最近はノーベル賞発表の時期なので、昔学術界で働いた私にとって少々感慨深い時期ですw
なので、今回は今までの流れと違って、子育てに関する話ではなく、
自分学術界で働いた時の感想について話します。
私は博士号取得後、日本の学術界で8年間ほど働きました。
そのうち、4年間はとある旧帝大で研究員として働いて、
その後の4年間は別の旧帝大で教員として働きました。
数年前は民間企業に転職しましたが、日本の学術界について感じていることが多いので、
ここで自分の感想を少しずつ記録します。
近年、日本の学術界がかなり厳しい状況になっています。
これは私の感想だけでなく、複数のノーベル賞受賞者からも同じような声があげています。
私がいたときから、すでに大学運営費も博士課程に進学しようとする学生の数も年々落ちていて、
どの国際ランキングから見ても、日本の科学研究のパフォーマンスが年々落ちてました。
このトレンドを挽回すべく、数少ない日本の大学は「国際化」することに着目しました。
その理由は、多くの「大学ランキング」は国際化指標を重視するからです。
大学の「国際化」を進めるためには、教員組成を多国籍化する必要があります。
私もその恩恵を受けて、日本では有名と言える大学の教員になれましたが、
実際入って感じたのは、日本の大学が求めていたのは「国際化の指標」の改善であり、
真の「国際化」と言えるかについてだいぶ疑問を持ちましたw
(今どうなっているかはわかりませんが、おそらくまたそこまで変わっていないと思いますw)
というのも、私が大学にいたときには「任期ありのポスト」だったため、
よく聞かれるのは「いつ台湾に戻って(任期なしの)先生になるの?」という質問ですw
周りを見ても、外国人教員のほとんどは「任期ありのポスト」に就いてて、
「任期なしのポスト」にいる外国人教員の比率が圧倒的に少ないです。
あったとしても、その半分以上は海外の有名な教授を高給で引き抜いた結果です。
なので、日本の大学の「大量の外国人任期あり教員を雇い、
教員組成の国際化指標をよくする」戦略は丸見えですw
もちろん、「国際化」=「科学研究が強い」わけではありません。
ただ、もし日本の大学もそのように考えているのであれば、
そもそも私みたいな「本当はいらない外国人教員」を大量に任期ありの形で雇う必要がありません。
日本の大学のやり方ではあまりにも国際化「指標の改善」に集中しすぎている気がします。
これもアジア人の共通の問題点かもしれませんが、
みんな小さい頃から「成績」という指標でしか人を評価しないので、
大人になっても、何でもとにかく「指標の改善」を主要目的とします。
「指標の改善」を主要目的にすると、「ルールを作る側」には永遠に勝てません。
例えば、大学の主要な世界ランキングを見ても、
イギリスが作ったランキングは常にイギリスの学校が一位に入っていますが、
ほかはアメリカの大学が一位を取ることが多いです。
指標の改善より、より抜本的な改革がないと、
日本の科学研究の全体パフォーマンスは下がる一方だと思います。
(抜本的な改革と言っても、まずは大学運営費を拡充からと思いますがw)
日本に住んでいる住民として、日本の学術界のこれからの発展も応援したいです。
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昔大学の宣伝のために撮った写真です。
最後は確かに使われなかったと思いますw
