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注ぎ込まれる言葉

障害者雇用で働いてます

おはよう。

 

昨日は、有給休暇を頂いてゆっくり過ごしました。

家で映画など観ていました。

 

 

 

 

 

 

あとポイントを使って「ジョーカー」も観ました。

世の中から見捨てれられたピエロがジョーカーになっていくストーリーですが、後味が非常に悪かったです。

でも最高に面白い映画でした。ホアキン・フェニックスの演技が神がかってた。

 

新しい本も読み始めました。

kindleunlimitedです。

僕の職場でも売っていて気になってました。仕事中にちょっとだけパラパラとページをめくって読んでみたら良さそうだったので、今、腰を据えて読んでます。

人生訓なんですけど、肩の力が抜けた文章で心にスッと入ってきます。

とても良い本です。

 

と、年金事務所から障害年金の診断書のコピーが送られてきました。

で、その内容何ですけど、読んでみると僕の実際の病状よりかなり重く書かれてました。

先生が障害年金の更新が通るように厳しめに書いてくれたみたいです。おかげで通りました。ありがとう、先生。

この診断書は今後の更新時の参考に取って置きます。

 

さて、これから仕事です。

お弁当を包んで出社の準備をします。

 

それでは行ってきます。

行ってらっしゃい。

今日は雨でウォーキングは休みです。
でも結局、大雪にはなりませんでしたね。
よかったね、関東平野のみんな。
 
今日は、年金事務所に電話して色々と根掘り葉掘り訊いてみました。
いくつか聞きたいことがあって、あれかじめ質問項目を用意していました。
 
4つのこと聞きました。
 
1.株などの投資の売却益は、障害年金の更新時に書く収入に当たるのか。
2.親が死んで相続した時のお金は、障害年金の更新時に書く収入に当たるのか。
3.障害年金の更新時に書いてもらった診断書のコピーが欲しい。
4.国民年金の追納をすることが得か損か。
 
1と2に関しましては、障害年金の更新時の審査には全く影響しないということでした。
だから、どんどん投資をしてどんどん儲けても、障害年金が支給停止になることはありません。
そもそも収入としてカウントされないので、関係ないのです。安心ですね。
相続についても同じです。
 
3については、今後の更新時の参考になればと聞いてみましたが、あっさりとOKがもらえました。コピーを郵送してくれるって。
 
4ですが、僕は無職期間が長くて、その間の国民年金は納めずに、半額免除や全額免除の制度を使っていました。
この制度を使っていれば、たとえ収入がなくて国民年金が支払えなくても、障害者になっても障害年金の受給権がもらえるので、使った方がいいです。
ただ、将来高齢者になった時に障害基礎年金が支給停止になった時、老齢基礎年金に切り替えた時が問題です。
僕は免除の制度を使っていたので、老齢基礎年金が満額もらえないのです。
 
ただ、半額免除は保険料を全額納付した場合の年金額の8分の6が支給されます。
全額免除は2分の1が支給されます。
 
ようするに、年金を一部、または全部支払えなくても、国が肩代わりして、ある程度支払ったことにしてくれる有難い制度なのです。
 
で、この国がある程度支払ってくれていることが問題なんです。
 
僕は保険料の免除期間が長くて、全部遡って追納したくてもできません。
追納できるぶん全て追納しても、かなりの高額になってしまいます。僕の場合は81ヶ月分、額にして120万円以上になります。
しかも、追納するということは、国が肩代わりして支払ったことにしてくれた部分においても放棄して自腹で全額払うということなのです。
 
年金事務所で追納して増額される年金額を教えてもらいましたが、ほんとにわずかな金額でしかなくて、これでは払った金額に対してリターンが少なすぎます。
なぜわずかなのかは、そもそも国がある程度肩代わりして支払ってくれているから、ある程度年金が支給されるからです。
 
