無一文
ついに無一文になってしまいました。
財布を盗まれ、新しく購入したノートPCも盗まれ、大事にしている手帳もない、
所有する物全てが盗まれて、警察に行く交通費もない、
途方にくれた私でした。
これ全部今日の夢の中の出来事。
いや~愕然としましたね。
それでも夢の中で、この状況でも前向きに考えなくちゃなどと思いながらも、
周りの対応が非常に冷たく、沈みがちなまま結末を迎えず起きてしまいました。
夢で結末を迎えたことはない、なぜだろう?
それよりも実際、無一文になったらどうなるんだろう?
インドのスヴァーミ(お坊さん)は、
収入が全くないため、盗まれる物もないのだろうが、
無一文になってもびくともしないだろう。
(まあそれでも生きていける社会になっているのだが)
物欲がないからというよりも、お金を持てないから自然に物欲もなくなる。
そうなるとお金に関する将来的不安はない。
日本の成人の多くの悩みが、なんらかでお金が絡んでいる。
無一文で暮らせる人生の方が幸せなのか?
でも何か憧れの物を遂に手に入れた時の喜び、
美味しい物を食べた時の喜び、
それがなくなるのは何とも寂しい。
けれどその喜びの裏には必ず不安が付きまとうのだ。
表裏一体。
ヨーガでは欲が残っているようでは最終目的には到達出来ぬと説かれる。
厳しいものだ。
スヴァーミの人生がいいのか、日本での人生がいいのか、それは人それぞれ。
私は苦労してでも今の人生を楽しむようにしようと今は思っています。
無一文、夢でよかった。
ちなみに写真はたまたま見つけた無一文の文字のお店の看板。
