師は、広島県広島市徳行寺の三ヶ本義唯師です。

 

 

 

 

青字が三ヶ本師の言葉の要約です。

 

<お浄土を想う>

 

一般に世間では、亡くなった方が次に行く世界を、

「あの世」とか「天国」とか「草葉の陰」とか「冥途」とか言ったりしますが、

仏教では「お浄土」と言います。

 

では、よく「お浄土」というのですが、

その原点は「お経」にあります。

お釈迦様がお説きになったお経で

「仏説阿弥陀経」というものがあります。

一般的には、お経の数は「八万四千」もあると言うのですが、

その内容のほとんどは「お弟子さんからの質問」に

お釈迦様がお答えになったもの」です。

ところが、この阿弥陀経は、お釈迦様のほうから

お弟子さんの阿難さんに話をしたということで、

「無問自説」のお経として有名です。

(質問する者はいないのに、自分から進んで説法したということです)

 

さて、

その「阿弥陀経」にお浄土の様子が書いてあるんですが、

その様子を表したのがお寺の御内陣であり、

お仏壇であると言う事なんです。

更にお経を読んでいくと、お浄土は西の方角にあって、

「十万奥仏土」の距離が有るのだそうです。

「十万奥仏土」というのは、

気の遠くなるような遠さと言う意味なんです。

 

 

   星空      星空      星空      星空      星空

    
NPO法人・日本語検定委員会というところで、

毎年「日本語大賞」というものを開催しています。

小学生、中学生、高校生、一般の部があるのですが、

小学生部門の文部科学大臣賞受賞作品を紹介したいと思います。

 

去年のテーマは、

小学生の部は「心にひびいた言葉」です。

小学1年生の佐藤 亘紀(さとうこうき)君の作品です。

インターネットにも載っていますから、ご存じの方もいるでしょうか。

 

 おとうさんにもらった  やさしいうそ」

 

 

ぼくのこころに ひびいたことばは、

「おとうさんはちょっと 

とおいところで

しごとをすることになったから、

おかあさんとげんきにすごしてね。」です。

 

そのとき ぼくは二さいでした。

とても小さかったので

ちょくせついわれたのは おぼえていませんが、

いってくれたときのどうがが

おかあさんのスマホに いまでものこっているので、

すきなときに きくことができます。

 

このふつうに おもえることばが

ぼくのこころに ひびいたりゆうは、

じつはこれが おとうさんがついたうそだったからです。

 

このことばの 一しゅうかんごに、

おとうさんは はっけつびょうで しんでしまいました。

そして、このことばをおとうさんがのこしたのは

びょうきがわかって にゅういんした日でした。

 

おとうさんは、

あえないあいだに ぼくがかなしまないように、

わざとうそをつきました。

うそはふつうよくないけど、

これは、おとうさんがぼくのためについてくれた

やさしいうそだとおもいます。

 

このことばを どうができくと、

おとうさんに あってみたくて

すこしかなしいきもちになります。

でもかなしいだけじゃなくて、

かなしませないように

うそをついてくれたおとうさんのやさしさをおもって

「がんばろう!」とおもえます。

 

おとうさんがしんでしまったことはしっているけど、

おとうさんのうそがほんとうになって、

いつかよるおそくにドアのまえで

「ドアをあけて。かえってきたよ。」

といっているおとうさんにあいたいです。

こうおもえるのも、

おとうさんのやさしいうそのおかげです。

 

 ぼくからおとうさんに つたえたいことがあります。

「おとうさん、うそがばれてるよ! 

だってまわりに びょういんのどうぐがいっぱいあるし、

おとうさんが よこになっているし、

めからなみだが ちょっとだけでているし、

こえが さびしそうだから。」

でもぼくは、

だまされているふりを しつづけようとおもいます。

 

 おとうさんが やさしいうそをついてくれたおかげで、

ぼくのこころは つよくなれています。

これからも おとうさんのことばをまもって

おかあさんと げんきにすごしたいです。

おとうさん、やさしいうそをありがとう。

 

(画像をお借りしました)

 

 

 

    お父さん     お父さん     お父さん      お父さん     お父さん

 

こうき君のお父さんは白血病を患い、2歳の我が子を残して往く。

「ちょっと遠いところでしごとをすることになった」

その言葉の通り、

もしお浄土が「十万奥仏土」であるなら、

本当に遠いところなんですが、

それでも、お浄土に生まれると言う事は、

実は、すぐにこの世に還ってくると言う事。

今、こうき君にも「願い」が届くことでもあるんです。

 

それが証拠に

「ぼくのこころはつよくなれています」

これ、

既にお父さんの光が届いているって、ことですよ。

 

では、仏様の願いとは何でしょう。

お経を通じて阿弥陀様は、このように仰せです。

あのね、

人は、

死んで終わりいのちと、

思わないでおくれ。

いのちの問題を

解決できないのが

人ではあるけれど、

だからこそ、

私、阿弥陀にまかせておくれ。

いのち終えても

良かったと思えるからね。

どうかそのいのち、

虚しく終わるとは

思わないでおくれ。

 

臨済宗のお坊さんである一休さんと、

浄土真宗のお坊さんである蓮如上人に、

こういう有名なやりとりがあります。

ちなみに「極楽」とは、

「極楽浄土」のこと、

つまり「お浄土」のことです。

 

まず最初に一休さんが蓮如上人を困らせようと、

このような歌を手紙で送ります。

 

極楽は、

十万億土(じゅうまんおくど)と説くなれば、

足腰立たぬ婆(ババ)は行けまじ

 

つまり、

極楽浄土は(十万億土と)ものすごく遠すぎて、

足腰の弱いおばあちゃんでは、とても行けないぞ。

 

そのように一休さんは蓮如さんに言ってきたのです。

すると蓮如上人は、このように歌を返したそうです。

 

極楽は、

十万億土と説くなれど、

近道すれば、南無(ナム)の一声(ひとこえ)

 

極楽は遠すぎるというこれど、

『南無(阿弥陀仏)』という念仏一つで、

すぐに行けるさ。
 

「十万奥仏土」なんて、

人の能力、考えでは及びもしない事であっても、

仏様のハタラキは、時空を超えていくから、

「何の問題もない」と言う事なんですね。

 

   お願い     お願い      お願い      お願い     お願い 

 

よく仏教では、生前の行いで、次に行く世界が決まると言います。

いいことをすれば、いい世界に生まれ変わっていきます。

悪いことをすれば、悪い世界に生まれ変わっていきます。

 

皆さんはいい人ですか?

きっと大半の方は「自分は、まあまあ」と思っていないでしょうか。

私たちは「無自覚性自己中心症」という病を患っていますが、

なかなか自覚までは持てませんよね。

 

ところが、昔、

「自分は悪人だ」

「地獄しか、行くところがない」

そう言った人たちがいました。

 

法然上人

親鸞聖人です。

 

私たち、

仏様からみたら、皆「凡夫」なんです。

その凡夫に、

「死後の世界は仏様」だよ。

そう教えてくれたのが阿弥陀様です。

 

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数年前、私は大谷本廟の相談コーナーにいました。

すると、ひとりの女性が私を訪ねてきました。

話しを聞くと、

その方は友人が亡くなったのだそうです。

そして葬儀も終って、

お坊さんからこのような話があったそうです。

「今、故人は向こうの世界で頑張っています。

皆さんも頑張って供養をしてあげて下さい」

 

その女性の言う事を総合的に判断すると、

その宗教者は「浄土真宗」の方ではないようでした。

そして、その女性が続けて私に聞いてきました。

「私はあの子と学校時代からずっと一緒に過ごしてきて、

姉妹以上のお付き合いをしてきました。

あの子は、

小さい時から病弱だったけど勉強も頑張って、

就職したあとも、毎日遅くまで会社のために頑張って、

結婚をしたあとも、二人の子育てを頑張って、

病気になったあとも、入退院を繰り返しても頑張って、

それで70歳で亡くなった。

いのち終わっても

まだ、

頑張らないといけないのですか?

今の私に何ができるのですか?」

 

がんばった人ほど、いいところにいきます。

だから頑張りましょう。

残った人は

応援をしていきましょう。

 

これでは

条件付けの世界ですよね。

条件とか、

いい悪いとか

私たちの価値観をぶつけるから

あの方は可哀そうにね。

あの方は良かったね。

そうやって、人の亡くなり方までを

私たちは評価するようになっていきます。

 

結局これは、

仏様の世界ではありません。

まして

阿弥陀様のお浄土の世界ではありません。

 

阿弥陀様はこういうのです。

頑張ったか、頑張らなかったか。

いいことをしたか、悪い事をしたか。

その条件。

あなたに代わって、

すべて私、阿弥陀が

引き受けていくからね。

 

いいことしたら、いいところにいく。

悪い事をしたら、悪いところにいく。

もし、

亡き人の行き先がバラバラなら、

それじゃ、

先に往った大切なあの方と

会えなくていいのですか。

 

いや、そうじゃない。

それじゃ困るでしょう。

 

お浄土は

倶会一処。

皆、等しく

同じ場所で

会うのです。

 

    おばあちゃん     おばあちゃん     おばあちゃん     おばあちゃん     おばあちゃん

 

友人のお坊さんから聞いた話です。

そのお寺の法話会には、

新婚ながら70歳代のご夫婦が、

二人ほど前から来ていたそうです。

ところが、ご主人が先に亡くなります。

ご葬儀の時、

奥様の「何回もの”なんまんだぶ(南無阿弥陀仏)”」が聞こえました。

しかし、そのあとの法事でも、いつ行っても、

奥様の「何回もの”なんまんだぶ(南無阿弥陀仏)”」が聞こえました。

 

友人が聞いたそうです。

「随分、御熱心ですね」

すると、奥様はこのように言いました。

「主人は生前、何回も”なんまんだぶ(南無阿弥陀仏)”を言っていましたから、

私も同じようにしないと、主人と同じところに行けないと思って・・・」

 

あのですね。

もちろん、これは尊い事ではありますが、

阿弥陀様は「条件づけ」をしないんです。

 

我にまかせよ

必ず救う

 

これが阿弥陀様の願いなんです。

 

ですから、友人はこのように奥様に伝えたそうです。

「安心して下さい。

ご主人と同じハタラキが既に奥様にも届いていますよ」

 

そうなんです。

色々な仏様がいるけれど、

人間にも色々な方がいるけれど、

私たちには

阿弥陀様じゃないと

だめだったんです。

 

阿弥陀様の願いのもと、

これからも

この人生を

安心して

歩ませて頂きたいと思います。

 

 

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ここからはbonbu-kokiが書いていきます。

 

仏教では

「自業自得」

「因果応報」

と言って、

自分の行いで

次に生まれる世界が決まるとも言います。

だから、

いい行いをしていきましょう・・・・。

 

ところが、なかなかbonbuの世界は手ごわくて

「無自覚性自己中心症」の病は不治の病でもあります。

 

