かなり、久しぶりの書き込み


さて、

全国各地で行われているサケの稚魚放流も

今週あたりが 最後になるようです。


私達の放流したサケも徐々に下流へ

移動していることだろう。



稚魚放流を行った烏川和田橋付近では、

土手沿いのJC並木 桜満開につき

本日 満員大御礼の状態・・・・

そして、川を眺める 観音山も大変な盛況。

17号から左折、聖石橋が午前中から渋滞。

こんなこともあるんだなぁと 観光要素の再確認。



サケの生涯カレンダー(4月)に

「“長男 小学校入学”

毎日アホ語録、満載」と書き込んだ。


私、準備やら何やらで 入学式当日

子ども達とは学校で言葉を交わすことが出来ず。

でも入学式ではPTA会長として祝辞を行ったんです。


にもかかわらず、長男は学校の帰り道で、

「今日パパ来なかったね・・・・」だって。。


えっ!! 天才すぎるだろオマエ。。


子どもの成長は とても楽しい(;^_^A


サケの長旅と自分の日常を重ねあわせ、

3年間のカレンダーを落書きで満開にしよう。



「ぼくらのサケを育てる会」では

12月に 卵を配布しておりますが、

この“発眼卵”を配布前日に購入してきます。


もちろん、随分前から 予約を入れなければなりません。

この日までに、なんとかして 購入費用の工面をし、

安心して、予約を入れます。



サケは、生まれた川に戻ってくると言います。


現在、多くのサケが利根川水系烏川にも

遡上していますが、ハテサテ 本当に放流したサケなの?

って、不安になることもありますよね。

私は 数年前に育てたサケが 戻ってきていると

信じているのですが、


研究者のなかには、“産まれた川”に戻る為、

採卵し、孵化させたものなどは、

親サケが遡上した川に戻る と発表している人もいるようです。


となると、私たちが購入してきている この卵が

どこで産まれたものなのかが、気になる。


前に、利根川のものではない。と聞いたことがある。

詳しくは知らない。


現在、水産試験場が行っている放流は、

利根大堰へ戻ってきたサケから 卵を採り、

いろいろとして、孵化~放流という流れで、

まさしく、利根のサケである。


サケは勝手に捕ってはならないので、

県知事許可のもとで、上記作業が行われているのだろう。



自然産卵・自然孵化が烏川で多く見られには、

まだまだ厳しい環境のようです。

それならば、なんとか烏川に戻ったサケの卵から孵化、

飼育、放流ができないものかと考える。




余談。

一昨日、過酷な状況でも数年生き続けた ヒメダカが

死んだ。 ヒメダカの寿命を考えれば長生きだったようで、

人間で言うところの 老衰なのだろうか。

ここ数日、

気温の変化が著しくて体温調整ができなかったのか?


人間も老いると、体温調節ができず

家のしかも ふとんのなかでさえ、体温がスーッと

下がり続けるらしい。





最後に更新した10日から、

ネット環境がとことん調子悪く、

やっと ログインすることができるように復旧しました。



コメントもいただきながら、お返事もできずに

やきもきしていました。



ぼくらのサケを育てる会の活動は

 ①サケの卵の配布 12月

 ②サケの稚魚放流事業 3月

 ③サケの遡上調査 11月 

 が主な活動の流れです。 



できるだけ多くの 子どもたちに上記の体験の場を

提供したいと思います。



①の卵配布は、


高崎の「もてなし広場」で行っています。

だいたい12月の第二月曜日の13時から15時ですね。


広報たかさきをはじめ いくつかの広報誌に配布告知を

してもらいますので、目にする方もいらっしゃるかもしれません。

また、市内小中学校、幼稚園・保育園にもご案内しています。

学校のように多くの卵を配布するところからは事前に

希望数をお伺いし、用意しておきます。

それ以外の個人には その場で希望数をお聞きして、

全体の数量バランスを見ながら お配りしています。

その際に、飼育マニュアルとエサを一緒にお渡しします。


地域のなかで、興味のある方に 告知が届かない(;^_^A

かたや、欲しくもないのに学校経由でイクラが来ちゃう(`×´)

