
今日の東京都心は梅雨の薄曇りでした
。
何とか雨は降らずとも、
湿度はムシ~っと全開です。
今日も蒸し暑い一日となりました
さて、今日は第二日曜日です。
午前中は何も予定がなかったので、
東京都豊島区の誓願寺にお参りに行って参りました。

お寺の掲示板です。


人の背中は見ゆるけど
我が背中は見えぬ
ですが、
我が背中を静かにじっと見ている方がいるのです。
今日もその方のお話を聞いて参りましょうか。
まずは、僧侶、門徒全員で
「正信偈(しょうしんげ)」のお勤めです。

皆様もご一緒に
合掌して頂けると嬉しいです
まんまんだぶっ!
(阿弥陀様、いつもありがとうございます)

お参りの後は、法話を聞きましょう。
今日の御講師は、神奈川県川崎市髙願寺の宮本廣宣師です。



※青字が宮本師の言葉の要約です。
<本日のご讃題(テーマ)>
十方微塵(じっぽうみじん)世界の
念仏の衆生を 見そなはし
摂取(せっしゅ)して 捨てざれば
阿弥陀と名付け たてまつる
親鸞聖人
(bonbu-koki意訳)
東、西、南、北、
北東、南東、南西、北西、
上、下の十方の方角の中、
その方角の隅々まで見渡して、
苦しみ、嘆き、悲しむ私たちを
仏さまは一人残らずご覧になり、
摂取不捨、
「決してあなたを見捨てません」と仰せです。
その仏さまの事を、「阿弥陀様」と名付けて奉ります。

