2021.12.23

TOJO絵本大賞 2021


こんにちは。今年、活動開始から11周年を迎えました、絵本コーディネーターの東條知美です。

「TOJO絵本大賞 2021」は、東條が2021年に出会った新刊絵本の中から、‘’この絵本が好き!” “ぜひみなさんにも読んでもらいたい!”…とお伝えせずにいられなかった作品を、冊数制限を設けずに選び出したものです。その結果、2021年は受賞作が18点(!)にまでのぼりました。それぞれに魅力あふれる作品であり順位がどうしてもつけられません。だからつけません。
皆さまと絵本のよき出会いの一助となれましたら幸いです。

部門賞として「エンパワーメント絵本部門」「親子で読みたい絵本部門」「心によりそう絵本部門」「アーティスティック絵本部門」を設けました。

来年以降もこれを続けていくのかどうかは未定ですが、こうして何らかの方法で創り手のみなさまに拍手を贈り、感動をありがとう!とお伝えできたらいいなと思います。

子どもに絵本を。大人にこそ絵本を。

いやあ、絵本ってほんとうにいいものですね。


※2020年10月以降に発売された作品が対象です。(コロナ禍でたいへんでしたし。)

選出に関しましては、絵本コーディネーター東條知美個人の趣味・嗜好・経験その他が色濃く反映されておりますことをご了承下さい。また、選出においてはいかなる賄賂・脅迫・圧力も受けておらず、いかなる気遣いや義理立てもございません。純度100%ゆえに余計ビクビクしながら発表しておりますことをくれぐれもご承知置き下さい。

予算・体力・運命の悪戯等により、東條が出会えていない絵本が他にもまだたくさんありますことをご承知置き下さい。


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アーティスティック絵本部門



音楽、映画、絵画などすぐれた(芸術)表現に触れたとき、心が揺さぶられ感動したという経験が、誰しも一度はあると思います。

絵本もまた、そのひとつです。

向かい合う2ページの提示、紙をめくる連続性のドラマ。
絵本は(基本的に)紙でとじられた世界です。
けれどもその絵が、言葉が、余白が、デザインが、一体となり素晴らしい仕事をなしとげる時、絵本は、読み手のイメージをどこまでも拡げる「奇跡の一冊」となりうるのです。


👑『王さまのお菓子』
石井睦美/くらはしれい(世界文化社)

【東條コメント】

「ガレット・デ・ロワ」とは、 「王様のお菓子」という意味。新年のお祝いに食べられるフランスの伝統菓子です。

中にはフェーブと呼ばれる小さな陶器が入っていて、切り分けたときにそれが当たった人は王冠をかぶり、「王様」「女王様」として皆からたくさんの祝福を受け、その一年を幸せに過ごせると言われています。

こちらは、そのお人形の目線で語られる物語。

人形は、母親が病気の間よその家に預けられている、少女(ベル)に思いを馳せます。

〈どうか ベルに あたりますように。〉……


サクサクと香ばしい、お菓子の甘い匂いや食感を想起させる絵。

「ガレット・デ・ロワ」を知っている人も、まだ知らない人も、「近所に売っているお店はあるかしら」と思わず探してみたくなるのではないでしょうか。


きれいなマカロン色の表紙カバーをめくると、(あっ!)少しだけ絵柄を変えた表紙絵が現れます。

はじめと終わりに入れられたパラフィン紙は、まるで上等なお菓子の包み紙のよう。

帯に目やると…切り口が王冠のギザギザ!

絵本に巻かれた帯を身に着けることができるのですね。それぞれの家でプリンス、プリンセスの喜ぶ顔が目に浮かびます。

絵本をめいっぱい素敵に仕上げてくれた制作陣に、大きな拍手を送ります!


ドラマティックでどこか品の漂う石井睦美さんの文章。くらはしれいさんの絵がぴたっとはまって…「かわいくて素敵なものが好き」なわたしたちを満たしてくれる絵本です。


だれかを想い、幸せを願う季節に。

贈り物にもおすすめです。



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👑『おひさまわらった』

きくちちき(JULA出版局)


【東條コメント】

冴え渡る青空の下、満たされて微笑む子ども。
光の扉を開いて、羽ばたくてんとう虫についていくと、そこには……

圧倒的なエネルギー!!