もし、

「行い」で次の世界が決まるなら、

先に往った懐かしい方々との再会は

自分には「ないかもしれない」ということでもあります。

 

そう思うと、

「条件をつけないから

みんなお浄土においで」

と言う

阿弥陀様のお浄土は、

慈悲の極みかもしてませんね。

 

今日もお育て頂きました。
今日もようこそのお参りでしたお願い

 

今日の東京都心は、良く晴れ晴れました。

気温もふんわりと暖かでしたニコニコ

ちなみに朝の空の色は、雲もなく青一色でしたよ。

 

 

お参りのあとは、法話を聞きましょう。

 

 

今日の御講師は、広島県広島市徳行寺の三ヶ本義唯師です。

 

 

 

 

青字が三ヶ本師の言葉の要約です。

 

 

<おじいさんが聞いたこと>

 

今日のテーマは「お浄土を想う」です。

私たちの「いのちの行き先」を尋ねて参りましょう。

 

よく、浄土真宗では、

お坊さんから法話を聞くことを「聴聞(ちょうもん)」と言います。

「聴く」

「聞く」

と書くのですが、

「聴く」とは聴診器の「聴」ですが、

よく、意識して聴くと言うことです。

また、

「聞く」とは「門」構えですが、

これは「門」の中から聞こえてくると言うことです。

 

いずれにしろ、

「よく聞いていく」には違いないのですが、

では、聞いたらそれでおしまいかと言うと、そうではありません。

聞いたら、行動だって、伴っていく。

聞いたら、行動だって、変わっていく。

そういうものだと思うんです。

 

   👂      👂      👂      👂      👂

 

皆さん、

植物のいのちが終ることを

「枯れる」と言いますよね。

 

でも、植物のうち、

「花」のいのちが終っていくと、

実はいろいろな言葉が使われるんです。

 

桜は、というと、「散る(ちる)」です。

では、

梅は、というと、「零れる(こぼれる)」です。

では、

椿は、というと、「落ちる(おちる)」です。

では、

牡丹は、というと、「崩れる(くずれる)」です。

では、

菊は、というと、「舞う(まう)」です。

 

実に、

花の個性に応じた、

いのちの終わり方の表現です。

 

これを昔の方は、五、七、五、七、七の歌にしたんですね。

 

桜散る

梅は零れる

椿落つ。

牡丹崩れる

菊は舞うなり。

 

 

では、

ここで問題です。

人のいのちが終ると、

どのような言葉になるでしょう。

 

 

ある方はこう言いました。

骨になる。

 

また、ある方はこう言いました。

いなくなる。

 

更に、ある方はこう言いました。

なにもなくなる。

 

ところが、仏教を聴聞すると、

このように教えてくれるのです。

 

人は

(往く)

人は

(生まれる)

 

この言葉につくものが

「お浄土」です。

 

人は

(お浄土に往く)

人は

(お浄土に生まれる)

 

 

大切な人との別れの中で

どの言葉を使うのか。

 

言葉を適切に使えば、

その言葉は人生で豊かなものになっていきます。

仏教を聞くと言うことは、

いのちの受け止めが

豊かになっていく。

と言う事なんです。

 

そうすると、行動も変わっていきます。

かつて、梯實圓(かけはしじつえん)和上が

このような内容のことを言っていたそうです。

 

仏教を聞くということは、

「仏様の大慈悲」を聞くと言うこと。

但し、ただ聞くだけじゃなくて、

聞いたら仏様のことを真似していこうと思いますよね。

だから、

その立派な生き方を真似をしようと思うのだけれど、

結局は人は仏様の真似ができないんです。

だから、そこで、

その真似ができない自分に気づきますから、

気づいたら、仏様の大きさを改めて実感するんです。

でも、実感したら、大抵はそのままとはならない。

少しでも、大慈悲を受け止めて、

そのことを喜んでいこうとする。

そうすると、

その人の生き方が

変わっていくんです。

その人の人生の受け止め方が

変わっていくと言う事なんです。

 

   にっこり      にっこり      にっこり      にっこり      にっこり  

 

私のお寺のご門徒さんで、89歳のおじいさんがいます。

おじいさんは、20年数年、私のお寺に通って、

仏教の話し、仏様のお慈悲の話しを聞いています。

 

このおじいさんのお仕事は、酒屋さん、お酒の卸問屋さんです。

重いのに、ビールの入った箱の積み下ろしをするんですが、

積み下ろしをするたびに、

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

 

草刈りをすれば、するたびに、

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

 

地域のグラウンドゴルフでボールを打てば、打つたびに、

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

 

タバコを吸えば、吸うたびに、

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

 

確かに、

広島は「安芸門徒(あきもんと)」という言葉があるように、

浄土真宗が地域に根付いている地域なのですが、

それにしても、

もう、ニコニコしながら、そんな感じなのです。

 

おじいさんは実に社交的で明るくて、

人を笑わせるのが大好きです。

普通、私たちは会話をするときは

「死ぬこと」を話題には選ばないのですが、

おじいさんはお構いなしです。

 

「わしゃ、死ぬのは怖くないけん。

次はお浄土があるけんのう」

 

「この間、携帯をスマートホンに変えたんよ。

若!(私の事) 見てくれや。

そしたら、受付の女の子が、かわゆうてのう。

”いろいろ、(オプションを)付けたらええ”、というから、

全部つけて、二年保証も付けたんよ。

何でも、携帯が壊れたら、無料で交換してくれるんじゃと。

すんげえもんだ。

ワシなんか、二年生きてる保証なんぞ、ないけんの~」

 

そう言って、大きな声で笑うのが、このおじいさんなのです。

 

  おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん      おじいちゃん  

 

そんなおじいさんですが、

一度、お寺の住職である私の父が聞いたことがあるんです。

「なんで、そんなに元気なん?」

 

するとおじいさんは、こう答えたんです。

「ワシは死ぬのが嫌じゃないんじゃ。

だって、

死んだら

お浄土に行って、

かあちゃんに

会えるけんのう!」

 

実は、

おじいさんは60歳代で、

御連れ合いさんと「この世のお別れ」をしています。

それまでは仕事一筋でしたが、

そのこと以来、おじいさんはお寺に参るようになったのです。

 

そこで、

おじいさんが聞いたこと。

 

それが、

いのちの行き先でした。

 

お経を通じて、

はっきりと

阿弥陀様は言います。

 

あらゆるいのちを救いたい。

いのち終えたら、

かならずお浄土にすくい取り、

あなたを仏とするからね。

 

あなたのいのちは

死んで終わりのいのちじゃない。

 

そして、

お浄土に行ったらね、

また、この世に還ってきて、

あなたの大切な方のそばにいて、

ちゃんと見守っていくんだよ。

 

それから、

おじいさんの行動が

変わったのだと思います。

 

ビールの入った箱の積み下ろしをすれば、するたびに、

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

 

草刈りをすれば、するたびに、

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

 

地域のグラウンドゴルフでボールを打てば、打つたびに、

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

 

タバコを吸えば、吸うたびに、

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

「なんまんだぶ」

 

この世の縁、尽きた方は、

お浄土にいくけれど、

またこの世に帰ってくる。

そして、

大切な方のそばにいるんです。

 

きっと、

おじいさんは、

何かをするたびに

御連れ合いさんの姿を感じていて、

それを喜んでいた

「なんまんだぶ」

だったのでしょうね。

 

普通は「死ぬ話」はタブーだけれど、

おじいさんは

「自由に伸び伸びと」

生きています。

 

おじいさんが聞いたこと

 

これからも

おじいさんと

同じことを聞く人の人生が

少しでも豊かになると

いいなと思います。

 

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ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。

 

実は今月は、

私の誕生日と、

実父の命日がある月なのですが、

両日とも同じ日なのです。

 

実父がこの娑婆の縁が尽きた日は、

同時に実父がお浄土に生まれた日。

私はこのことを聞いていましたので、

当日は落ちついて行動をしていたことを思い出します。

 

このおじいさんじゃないけれど、

事前に聞いておく。

事前に行き先を知っておく。

 

「あなた、先に往く人」

「わたし、後から往く人」

 

「わたし、先に往く人」

「あなた、後から往く人」

 

(往相回向)と聞いていきます。

 

そして、

「共に浄土で再会します」

 

(倶会一処)と聞いていきます。

 

更に、

またこの娑婆に還ってきて

「娑婆に残った有縁の人の傍にいる」

 

(還相回向)と聞いていきます。

 

だから、

この娑婆の縁が尽きた日の挨拶は、

「さようなら」

ではなく、

「じゃぁ、またね」

 

それが浄土真宗の世界観です。

 

有縁の人が

この娑婆の縁が尽きるのは、

悲しく、残念なことではあるけれど、

それは誰でもが経験することでもあります。

 

だからこそ、

いざという時に、

慌てないように。

そして、

今という大切な時を、

少しでもおじいさんのように

自由に生きていけたらいいですよね。

 

皆さんも、

是非、お寺に「行く先の事」を聞きに、参ってみませんか。

 

今日もお育て頂きました。

今日もようこそのお参りでしたニコニコ

 

今日の東京都心は、風も少なく、穏やかな気候です。

街路樹も少しずつ、葉の色が変わってきましたねニコニコ

 

今日は第三日曜日です。

東京都港区安楽寺の法話会に行ってきました。

 

 

参道です。

 

 

本堂と玄関です。

 

 

お参りの後は、法話を聞きましょう。

今日の御講師は、安楽寺の住職、藤澤克己師です。

 

 

青字が藤澤師の言葉の要約です。

 

 

<損か得か、嘘か誠か>

 

 

そんか とくか

人間の ものさし

うそか まことか

佛さまの ものさし

 

   黄色い花     黄色い花     黄色い花     黄色い花     黄色い花     黄色い花

 

毎月、お寺の掲示板の言葉をもとに、お話をしていますが、

今月は相田みつをさんの言葉です。

 

ものさし

とは、眼差しのことです。

どんな風に見ているの?

ということです。

 

私たちは、物事を判断する時に、

常に、どっちかな?

と決めていく行動基準を、

個人個人が持っています。

 

買い物に行けば、

どっちが安いかな?

どっちがいい品質かな?

もう、タイムセールなんて言われたら、

それだけであたふたしてしまいます。

その結果、本当に必要じゃないものまで

買ったりしてはいませんか?

 

でも、それって、

私たちの行動基準。

損か、得か。

ってことがありますよね。

 

その、損か、得かで一喜一憂し、

人生がギクシャクしたり、

人と争ったり、

人と奪い合ったり

人を恨んだり、妬んだり、うらやましがったりしていきます。

 

でも、仏さまのものさしは

その「損か得か」ではなく、

「嘘か誠か」が

行動基準と聞いていきます。

 

誠に包まれた世界は

どうも安楽の世界なのですが、

私たちはなかなかその眼を

もつことができないようですね。

 

   黄色い花     黄色い花     黄色い花     黄色い花     黄色い花     黄色い花

 

相田みつをさんが、

何かの講演会で「ボランティア」について仰ったそうなんです。

 

ボランティアというと、色々なボランティアがありますが、

「災害ボランティア」ってありますよね。

そのボランティアを、

私たちは「損か得か」で判断をしていないか?と言うのです。

 

「ボランティア」ですから、もちろん無給です。

交通費も出ませんし、手弁当なのです。

それでも、皆さんは行きますか?

