◆日常の中にあるちょっとした「異質」を描く
(※太田大八さんの絵本作品『かさ』が好きという話から)
杉田さん:“街の中のはぐれ者”みたいな存在が好きなんです。
ものすごいファンタジーや奇想天外な物語よりも、日常の中のちょっとした「異質なもの」、鉄塔や給水塔なんかにすごく惹かれるんです。
東條:鉄塔や給水塔は、や『五感のピクニック』(文藝春秋)、『風たんてい日記』〈小峰書店)にも描かれていますね。
「詩の絵本」では特に、手触りや温度、風など感覚的なものを敏感に感じとって作品に昇華していらっしゃいます。
杉田さん:『街のいちにち』のときは・・・たとえば街全体を「森」にたとえるとすると、人は「木」。
「12本の木がある森を描く」というイメージ。
「木を見て森を見ず」なんて言葉がありますが、最近になってくると、もうそれが「葉っぱを見て木を見ない」といったふうで・・・なにしろ細かい部分に目が行くようになって。
「ちょっとしたこと」だけが気になる。どんどん近視状態になっているんです。
いまは、「木も見ず葉脈を見ている」(笑)
ときどき訳もなく背中がチクッとするようなことがありますよね。あれ、すごい不思議じゃないですか?「痛点がバグった!」みたいな(笑)
あと、人が何か無心にやっている時に足の指がヘンなふうに曲がっている姿とか…そういうのを見るとハッと嬉しくなっちゃうんです。
だんだんと近視的に、細かい所を面白がるようになってきましたね。
東條:『風たんてい日記』(小峰書店)では、主人公が風を集めます。
ガラスの小瓶に集めた風がずらりと並ぶ場面があるのですが、これもいろいろと細かいですね。例えば「花の風」とひとくくりにしない。
「さくら日和の風」、「ばら園の風」・・・杉田さんらしい細やかさを感じました。
杉田さん:実はこの絵本は裏表紙の絵のコマが「定点観測」になっているんですよ。誰も気づいていないかもしれないんですが(笑)
こんなふうに、細かいことをやったりするのも好きなんです。
東條:定点観測、やっぱりお好きなんですね。
杉田さん:そんなにこだわっているわけではないのですが、いつも歩く道にある一画がある日突然更地になっていたりすると、ビックリしますよね。
そこからまた草が生えてきて、そのうちそこだけ大自然に・・・みたいな変化があったり。
東條:(※『散歩の時間』(晶文社)から「ひとりのじかん」を朗読)
杉田:あれ、不思議なんですけど、みなさんやりますよね。
「マンホールの蓋のところは安全地帯」とか「白い線だけ通って帰る」「落ちたらサメに食われる」とか(笑)
自分だけのルールがあって、学校の帰り道に友達と、あるいはひとりだけでとか…やりましたよね。そんな遊び。
いつの時代も、世代を問わず、みんながやっていたみたい。でもあんまりその話を口にしたり聞いたりしない。
誰にでもある経験だけど、あえて話したこともないようなこと。
東條:たしかにあった、でもその直後にはもうすっかり忘れてしまう…「時間の中に置き去りにした記憶」と再び出会えるんですね、杉田さんの作品を読むと。
不思議で懐かしく、心地よい体験なんです。感覚が呼び起こされます。
杉田さん:「ある、ある!」という感覚なんでしょうね。
東條:「どうして杉田さんは、こんなにも覚えているのだろう?」と驚かされます。
杉田さん:・・・冬とか乾燥する季節に体育座りしてると、鼻の近くにくる(子どもの頃の)自分のヒザから「かわいたたんぱく質」の匂いがしてくる記憶、とか。
ちょっとホコリっぽい匂いも混じって・・・そういうのをすごく覚えています。
子どもって新陳代謝が激しいから。おせんべいみたいな匂い、あれ多分たんぱく質が剥がれている匂いなんですよ(笑)
東條:『五感のピクニック』(文藝春秋)の中に書かれた「記憶のアロマ」という詩に、膝の匂いについて書かれていますね。
冬
ちいさいころ部屋のすみで
座っているときに会った
自分のひざこぞうの上で
乾いた たんぱく質
(※詩「記憶のアロマ」より一部を抜粋)
杉田さん:映画でもそうなんですが、ストーリーは忘れても「あの場面」というシーンは断片的に覚えています。シーンだけ、覚えている。
ひざこぞうの匂いについても、きっとシーンで覚えていたんじゃないかと思います。
◆「色を塗るのは、絶対に昼間です」
東條:杉田さんの一日のスケジュールは、どんなかんじですか?
杉田さん:ものすごく忙しいとき以外は、お昼ごはんを食べてから夕方までが仕事の時間です。午前中は普通に家事をやっていますね。夜は友だちと会ったり、ネットサーフィンをしたり(笑)
東條:夜は仕事をされないんですか?
杉田さん:アイデアを考えたりというのはありますが、(絵の)色を塗るのは絶対に昼間。夜と昼間とでは、色が違っちゃうんです。
感覚が変わっちゃうから。
◆装画や挿絵の仕事
東條:他の人が書いた文章(装画や挿絵)のお仕事では、いつもパッと絵が浮かんできますか?
杉田さん:めったにありませんが、ゲラを読んでまったく絵が思い浮かばないものについては「申し訳ありません」とお断りすることもあります。
だいたいいつも文章を読むと「あ、ここが」…とイメージがわくので、そこに向かって描いているというかんじですね。
東條:これまでに一番ご苦労されたお仕事のタイトルなど伺ってもよろしいですか?
杉田さん:チェコの作家さんでカレル・チャペック。
あの方の作品にはだいたい兄のヨゼフ・チャペックさんが描いているんです。すごく可愛くて素敵な絵です。
そのカレル・チャペックの本の挿絵の仕事『ベスト版 ひとつのポケットから出た話』(晶文社)
このときは困りましたね~(笑)だってすでにヨゼフさんが素晴らしい絵を描かれているから。
でも以前からチャペック作品のファンなので、もちろんお引き受けしました。
◆描いていて楽しいもの
東條:杉田さんご自身が描いていていちばん楽しい、好きなモチーフなどはありますか?
杉田さん:さっきもちらっとお話ししましたが、人が無意識に取っているポーズ…足の形とか、ふっと目を瞑っている姿、髪の毛が風にふわっとなっているところなんかは、描くときに楽しいです。
(物語の)文章に書かれていない「プラスアルファ」を描くことも好きです。
「ここに風を吹かせたいな」とか、ほんとうに内容に関係ないけど給水タンクを描いてみたり。
給水タンクと鉄塔は、しょっちゅう描いてますね(笑)
〈続く〉