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心によりそう絵本部門
絵本は誰のもの?という議論が(SNS等で)時折思い出したようにおこりますが、絵本は、赤ちゃんからお年寄りまですべて「わたしたち」のものです。そんな中、経験と年齢を重ねたおとなだからこそ、その心にとくに響いてくる作品と出会えることがあります。
疲れた心に爽やかな風を運び込む...さみしさを癒す...たいへんな子育てを励ましてくれる......
かたわらにそっと置きたい、「心に寄り添う絵本」を5冊選びました。
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👑『みちとなつ』
杉田比呂美(福音館書店)
【東條コメント】
子どもの頃の私はいつも、"誰か"と出会える予感にわくわくしていました。田舎町の狭い世界に生きる子どもだったから、余計にそんな風だったのかもしれません。
この絵本を読んで、おとなだって「まだ見ぬ友だち」を待ち続けてもいいんじゃない…?と、そう思えるようになりました。
都会に暮らす「みち」と海辺の町に暮らす「なつ」。ふたりの様子を交互に映し出す形で、物語は展開していきます。
見た目も家族構成も好きな遊びも異なる、対称的なふたりの少女。
遠く離れたふたりですが、「きれいな石集め」という共通の趣味がありました。
ある夏の日、ふたりは偶然の出会いを果たします――。
出会いは奇跡みたいな偶然。
静かにおだやかに…ふたりの時間が重なり合っていきます。
まぶしい海、灼ける砂浜、遠くに見える灯台、まっすぐにのびる水平線……。
杉田比呂美の描く「ガールミーツガール」の世界。
おとなになる一歩手前の彼女たちに宿る"イノセンス"と、胸にせつなくよみがえるあの夏の面影。
懐かしいみちに、未だ見ぬなつに、「きれいな丸い石を集めているよ。わたしも」と小さく心で呟きました。
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👑『海のアトリエ』
堀川理万子(偕成社)
【東條コメント】
〈だれでもみんな、心の中は自由だから。それをそのまま、描いちゃえばいいのよ。どんなふうにだっていいのよ〉…
おばあちゃんの子どもの頃の思い出。学校に行けなかった頃のお話。
遠い日、海辺の町に住む絵描きさんの家に預けられた6日間を描く物語です。
海と絵描きさんと、少女の日々がアルバムをめくるように描き出されます。
絵を描き始めると夢中になりすぎる人、本棚にあるものはなんでも見ていいと言った…その人(絵描きさん)は、間違いなく少女にとってのキーマン。
自由さと大きさを兼ね備えた、海のような絵描きさんがそばにいてくれたからこそ、少女は回復することができたのではないでしょうか。
海は静かに青く、深く、外へ外へと広がっています。
一方、彼女たちが互いをみつめながら描いた(絵の)顔からは、内へ内へと深く…同様に広がっていくイメージが感じられます。
堀川理万子が(凝りに凝った)ディテールと豊潤なイメージよって伝えたかったのは、やはり、人が人と出会う奇跡、人生のよろこびだったのではないでしょうか。
誰の人生にも港がひつよう。
栞のような一片の思い出、大好きだった人の面影が、わたしたちの航路を支えてくれるのかもしれません。
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👑『ぼくはいしころ』
坂本千明(岩崎書店)
【東條コメント】
最初にこのタイトルを読んだ時、これはどういう意味だろう?と思いました。
〈ぼくはいしころ〉
すると、ページを開いてすぐに、ひとりぼっちの野良猫がこちらを向いて語りかけてくるではありませんか。
〈ぼくも きづけば ポツンとひとり
じっとだまって ここにいる
だれも それを きにとめない
このいしころと おなじ〉…
野良猫の暮らしといえば、それはそれは厳しいもの。目立たぬように隠れるように、声は体の奥にしまい込んで、たった独りで生きてきた猫。
そんな猫の独白は、かつて(勤務校で)出会った一人の若者の顔を私に思い起こさせました。
彼はいつもふらりとやって来て、達観したような顔で「独りでいい」「独りがいい」と繰り返すのでした。
こわかったことも、寂しかったことも、うまくいかなくて悔しかったことも、お腹を空かせていたことも、
この猫みたいにいつかぜんぶ吐き出して、叫んで、甘えて、誰かに声をかけたりかけられたりしながら生きていてくれたらと思いました。
孤独と解放を描き出す、圧倒的な力。
猫の毛の一本一本まで…紙版画でこれだけ繊細な表現ができるのか!と目を瞠りました。
猫の絵本は数あれど、「絵」と「ことば」が読む者の琴線に触れ、ここまで震わせる作品はあまりないのではないかと思います。
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👑『うちのねこ』
高橋和枝(アリス館)
【東條コメント】
青森で絵本作家の坂本千明さんが保護し、後に(同じく絵本作家の)高橋和枝さんと一緒に暮らすようになったねこ。
『ぼくはいしころ』と『うちのねこ』は、同じ一匹のねこをモデルに描かれた作品です。(出版社は異なりますが、デザイナーはどちらも椎名麻美さん(名人)。文字のフォントをそろえましたね)
誰かと誰かが出会って、寄り添って生きる……
世界のどこかで、今、起きている奇跡を思わずにいられません。
〈ねえ ねこ、こわがらないで。だいじょうぶだよ。〉
和紙の上に墨汁でふんわりと描かれたねこの絵。(カラーの絵は岩絵の具でしょうか。)
「ひとりと一匹」が、時間をかけてやがて「ふたり」になっていく様子が、静かにゆっくりと綴られています。
ねこが可愛くて可愛くて…
かみつかれたり、ひっかかれたりされながらも(されているのは高橋さんですが)やっぱり愛らしい…なんて油断しておりますと、まさか!よもや!!の事件が。
高橋和枝さんにねこ(シノビ)が懐いてくれてほんとうによかった。
ただそばに
ただそこに
いるだけでいいのかもしれない(ねこも人も)…たとえすべてをわかり合えなくても。
素直な思いがわいてくる絵本です。
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👑『わたしたち』
パロマ・バルディビア/星野由美(岩崎書店)
【東條コメント】
〈でも あるひ あなたは とびたってゆく
そうして なりたいあなたになって もどってくるでしょう
そのときは わたしも かわっているかもしれない〉……
チリ発の絵本です。
泣くまいと心を引き締めるも…こみ上げてくる涙を抑えることができませんでした。
愛おしい我が子。けれども、親子の関係が時々で変わってゆくことはこの身をもって知っております。
あんなに可愛かったのに...
私のことが大好きだったのに...
腕の中の甘酸っぱい匂い。
あたたかな季節もあれば、やがて寒々とした季節もやってくるでしょう。
この絵本をめくる時間は、苦しい寂しい季節にある親と子、どちらをも救ってくれるんじゃないかなと思います。
一方でこの作品は、"巡る命"をうたう絵本でもあります。
姿かたちを変えて私たちの命は継がれ、生き続ける……そんなイメージが、可愛らしくシンボリックに描き出されます。
読む人によって、読むときによって、違った思いがわきあがる作品かもしれません。
名作ですね。
また、絵本では(詩のように)言葉がわずかであるほど、抒情性はそのままに別の言語に変える…翻訳の困難を思わずにいられないのですが、
落ち着いた心地よいリズム…
心を揺さぶる間合い…
やわらかな語りの口調...
気がつけばどっぷりと作品の世界に浸っていました。
絵本が「絵」と「言葉」との相互作用の芸術であることを忘れない翻訳家 星野由美による名人芸です。