なので、わざわざ多額の追納をして国が肩代わりしてくれたぶんまで全部自腹で支払うことには何のメリットもないのです。
 
そういうわけで、僕は追納しないことを決めました。
将来、高齢者になって障害基礎年金が支給停止になって老齢基礎年金に変えざるを得なくなったとしても、傷は浅い。そういう判断です。
 
そもそも僕は無職時には免除制度のことを知りませんでした。
どこで調べたのか、母が僕のことを心配して役所で免除の手続きをしてくれたのです。
おかげで、その後僕が統合失調症になって障害年金の申請をする時に受給権がなくて困るということがなかったのです。
だから母には本当に感謝しきれないくらい感謝しています。
親って大事だよ~。他人だったらここまでしてくれないよ。
 
とりあえず、聞きたいことが全部聞けてスッキリしました。
ずっと知りたかったんだよおお~。
 
こういう記事を書いておくと、後で検索して活用できるから便利。
今回は主に自分用に書きました。
誰かの役に立てるのなら嬉しいです。
 
それでは、おしまい。
おはよう。
 
昨日、会社から家に戻ると年金事務所からハガキが届いていました。
障害年金の更新のハガキです。
ドキドキしながら開けてみました。
無事に更新されていました!ホッ!
障害基礎年金2級です。
次の更新は5年後です。ちょうど免許の更新と同じ時期だ。
 
後日談ですけど、今回の更新のことで6つくらい社会保険労務士の事務所の問い合わせてみたんです。
それに対する返信の中には、「一般就労していると支給停止になる可能性が非常に高い」と脅すように書く人もいて、内心ビクビクしてました。
 
ブロ友さんの記事を読んでも、収入の上限目安が17万だったり19万だったり、就労支援センターのスタッフさんは年収300万の人が支給停止になったとか、はたまた精神科の先生はバリバリ会社経営でもしない限り支給停止にはならないとおっしゃったり、いろんな説があって混乱します。
いすれにしろ、お上の考えることはわかりませんね。
 
精神科医の樺沢先生は、障害年金をもらうことに否定的なんですよね。

 

 

年金をもらうと働く気が失せてしまうというのが理由みたいですが、それは違うんじゃないかなあ。
障害者は安い給料で働いている人がほとんどなんだから、補助的に年金をもらうことで人並みな生活が送れるんであって、年金は必要だと思うよ。
 
もう統合失調症は一律に永久認定してもらえないですかね?どうせ一生薬を飲み続けなければならないんですから。
 
はー、それにしてもほっとしました。はー、安心。
この2,3ヶ月、ずっとモヤモヤしてましたから。
就労してからの更新は初めてだったので、ずっと不安だったのです。
今回のことで一般就労していても更新できることがわかったので、今後の更新も大丈夫と思っていいんじゃないでしょうか。
あーよかった。
 
さー、これからは貯金しまくるぞおおお。節約節約!
 
それでは今日も仕事です。
雪ですね。帰れるかな?
ではお弁当を包んで出社の準備を。
 
行ってきます。
行ってらっしゃい!

今朝も早起き。

軽く食事をして、ウォーキングへ。

スマホで録音したTBSラジオを聴きながら1万歩歩いた。

オフの日の3日間で3万歩は歩く。

今月の総歩行距離は98kmだった。

我ながらよく歩いたと思う。

 

歩き足らず、9時過ぎになって再び散歩。

久しぶりにカメラを持って。

あまり動物の種類に恵まれず、出会うのはカラスばかりとなった。

 

家に戻ってすぐに携帯電話が鳴った。

就労支援センターのスタッフさんからだった。

今日がzoomの面談日であることをすっかり忘れていた。

慌てて着替えてパソコンでzoomを起動して繋いだ。

スタッフさんとzoomで話すのは初めてだった。実際にやってみると、会っている時とほとんど変わらず違和感もなかった。

今回は感染予防のためにzoomにしたが、便利で使い勝手が良いことがわかったので、コロナが終息しても活用しようと思う。

 