<私の罪を抱きしめて>
私は身長が185cmで、学生時代はアメフトをやっていました。
それも「ゆるい同好会」と言うよりは「厳格な部活動」です。
「酒は禁止」
「ラーメンは筋肉にならないから禁止」
そして、
試合の様子をビデオに撮り、夜中の2時くらいまで
ひとり一人の動きの分析と、次の試合の戦術を練っていきます。
だから、終わるのは夜中の2時、3時ですから、
部室に泊まるなんてしょっちゅうでした。
さて、大学の運動部と言うのは
最上級生の4年生の責任が大変重いものです。
それなのに、私が最上級生になった頃、チームは負け続けました。
負けると、次はこうしようと思っても、また負けた。
じゃ、次はこうしようと思っても、また負けた。
じゃあ、今度はこうするぞ!と思っても、またまた負けた。
もうこうなると、
「じゃあ、どうすればいいの?」
「何が正しいの?」
「何が悪いの?」
もうわかりません。
とうとう、チームは一部の最下位が決定。
二部優勝校との「一部二部入れ替え戦」に回りました。
入れ替え戦になると、
OBがざわつきます。
父兄も不安がります。
もう、4年生は針の筵(むしろ)です。
「4年生は何をやっとるんじゃ!」
「しっかりやれ!」
ところが、入れ替え戦でもチームは惨敗。
とうとう、二部に降格です。
もう、私たち4年生は泣きに泣きました。
どれだけの涙を流したことでしょう。
そしてこう思ったのです。
全ての関係者に
悪い事しちゃったなあ・・・・。
ところが、
私たちの涙を見ていたのは、
4年生と共に戦った3年生以下の後輩たちでした。
後輩たちは死に物狂いで、練習に励みました。
挫折をすると、
人は変わっていくことがあるです。
チームは翌年、二部で優勝。
一部二部入れ替え戦も勝って、最短で一部に返り咲きました。
🏈 🏈 🏈 🏈 🏈
親鸞聖人は、ご自身の深い凡夫としての自覚から、
「善悪のふたつ 総じてもって 存知せざるなり」
と言われました。
本当の善悪は
仏さま、阿弥陀さまだけが知るところであり、
私達のような煩悩具足の凡夫は、
何が本当で何が本当ではないのか、
何が善で何が悪なのか、
それがわからない
と言います。
しかし、
何もわからない中で唯一、真実、本当の事があります。
それが、
私たちに今、届いている念仏、仏さまのお慈悲の光です。
あの時、
我ら4年生が、
だらしなかったからだ。
俺たちが悪かった。
その罪を一心に背負って
泣きに泣いたけれど、
あの涙は無駄じゃなかった。
あの涙があったからこそ、
仏の光は
「あなたを放っとけない」
あなたの罪は私が引き受けた。
そのように
「見えない力」がはたらいて、
物事が動いていったのではないでしょうか。
そういう光の中で
後輩はがんばっていたんじゃないか。
今、そう思うことであります。
🏈 🏈 🏈 🏈 🏈
平安、鎌倉時代に、
熊谷直実(くまがやなおざね)という侍がいました。
よく聞く、「源平合戦」でのことです。
直実は最初は「源氏」側にいたのですが、
自分が頑張ってるのに自分への評価が低くて
ならばと「平家」側に付くようになったそうです。
でも、その後、やっぱり「源氏」側についていく。
その時々の流れ、思惑、思いの中で自分の立場を変えていきます。
さて、
この戦いで敵を探し求めていた直実は、
波際を逃げようとしていた平家の馬に乗った若者を見つけます。
見ると、かなり豪華な鎧(よろい)を身に付けています。
これは、タダものではあるまいと、
その若者を呼び止めて一騎打ちに挑んでいきます。
直実が、むずと組んで若武者を馬から落とし、首を取ろうとすると、
よくよく見れば、ちょうど我が子・直家ぐらいの年齢の少年でした。
直実が「私は武蔵の国の住人、熊谷次郎直実だ」と名乗ると、
その若者は「私が名乗らなくても、首を取って誰かに尋ねてみよ。
きっと知っている者がいるであろう」と答えたそうです。
随分と、堂々として、若いのに覚悟の有る武士だと感動した直実は
一瞬この少年を逃がそうとしましたが、
背後に自分たちの味方の手勢が迫ってきます。
たとえ自分が少年を逃がしたとしても、
「どのみち、生き延びることはできないだろう」と考えた直実は
「同じことなら、直実の手におかけ申して、死後のご供養をいたしましょう」
と言って、泣く泣くその若者の首を斬ったそうです。
その後、首実検をするとこの若者は平清盛の甥、平敦盛とわかりました。
年齢は17歳だったそうです。
直実が思い起こせば、
合戦中にどこからか
「大変美しい笛の音色」が幾度も聞こえてきたそうです。
「こんな美しい音色を奏でるとは、
なんとこころの澄んだ者がいるものだ」
そう思っていたのですが、
首を切った若者の馬には「笛」が付いていたそうです。
🐎 🐎 🐎 🐎 🐎
このことが直実の「人生の分岐点」になっていきます。
自分は、自分の子供と同じくらいの歳の「平敦盛」を殺めてしまった。
思えば、いままで幾人ものいのちを斬ってきた自分なのだ。
こんな罪を重ねた自分は
地獄行きしか、
道はないだろう。
そう思い、人づてに聞いた「法然上人」を訪ねていきます。
そして、法然上人にこのように聞いたのです。
「この私は、死んだらどこにいくのですか?」
法然上人の答えはこうでした。
「罪の軽い、重いは、仏さまは問いません。
私たちは必ずお浄土に参るのです」
地獄行きを覚悟していた直実ですが、
法然上人の答えは予想もしないものでした。
その言葉に涙を流した直実はその後僧侶となり、
京都に平敦盛の石碑を立てたそうです。
直実が涙を流した時、
直実の罪と共に
直実自身をぎゅっと
仏さまが抱きしめてくれたのです。
これを
摂取不捨(せっしゅふしゃ)
と言います。
罪に震え
罪を悔い
涙を流す者を
ぎゅっと抱きしめて
決して
その者を見捨てない。
それが、
摂取不捨。
仏さまのお心です。
🐎 🐎 🐎 🐎 🐎
佐賀県に向島(おくしま)という小さな島があります。
全人口が4~50人くらい。
とっても小さな島ですから、
このお話の当時、小学校の全生徒は1名。
その1名も中学生になることで、この小学校はなくなることになります。
そして、
その最後の担任だったのが秋山忠嗣(あきやまただし)先生です。
今は、スクールカウンセラーのようなお仕事をされているそうですが、
秋山先生のお話を聞いて下さい。
(画像をお借りしました)

