2024.1.6
こんにちは。活動開始から14年、「読んでたのしい」「眼と心がよろこぶ」「子育てが楽しくなる」「個と社会をみつめる」......様々な視座に立ち皆様に絵本の情報・その魅力をお届けしております、絵本コーディネーターの東條知美と申します。
【2023年の絵本】は、2023年に出会った新刊絵本の中から、東條が「繰り返し読みたい」「贈りたい」作品に的を当て、絞り込んだものです。ぜひお手に取ってお読みいただければと思います。
皆さまと絵本の素敵な出会い、その一助となれましたら幸いです。
絵本コーディネーター東條知美
※選出に関しましては、絵本コーディネーター東條知美個人の趣味・嗜好・経験その他が色濃く反映されておりますことをご了承下さい。
また、いかなる賄賂・脅迫・圧力も受けておらず、いかなる気遣いや義理立てもございません。純度100%です。ご承知置き下さい。
※予算・体力・運命の悪戯等により、東條が出会えていない絵本が他にもまだまだたくさんありますことをご承知置き下さい。
【東條絵本大賞 2023】
2冊目
~ 歓びをうたい、問いかける絵本 ~
パパはたいちょうさん わたしはガイドさん
ゴンサロ・モウレ 作/マリア・ヒロン 絵/
星野由美 訳
(PHP研究所)
【あらすじ】
主人公は、視覚障がいをもつ父と娘。父親は全盲で、娘の方は「すこしみえる」と記されています。
この親子は、毎日の通学を「探検」と呼び、想像世界を楽しみながら歩くのを習慣にしています。
父は探検隊の「たいちょうさん」で娘は「ガイドさん」です。
光と影と音・・・(想像上の)ジャングルを、慎重に、時に大胆に、手を繋いで進んで行きます。
行き交う車は「ジャガー」や「パンダ」、横断歩道は大きな河です。危ないので、急いで渡ったりなんてできません。その代わり、雑踏のざわめきをオウムに例えて話す父との時間を、無事渡り終えるまでのドキドキ感を、娘は心から楽しんでいます。
すれ違う男の背中に漂う哀しみ……その気配を察することのできる全盲の父を、娘は尊敬しています。
わたしの めは かすかに みえるけれど、パパの めは みえない。
でもね、パパは わたしより、ううん このせかいの だれよりも ずっと、たくさんの ものを みてる。――
【東條コメント】
親子の歓びと愛、イマジネーションがあふれ出す世界。
「見ることができない」この父と娘は、どんなに豊かな世界を見ていることでしょう。
行き交う車の屋根には、パンダ、ライオン、大きな蝶やカタツムリが笑顔で乗っています。
地面に杖を叩きながらパパは歌います。娘はそれにあわせてステップを踏み踊ります。
スペインの日差し、人々の陽気さ......そんな明るい雰囲気を感じる一方で、父親の背に一瞬よぎる哀しみの影が忘れられない作品でもあります。この父親はがんばっている。でも、もしかしたら、順風満帆とはいえないのかもしれません。
娘の一人語りから成るこの絵本には、「だいじょうぶ」という言葉が2度出てきますが、私にはこの言葉が、彼女の祈りのようにも感じられました。
また、父娘の関係も(そう遠くない日に手を繋がなくなるでしょうし)刻々と変化していく・・・と思ったら、豊かな想像世界や、ふたりの時間が一層きらめいて感じられるのでした。
きっと、世界中のどの親子も同じですね。
親子の宝物の時間が、ここにはあります。
今年4月、私たちの住む日本では、改正障害者差別解消法が施行され、事業者の合理的配慮提供が法的に義務化されます。
“配慮”という言葉を聞くと、思いやりの行為と思われがちですが、そうではありません。そもそもの機会の不平等を正そうということです。
この絵本に出てくるような人々が、「探検」を当たり前に、より安全に楽しめる環境が増えますように。
多様な人々が暮らすこの街で、互いがレッテルを貼りあうことなく、一人一人の思い、そこにある歓びや幸せを尊重できますように。
近年、子どもの本に描かれる人物像やテーマも多様化してきていますが、マイノリティの人々が主人公となる作品は、まだまだ海外における良作が圧倒的に多い印象です。
こちらの絵本は、お子さまには、明るい色彩で描かれた動物や草花、時折出てくる数字が楽しい一冊になるでしょう。(全ページにひょっこり現れるちいさなウサギを探すのも楽しいですよ♪)
大人には、美しい絵と言葉をゆったりと味わいながら、個や社会の課題、幸福に思いを馳せるひと時となるはずです。
作者のゴンサロ・モウレは、1951年バレンシア生まれのジャーナリスト、作家。様々な社会問題をテーマに掲げた作品を手がけています。
画家のマリア・ヒロンは、1983年バルセロナ生まれ。視覚障がいをもつ子どもから見た現実を若干淡い色調で描き出すことで、想像世界に現れる色鮮やかな鳥、動物たちとのコントラストを巧みに表現しています。
訳者の星野由美はスペイン語圏の本の翻訳家。こちらの原書と出会い、「訳さなかったらきっと一生後悔する」と思ったそうです。親子の会話は自然でリズミカルです。むだのない訳文から、かれらの阿吽の呼吸が伝わってきます。
本書は、優れたスペイン語の児童書を選出し賞を贈る「クアトロガトス財団賞」2021年受賞作品でもあります。
☆『パパはたいちょうさん わたしはガイドさん』:出版社ページはこちら
絵本コーディネーター東條知美