「原始の歓び」がそこかしこにあふれています。絵本からこぼれ出しそうです。

音 匂い 足の裏の感触 手の感触
知っているものの気配 知らないものの気配……
すべてがここにあります。
豊かな色彩の中で蠢いています。
虫、花、かえる、鳥、木、風、水、土……
世界とわたしとみんなが、一体になります。
いまさら「アニミズム」という言葉は必要ないのかもしれません。
たしかにわたしもこの自然の一部だったと、ふしぎな懐かしさすら感じられます。

『おひさまわらった』は、子どもが得意とするところの「絵本との一体感」「絵本に入りこむトリップ感」を、大人だって味わうことができるんだよと、あらためて私に教えてくれました。

描き分けの木版画で制作されたこちらの絵本。
担当編集者・北尾さんに伺いました。
(以下、北尾さんの談)

描き分け版の強みは、選んだ4つの色を濁りなく出すことができることです。
たとえば、空の青い色は、この絵本では、この色1色で刷られていますが、4色印刷だと、青(C)と黄(Y)を微妙に掛け合わせた色になり、こんなに澄み切った色にならないんです。花の色もそうです。
そして、決めた色を4つしか使わずに刷ることで、色がテーマ性を持ちます。
作者のきくちちきさんは、子どもが自分の内面に向かっている場面は色数を絞り(黒と青)、物語の盛り上がりに合わせて色を重ねていき、4つの色が鮮やかに重なりあったところで、おひさまを赤と黄だけで表現するという、色の見せ方のくふうをされています。
描き分け版は何度かやってこられた作者ですが、木版画の場合、刷ってみないとわかりません。版木100枚は彫ったと言っておられました。」

〈おひさまが わらった〉

そのあたたかさを、眩しさを、「生命賛歌」を、
ぜひ、その目でたしかめてください。


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👑『てがみがきたなきしししし』
網代幸介(ミシマ社)

【東條コメント】

「古代文明やヨーロッパ中世に描かれた遺物や神話、寓話などから影響を受け、想像上の人や動物を」絵画を中心に描いてきたという網代幸介。「美術手帖」 紹介文より引用)

郵便配達員が手紙を届けに来たのは、古い大きなお屋敷です。燈台の灯が小さくぼんやりと壁を照らしますが、それ以外は真っ暗。神話に出てきそうな像がそこかしこに置かれています。屋敷を満たすのは、この世のものではない者たちが無数に蠢く気配。

〈きしししし〉

〈まちにまった てがみがきた〉……
 
階上では宴会の真っ最中。
飲めや歌えやの饗宴をくぐり抜け、郵便配達員は進みます。屋敷の主に手紙を届けるために……。

〈ぶしししし〉〈ぐしししし〉
耳の奥に響く声。
こんな悪夢からは早く目醒めたいのに、心のどこかでは、こんなにも無邪気で楽しげな(邪気しかなさそうなのに)、祝祭の饗宴(狂宴)ならば、もう巻き込まれたってかまわない!と思えてしまうのです……あぶない あぶない。

扉を開いて、あなたもこのお屋敷を訪ねてみませんか。
きしししし



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👑『ぼくは川のように話す』
ジョーダン・スコット/シドニー・スミス/原田勝(偕成社)

【東條コメント】
〈泣いてしまいそうなときは、
このことばを思いだそう。
―― ぼくは川のように話す。〉

主人公は、吃音を(口の中に根っこが張り巡らされたように)苦しく感じている少年。彼が自身を(岩にぶつかり渦を巻きながら、やがてゆっくりと広がっていく)「川のイメージ」と重ねあわせることで、回復し、立ち上がってゆく物語。

この表紙を少し離れた場所から見た人が「写真絵本?」と呟きました。写真に似せた表現が用いられているわけではないのですが、光と影を描き出す巧みのなせる技でしょう。一瞬をとらえて弾ける飛沫。

高い芸術性で普遍のテーマを描く傑作です。
力いっぱいに書かれた(表紙の)タイトル文字は、荒井良二によるもの。

最初の数ページ、うまく話せないために一日中「ことば」に支配されている少年の姿は、歪んだ筆致、合わない焦点といったかたちで表現されています。
心的イメージは、後に父親に連れられて行った川の流れに共鳴し、やがておだやかに凪ぎ、落ち着いていきます。

響きあう「少年」と「川」。

吃音を持つ人に限りません。うまく話せない、口ごもってしまう、黙り込んでしまう…そんな「言葉が出てこない」状況、逃げ出したくなるような場面は、誰にでもあるのではないでしょうか。

自然が我々にもたらす癒やしと回復、イメージの大いなる力を思わずにいられません。

カナダの画家ジョーダン・スコットと(同じくカナダの)画家シドニー・スミスは、こちらの原書『I TALK LIKE A REVER』で、ニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞を受賞しています。
日本語版は、登場人物の微細な心の動きを捉え、全体としての叙情性を零すことなくすくい上げる…原田勝による名人芸です。

すばらしい絵本。