まちのてらこや保育園(東京都中央区) 訪問記
2月20日
翻訳家の星野由美さんより「あたらしい保育園、ご一緒しませんか」とお声掛けいただき、東京都中央区の認可保育園「まちのてらこや保育園」さまを訪問しました。
こちらは〈まちのみんなが先生で、まち全体が保育園〉をコンセプトにした、開かれた保育園とのこと。
私自身、講演や講座で、おもに大人を相手に「発達と絵本」「教育と絵本」といった話をする機会は多いのですが、ちいさな子ども――イベント等のために(読書を目的として)親御さんに連れてこられた子どもではなく、‟ただそこにいる日常の中の子ども”に会える機会はあまりなく、願ってもない機会です。喜んでご一緒させていただきました。
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「子どものやりたいことを中断させない」読み聞かせ
午前10時着。保育の日常におじゃまするということで、大げさなことはもちろんなし。代表の高原友美さま、園長の近藤みさき先生へのご挨拶は手早く済ませ、お散歩に出かける前の2歳児~5歳児(約20名)さんたちにさっそく引き合わせていただきました。絵本を読ませてもらうことになっていました。
せっかく作ったおもちゃは、すぐに崩して解体しなくてもよいことにしているとのこと。
壁にボルダリングが。楽しそう!
読み聞かせの前に、代表高原さまより「うちの園では、もし(子どもに)その時他にやりたいことがあったら、活動をできるだけ止めないようにしています。おもちゃ遊びを続ける子どももあるかもしれませんがご理解ください」と耳打ち。
それは......とてもよいことです!もちろん了承。
こちらからは、2点確認。「持ち時間は何分いただけますか?」「大きい声や音に過敏なお子さんはいませんか?」
突然の訪問者が、外遊びの時間を奪ってはいけません。だれひとりも怖がらせてはなりません。
よし、15分以内です。
星野由美さんと並んで、ご用意いただいた小さな椅子に着席しました。
てんでに遊んでいた子どもたちが、号令をかけられるでもなく、自然と集まってきました。
それぞれに挨拶をし、自己紹介をして
「...というわけで、みなさんと一緒に絵本を読みたいのです。読んでもいいですか?」と尋ねると、「は~い」「いいよ~」と快いお返事がかえってきました。よかった。
絵本をまんなかに(子どもと/つくり手と)出会う
1冊目に読んだのは、こちらです。
☆『おんせんぽかぽか』(パト・メナ 作/星野由美 訳/岩崎書店)
『おんせんぽかぽか』は、チリ生まれスペイン在住の作者が、地獄谷温泉(長野県)の猿に着想を得て描いた絵本。
朝、あたまに雪を被った猿が目を覚まします。
〈むにゃ〉 〈ぱちっ〉 〈くぴー〉
冷えたら温泉に温まりにいきます。
〈すたすた〉〈とっとこ〉〈のっし のっし〉
〈ぽかぽか〉
お腹がすいたら食べます。
また温まります。
〈もぐもぐ〉〈かりかり〉 〈ぽか ぽか〉
うんちして、遊びます。いっぱい遊びます。そして温泉で温まります――
絵とピクトグラム、オノマトペで伝える、ほのぼの幸せなお猿の日常が描き出されます。
おさるさんにつられて、こちらもニコニコ笑顔になれちゃう絵本です。
*
読み聞かせの導入は、手遊び......ではなく、
「日本で山の温泉に猿が入っているのを見たパトさんという人が、びっくりして嬉しくなって、絵本に描いたそうです」
「外国で作られた絵本を、みなさんも読めるように日本語にしてくれたのが、隣にいる星野由美さんです」という超ザックリした著者紹介。
ちょっとむずかしいかな。でもせっかく翻訳者さんが一緒なので!(*^-^*)
つづいて、「山の温泉に猿が入るって!?ほんとうかなあ?・・・あら、ほんとうでした!」と実際の地獄谷温泉の猿の拡大写真を見せると、2歳児さんもふくめみんな興味津々で体を乗り出しました。40の眼がきらきら。
すぐに集中してくれたので、すかさず絵本の世界に入りまーす♪
〈あさです。たいようが のぼってきました。 むにゃ ぱちっ くぴー〉......
子どもの思い・言葉を引き出す「絵本」
さてさて、
この絵本を読んでいる時に、いったいなにが生まれていたのか?