秋山さんが中学二年生の時、
秋山さんは「不登校」になりました。
最初、両親は無理やり学校に行かせようとしますが、
通学途中で嘔吐をしたりすることで、
両親も行かせるのをあきらめてしまったところもありました。
父は言います。
「お前。こんなことじゃ、
高校にも行けないし、仕事だってできないじゃないか!」
父は叩き、
柱に括り付けたりもしたそうです。
母は言います。
「お前は小学校の時には何でもできたのに、
中学校に入ってからは何もできなくなっちゃったね・・・」
この両親の言動は
少年だった秋山さんの心に深く突き刺さります。
こうなると、
家庭全体が沈んだ雰囲気になり、
秋山さんは「自分の居場所」さえも見失いました。
秋山さんは
ビルの上に登ります。
ここから飛び降りたら、
苦しみから解放されるんだ。
そう思って、下を見ました。
子供の頃のお父さん、
お母さんとの
楽しかったことも思い出します。
でも、今は違う。
あの人たちは・・・。
挫折、葛藤、孤独、色々な思い・・・。
結局、
飛び降りることができません。
そうか・・・。
僕は、
強く生きることもできない
死ぬこともできない
何ていう人間なんだ・・・。
😢 😢 😢 😢 😢 😢
何もできない自分。
ここから逃げ出したい自分。
秋山さんは家出をしようと決心します。
そして、玄関を出ようとすると、
玄関の出入り口にはお父さんが仁王立ちをしていました。
お父さん 「お前はどこに行くんだ」
秋山さん 「もう、放っといてくれ!」
お父さん 「家を出るのか。逃げ出すのか」
秋山さん 「もう、僕の居場所なんかないんだ」
しばらくの沈黙の後、
お父さんがこう言いました。
お父さん 「わかった。それなら、お前の自転車は置いて行け。
あれは俺が必死に稼いだ俺のお金で買ってやったものだ」
秋山さんは、自転車のカギを置きました。
お父さんは続けました。
お父さん 「今、持っている財布も置いて行け。
それは俺が必死に稼いだ俺のお金を渡しただけのものだ」
秋山さんは、財布を置きました。
お父さんは続けました。
お父さん 「それから、今、履いている靴も置いて行け。
それは俺が必死に稼いだ俺のお金で買ってやったものだ」
秋山さんは、靴を脱ぎました。
お父さんは続けました。
お父さん 「今、着ている洋服。
それは、俺が必死に稼いだ俺のお金で買ってやったものだ。
洋服も脱いで行け」
秋山さんは、とうとう裸同然になってしまいました。
こうなると、
中学生になった秋山さんも、
売り言葉に買い言葉。
いや、むしろ、追い込まれていき、
このように啖呵を切りました。
秋山さん 「じゃあ、父さんも母さんも、
僕にいのちをくれたのだから、
僕のいのちも置いていくからな!
僕を殺してくれ!!」
そこまで言うと、
お父さんの表情が変わりました。
そして、秋山さんに詰め寄ってきたそうです。
秋山さんはとっさに思いました。
「あ、殴られる・・・」
そう思うと、秋山さんは
掛けていたメガネをとっさに投げ捨てたそうです。
詰め寄ったお父さんは、
秋山さんの肩をギュッとつかみました。
でも、
その瞬間、
お父さんの大きな手は秋山さんの背中に回り、
ギュッと・・・・。
強く
強く
抱きしめたのです。
そして、
お父さんは背中を震わせて号泣したのです。
うそやろ・・・・。
実は秋山さんは
暴言、暴力のお父さんが大嫌いでした。
でも、
この瞬間、
何かが動きました。
この人を信じてもいいのかな・・・。
そんな少しばかりの「安心」が生まれたのです。
そして、
それをずっと横で見ていたお母さんがこう言ってくれました。