面談の中で、障害年金の更新のことで不安であることを話してみたが、大丈夫だと思うと言われた。

スタッフさんが言うには、今まで働きながら障害年金をもらっている人を見てきたなかで、支給停止になった人は年収300万だったそうだ。

だから、僕の場合はおそらく大丈夫と言われて安心した。

 

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昨日から今日にかけて、NHKオンデマンドでETV特集「焼き場に立つ少年」を観た。

 

 

 

原爆が落とされて焦土と化した広島で、立ちすくむ10歳くらいの少年の写真が残っている。アメリカ兵が撮った写真だ。

背負っている幼児は既に息絶えていて、目を閉じぐったりと首を落としている。

少年はきちっときをつけをして、正面を見つめ、唇を噛み締めているように見える。

少年はそうやって弟の火葬の順番を待っていた。

その後、少年がどこへ行ったのか誰も知らない。生きているのかも死んだのかもわからない。

だだ、終戦後の日本はそういう戦争孤児はいくらでもいたらしい。

親戚中をたらい回しにされたり、迷惑な存在として疎外されたり、差別やいじめの対象になったりした。

親を亡くした子供たちにはそういう過酷な日々が待ち受けていた。

当たり前のように物を盗んだり、中には売春をしたりする子もいた。そうしなければ食べていけなかった。

夢や希望などなく、きょうという日の飢えをどうしのぐかが一番の問題だった。それ以外のことを考える余裕は全くなかった。

 

終戦から77年近く経つ現代、親がいないからといって生き死にの瀬戸際に立たされることはめったになくなった。

児童養護施設の全てが子供たちにとって良い環境であるとは言い切れないが、昔よりはずっとましになっている。

僕のように17歳で父を亡くしても、残してくれた生命保険金や、今住んでいる低所得者用の住宅を確保できたことで救われることもある。

 

あの焼き場に立つ少年も、大人の誰かに手を差し伸べてられて保護されて、世の中に自分の居場所を見つけることができていたら良いなと思う。強く生きていてくれたらいい。それはあの写真を見た全ての人の思いというか願いではないだろうか。

もし、この子の写真が見たい人がいれば検索すればいくらでも出てくるので見てみてほしい。

 

孤児であることで差別を受けることは当たり前のようにあるという。

僕は障害者であることで差別を受けたことがない。何か別の原因で差別をされたこともない。

でも、僕は障害をオープンにしている(障害名はオープンにしていない)ので、働いていてもいつか差別されるんじゃないかとビクビクしていた。実際何年か働いてみると差別のさの字も全くなった。

どうやら僕は運良くここまで生き延びてきたらしい。そして今の世の中においても過酷な毎日を過ごしている人たちが僕の預かり知らないところでいっぱいいるらしい。

 

自殺してしまう人、そうでなくても生きるのがつらい人は現代においても無数にいる。毎日どこかで人身事故。僕はそういう人たちに何もできない。無力だ。

僕らは自分が生きていくのに精一杯で、倒れていく人々をある意味見殺しにしながら生きている。それが今の時代であると言うのであれば、今は戦後まもない頃と何も変わっていないといえる。いつの時代にも救われない人たちがいる。

 

自分は無力だ。何もしてやれないのだ。でも生きていかなければならない。

そうやって誰もが唇を噛み締めて今日を生きていくしかないのだ。あの焼き場に立つ少年のように。

 

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コロナ禍でどうせ出かけられないので、これと思う本を再読しようと思う。

神谷美恵子、若松英輔さんの本など。そういえばアイヌの本(児童書)も一度読んだきりだっけ。

本というのは再読するとまた違った味わいがある。まあ単に忘れているだけだともいえる。

 