読みながら、私の耳に聞こえてきた園児のみなさんの声を、ちょっと思い返してみましょう。
~導入時~
「あのね、東武動物公園にも猿がいたよ。マントヒヒっていうの」
「神田明神にもさるがいたよ」
~表紙を見て~
「うふふ なにがはじまるの?」
「なんかおもしろそう」
~木の上で眠る猿の絵を見て~
「あんなとこで寝てるよ」
~♨のピクトグラムを指して(読み手が)「なにを思いついたのかな?」と問いかけると~
「なんか、湯気みたいなのじゃない?」
「ぼくもうわかった」
「おふろ」
「じゃなくて、おんせんだ」
~各ページの絵を見て~
「うさぎさん、いた」
「あかちゃん、おんぶしてる」
「ブルーベリーじゃない?」
「さくらんぼかな」
「うんち出たね」
「でんぐりがえし、できるよ」
「おんせん、何回はいるんだよう(笑)」
・・・
この『おんせんぽかぽか』という絵本は、可愛らしい絵と(最小限の)やさしい言葉であらわされた世界に、オノマトペとピクトグラムが織り交ぜられた作品です。
絵本に盛り込まれる情報量は、けっして多くはありません。
絵も、言葉も、オノマトペも、ピクトグラムも、登場人物も、ぐぐっと絞り込んだ分量で差し出されます。
(もちろんページごとにひそやかな発見、ゆかいな仕掛けは盛り込みつつ。)
それはおそらく、
ちいさな子どもの思いや言葉が生まれるところに、作者のパト・メナさんが、それにふさわしい余白と時間をあたえたかったからなのではないでしょうか。
球数(情報量)を絞りこめば、ちいさな子どものスピードにあわせることができる。
かれらの中にある思いや言葉をゆっくりと引き出すことができる・・・そういう考えのもとに作られた絵本にちがいありません。
わたしはこの日、2~5歳児さんの実際の反応に触れ、このとびきりの発見にワクワクしました!
大きく共鳴し、盛り上がる「絵本」
もう一冊は、同じ「おさるの絵本」でも、子どもたちの違った反応が予想される絵本を選びました。
☆『さるさるおさる』(乾英里子 作/高畠邦夫 絵/金の星社)
オランウータン、クモザル、メガネザル、リスザル.....見開きごとにいろいろな猿、世界の猿が登場するこちらの絵本。
〈さるさるおさる あなたは だあれ?〉
〈おら ウータン オランウータン〉
この絵本の魅力は、ダイナミックでユニークな猿の絵を眺めながら、心地よいリズムと言葉あそびが楽しめるところ。
とくにちいさな子どもは聴覚から発達しますから、「耳が心地よい」「耳が楽しい」絵本というのは、非常に快い体験です。
その心地よさをお友だちと一緒に感じ、共鳴し、自分でもちょっと声に出してみる。
聞こえてくる。嬉しい!楽しい!という体験が、見開きごとに繰り返されます。
リズミカルな調子で書かれていますから、心だけでなく体も弾みます。
共鳴して盛り上がる絵本ですね。
さらにこの日は、絵本に登場する「はじめてみる猿」「見たことがある猿」「今度見てみたい猿」との新鮮な出会い、好奇心への刺激が、その後の(お出かけ支度をしながらの)お喋り――絵本を指差したり、上着に描かれたほかの動物と関連付けをして話す子どもたちの様子から見て取れました。
読むこと、その入口にある「絵本」
『おんせんぽかぽか』と『さるさるおさる』、2冊の絵本をまちのてらこや保育園のみなさんの前で読み比べてみて、そのきらめくような反応に触れ、あらためて絵本の力を感じた次第です。
子どもが絵本の世界で遊ぶ楽しい時間、その中で、それぞれの作品がみせるそれぞれの力――。
読むことはたのしい
読むことは思うこと
言葉をつくる場所
仲間と共鳴する場所
ひとりで/ともだちと/大人と/登場人物と遊ぶ場所
好奇心のきっかけ
......
こうして書き出すまでもなく、目の前にいる子どもたちが、都度しっかり教えてくれますね。
まちのてらこや保育園の挑戦
まちのてらこや保育園、園児のみなさんは、突然の訪問者にも興味津々。目を輝かせ、素直なリアクションをたくさん見せてくれました。
ちょこっとおじゃました1歳児さんのクラスでも、お気に入りの絵本を「よんで」と差し出す子、途中から楽しげに加わってくる子、「ゆうびんしゃ」を知っている子どもたち(!)...と、私にとっては新鮮な発見がたくさんありました。
園で見たどの子どももたいへん落ち着いており、
(高原様よりお話しいただきました)体育や英会話等の
でも、そのサポートする大人の胆力こそが、子どもたちを健やかに育む秘訣なのだなと感じ入りました。
まちのてらこや保育園の皆さま、先生方、ありがとうございました!(星野由美さんにも感謝!)
またぜひ、一緒に絵本を読みましょう。
絵本コーディネーター東條知美