私の走りの日記(11)
『1983年夏、カールルイスを知る』
中学一年生の夏、
K先輩が時折、参加していた王子工業陸上部の練習に、
池ちゃん、栄三の三人で一度参加させてもらった。
学校の校庭では、ろくな練習スペースを確保出来なかったので、
一度、高校の練習に参加してみるといいという話からだった。
一周200m位はあったのだろうか、
きれいではないが、きちんとしたトラックだった。
ここで150mか200m走を何本か走らされた。
これまでそんな距離を何本という練習をした事がなかったから、
恐らく2,3本で練習から離脱してしまったと思う。
また当時は、練習中に水は飲んではいけないという風習があった。
夏の暑い日に、汗をかくだけかき、
最後には炎天下の中どんなに動いても汗が出なくなってしまった。
あんな状態を経験したのは、あれ一回きりである。
結局、自分ら一年生にはきつくて、一度しか参加しなかった。
この頃は決まったメニューもなく、技術的な練習もなかったので、
1本、1本走るのに、意識化していなかった。
後々自然と身に付いていったのだが、
短距離の練習で走る時には、体の動き等を意識的に感じたり、
またこの1本は、どこを意識して走ろうなどと、意識化して走るようになる。
その中で、問題点、良かった点などが発見出来、
それを修正、工夫したりして、パフォーマンス向上につなげるのである。
しかしこの時は、まだそんな意識をもっては走っていなかった。
1983年8月、ヘルシンキで第1回世界陸上大会が開催された。
日本でもテレビ放映され、私も運よく観る事が出来た。
これまでオリンピックも観たことがなかったので、
初めて世界規模の大会をテレビ観戦した。
男子100mに出場する選手は一人も知らない。
しかし注目選手がフューチャーされていて、
そこに前世界記録保持者のカールルイスと当時、
大会前に高地で世界記録を出したカルヴィン・スミスが取り上げられていた。
この大会の男子100Mは、ルイスとスミスの一騎打ちというところが一つの見どころであった。
結果は、ルイスが10秒07で優勝(私はずっと10秒06と記憶していたのだが)。
この時のルイスの走る姿が、陸上を始めたばかりの私に多大な影響を与えた。
これは私だけでなく、日本の多くの少年、
また世界の多くの少年に大きな影響を与えたと思う。
まずルイスの走るフォームに魅せられた。
全ての手の指を真っ直ぐ伸ばす腕振り。
きれいに高く上がるももと膝下の動き。
(実際には高く上げていなかった様だが、高く上がっているように見えた)
そしてレース展開も良かった。
ルイスは、完全な後半型で、ラスト20m位で抜き去ってゴールしていた。
これは私の個人的な好みなのだが、
スタートから飛び出して逃げ切るレースと、
後半に抜き去るレースでは、観ていて後者の方に魅せられる。
例えば、2017年の世界陸上で、ウサインボルト選手が3位になったレースがあったが、
2着だったコールマンがスタートから飛び出し、ボルトに0.01秒差で先着したのだが、
コールマンがボルトより速いという印象はなく、
あと10mあったらボルトが抜かしていただろうという余念が浮かんでしまう。
もちろん先着すれば、レース展開はどうでもいいのだが、
逃げ切るより、抜かす方が、勝ち方として好きだった。
ルイスはまさに抜かすレースをしていた。
走る姿、レース展開、そして体つき、速く、強く、美しい、
どこを見ても非の打ち所がない、パーフェクトな姿で私の目には映っていた。
観戦後、早速、自分も10本の手の指を真っ直ぐ伸ばし、
ももを高くあげ、ルイスの真似をして走った。
そしたら今までより力が入る感じがし、速くなった気がした。
実際、それまでより速くなったと思う。
これが初めて走ることに対し、工夫したことであった。