なんてこともあるようで・・・・・

かゆいところに手が届くような、情報発信が目標です。


私達、青年会議所の運動は

周りに参加を強制できるようなものではありません。


「池に向かって、小石を投げ続ける。

   その波紋が拡がることを願って・・・・・」

先輩が こんなことを言っていたのを思い出します。

また、別の先輩は、

「会議室のイス片付け。

会議が終わるとイスやテーブルを片付ける。

率先して動く人、あるいはテキパキと指示を出せる人、

反面 素知らぬ顔で会場をあとにする人。

そして、声をかければ 協力してくれる人。

JCの事業で、できることは この層の方々に

わかりやすく声をかけること。」だと。 


私も そう思う。 

協力してくれた方が、今度はとなりの人に声を

かけてくれたら、こんなにうれしいことはない。


今回 コメントをいただいたJさんも

以前からメッセージいただいている方々も

周りへ波紋を拡げていただいていることに

感激しています。



放流式典でも 多くの知り合いに会いました。

皆さん 温かい声援を送ってくれるので、

もっと良い事業にしたいと純粋に思います。





現在、活動には 国交省よりの助成金や

市内のライオンズクラブ、ロータリークラブからの寄付と、

高崎青年会議所からの拠出金で賄っています。


卵の購入にも 上記のお金を利用させてもらいます。

今年は6万粒を購入して、配布を致しました。

その年によって、希望数も変動があり、

配布時間内に 残りが無い時もあれば、

担当責任者が最後に1000匹ほど

持ち帰り、家中 水槽だらけになることもある。



学校関係者には 大変なご足労をいただき

このサケの卵配布や飼育に携わっていただいています。

こちらで一方的に拡がりを求めるあまり、

情報が浅くなっていることもあるので、

少しエリアを絞って 密な連携に切り替えることも

考えないといけないでしょうかね。




8日、9日の地元紙 上毛新聞に、

続けてサケの稚魚放流事業が

記事として扱われている。

県内各地で稚魚が泳ぎ出した。



以前、『ぼくらのサケを育てる会』での

烏川和田橋下での一斉放流ではなく、

近所の より身近な川へ放流することについて

書いたことがあります。


9日の記事には、

12月にもてなし広場でお配りした卵を育て、

地元の鮎川へ放流してくれた藤岡市平井小の

児童が写真付で掲載されていた。

しっかりと、「ぼくらのサケを育てる会」の名前も

書いてもらっている。

サケが戻ってくることを信じています。



このサケの稚魚放流事業は

拡がりをみせているようにも思われるが、

実際のところ どうなんだろうか??


以前に比べ、

家庭での飼育は減っているとも聞く。

5~6粒の卵を育てるのは難しく、

学校の水槽で、飼育係(?)や

“熱心”な先生が中心となるパターンかな?


すると、放流も学校単位で行くのかな?

土曜日は学校も休みだし、

 平日の放課後などもあるのかな?










観察するサケがいないので、つまらない。



烏川での一斉放流を土曜日に終え、

「ぼくらのサケを育てる会」では、

またテーブル上での作業が始まった。


お世話になりました団体への報告書の提出、

諸々の反省点や良かった点などを

記憶の新しいうちに まとめておきたい。


そうそう、

昨晩はサケカレンダーに掲載する写真の選定、

そして、更なる校正作業。


写真撮影は“センス”ですなぁ・・・・・・・。


印刷を担当していただく 永沢先輩にも

夜半までお世話になった。


土曜の晩に 東京帰りの 男 が

ひとり、中居の牛丼屋で食事していたことも発覚。

電車組より早かったようだ。


写真を今朝 レイアウトし いよいよ印刷できるものに。

あとは いつものように先輩に無理を言って、

「急ぎで!」だ。