「どんな子であっても
お前はうちの子だよ。
大丈夫!
大丈夫だからね!」
その後、
秋山さんは定時制の高校を出て、大検で進学。
教員の資格も取って、小学校の教員をするようになっていきました。
😊 😊 😊 😊 😊
お父さんが抱きしめたのは、
「いい子の秋山さん」だっだでしょうか。
お母さんが「うちの子」と言ったのは、
「いい子の秋山さん」だったでしょうか。
秋山さんが「いい子」だから
抱きしめたのではなかったのです。
「いい子だから抱きしめます」
ではなかったのです。
秋山さんは
お父さん、お母さんが
あれから
共に一緒に
人生を
歩いてくれたんです。
そのことを秋山さんは述懐します。
「あのことが、嬉しかったんです」
「だから、僕は変われたんです」
「親不孝の僕を
罪ごと
抱きしめてくれたんです」
さて、
このこと、
秋山さんご一家のお話と
遠くで聞いていくのでは
もったいないですよね。
仏さまと置き換えてみましょうか。
「ダメな自分」
「罪作りな自分」
「過ちばかりの愚かな自分」
そういう者を抱きしめてくれる方がいる。
人って、面白いですよね
そこから何かが変わっていくんです。
「いい子」だから変わるんじゃない。
摂取不捨
けっして
あなたを見捨てない。
摂取不捨と言う言葉に
親鸞聖人は
「永く」という言葉で
注釈を添えています。
つまり、
決して
あなたを見捨てない。
それも、
永く
ずっと
ずっと
ずっと
あなたを見捨てないからね。
人生って、
順調な時は気が付かないけれど、
いざ、
何かのご縁で
歯車が狂うと、
いざ、
何かのご縁で
ボタンの掛け違いがあると、
下りの螺旋階段のように
迷いの中に落ちて行く自分が
いるんですよね。
辛いですよね
苦しいですよね
泣きたいですよね
失敗があった時はどうですか?
自分の罪を一気に背負って
もう立ち直れないと
思うこともありますよね。
それって、
でも本当にその方のせいなのか・・・。
なんて、わからないですよ。
物事のいい悪いって、
見方次第で
いくらでもひっくり返るじゃないですか。
そういう人生の中にあって、
私が人生の道を
行ったり来たりしている時でも、
仏さまはずっとずっと
ここに一緒です。
そして、
罪を抱えて震える私を、
罪と一緒に抱きしめて
離さない。
見捨てないんです。
そのように
今日も聞いて頂ければ
今日も感じて頂ければ
嬉しいですね。

ここからはbonbu-kokiが書いていきます。
法話の後は、いつものお茶会です。
御講師さん、御住職、副住職、坊守さん、ご門徒の皆様とご一緒です。
坊守さんのお手製の混ぜご飯のおにぎりと、お漬物を頂きます。
私はこのお寺の者ではありませんが、いつも温かくお迎えをしてくれます。
はい。
今日もお土産を頂いて帰路についたことでした。
さて、
浄土真宗では、
原則的に「御朱印」がないのですが、
それでは・・・と、
bonbu-kokiは、
そのお寺の御住職が好きな言葉を
御朱印帳に書いて頂くことがあります。
その中で
多くの御住職が選ぶのは
「摂取不捨」
という、
仏説観無量寿経の言葉です。
意味は
もうお分かりですよね。
ずっと
ずっと
ずっと
あなたを
見捨てないからね。
この言葉。
「人生の底」にいるときほど
心に響いてくるんですよね。
今日も
仏さまの光が届いてること
忘れてはいけませんよ✨
手のかかる子こそ
親様(仏さまのこと)は可愛く、
親様は見捨てません。
大丈夫ですよ
今日も親様の
ギュっを
噛みしめて下さいね
今日もお育て頂きました。
今日もようこそのお参りでした
