『雪窓』(安房直子 作/山本孝 絵 2006年 偕成社)



山の麓で『おでん・雪窓』の屋台を出すおやじさん。
屋台の客となり、やがて助手になって働くようになった狸。
そんなある晩、おやじさんの亡き娘によく似た少女が屋台を訪れる。
少女は手袋を片方忘れていって...。

* * * * *

(ここから先、ネタバレを避けたい方はご遠慮ください。)

物語の構成はざっと8つから成る。

①男たちが飲みながら、屋台『おでん・雪窓』のおやじさんと話している。

②冬。気のいい狸の客がやって来てやがて助手になる。おやじさんの心が少しずつ癒されていく。

③ある晩、亡き娘にそっくりな少女が現れ手袋を置き忘れて行く。

④おやじさんと狸は、屋台をひいて少女を探しに行く。
娘を亡くしたあの夜と、同じ山を登っていく。

⑤暗闇の山。途中、天狗や小鬼たちと出会う。屋台をひきながら、娘との日々を思い出すおやじさん。

⑥下り坂で「ひどく気味の悪いもの」の気配。思わず手を離した途端、屋台が坂下へと走り出す。

⑦山向こうのふもと(おそらく、おやじさんがかつて娘と暮らしていた村の入口)まで追いつくと、屋台は無傷。中であの少女が微笑んでいる。
「いらっしゃいまし」
おでんがどっさり煮えている。娘が手袋をはめて「おいでおいで」をすると、四方八方から客が集まってくる。

⑧翌朝。巡査に起こされるおやじさんと狸。夢か?
夕べの売上金がどっさり置かれている。
「あれは、やっぱり」......

***

「あれは、やっぱり、美代だった」

おやじさんによる回想シーンを挟みながら、過去と現在、現実と異境を行きつ戻りつする複雑な構成。
 
安房直子の名ストーリーに、山本孝の絵仕事が見事に応えた。
 
***

山の中
 
気のいい狸
 
わけありのおでん屋台(店主)
 
いたずらっぽく微笑む娘
 
暗闇と灯りのコントラスト ......
 

物語の舞台となる山の深さも静けさも、(屋台で)交わされる人情も、
とくに説明があるわけじゃない。
ページの端々から感じられる。
それがしみじみとせつない。
 
 
風の音も、木の鳴る音も、全部あの子の声に聞こえる。
いつまでも消えない喪き者への思いが、胸に迫ってくる。

数ある安房直子作品の中でも、私はこの『雪窓』が、いちばん好きだと思う。



* * * 

会いたい。

もう会えないなんて。

会いたい。

きっと会いにきてくれる・・・。


『雪窓』は、
わたしのための、
あなたのための、
喪失と再生の物語だ。

 
 
絵本コーディネーター東條知美