何故行きますか?

何故行きませんか?

 

ボランティアに行く人には

実にシンプルな答えがあります。

そこに困っている人がいるから。

 

困っている方がいる。

見殺しにはできない。

見捨てることはできない。

見なかったことにも出来ない。

誰かがやるだろうという他人事でもない。

私が・・・・。

 

そのような仏さまのものさし、眼差しがあることで、

何人もの方が救われていくのですよね。

 

   黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      

 

私の話しで恐縮ですが、

私の学生時代に「生徒から軽く見られている美術の先生」がいました。

私もやんちゃだったので、

ある日、黒板をめがけて「みかん」を投げたことがありました。

みかんは見事に黒板に命中し、先生も怒ったのですが、

生徒はみんな知らんぷりをしていました。

 

そして、次の時間は担任の先生の授業です。

ところが、黒板についたミカンのシミがうまく消えていませんでした。

すかさず、担任の先生は怒りました。

「これをやった者はだれだ!」

犯人の私はもちろん黙っていましたが、

クラス中もしーんとしています。

そのうち、クラスの一人が声を小さくして言いました。

「言った方がいいんじゃない?」

 

私は正直に言う事を決意し、

手をあげて正直に言いましたが、

そのあとはもちろん叱られました。

 

   黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

よくニュースでひき逃げの事件を報道しています。

あれも、やっちゃいけない事と知っていながら、

正直に言えない。

わからないこと、バレないことを祈る。

いろんなことを考えて、損はしたくないんです。

 

でも、逆の立場になれば、

「けしからん!」とぷりぷり怒るのは間違いないです。

いろんなことを考えて、損はしたくないんです。

 

これは、犯罪のような大きなことですが、

日常的に私たちは、小さなことで、

いろんなことを考えて、損はしたくない。

いろんなことを考えて、得はしたい。

ですよね。

 

本当は、

嘘か、誠かで判断をしなければいけないのに・・・。

 

私たちは、

やっぱり、

「損か得か」のものさしを

捨てられないんです。

 

我執(がしゅう)と言いますが、

自分へのこだわりがあります。

自分へのとらわれがありますから、

このことから離れられないんです。

 

そんな私たちをご覧になって、

仏さまはとても心配をしています。

 

きれいごとのようになってしまいますが、

私たちは損得で振り回されない生き方を

少しでもしていきたいと思うのですが如何でしょうか。

 

損得じゃなく、

あなたを救いたい。

仏さまのあたたかい眼差しを意識して

日々を暮らしていきたいものです。

 

また、仏さまのものさしとは?

それを聞くために、またお寺にお参りにきて頂きたいと思います。

 

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ここからはbonbu-kokiが書いていきます。

 

損得を考えて生きる。

もう、子供の頃から、よく言われてはいませんか?

損をすることは「愚かな事」

得をすることは「賢い事」と教わってきましたよね。

 

でも、そのためには

アンテナ貼って、

勉強もして、

人の顔いろを伺って、

人は損をしても、まずは自分が得をしたい。

まあ、そのことに神経を使って、大変なことだったこと爆  笑

ありますよね

 

でも「損得」から離れた時はどうですか?

今日は法話後、法友さんとお茶をしていたのですが、

まあ、「損得の無い関係」は本当にリラックスタイムです。

安楽のひと時ですよね。

 

築地本願寺新報9月号の「今月のお悩み」で質問者が

「運が悪くて仕方がない」という悩みがあって、

お坊さんの回答でこんなのがありました。

「受験や就職に失敗したら、誰かが受かっています。

 自分が不運と感じる裏には、

 誰かの幸運があると考えると、

 不運も意外と素敵な事かも・・・」

皆様はこの回答、どう思いますか?

私はすごく腑に落ちましたよ(笑)

自分の不運や失敗も、だれかを幸福にしてることがあるんだって・・・。

そして、その逆もまた、ありです。

自分の幸運は、だれかを不幸にしてることがあるんだって・・・。

 

損か得かなんて、

もしかしたら、

長い人生の中で

いくらでも意味は変わるんだと思いました。

 

さて、今日の最後は、

私の大好きな昭和の禅僧、澤木興道さんの名言で終ります。

 

握ったらどうせ凡夫のものを握っているにすぎぬ。

金を握っても、健康を握っても、地位を握っても、

握ったら「凡夫の持ちもの」である。

「凡夫の持ちもの」を放したのが仏である。

 

私たちが握りたいものは、「得」をするものばかりです。

この「得」を守るために、日々あくせくしている私たちです。

 

サトリとは、損すること

マヨイとは、得すること

 

得をすることは、迷いだそうです。

何となく、分かりますよね。

 

我々のたった今の生活態度がインチキならば、

今まで飯を食べさした人も、

今まで教えてくれた人も、

今までものをくれた人も、

みなインチキをさせるためにしてくれたことになる。

もし、今日の生活態度が立派ならば、

その立派なことをさせるために

私を生み、私を育て、

私にものをくれたことになるのである。

このたった今の生活態度が

全過去を生かしていくのじゃ。

 

凡夫は凡夫なりに

周りに感謝した生き方をしていきましょう。

私、最後のこの言葉、好きですよ照れ

 

今日もようこそのお参りでした。

 

今日の東京都心は、雨雨時々曇りくもりです。

一日を通じて、肌寒い陽気となりました。

 

お参りの後は、法話を聞きましょう。

 

 

今日の御講師は、山口県下関市浄満寺の新晃眞師です。

 

 

 

 

青字が新師の言葉の要約です。

 

 

<もしかしたらあの方は>

 

私たちの人生は、泣く時もあれば、笑う時もあります。

泣きながら笑う事を「泣き笑い」と言いますが、

今日はそんな話をしてみたいと思います。

 

観無量寿経というお経では、

仏様の御心は「大慈悲」と言います。

そして、大きな慈悲と共に、

必ずワンセットで語られるのが「智慧」です。

 

私たちは、いのちは「ひとりひとりバラバラのもの」と思っています。

ところが、

すべてのいのちは繋がってる

と見るのが仏様の視点です。

 

そこには、

仏様の智慧として、

「あらゆるいのちの一体感」

があるんです。

 

だから、仏様は

あなたのいのちの悲しみを

放ってなどいられない

と言ってくれるんです。

 

    黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

  

皆さん、

2月14日はバレンタインデーですが、

2月15日は何の日かご存じですか?

 

2月15日は、お釈迦様のお亡くなりになった日、

「涅槃」と言います。

宗派を問わず、涅槃の日は涅槃会として、

法要をするお寺は多いですよね。

 

私のお寺でも涅槃会があるのですが、

お寺では「涅槃図」という、

お釈迦様が亡くなった時の様子を表した絵をお飾りします。

ちなみに、

お釈迦様とは覚った方ですから、

別名を仏様と置き換えてもいいんですよ。

 

(イメージ:駒澤大学所有、大涅槃図 bonbu-koki撮影)

 

 

 

 

お釈迦様は、北を頭にして横たわっています。

 

周りには、沙羅(さら)の木があります。

平家物語の「沙羅双樹の花の色」の沙羅です。

 

木を見ると、本当は緑色なのに、白になっています。

悲しみの現れでしょうか。

 

月も闇が掛かっています。

これもまた、悲しみの現れでしょうか。

 

上の方からには、女性が描いてあるのですが、

これはお釈迦様のお母さんのマヤ夫人です。

マヤ夫人は、お釈迦様に何とか生き残ってほしいと

を天上からげますが、木の枝に引っ掛かってしまいました。

そのことを「投薬」と言います。

よく、医者が薬を出すことを「投薬」と言いますが、

実はここからきているそうですよ。

 

実はこの絵ですが、

私が園長を務めるお寺の幼稚園でも、園児に見せたのです。

すると、子どもたちにとって、

絵の真ん中、お釈迦様や周りにいる人たちよりも、

興味がある風景があります。

 

それは何かというと、

お釈迦様の周りに、

動物たちや虫たちがいることなんです。

 

そうです。

お釈迦様が亡くなると、

悲しいのは人だけじゃない。

動物も虫も悲しいのです。

生きとし生けるもの、

みんなが悲しかったのです。

 

これ、どういうことだと思いますか?

 

   黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花    

 

実は、この絵は、単なる

「みんなが悲しい」

というだけじゃないんです。

 

例えば、私たちが死ぬとするでしょう。

すると、

「あの人にはお葬式にきてほしい」

「あの人にはお葬式にきてほしくない」

って、なりますよね。

 

でも、

これを弱い立場のいのちで考えると、

皆さんのお葬式に、

ミミズさんが来てくれますか?

ムカデさんが来てくれますか?

ゴキブリさんが来てくれますか?

蚊さんが来てくれますか?

 

私たちには、

弱いものを殺めてきた歴史があるじゃないですか。

 

   黄色い花     黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花 

 

以前、私たち親子で寝ていたら、

私の唇に痛みがあって目が覚めたんです。

なんだろう?

よく枕もとを見たら、大きなムカデがいたんです。

 

早速、連れ合いにも協力してもらい、

夜中でしたが、お湯を掛けたんです。

その時、私は思いました。

「ああ、刺されたのが私でよかった」

小さな子供たちが刺されたら、大事になりますからね。

 

でも、そのあと、寝ながら考えたんです。

あのムカデにも家族がおるんやろうか?

