昼過ぎに有頂天の久保くんから PCM(元)社長の江口さんが亡くなられたとの一報を頂いた。
直後から、頭に思い浮かぶ限りの関係者にメールを入れ、ひと段落着いた時点でRYDERSのJ・OHNOに電話を入れた。
お互い、江口さんの思い出を語り出したら止まらなくなり、気がつけば2時間が経っていた。
次に 式典がある場合に備えて、メッセ経由でMAGNETSの田中くんに連絡を取ろうと、ツイッターを開くと、既にタイムラインにはKERAを筆頭としたPCM勢のお悔やみ記事が並んでいた。
知る限り、皆、美辞麗句で送るのが こそばゆいタイプなので、忌憚無き回想で綴られていて‥「問題多き人物だったけれど、魅力的だった。」的一文が必ず何処かに盛り込まれている。(苦笑)
確かに、当時から"江口と言えば大風呂敷"と揶揄される程度には(笑)、海のものとも山のものともつかない幻想を、"然もありなん"と、錯覚? いや、確信させる能力があった。
この際、現世で企てられるもの全ての結果が"良好"と決まっていればイイのだが、流石にソレは無理な相談で、関わったタイミングが悪かった人には、奔放で無責任な仕切り人に見えていたのかも知れない。
ただ、俺の記憶には そんなマイナスイメージが一切ないのだ。今までも、当時を知る人間から「エグっつぁんだからねぇー?!」と、半ば諦め口調の同意を求められては、返答に窮する場面が何度もあった。
俺が、もう一人の憧れの"社長"であるトライアングル・プロダクションの藤田さんに旅立ちを懇願した理由は、全権を掌握する彼のもとでは"憧れ"を超えられないと悟ったからで、その時 欲したものを全部与えてくれたのが、江口さんだったからだ。
前述のように、人によっては無責任と評する"やりっ放し"感も‥散々 江口節を吹いた後で「ホラ、ゲンちゃんやっちゃいなよ?!」と丸投げされる瞬間に感じるのは、「お墨付きーっ!」でしかなかったし、何より、途中で四の五の言わない(多分、面倒臭かっただけだと思うが・笑)ので、俺自身が全てジャッジして全て遂行してから、結果としての作品を渡したり、ライヴ観覧を促したりするだけで事足りた。
俺にとっては、ある時は大の字で寝転び、またある時はゴロンゴロンと好き勝手に暴れられる空間を、得意技"風呂敷広げ"で確保してくれる最高の"社長"だったのだ。
何で、突然、アメブロを復活させたのか?不思議に思われる方も居ることだろう。。
実は6月の頭に真由子と二年半ぶりの仲直りをした。その前日に、MAGNETSの田中くんがTwitter上で俺を見つけてくれて、20年ぶり位の直接交流が始まっていたので、「繋がる時はホント連鎖するナァ?!」などと、不覚にもアンチ🖕運命論者の俺がソノ存在を肯定しかけていた。(笑)
そして迎えた一昨日、真由子のスケジュールの合間を縫って対面‥運動会の号砲そっちのけで語り尽くせぬ思いを交換して失った時間を埋めた。明けて昨日は、何度夢に出て来たか分からない(笑)彼女の子息と再会し、突然の別離を詫びた。
「そんな"連鎖"のオチがコレかよっ!」
本当は、ある時点から私闘に陥っていた事象を今更「仲直りしましたー♪」なんてダセー事したくねーよ。と思っていたので、敢えて公用の言葉にしようとは思っていなかったのだけれど、この連鎖(勝手な思い込みだとは解っているが)に意味を持たせない限り、やり切れない気持ちに押し潰されそうで、今、コレを書いている。
「ホレ、ゲンちゃん、開けといてやったから好きにやってみな?!」ですか?コレ!? 江口さん。
ありがとうございました。
安らかに。