大型自動二輪の免許も取りっぱなし。コロナ禍で試乗会は皆無。オートバイに乗る機会は失せた。

中古の単車を物色したいが、よく考えたら置く場所があるのか?そんな金があったら貯金したい。

何のために免許を取ったんだか・・・。でも後悔はしていない。

暖かくなったら久しぶりにレンタルバイクに乗ってみようかな。

 

休みは明日まで。日々何か楽しみを見つけたい。

なるべくお金を使いたくない。消費社会から逃げたしたい。

なんてことのない石ころのようなものに、面白さを見出せる感受性を育てたいものだ。

 

とりとめのない文章を書いてしまった。

めったに思索しなくなったけれどたまには考えることも大事だと思う。

そうやって自分の心の中を整理する。

生まれ変わったら思想家になりたい。

 

そんなことを思った。

おはようございます。
 
今日から仕事です。
ひとつひとつ落ち着いてこなしていけば大丈夫だと思います。
ここ半年で仕事前の不安はずいぶんなくなりました。
原因はわかりません。とにかく今は落ち着いています。
 
最近、老後のことをよく考えます。
僕が老年期にさしかかる頃には母も亡くなって一人暮らしになってると思います。
 
僕って、一人暮らししたことがないんですよね。
22歳で会社を辞めて、ひきこもりになって、精神病になって、永い闘病生活があって・・・ずっと家にいました。
だから、一人で暮らすことに慣れてないんです。
 
母も78だし、亡くなる以前に老人ホームに入るかもしれないし、そしたらその時点で人生初の遅すぎる一人暮らしです。
それが不安で不安で・・・。
 
若い頃は僕には寂しいって感情があまりなかったのです。独りでも平気。いや、独りが好きでした。
でも歳を取ってくると、だんだん寂しさっていう感情が芽生えてくるんですね。そして今、母が一緒に暮らしてくれている有り難みっていうのをひしひしと感じています。
 
でもいつかは母とも別れなければいけない。その日は明日かもしれない。
だからかけがえのない今日という日がとても大切。
 
いつかこの家で一人になったとき、自分がどうなるのか想像がつかなくて不安です。
毎日どう暮らしていいのかもわからないです。
孤独に耐えられるか?わからない。
発達障害は環境の変化にも弱いです。
 
そういう意味では、僕の不安はひきこもりの人の不安と似てますね。
僕も元ひきこもりだけど、あの人達の不安は親亡き後どうやって暮らすかですから。
彼らの不安は主に経済的な事柄ですが、僕の場合は精神的な事柄です。
 
将来、究極の孤独がやって来る。それが不安なんです。
でも一人暮らしの老人なんていっぱいいるよね。僕もいずれそうなるんです。
だからとにかく今のうちから人間関係をいっぱい作っておくことです。そういうの苦手なんですけど。
人間関係の少ないのを「関係性の貧困」っていうらしいです。
人間関係が豊かである人とそうでない人とは寿命にも影響するとか。
 
でも、いくら人間関係を増やしていっても、母が亡くなっちまえば母のいない人生であることには変わりがないんですよね。
 
所詮、男なんてみんなマザコンなんです。
男にとっては母親が亡くなることが一番つらいんですよ。
 
母のいない世界で生きていく。
まだ僕にはその覚悟ができていません。
いつかその日が来る。その日に怯えています。
 
近々、福祉の人と面談するので、このことを話してみようかと思います。
 
今回はちょっと弱音を吐いてしまいました。
皆さんにも親も兄弟もいると思いますし、必ずしも家族との関係が良好であるとも限らない人もいると思います。
でも僕の場合は、母が生きているうちはできるだけのことはしてあげたいと思っています。後悔しないためにも。
 
最初、この記事はアメ限で書こうと思ったのですが、より多くの人に読んでもらいたくて全体公開にしました。
できれば皆様のお考えをコメントしていただけると嬉しいです。
 
それではお弁当を包んで仕事に行って参ります。
読んでくれてありがとう。
 
行ってきます。
行ってらっしゃい。