ムカデからすればね、

「お父ちゃん、ちょっと出かけてくるわ~」

そう言って、出かけてね、

人間にお湯を掛けられて亡くなっていく。

 

そうとも知らない、ムカデの奥さんと子供たちは、

お父さんの帰りをじっと待つんです。

いつまでも帰ってこないから、

「ムカデ警察」に頼んで調べてもらったら、

どうも、

「浄満寺の住職はお坊さんでありながら、むごいことをしたらしい」

 

大慈悲のあるお釈迦様のお葬式は、

動物や虫も悲しんだけれど、

ムカデにお湯を浴びせかける、

そんな私のお葬式なんて、

ムカデさんはおろか、

他の虫だってやってきませんよ。

 

仏様は、あらゆるいのちの一体感は持てますが、

私は、あらゆるいのちの一体感が持てないのです。

私は、ムカデといのちの一体感が持てないのです。

 

いのちの一体感がない者は

相手の痛み、苦しみ、悲しみを

わかってあげることはできないでしょう。

 

仏様にとっては

すべてのいのちが掛けがえのない存在。

その仏さまの視線が私に向けられた時、

あなたを放っとけない。

そう仏様は仰っているんですよ。

 

この涅槃図から、

私たちは尊いものを見ていかなければなりませんよね。

 

 黄色い花  黄色い花  黄色い花  黄色い花  黄色い花  黄色い花  黄色い花  黄色い花  黄色い花  黄色い花  黄色い花  黄色い花

 

令和元年に我が家では犬を飼うことにしました。

名前を観無量寿経に出てくる大臣の「ギバ」としました。

 

さて、二年後の1月28日です。

丁度その日は、ギバとうちの四男の誕生日だったので、

同時にお祝いをしていました。

ギバは、いつもつなぎっぱなしではなく、

時々はくさりを外して自由に広い境内を走り回っていましたが、

この日もみんなに祝福されて上機嫌のギバでした。

 

ところが、しばらくして、

私の家からすぐのところにある

山陰線という単線の電車の「警笛」が聞こえました。

「あれ、いつもは鳴らないのになぁ・・・」

すると、

うちの連れ合いの声が聞こえました。

「ひかれた!」

 

どうも、山陰線の線路の真ん中にイタチがいて、

それを気にしてギバは線路内に入り込んでしまったのでした。

ギバの顔や体は綺麗だったけれど、即死でした。

家族全員、同じ声をあげました。

「なして、こなんことになったんや!」

 

 

   🐶      🐕     🐶     🐕      🐶

 

いや、これからどうしよう・・・。

まずは、私のお寺の近くの葬儀屋さんのところに、

「ドライアイスを下さい」と頼みに行きました。

理由を話すと、

「いや、このまま置いておくと、犬は獣臭といって、

部屋中がものすごく臭くなってしまうんです。

それなら、御棺をもっていくから待って下さい」

葬儀屋さんは、ギバが大型犬だったので、

ペット用ではなく人間用の御棺を持ってきてくれました。

 

家族一同、全員が泣きました。

 

やっぱり家族ですからね。

そして、やっぱり、お葬式はきっちりやってあげよう。

そう思って、翌日、お葬式をすることにしました。

 

    🐶      🐕     🐶     🐕      🐶

 

お葬式は4時からすることにしました。

私は始まる前に「さあ、法衣に着替えを」と思い、

着替えをしようとした時です。

その当時小学校の高学年になっていた、

長男と次男がやってきました。

「僕たちも着る」

 

「え? うそじゃろ?」

 

私は、今まで子供用の法衣を準備し、

いつも「着なさい」「着なさい」と言ってましたが、

「恥ずかしいから、嫌!」とお寺の子ながら

法衣を一回も着たことがなかったのがこの子らです。

「よし! わかった!」

私は子供らの支度を手伝って、子供たちは法衣を身に付けました。

 

さあ、いよいよ始めます。

私がギバの御棺の前に座ろうとしたとき、

長男が言いました。

「ちょっと、どき~!」

何と、私にどけと?

 

結局、三人のうち、長男がギバの真ん前。

私と次男が脇を固めるように座りました。

 

お経は子供でも読める

「重誓偈」という短いお経です。

 

無事お勤めは終わりましたが、

家族全員が涙でした。

 

    🐶      🐕     🐶     🐕      🐶

 

自分に都合がいい人は、良い人。
自分に都合が悪い人は、嫌な人。

心の置所ひとつで、
同じものを見ていても
嬉しかったり、腹をたてたり、
人の心はどこまで行っても自己中心的です。

 

とてもじゃないけれど、

どのいのちも一体感とは、言えない私たちです。

 

仏教で
「権化の仁」(ごんげのにん)

という言葉があります。

権化とは、

仏様や菩薩さまが、

色々な形となって

私たちの前に現れ、

私たちを導くハタラキの事です。

 

私たち一家にとっては、

ギバ、

あんたはすごいことをやってくれた!

私はそう思うのです。

 

私が、父親として、あんなに言って聞かせても

嫌がっていたあの子らに、

自ら法衣を着せて、

手を合わさせ、

お経を読ませた。

 

そうか。。。。

たかが犬、

たかがペットなんかじゃない。

 

すべてのいのちが

私を導く

ご縁でしたと

聞いていくのが

仏教です。

 

ということは、

皆様の周囲にいる、

もしかしたらあの方は

私を導く方なのかもしれませんね。

 

そう聞いていくと、

自分に都合がいい人は、良い人。
自分に都合が悪い人は、嫌な人。

そういう自分の「いのちの分け方」に

ハッとさせられるような気がするんです。

 

私たちにとって、ギバの事は悲しかったけれど、

私にとっては、嬉しいご縁に出会わさせて頂きました。

 

この泣き笑いの人生に

感謝し、感謝し、感謝してもしつくせない

この時のご縁でありました。

 

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ここからはbonbu-kokiが書いていきます。

 

なかなか、

私にとって都合の悪い人が、

自分を導くとは、

なかなか捉えにくいかもしれません。

 

ですが、

自分が誰かに導かれている

という、

そういう感覚をもつことは

大事なことではないでしょうか。

 

そうか。

もしかしたら

あの方は

私を導く

大事な方で

あったのか。

 

そう気づくと、

人生は

見える景色が

違ってくるでしょうねぇ・・照れ

 

今日もお育て頂きました。

今日もようこそのお参りでしたニコニコ

 

今日の東京都心は、穏やかな晴れ晴れです。

暑くもなく、寒くもなくです。(個人の感想ですよ爆  笑

 

今日もお参りの後は、法話を聞きましょうニコニコ

 

 

今日の御講師は、山口県下関市浄満寺の新晃眞師です。

 

 

 

 

青字が新師の言葉の要約です。

 

 

<苦悩の有情を捨てずして>

 

ご門徒さんの法要の時の話しです。

その日は70歳の男性が施主で、

若くして亡くなったお父様の50回忌がありました。

「親の50回忌する家は、なかなかないじゃろ~」

 

施主の男性はそんなことを言いながら、無事に読経も終り、

お経が終ったあとの、お斎(とき)と呼ばれる会食となりました。

施主の男性の勧めもあって、私もほろ酔い加減の時のことです。

お斎の席にいた、小学校4年生のお孫さんが私のところに来ました。

「ねえねえ、お寺さん!

 地獄って本当にあるの?」

思わず、酔いがさめるような質問です。

 

さて、皆さんならこの質問、どうお答えになるでしょう。

 

   ニコニコ      ニコニコ      ニコニコ      ニコニコ      ニコニコ

 

このような一句があります。

 

火の車 作る大工は なけれども

己が作りて 己が乗りゆく

 

一節には、

これは臨済宗のお坊さんである一休さんが

詠んだものと言われています。

 

火の車というのは、苦しみの事で「地獄の風景」です。

火の車なんか、誰も作らないのに、

たったひとり作る人がいる。

それが己、自分だと言います。

つまり、

自分の仕業がそれを作り出している。

 

因果の世界を言い当てた言葉だというのですね。

世の中には、火の車はないですが、

人の心が勝手に作り出すのも「地獄」だと言う事です。

 

   黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

中国の曇鸞(どんらん)大師の有名な言葉があります。

 

蟪蛄春秋を知らず

(けいこ しゅんじゅうを しらず)
伊虫あに朱陽の節を知らんや

(いちゅう  あに  しゅようのせつを しらんや)

 

蟪蛄とはセミのことです。
伊虫とは「この虫」という意味で、ここではセミを指します。

「夏に成虫となるセミは、春や秋があることを知りません。
春や秋を知らないこの虫が、

どうして朱陽の節(夏)を知ることができるでしょうか(いえ、できません)」

ということを言われています。

 

セミにね、

あんたが生まれる夏の前には、春があるんだよ。

「あんたはしらんけど・・・」

そう言ったら、蝉はね、

「そんなこと、わしゃ知らん」

というでしょう。

 

セミにね、

あんたが過ぎ去った夏の後には、秋があるんだよ。

「あんたはしらんけど・・・」

そう言ったら、蝉はね、

「そんなこと、わしゃ知らん」

というでしょう。

 

そしてね、

春や秋を知らないのですから、

今が夏とも知らないんですよ。

セミにね、

あんたが過ごしている今は、夏というんだよ。

「あんたはしらんけど・・・」

そう言ったら、蝉はね、

「そんなこと、わしゃ知らん」

というでしょう。

つまり、

「今が今であること」すら知らないのですね。

 

私はどこから来て

私はどこに行くのか知らない。

そして、今が今であることも知らない。

 

それって、セミだけの話しではないですよと、

曇鸞大師は言いたいのです。

 

それって、

あなたもそうじゃないですか?

ということですよね。

 

でも、

いやそうじゃないよ。

あなたの行き先はね・・・・。

それを教えてくれたのが、

仏様、如来様、阿弥陀と言う仏様だったのです。

 

   黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

私のご門徒さんのお話です。

施主は90歳の男性で、お父さんの33回忌でのことです。

法要には、男性の奥様、息子さん、娘さんが集まりました。

 

そして、お斎の時間です。

男性は無口なタイプでしたが、

お斎の時も本当に静かな空気が流れていました。

すると、男性が立ち上がり、奥の部屋から一升瓶を持ってきました。

「お寺さん、一杯やろう!」

 

アルコールが回っていくと、普段は無口な男性ですが、

次第に饒舌になっていきました。

「あのな、お寺さん。

今日の法要が、これでワシの最後の法要になると思うんだ」

そう切り出すと、私が思いもしなかったことを語り始めました。

 

「実はワシは知覧におりました。

あるとき、特攻隊の隊長に呼ばれて、出撃命令が出たんです。

ところが、出撃の前日に突然高熱が出てしまい、

当日は動けない状態だった。

あの熱のお陰で、今は下関で暮しちょるんよ」

 

そう話してくれた男性でしたが、

それから半年後、男性は亡くなりました。

 

   おじいちゃん     おじいちゃん     おじいちゃん     おじいちゃん     おじいちゃん

 

早速、私が呼ばれて、お通夜、ご葬儀と成りました。

お勤めをすると、私は半年前のあの男性の言葉がよみがえってきました。

 

あの日、男性は熱が出て、動けなかったのです。

ということは、その男性の代わりに誰かが指名を受けて、

飛行機に乗り、飛び立っていったのではないでしょうか。

それを見た男性は、

きっと布団の中から「すまんのう・・・」と

見送ったのではないでしょうか。

 

実は、

本当に苦しいことは

口に掛けられないのかもしれません。

 

それと言うのも、

ご家族に後で聞いてみたところ、

家では「戦時中の話し」を男性はしなかったそうなんです。

しなかった・・・。

いや、言えなかった・・・。

 

私たち、

苦労話はよく人から聞くし、

よく自分でも言うかもしれません。

 

でも、苦労話は

語れるでしょ?

