成功とは(2)
昨日の‘バガヴァッド・ギーター’の講義後に改めて‘行為’と‘成功’について考えてみた。
ギーターには
‘行為は無私、無欲でありなさい’
との崇高な教えが繰り返し説かれている。
無私、無欲というのは感情をなくして行為を行えということでなく、
自分の為に行為を行うのではなく、自分以外のものの為に行為をしろということだ。
行為の見返りを考えるな、そしてただ行為そのものに専心しろと。
アンソニー・ロビンズ氏の
‘成功とは、少しでも高みに登ろうと努力を怠らないことだ。
到達すべき目的地ではなく、前進し続けるプロセスなのだ’
という言葉を‘成功は過程である’とそのまま捉えてしまうのは間違いではないかと思った。
行為には必ず目的が伴う。目的がなければ行為は存在しない。
その目的に達成してこそやはり成功なのではないか?
ただここで見落としてはいけないのは、
目的に達成するまでの過程にそれに向かっての専心、
努力なしではその地点に到達出来ないというのが、
ロビンズ氏の本意なのだと思う。
高みのある目標があればこそより質の高い行為が実現される。
成功において大事なのは、
*はっきりとイメージした目標をもて
*その目標に専心し、到達する為に弛まない努力をせよ
ということだ。
その目標に到達したらそこがゴールなのではなく、
通過地点なのだから、途中結果で一喜一憂することなくひたすら努力せよ。
途中でやめてしまったならば、終わりなき道のりを外れることになるのだからそれが失敗なのだと。
ただ途中で一休みするのは失敗でもなんでもない。
道は果てしなく続くのだから、現在目に見えて成功していると思える人は、
そのお休みの時間が短く専心努力し続けているのだ。
だから目標に向かって努力するものは誰もが成功者なんだとロビンズ氏は語ったのだろう。
何千年もの前にインドで神の言葉として説かれたギーターの崇高な教えを
現代でも同じことを語る人はいるのだと思うと、現在もいい時代だ。
行為と成功、とてもいい勉強になった。
そして自分にはまだ全然努力が足りていないのだということを改めて気づいた。
