おはようございます。
イブの前日。今日も仕事です。
今日は母の半生について、今書ける範囲で書いてみようと思います。
そんなに長くないのでどうかお付き合いください。
母は東京で生まれました。
幼い頃、0歳か1歳くらいの時に、東京大空襲があり、母は家族におぶさって逃げ惑いました。
その時、焼夷弾の炎が幼い母の服に燃え移って、その火を母の姉が一生懸命消火してくれたことで事なきを得ました。
母の一家はもう東京にはいられないので、北海道に開拓農民として移り住みました。そういう国策でもあったようです。
ただ、全く安全ではなく、青森から船が出るのですが、母の前に出航した船が爆撃を受けて沈んだのだそうです。
そういうわけで、母は空襲と爆撃の2度の生死の分かれ目をかいくぐって生き残ったのです。
千歳に移り住んだ母の一家は、農地を開拓し、牛や馬を飼い、畑を耕し麦を育てました。
母は8人兄弟の下から二番目で、主な労働は上の兄たちがやり、母はお姫様のように労苦しない子供時代を過ごしました。
モノがない時代ではあったけれど、生活は決して貧しくはなく、農産物は潤沢にありました。
搾りたての牛乳の濃厚な味や、採れたてのとうもろこしのフルーツのような甘さは今でも鮮明に覚えていると言ってました。
そんな豊かな自然に中で母は育ちました。
いつだったか、母が中学か高校の頃に、美智子様のご成婚パレードを母の母に連れられて、知り合いの家のテレビで観たと言ってました。
この時、母は生まれて初めてテレビを見ました。このことがきっかけで日本中にテレビが一気に普及し始めました。
母は高校を出て、少しの間何もせずにプラプラしていました。じきに親族の紹介で地元の製餡工場に勤め始めました。
母は言ってました。
「当時の女性っていうのは、売れるの。必ず農家に働き手として嫁に行くの。私も中学を出て高校に行かないでいたら売れてたと思う」
・・・では、母はいつ「売れた」のでしょうか。売れる前に母は行動に出ました。
母は何を思ったか、20歳くらいの時に北海道を飛び出して東京へ上京してしまいました。
就職のためではありません。信仰のためでした。
教会に行き、キリスト教の門を叩き、シスター見習いになったのです。
キリスト教に身を捧げ、住み込みで勉強し働いたのでした。
カトリックの教会で、聖書の勉強をし、昼間はミッション系の幼稚園のバスの添乗員などをしました。
色々習い事もしたようで、料理や裁縫、変わった所では、外で一般の人に混じって「話し方教室」というものにも通いました。
話し方教室には、当時独身時代の父も通っていて、ここで母は父と初めて出会い、気が合ったのか最初は友達のようになりました。
父は中学を出て高校には行かずに働いて運送業をしていました。
父は岩手の人で、東京まで出稼ぎにきていて、岩手の実家に仕送りをしていて、そのお金で、父の弟さんは高校を出て警察官になることができました。
父は変わり者で、中卒で運送業という、飲む打つ買うが当たり前の人が多い業種の中にいながら、当時まだハイソな趣味であったテニスを始め、これまたどこで買ってきたのか白い上下を着てどこかのテニスクラブでプレーしていたそうです。
そんな父を見た職場の同僚は、変わり者の父に当時のミッチーブームゆえの「皇太子」というあだ名をつけてからかったものでした。
話しを元に戻そう。
そもそも中卒の労働者である父とシスター見習いである母に接点など生まれようがないのですが、変わり者で好奇心旺盛な父ゆえ、話し方教室の門を叩き、そこで初めて父は母と出会うことができました。
ある時などは、父は友達から借りた車に乗って母の住む教会にまで遊びに来て、そういう教会という閉ざされた場所に男が遊びに来ることがあまりないことなので、この時ばかりは母も「この人は相当変わっている」と思ったそうです。
遊びに来るとはいっても、教会の建物内でお茶を飲みながらおしゃべりするだけなのですが・・・。
じきに父と母は親密さを増していき、付き合ってるみたいな感じになったんですけど、そもそも修道女が恋をするなどけしからんと僕は思いつつ、それがらければ僕は生まれてないわけで・・・複雑な気分です。
そして、ある時ある場所で父は母にプロポーズをしました。
母は「こんな私でよかったら」と言って父のプロポーズを受け入れ、めでたく結婚とあいなりました。
結婚するわけですから、当然母はシスターになる為の修行はやめて、教会から出て行きましたが、キリスト教の信仰は今でも続いていて、たまに日曜日のミサには通っています。
そもそも母はなぜキリスト教に身を捧げようと思ったのか。それははっきりとは言いません。
たぶん、このまま北海道にいて「売れて」、嫁に行って農家の手伝いをしてというわかりきった人生を送るよりも自分で自分の人生を切り拓きたかったのかもしれません。
ただ、修道院での生活の中で、このまま一生キリスト教に身を捧げる人生で良いのか迷いもあったようで、父が自分を教会から連れ去ってくれたことは良かったと最近言ってました。母は良い時に父と出会ったのです。
父と母の間には二人の男の子が生まれ、二番目が僕です。
その子らを連れて、埼玉、岩手、岡山、神奈川と住む場所を変えていくのですが、それは僕の半生の話になってきますので、今回は割愛します。
いかがだったでしょうか。
本当はもっと詳細に長い文章にしたかったのですが、能力がなくてこれが限界でした。
また面白いエピソードなどがわかったら書いてみようと思います。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
では、仕事です。
行ってきます。
行ってらっしゃい。