親切が最後には勝利する
昨夜、手、足が4本ずつあるインドの子供がテレビで紹介されていました。
産まれた当時はその姿がヒンドゥー教の神、ラクシュミーに似ていることから、村では神の化身だと崇められていました。そして名前もラクシュミーと名づけられました。因みにその後に産まれた妹はサラスヴァティーと名づけられています。(ドゥルガーは?)
しかしその噂が広まり、ある優秀な外科医がこのままでは命が危ないかもしれないと思い、ラクシュミーのもとへ足を運び、診察をしました。
様々な検査をして、手、足が4本ずつというのは、もともと双子として産まれてくるはずだったのが、お腹の中で一人は育たず、一人の身体にもう一人の身体の一部がくっついて産まれてきたという事が分かりました。
やはり手、足を分離しないと行く末は命に危険があるということで、その外科医は手術費、その他の治療費は全て病院で負担するから手術をしたいと申し出ました。
しかしラクシュミーの両親は、神の化身として産まれてきたとも思っているので、手術を受けさせるべきか否か悩みました。
そして悩んだ末、やはり命に危険があるのならばと手術をお願いすることにしました。
しかし精密検査をすると、腎臓の一つが分離して切り離す側にあることが分かり、それを正常の位置に移植する作業から始めなくてはなりません。そして背骨を切断するので、0.1ミリ単位のところで切断する部分を正しく行わなくては、脊髄に支障をきたし、一生歩けなくなってしまうので、とても高度な精密な手術となることが分かりました。
そこで30人体制で27時間にも及ぶ大手術を行い、手術は見事成功しました。
現在、ラクシュミーは少しずつ自分で歩けるようになってきたということで、障害者の学校に元気で通っているそうです。
その子の命を無償でも助けたいという外科医が現れなければ、現在、ラクシュミーはこの世で笑っていたかどうかは分かりません。
昨年、日本では、妊婦さんが中々、病院に受け入れてもらえない問題が多々ありました。
私の父は、息を引き取る3ヶ月前に、階段の上り下りもろくに出来ない弱った状態でありながら、回復する見込みが立たないということで、かかりつけの大学病院で入院させてもらうことが出来ませんでした。
インドでは、娘の結婚式の為に、どんなにお金のない家庭でも、娘の為に稼ぎ、そして全財産を娘の結婚式に費やすという風潮があります。
インド人の全てそうだとは思いません。そして日本人の全てがそうだとも思いません。
しかし‘まずは我が身を案ずる’という姿勢から少しでも‘他人を案ずる’気持ちを持ちたいものだと思いました。
「親切が最後には勝利する」 ~百瀬博教~