あまり語ると

今度は自慢話のように

なっていってしまいます。

 

それに、

苦労話は

「解決した話」だって多いでしょう。

 

でも、

如来様が見たのはそうじゃない。

人々の「苦悩」の様子なのです。

 

「苦悩」とは、

解決も出来ず、

ずっと

ずっと

ずっと

その人の心の中に

抱えていくものなんです。

 

その苦悩の有情。

有情とは「情ある者」のことですが、

苦悩する有情を捨てない如来がいると聞いていきます。

 

親鸞聖人は、このように和讃を詠みました。

 

如来の作願を たづぬれば
苦悩の有情を すてずして
回向を首と したまひて
大悲心をば 成就せり
           (正像末和讃)

 

(意訳)
阿弥陀様が、48個の願いを起こされた理由を尋ねると、
苦悩する私を見捨てないためでした。
長く修行した後、その功徳を私に回し向けることを第一に考えて
私の苦悩を解放するという大きな慈悲を完成されました。

 

仏様の「救いのお目当て」は

苦悩の有情。

この男性でした。

そして、

この私でありました。

 

この男性。

きっと、お浄土で、

あの日、自分の代わりに飛び立った戦友と再会し、

お酒を酌み交わしているでしょうね。

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

 

ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。

 

戦争と言うと、よく出てくるのが「知覧」の話しです。

戦争は数々の悲劇や別れを生み出したのだけれど、

この方たちの行く末を案じた時、

「お浄土」という世界は、

なければなりません。

いや、あってほしいし、

なければいけない場所でもあるでしょう。

 

私たちは

どこから来たのか

どこに行くのか知らない。

セミと同じ存在なのかもしれません。

 

でも、

だからこそ、

せめてどこに行くのか

聞いていこうではありませんか。

 

そのためにお寺は

いつでも開いているのです。

 

 

今日もようこそのお参りでしたニコニコ

 

今日の東京都心は、午前は穏やかでしたが、

午後は強い風が吹き、ちょっと寒い陽気となりました。

 

さて、今日は東京都調布市西照寺の報恩講(ほうおんこう)

という行事に行って参りましたニコニコ

 

本堂です。

 

 

親鸞聖人もお出迎えです。

 

 

いつもは本堂から直接入りますが、

お接待があるため、玄関から入らせて頂きました。

 

 

さて、今日の予定です。

 

 

お弁当を頂きました。

 

 

その後、正信偈をお勤めしたあとは、法話を聞きましょう。

今日の御講師は西照寺住職の酒井淳昭師です。

 

 

 

青字が酒井師の言葉の要約です。

 

 

<「私が」から「お陰様」へ>

 

今日は私が知っている方のお話から始めましょう。

その方は川村とし子さんと言います、

 

とし子さんは、山口県の萩短大で国文学の先生をなさっていた方ですが、

学業に秀でた方と言っていいでしょう。

一方、とし子さんのお姑さんは、

読み書きはあまり得意ではない農家の主婦でした。

 

とし子さんは河村家の次男と結婚することになるのですが、

結婚にあたり条件を付けました。

ひとつは、萩には行かずに東京で暮す事。

もう一つは当時、とし子さんは熱心なクリスチャンでしたので、

この信仰は変えないという条件で結婚されたそうです。

 

ところが、河村家の長男の急逝により、

家の跡を継ぐためにご主人と萩へ戻ったことが、

後のとし子さんの人生を大きく変えることになります。

 

実は、ご主人の実家は、信心深い浄土真宗の門徒でした。

家族揃って朝晩の勤行をするのはもちろんのこと、

定期的にお寺に参って法話を聞くことを大事にしているお家でした。

仏さま、ご先祖様に帰依する仏事が最も大事な行い(正業)で、

生活するために仕事をするのはついでの行い(余業)と

考えているような家族でした。

 

ここに、クリスチャンのとし子さんが家族の一員として加わったのですが、

お舅さん夫婦は、自分たちの信仰を

決してとし子さんに強制するようなことはしませんでした。

逆にとし子さんは「キリスト教こそ本当の宗教」と信じていますから、

伝道のチャンス到来とばかりに、

毎晩お舅さん夫婦の部屋に押し掛け、

キリスト教の教義を延々と話していくのです。

しかし、お舅さん夫婦はこれをいやな顔を一切せず、

ただ「そうかいそうかい」と言って

にこやかな顔で聞いてくれていました。

 

こんなお嫁さんですから、田舎では陰口をたたく人もいましたが、

お姑さんはお嫁さんをかばい、決して愚痴をこぼさず、

とし子さんの一切合切を受け入れてくれました。

 

ところがある日、とし子さんはあまりに家族の人が喜んでお寺に行くので、

好奇心がはたらき、自分もついていくことにしました。

この時の説法は、

歎異抄の悪人正機説、

「善人なおもて往生す、いわんや悪人おや…」の部分でした。

生まれて初めて聞く教えの不思議さに惹かれるものを感じ、

これがきっかけで、なんと、とし子さんは寺参りに行くようになりました。

ただし、クリスチャンであることは止めず、

南無阿弥陀仏の念仏は決して称えることはしませんでした。

 

ある時、お寺にお参りに行った帰りの事です。

駅までお姑さんが迎えに来ていたそうです。

すると、とし子さんは今までにないくらい

晴れ晴れとした顔をしていました。

そして、無意識でお念仏を称えている自分に気が付かれたそうです。

念仏者、河村とし子の誕生です。

 

とし子さんはこのように述懐しています。

「今から思えば、今の自分があるのは、

御説教の御講師さんのお話のお陰ではなく、

ひとえにお姑さんのお陰です」

 

ある時はこんなことがあったそうです。

トイレに行ったお姑さんでしたが、

お姑さんはトイレを出たあと

念仏をしていたことがありました。

 

それは、自分が食べたあとの排泄物に向かってではなかったのです。

それは、自分の食べたものを、

何もしなくても、

飲み込み、消化し、栄養は蓄えて、不要なものは外に出す。

このわが身の不思議さ、有り難さに対してでありました。

 

また、お姑さんはこのようにも言っていました。

 

「ないものを求めず、あるものを喜ばしてもらおう」

 

「人間のあさましさよ

 

平凡な田舎のおばあさんの

生活に根ざした言葉であり、

このお姑さんの人柄が

にじみ出ているお話ですよね。

    

    おばあちゃん     おばあちゃん     おばあちゃん      おばあちゃん      おばあちゃん    

 

真宗大谷派の金子大栄先生が、

このようなことを言っています。

 

仏法を聞いていくと

驚きやすくなるのです。

当たり前と思っていたことに

そうじゃなかったと、

気が付いていくのです。

 

つまり、

真実なる仏法に照らされたら、

「自分は何も分かってなかった」と気づかされる。

その繰り返しこそが、仏法を聞くということなのでしょう。

 

   黄色い花      黄色い花      黄色い花       黄色い花       黄色い花

 

人生は本当に想うがままにならないですね。

普段、私たちは

「苦しみは外からやってくる」と思っているのですが、

実は「自分の中」に苦しみのもとがあるんです。

「我」にとらわれている自分がいるんですね。

 

ですから、「修行」をしていけば、

「我」が取れていき、なくなりますから、「無我」になります。

「無我」になれば、「お悟り」の道が開かれます。

でも、これはなかなかできることではないですよね。

 

   黄色い花      黄色い花      黄色い花       黄色い花       黄色い花    

 

この人生を振り返ってみましょうか。

「私が」大きくなった。

「私が」学校にいく。

「私が」学校に合格する。

「私が」働きに出かける。

「私が」給料をもらう。

「私が」遊ぶ。

「私が」家を建てる。

「私が」・・・・・。

 

この「私が」というのが、「我執」です。

「我執」とは

私に拘る、

私に執着する、

ということです。

 

ところが、

「私が」学ばせてもらっている。

「私が」働かせてもらっている。

 

こういう部分に目を向けて見ましょうか。

実は、私たち、

様々な縁によって、

「私が」生かされているんです。

 

スーパーに行きますよね。

そこにあるお魚、

そこに並んでいるのは誰が並べたか。

並べるためにどこに仕入れたか。

仕入れるためにどうやって運んだか。

運ぶ前にはどこにあったか。

そこにあったと言う事は、

獲った人がいたと言う事。

では、

魚はどうやってその海に居たのか。

魚はどうやって魚は生まれたのか・・。

 

もうそうやって、どんどん遡っていくと、

もう考えられないほどの「不思議」な世界があって、

「ご縁」「繋がり」が出てくるわけです。

 

これを仏教では

「お陰様」と言います。

 

何で皆さんは、今日はお寺にいるんですか?

これを詳しく掘り下げて行ったら、

「私が生まれたから」とか、

もう大変な世界が隠れているんですよ。

 

思う事を「念」と言います。

 

「私が」自分を想う事を

「念自我」と言います。

「私が」・・・。

「私が」・・・。

「私が」・・・。

 

「私が」と思う先には

「我執」があり、

その先にあるものが

「苦しみ」です。

苦しみとは

「思うようにならない」

ということです。

 

一方、

「仏さま」を想う事を

「念仏」と言います。

 

仏さまのことを想い、聞いていくんです。

その先にあるのが、

「お陰様」であり、

お陰様とは、

「苦しみからの解放」

ということです。

 

ああ、そうでしたか。

当たり前など、なかったんですねと

気づいていく世界です。

 

思わず、

ありがとうございましたと

頭が下がっていく世界です。

 

今日は親鸞聖人の報恩講です。

仏教の先人たちの御苦労の上に、

今、仏法が私たちに届いています。

 

「私が」から「お陰様」の世界に目が向けば、

きっと皆さんの見える世界が

違ってくることでしょう。

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

ここからはbonbu-kokiが書いていきます。

 

今日は報恩講という行事の日です。

西照寺には有縁の方が集まり、

法要、法話後は

西照寺の御住職の娘さんたちの「手作りおでん」が振舞われました。

 

人生の諸先輩方の色々なお話は

面白くも為になることばかりですニコニコ

 

帰りには、カレンダーや記念品のお箸やおさじも配られ、

「お蔭様」での一日となりましたウインク

 

 

今日もお育て頂きました。

今日もようこそのお参りでした。

 

 

今日の東京都心は、昨夜に降った豪雨雨も止み、

晴れ晴れ時々曇りくもりの「暖かな一日」となりました。

 

今月の参拝者カードです。

 

 

裏面です。

 

 

お参りの後は法話を聞きましょう。

 

 

今日の御講師は、昨日に引き続き、岡山県井原市光榮寺の佐藤知水師です。

 

 

 

 

青字は佐藤師の言葉の要約です。

 

 

<あなたもです>

 

(今日のご讃題:テーマ)

 

生死の苦海 ほとりなし

ひさしくしづめる われらをば.
弥陀弘誓の ふねのみぞ

のせてかならず わたしける

      親鸞聖人(高僧和讃)

(意訳)
生死の世界は苦しみばかりの海のように果てがありません。
この海に遠い過去より沈んでいる私たちを

阿弥陀如来の本願(御救い)の船は

乗せてかならずお浄土まで渡してくださるのです。

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

私たちの人生って、一体、どこに向かっていくのでしょうね。

よく仏教では「生」「老」「病」「死」と言って、

人生で出会わなければならない出来事を「四苦」と言います。

 

皆さんは、「若い」と「老い」はどっちがいいですか?

はい。私も「若い」がいいです。

では、

皆さんは、「健康」と「病い」はどっちがいいですか?

はい。私も「健康」がいいです。

それが叶わないとどうなりますか?

そうです。

苦・・・になるんですよ。

苦とは、「思い通りにならない」と言う事です。

 

では、その苦を感じなくなるためにはどうしたらいいですか?

例えば、

私たちの身体は、水に浮くように出来ています。

力を抜くと、水に浮いて、口が水面に出てきます。

ところが、水の中では、私たちはもがくでしょう。

もがけばもがくほど、水に沈みますよ。

それを親鸞聖人は

「遠い過去から沈みっぱなし」が私たち

と見抜いてくれたんです。

 

本当は、

「どの季節、どの時候も素晴らしい」

と丸ごと引き受けたらいいんです。

私が老いても素晴らしい

親が老いても素晴らしい

私が病でも素晴らしい

家族が病でも素晴らしい

私が死んでも・・・・。

 

いや、そうはならない!

だから人生は「苦」なんですね。

 

   船      船      船      船      船  

 

浄土真宗の村上速水(むらかみそくすい)和上が、

ある時、脳溢血で倒れて、身体が不自由になったんです。

その時にこう言っています。

 

病気をして、嬉しいとは思わないが、

病気をして、有り難いと思うようになった。

「病」は喜びの再発見です。

 

普段、健康であれば、

私たちは「健康」に気がつかないんですよ。

病いと出会って、健康に気づくんですね。

 

    おじいちゃん     おじいちゃん     おじいちゃん     おじいちゃん     おじいちゃん

 

阿佐ヶ谷姉妹という芸人さんのやっている番組で

「阿佐ヶ谷アパートメント」という番組があります。

ある放送で、三重県の自動車教習所のことを放映していました。

その教習所は大変人気があって、その理由が「言葉かけ」なのだそうです。

教習中、とにかく教官が怒らない。

シートベルトをしただけで「素晴らしい」と言ってもらえます。

速度を出さずに”のろのろ運転”をしても、

「慎重な方でいいですね」と褒められます。

縁石に乗り上げても「ナイスチャレンジ」の言葉があります。

 

運転はみんな怖いし、不安ですよね。

だから、「安心して運転をしてほしい」との配慮なのだそうです。

その結果、

この教習所を希望する人が増えました。

試験に合格をする人が増えました。

免許取得後も事故をする方が減ったそうです。

 

結局のところ、

苦しみを支えていくのは、

もしかしたら「呼び声」なのではないでしょうか。

 

私たちにも阿弥陀如来から

「我にまかせよ、そのまま救う」

南無阿弥陀仏の呼び声が

届いているのにお気づきでしょうか。

 

   🚗     🚗     🚗     🚗     🚗

 

秋田の小学生である、うめずだいき君の作文です。

 

      数字の4

 

みんな、数字の4(し)をきらうけど、

それは死に通じるからだそうです。

でも、ぼくは平気です。

「し」は、

しんぼうのし、

しれんのし、

しあわせのし、

だと思っています。

ぼくは、4年4組4番です。

 

皆さんにとって、「し」はどうでしょうか。

 

   晴れ      晴れ      晴れ      晴れ      晴れ

 

続いて、いのうえようじ君の作文です。

 

     おそうしき

 

お父さんのおそうしきだった。

ぼくは悲しかった。

お父さんは夜眠ると、朝は起きてこなかった。

手が冷たかった。

でもお腹に手をあてると温かかった。

お父さんは、お腹だけは生きているみたいだった。

 

お坊さんは、極楽のおじょうどという天国に行ってるんだよ、

と言っていたから安心した。

お父さんの顔をみたら、幸せそうな顔をしていた。

 

皆さんの人生は、どこに向かっているでしょうか。

 

   晴れ      晴れ      晴れ      晴れ      晴れ     

 

お釈迦様のお話です。

お釈迦様は、昔、お城の王子様でした。

ある時、お城の西の門から出て老人と出会います。

あの人は、何であのようになっているのか?

付き人は言います。

 「あれは老人で、年を取るとみな、あのようになります」

王子様は言います。

 「私もあのようになるのか?」

付き人は言います。

 「はい。あなたもです」

 

つぎに、お城の南の門から出て病人と出会います。

あの人は、何であのようになっているのか?

付き人は言います。

 「あれは病人で、みな、あのようになります」

王子様は言います。

 「私もあのようになるのか?」

付き人は言います。

 「はい。あなたもです」

 

つぎに、お城の西の門から出てお葬式と出会います。

あの人は、何であのようになっているのか?

付き人は言います。

 「あれは死者のお葬式で、みな、あのようになります」

王子様は言います。

 「私もあのようになるのか?」

付き人は言います。

 「はい。あなたもです」

 

最後に、王子は、北の門から沙門(修行者)を見て、

輝かしい姿に「自分もこうなりたい」とお城を出ていき、

やがて、覚りを得てお釈迦様となっていきます。

 

実は、王子はとても聡明ながら神経質な面を持っていたので、

人生の大事な真実である「老」「病」「死」を

王子の父である王様はお城からすべて隠してしまっていました。

ですから、

王子は何も知らずに29歳まで育ってしまっていたのでした。

 

さて、

私たち、

老いて、邪魔にされ

病に会って、嫌がられ、

そして

死んでいって、忘れられ・・・。

 

そのような苦が、

誰しも待っているのかもしれません。

 

でも、誰の事かとしっかり聞いていく事で

また、人生の向かうべき道も見えてくるのではないでしょうか。

 

生老病死。

出会うのは

他人だけじゃない。

 

「はい。あなたもです」

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

  

 

<むげ~の~>

 

(今日のご讃題:テーマ)

 

如来の作願を たづぬれば
苦悩の有情を すてずして
回向を首と したまひて
大悲心をば 成就せり

    (親鸞聖人 正像末和讃)

 

(意訳)
阿弥陀様が、48個の願いを起こされた理由を尋ねると、
苦悩する私を見捨てないためでした。
長く修行した後、その功徳を私に回し向けることを第一に考えて
私の苦悩を解放する、という大きな慈悲を完成されました。

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

お寺の掲示板で、こんな言葉がありました。

 

道行く人よ

食うか

食べるか

いただくか

 

食事をするとき、

食事を食う方は、

食事を「空腹を満たすもの」と見ています。

食事を食べる方は、

食事を「食材、食品」と見て、美味しい、まずいと言っています。

食事をいただく方は、

食事を「いのちをいただきます」と見ています。

 

こんな話があります。

幼稚園でケンタ君が先生に聞きました。

 「先生、なんで、給食の前に”いただきます”っていうの?」

先生は、予想をしない質問に、一瞬戸惑いながらこう言います。

 「それはね、給食を作ってくれた方に、感謝のお礼を言うためよ」

すると、ケンタ君はこう言いました。

 「でも、先生、ぼくは給食費を払っているんだから、お礼はいらないじゃん」

 

さて、

その話しを聞いていたのが園長先生です。

園長先生は、ケンタ君にこのように言いました。

 「ケンタ君。給食のお金は、給食センターの人のお給料になるんだよ」

園長先生はそう言うと、このように付け加えました。

 「”お金を払えばいい”ということらしいけど、

  じゃあ、今日出たお魚さんには、お金を渡したのかな?」

 

   🐡      🐟      🐡      🐟      🐡

 

あのですね。

仏教では「五戒と言って、五つのことを守りましょう」というのがあります。

 

1、不殺生戒(ふせっしょうかい)

  生き物を故意に殺さないという戒めです。

2.不偸盗戒(ふちゅうとうかい)

  与えられていないものを盗まないという戒めです。

3.不邪淫戒(ふじゃいんかい)

  諸々の欲望において邪な行いをしないという戒めです。

4.不妄語戒(ふもうごかい)

  思いやりのない言葉や嘘をつかないという戒めです。

5.不飲酒戒(ふおんじゅかい)

  酒や酔わせるもの、怠けの原因となるものから離れるという戒めです。

 

その中で、不殺生と言って、

「生きとし生けるもの」を殺してはいけないのです。

もちろん、自分で殺さなくてもだめです。

つまり、魚を食べても、肉を食べても、

いのちを奪う行為は一緒なのでダメなのです。

 

だから、

私たちが一日生きる事って、本当に罪深い事なんです。

だって、

「生きとし生けるもの」の命を、毎日奪っているのですから。

 

   🐡     🐷      🐄      🐤     🐟

 

私のお寺のご門徒さんの話しです。

名前を、かねやすさんと言います。

かねやすさんは、山の方にお住まいなんです。

今、全国で熊が問題になってますけど、

熊以外でも、全国、色々な動物たちが暮らしています。

 

かねやすさんのご自宅の方はというと、

イノシシ、猿、鹿・・・。

まあ、山にいるのはいいのですが、

問題は畑で農作や、岡山ならブドウなどの果実もやってますから、

結構な被害が出てるんです。

その為、柵を作ったり、いろんなことをするわけですが、

それでも防ぎきれないことは、やっぱりあるんです。

そこで、猟師さんに来てもって、「駆除」をしないといけないんです。

 

ある時、かねやすさんのご自宅にお参りに行ったとき、

その話になったんです。

かねやすさんが私にこう聞いてきたのです。

 「なあ、知水さん。

  知水さんがお坊さんだから聞くよ。

  私ら、仕方なしに猟師さんに駆除を頼むんだけど、

  これって、頼む私が罪なんだろうか。

  でなければ、鉄砲を撃つ猟師が罪なんだろうか。

  どっちが罪深い?

  阿弥陀様はどうご覧になってるだろうか」

 

あんまり、真剣な顔をなさるのですが、

私はこう答えました。

 「そりゃ、どっちも仕方ないですよ。

  阿弥陀様はそうしなければならない私たちを

  ちゃんとご理解して下さいます」

 

すると、かねやすさんはこういうのです

 「そうけ~の~」

でも、こうも付け加えました。

 「でも、むげ~の~。

  むげ~ような気がする」   ※むごいということ。

 

   🦌      🐒      🐗      🦌     🐒

 

それから、時間が経ち、

また、かねやすさんのご自宅に、お参りに行ったときの事です。

私はこう聞いてみたんです。

 「以前、イノシシを撃ったりしたら、むげ~の~、

  とおしゃっていましたが、あれからどうですか」

すると、かねやすさんは、こう言ったのです。

 「ああ、今日はね、イノシシの肉があるから、

  知水さん持ってかえりんしゃい」

 

あ、そうなんだ。

イノシシのお肉ですか・・・。

むげ~の~

そうけ~の~

ありがとうの~

おいしそうだの~

 

   🐗      🐗      🐗      🐗      🐗

 

思えば、お釈迦様が

「庭先の虫を小さな鳥が食べて、

その小さな鳥を大きな鳥がたべるのを見て、

ショックで物思いにふけった」

というのは有名な話です。

 

生きている者が生き続けるには、

宿命のようなものがあるのでしょう。

 

でも、

すべてのいのちの悲しみをご覧になって、

優しく包み込むのが阿弥陀如来の慈悲の光でもあります。

 

かねやすさんの

むげ~の~

という言葉。

その気持ちの中で

命の事を考えていきたいものですね。

 

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

ここからはbonbu-kokiが書いていきます。

よく、お寺でお話を聞いていくと、

「いただきます」の前には

「いのち」をつけましょうと言われます。

つまり、

「いのち、いただきます」なのですね。

 

私たちは、

食事の時に

やれ、まずい、

やれ、かたい、

やれ、なんとかと、

食べ物を評価しながら、☆いくつと言っています。

 

そこにはきっと、

「食事を食う」

「食事を食べる」の域を

脱していないのかもしれません。

 

私たちは「そうだよね」と、

時々は大切なことを思い出すのだけれど、

すぐに忘れて流されてしまいます。

 

だからこそ、

お寺で「いのちのお話」を聞いた時くらいは、

今一度、こうした大切なことを

思い出していきたいと思うのです。

 

今日もお育て頂きました。

今日もようこそのお参りでしたニコニコ

 

今日の東京都心は、晴れ晴れ時々曇りくもり、夕方からは雨雨となる一日でした。

朝晩は、やはり冷えますね。

 

お寺のショップの壁の様子です。

このようなシーンを色々な場所でよく見かけるのですが、

本当に生命と言うのは、時に力強いですよね。

 

 

さて、本堂でお参りの後は、法話を聞きましょう。

 

 

今日の御講師は、岡山県井原市光榮寺の佐藤知水師です。

 

 

 

 

青字が佐藤師の言葉の要約です。

 

 

<私の事と聞いていく>

 

私のお寺の三宅きくさんのお話です。

きくさんは、実は私の幼稚園時代の先生です。

縁あって、うちのお寺のご門徒さんなのですが、

定年後は、熱心にお寺に通って法話を聞いたり、

仏教を学んだりしてお寺の「門徒推進員」にまでなってくれました。

 

さて、きく先生ですが、ある時にお孫さんを連れて、

お寺の初参式に参加したいと申し出がありました。

初参式とは、

お子さんが生まれて「初めてのお寺参り」のことを言います。

 

お孫さんの名前は「ゆいこちゃん」です。

ひと通りのお参りが終って、帰るときの事です。

きく先生と手をつないだゆいこちゃんは、

お寺の門のところまで行くと、パっとこちらを振り向きました。

すると、きく先生はゆいこちゃんに耳打ちをします。

その後、私のところまで走ってきて、こう言ったのです。

「もう、きません!」

 

うそやろ・・・・。

きく先生は苦笑いをしながら、こう付け加えました。

「ゆいこちゃん、 またきます! でしょ!」

 

何しろ、3歳の子が言う言葉です。

この子のお母さんは関西出身だから、ユーモアが育っていたのか、

いや、本当は、ホントにもう来たくなかったのか・・・・。

 

  爆  笑      爆  笑      爆  笑      爆  笑      爆  笑

 

その後、少し経って、

きく先生とお話をする機会がありましたが、

「いや、こんなことがありましたよね」

などと回顧話をしていた時の事です。

きく先生がこう言ったのです。

「あれは、若い時の私の姿だった」

 

きく先生は、若い頃、よく義母に

「お寺に参りなさいや」

「お寺に参りなさいや」

そう言われていたのだけれど、

仕事が忙しく、

「お寺などに参りたくなかった」

「だって、仕事や家事で疲れていたから」

 

それでも、

「しょうがないな」と思って、

最初は「先祖のため」と思って行き、

つぎは「子供の幸せのため」と思って行き、

お寺に来たのだそうです。

「でもそれは違うと、あとから気が付いたの」

お寺に参るということは、

本当は「私のため、だったのよ」

 

私のために

お経があって

私のために

仏さまがいて下さったことに気が付いたの。

 

それは

誰の事でもなかったの。

それは

私の事と聞いていくのです。

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

私には高校1年生の娘と中学2年生の息子がいますが、

何と言っても「お寺の子」ですから、法話を聞かせるんです。

以前、子供たちに聞いたことがありました。

「今までの話しの中で、一番こころに残っているのはどんな話?」

すると、子どもたちはこう言ったのです。

「自分が死ぬと言う事」

 

そして、自分が死ぬ事は「耐えがたいこと」となって、

時々、夜中に布団の中で涙が流れると言うのです。

そして、こうも付け加えました。

「お母さんも死ぬというけれど、それが辛い」

 

おい、お父さんのことが出てこんじゃないか!

と思いましたが、

これは日常一緒にいる母親には

やっぱり父親は勝てないと言う事でしょうか・・・。

 

それにしてもやっぱり、

「それって、未来の遠くの事でしょ」

とぼんやり聞くのではなく、

「どこか他人のことで、

私、もしかしたら死なないかも」

と聞くのでもなく、

「私の事」と聞いていくのです。

 

そう心得ていく事が、

そして、

幼くても隠さずに「真実」として伝えていく事が、

大事なような気がしてなりません。

 

   お父さん     お母さん     お父さん     お母さん     お父さん

 

そうやって、死を見つめていくのがお寺なのですが、

娘が小学1年生の時のことです。

おばあちゃんの死をきっかけに、

娘が母親にこう言ったことがあります。

「私、死にたくない!」

そして、こうも付け加えました。

「お母さん、私が大人になっても絶対に死なんといてな!

 

そう言われたうちの連れ合いですが、

流石にお寺の嫁です。

こう、娘に言ったのです。

「お母さんはな、のんのんさん(仏さま)になるんよ」

「仏さまになるんやから、大丈夫」

 

娘は

「死んでなくなるんじゃない、仏様になるのよ」

と聞いてこう言いました。

「お母さん! それ本当?」

 

連れ合いはこう続けました。

「ゆりこちゃん。

お母さんは「南無阿弥陀仏」っていう、

声の仏さまになるんよ。

いつでも、どこでもゆりこちゃんと一緒にいるんよ」

娘の顔が、ほころびました。

 

さて、このお話。

この母子の話しで終ってはなりません。

それは

誰の事でもありません。

それは

私の事と聞いていくのです。

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

私の叔父さんですが、浄土真宗の大谷派のお坊さんをしていたんです。

ニックネームは「ぼんおじちゃん」

よく、私は可愛がってもらいました。

 

その、ぼんおじちゃんが亡くなったのは、7年前の事でした。

おじちゃんが亡くなった後、

おじちゃんの言葉を集めた寺報の詩集が作成され、

近隣者に配布されたのですが、

その中からひとつご紹介しましょう。

 

病が再発しました。

転移をして、どうなるかと思いましたが

少し元気になってきました。

でも、今はまた、きつくなってきたんです。

 

本当のことを言えば、

この現実は受け止められるものではありません。

でも、本願(仏さまの救い)は揺らぐことはありません。

こちらの心が波立っているということです。

 

おじちゃんは、頑張って治療をしてきましたが、

一時的に良くなってきたものの、

また、悪くなっていったのです。

私のいる岡山の瀬戸内海は穏やかな海ですが、

私たちの「心の海」は、

穏やかな時もあれば、

荒れて波立つ日だってありますよね。

 

おじちゃんの心は波立ち、

本当に辛かったと思います。

でも、阿弥陀様の

死んで終わりの命にしない。

虚しく終わる命にしない。

必ず必ず、お浄土に仏と成って参らせる。

だから、安心せよ。

安心せよ。

その本願(仏さまの願い、救い)だけは

揺らぐことはないのです。

 

   船      船      船      船      船

 

阿弥陀如来の事を、「南無阿弥陀仏」と言いますよね。

南無とは、

字に意味はなく、当て字なのですが、

インドの「ナマス(挨拶)」という事です。

よくインドの挨拶は「ナマステ」と言って、

それは「あなたを尊びます」という意味でもあります。

 

阿弥陀とは

字に意味はなく、当て字なのですが、

インドの「アミタ」と言う事です。

そして、

アミタのひとつは、アミターユス、無量の寿命(命)のことです。

また、

もうひとつは、アミターバ、無量の光のことです。

 

無量の命ですから、終わりがありません。

終わりがなくて、

「いつまで」がありませんから、

いつでも

となります。

 

無量の光ですから、届かないところがありません。

届かないところがなければ、

どこでも

となります。

 

いつでも、とは、

今のことです。

 

どこでも、とは、

ここのことです。

 

今、ここに、

いるのは

私です。

 

仏さまの

いつでも

どこでも一緒

というのは、

 

それは

誰の事でもありません。

それは

私の事と聞いていくのです。

 

どのように心が波立つ私であっても

大丈夫。

 

私に向けられたこのことを

大事に

大事に

して下さいね。

 

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

 

ここからは、bonbu-kokiが書いていきます。

 

お経を読むのは、亡くなった方の為、先祖のため。

法要をするのも、亡くなった方の為、先祖のため。

 

自分の事は?と言えば、

今度は

祈祷をするのは、御利益を頂いて幸せのため。

 

ですから、

自分の為に

仏教があり

お経があり、

仏さまがいる。

 

そうはなかなか

聞けないものなのかも

しれませんよね。

 

私の大好きな昭和の禅僧、澤木興道師は、

書籍「禅に聞け」で、このように言っています。

 

「俺には仏教の話なんて関係ないというあなたへ」

 

刑務所では囚人が、職員たちのことを言うておる、

「へん、おいらがいなけりゃ、あいつらおメシの食い上げだい」

といばっておる。

それと同じく、われわれ凡夫があればこそ、諸仏もあるのである。

われわれ凡夫がいなくなったら諸仏も職免じゃ。

凡夫と仏と、そのへん別ものではなく、つづいているのである」

 

仏教があり

お経があり、

仏さまがいるのは、

 

それは

誰の事でもありません。

それは

私の事と聞いていくのです。

 

今日もようこそのお参りでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の東京都心は一日雨雨模様で、

傘☔の手放せない日となりました。

 

今日は第四日曜日ですね。

東京都豊島区誓願寺の法話会に行ってきましたニコニコ

 

 

お寺の掲示版です。

 

 

 

お参りの後は法話会です。

今日の御講師は、千葉県我孫子市真宗寺の柏倉学法師です。

 

 

 

 

青字が柏倉師の言葉の要約です。

 

 

<私の行く道>

 

(今日のご讃題*テーマ)

 

生死(しょうじ)の苦海(くかい)

ほとりなし

ひさしくしづめる

我らをば

弥陀弘誓(みだぐぜい)の

船のみぞ 

乗せてかならず

渡しける

      親鸞聖人『高僧和讃』

 

(意訳)

生きては死んで、また生きては死んでを繰り返して、

ずっと苦しみの中にいた私たちを

阿弥陀様の救いの船だけは

私たちを乗せて、必ずお浄土に連れて行ってくれるのです。

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

仏教と言いますが、

一つは「仏さまの教え」という意味と、

もう一つは「仏に成る」という意味があります。

本来ならお釈迦様の教えによって、

修行をして仏様に成っていくのがいいのでしょうが、

やっぱり出家もしていない在家の私たちには、

自分の修行で仏様になっていくのは

相当に厳しい道だと思います。

 

それを、

私たちに、生き方告げず。

私たちに、生き方問わず。

私たちに、死に方さえも問わない。

そして、そのままの救いの中で

仏様に成る道を教えてくれたのが

阿弥陀様

という仏さまでした。

 

    黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

私の娘が幼稚園の年長さんのころのお話です。

朝、食事をして、幼稚園に行く支度をします。

食事して、顔を洗って、歯を磨いて・・・。

早速、食事後、顔を洗い、歯を磨いてきた娘をチェックします。

 

あ~・・・。

口周りも汚いし、歯ブラシも不十分です。

すかさず、私は、

「顔を洗う時は、ちゃんと水を手ですくってね」

「歯ブラシは真ん中だけじゃなく奥もブラシを当てて」

何て細かく言っていたら、娘が突然怒り出しました。

「ちいちゃんには、ちいのやりかたがあるの!」

 

これには、私もびっくりしましたが、

そうです。

私たちの人生だって同じでした。

 

こうしなさい

ああしなさい

 

生き方を告げられて

生き方を問われるのが

我が人生ですよね。

 

    黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

私の実家には、78歳になる母がいます。

母は足が悪いのですが、

思い出すのは私の祖母、母の母のことです。

 

祖母は脳梗塞から左半身まひになり、歩くのが不自由になりました。

今から40年位前の事です。

ある時、当時38歳の母が、祖母の歩行を介助しながら道を歩いていたんです。

「ほら、お母さん、そこに段差があるから注意してね」

 

そうは言っても、

介助をされていても、

やっぱりよろめくことはありますよね。

すると、母は怒るのです。

「ホラ! 注意してねって、言ったじゃないの!」

 

時は過ぎて、40年後。

先ほどお御伝えしたように、私の母は足が悪くなっています。

その母を私が隣について歩いていた時の事です。

私は思わず母に言いました。

「そう言えば、昔、おばあちゃんにこんなこと言ってたよね」

「ホラ! 注意してねって、言ったじゃないの!」

「その時、おばあちゃん、淋しそうな顔をしていたよね、覚えてる?」

 

すると母はこう言いました。

「ああ、覚えてるよ」

「でも、私は知らなかったの。

"老いる"って本当はこういう事だったのね」

 

私たちは「人が老いる」ことを知っています。

でも、それを知識として「知っている」ということです。

体験をして「身をもって知っている」ということは違うと思うのです。

母は老いることで、祖母の辛さ、淋しさを知ったのでした。

最後に母はこう言いました。

「私、あっち(お浄土)に行ったら、

おばあちゃんに"ごめんね"って謝るつもり」

 

    黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

この言葉をご存じですか。

子供しかるな 来た道だもの

年寄り笑うな 行く道だもの

 

これは永六輔さんの言葉の様ですね。

永さんは、昔、愛知県の犬山市のお寺に行ったときに

お寺の掲示板にあった言葉として

この言葉を覚えていたそうです。

 

実は、この言葉には、続きがあります。

子供しかるな 来た道だもの 

年寄り笑うな ゆく道だもの 

来た道 ゆく道 二人旅 

これから通る 今日の道 

通り直しの できぬ道

 

私たちの歩む道は

すでに自分の身近な大切な方が歩んだ道でもありました。

 

    黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

その「私の道」ですが、

お釈迦様はこのように教えてくれました。

 

独生独死(どくしょうどくし)

独去独来(どっこどくらい)

 

私と言う人物は、

ひとりで生まれて来て

ひとりで死んでいく

ひとりで去り

ひとりでまたやってくる

 

そして、こうも言います。

無有代者(むゆうだいしゃ)

 

代わる者などだれもいない。

 

つまり、

私と言う人物の人生を

引き受けるのは私しかいない

ということなのです。

 

その一人ぼっちの人生に

ひとりじゃないよ

人生は二人旅だよと

教えてくれたのが阿弥陀如来でした。

 

    黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

私がバスに乗っていた時の事です。

あるバス停から、8~90歳くらいのおじいちゃんが乗ってきました。

杖を突いていて、失礼ながら文字通り牛歩の歩みです。

おじいちゃんは、高齢者や障害者、妊婦さんなどが

優先的に利用できる椅子に座ろうとしました。

ですが、

既に最初からそのシートに座っていたのは

60歳くらいの男性だったのですが、

60歳くらいの男性のことが気に入らないのか、

いきなり持っていた杖で足を軽く突きました。

 

そして、

おじいちゃんは大きな声でこう言いました。

「お前! 病気か~!」

男性は

「いえ、混んできたら、譲ろうと思っていました」

とびっくりした様子で言いました。

 

おじいちゃんは、

怒りながらも空いていた高齢者シートに座ります。

そして、しばらくすると、

降車ボタンを押して降りる準備をしています。

そして、バス停に着くと、再びよろよろと、

よろめきながらもドアの近くにやってきます。

そして、またひと言、その男性に言いました。

「そこに座りたかったんじゃ~!」

 

そう言いながら降りていきましたが、

今度はバスの停車位置が気に入らなくて、

運転手さんに噛みつきました。

「へたくそ~!」

 

いやはや、

大変なおじいちゃんでしたが、

おじいちゃんが降りた後、

周囲の乗客は、私を含めて、

顔を見合わせてホッとしていたことでした。

 

    黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

私はコロナ前ですが、

高齢者施設に傾聴ボランティアに行っていました。

そこには、99歳の田代さんというおばあちゃんが暮らしていましたが、

私がボランティアに行くとおばあちゃんは

必ず私を居室まで招き入れてくれました。

 

おばあちゃんときたら、

小柄で、顔はしわくちゃ。

いかにも大正生まれのおばあちゃんです。

そして、おばあちゃんは、熱心な念仏者でもありました。

ですから、私がいくと

「仏さまのお話をして」と言われるのです。

 

さて、ある時の事です。

おばあちゃんがこういうのです。

「もうすぐ夫と息子の命日なの。

同じ月だから、夫と息子一緒に、最後の法事をしたいの。

今度来るときにお願いね」

 

おばあちゃんは99歳です。

もしかしたら、

これが「最後の法事になる」と思ったのでしょう。

私はもちろん快諾しました。

 

    ピンク薔薇       ピンク薔薇       ピンク薔薇       ピンク薔薇

 

さて、翌月、おばあちゃんは体調がよくなくて、

実際の法事はその翌月となりました。

そして、おばあちゃんの居室での法事の後の事です。

私は、おばあちゃんにこう聞いたのです。

「おばあちゃんは、どうしてそんなに優しい人なの?」

「よく、”河原の石は丸い”というけれど、

 おばあちゃんも人生で一杯苦労したから丸くて優しいのかな?」

そんなことを聞いてみたのです。

ところが、おばあちゃんの返事はこうでした。

「優しいなんてことはないよ。実はさっきも娘に怒ったばかり」

すると、近くにいる70歳代の娘さんが苦笑いをしました。

 

娘さんが言うには、

「法事が始まる前は、寒さ対策で「熱いお茶」を準備してね」

「法事が終ったら、喉が渇くから「少しぬるめのお茶」を準備してね」

「法事の後はお下がりのお饅頭を頂くから、「濃いめのお茶」を準備してね」

「仏さまの用のお饅頭は、〇〇堂のお饅頭にすること」

 

これを頼まれたそうですが、

実際は、お茶は出すタイミングがずれてしまい、

お饅頭は息子の好きだった〇〇堂ではなく、どこかで適当に買ったお饅頭。

これには、おばあちゃんもご立腹だったそうです。

 

でも、おばあちゃんはこうも言ったのです。

「自分でできれば、なんてことないのにね・・・・」

「私は一人では、なにもできないの」

「みんなに迷惑をかけて生きているの」

「なさけない・・・」

「本当になさけない・・・・」

 

そして、おばあちゃんの言葉はこう締めくくられていました。

「だから、私は人生で一番、今がわがままなの」

「だけど、こんな私でも阿弥陀様は

          お浄土に連れて行ってくれるの」

「私はお念仏を頂いていて、本当にいい人生だったわ」

 

そのお話の一か月後、

おばあちゃんは往生されました。

 

    黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花      黄色い花

 

思えば、あのバスのおじいちゃん。

歳を取って、思うように動けない。

出来ていた自分を振り返って、

情けない。恥ずかしい。と思ったと思います。

でも、人には頼らない。

人には迷惑を掛けなくない。

自分で歩いてみせる。

でも、実際は思うようにならない自分がいるのです。

きっと、辛かったでしょうね・・・。

バスでは、60歳くらいの男性と運転手さんに怒っていたけれど、

実は「怒り」は自分自身にも向いていたのかもしれません。

 

そして、田代のおばあちゃん。

「自分でできれば、なんてことないのにね・・・・」

「私は一人では、なにもできないの」

「みんなに迷惑をかけて生きているの」

「なさけない・・・」

「本当になさけない・・・・」

 

やっぱり、辛かったのです。

 

そうやって、生きて、行きつく場所はどこでしょう。

六道輪廻。

地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天。

 

また、どこかの場所に

独生独死

独去独来

 

いやいや、今まではそうでも、

今度の人生はそうじゃない。

その苦からの解放をしてあげたい。

そうやって立ち上がったのが阿弥陀様でした。

 

生きては死んで、

また生きては死んでを繰り返して。

ずっと苦しみの中にいた私たちを

阿弥陀様の救いの船だけは

私たちを乗せて、

必ずお浄土に連れて行ってくれると聞いていくのです。

 

その船に乗るのは、死んでからでしょうか。

いや、もう既に私たちは船に乗っていたのです。

あとは、お浄土に着くだけです。

 

お念仏の人生を頂くか、頂かないか。

それだけでも、

人生の豊かさの差になっていくように思うのです。

皆様の行く道は、どのような道でしょう。

 

それにしても、

田代のおばあちゃん。

いまごろどうしているかなぁ・・・。

 

コスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモスコスモス

 

 

ここからはbonbu-kokiが書いていきます。

 

子供しかるな 来た道だもの

年寄り笑うな 行く道だもの

 

本当にそうですよね。

特に人生年齢を重ねていくと、

自分より年長者は

「こうやって歳をとっていくんだよ」

と自らが生き方で

私たちに示してくれているのですからね。

 

ということは、

自分より年少者には

自分が年の取り方の

道を示しているって

ことでもあるのですよね。

 

今日もお育て頂きました。

今日もようこそのお参りでしたニコニコ