ぷちぷちって一般に言われている梱包用品ありますよね。
あれを潰すことによって快感を得ることが出来てストレス軽減って、たまに聞きます。
生後数ヶ月の子に触らしても潰すんですよ。
ぷちいってぎゅっと押さえるんですね。
あと、小さな穴に指を入れたりね。
今日は赤ちゃんの実験から、選択の極論について。
ぬいぐるみ2つを置きます。
1つを嫌いだーって目で見ます。眉間に力を入れて筋肉を硬くする。
もう1つは好きだって目で見ます。目の力を抜く。
んじゃ、何もいってないのに好きだって見つめたほうを取るんです。
赤ちゃん、わかってますよ。
表情で伝えられるんです。伝わってるんです。
赤ちゃんは表情、仕草、泣き声でしかコミュニケーション取れません。
赤ちゃんにことばが通じても、こちらに伝える方法はそれしかないんです。
でも、子供だからって理解してないと思って言葉遣いが酷い親がいてますね。
こどもはわかっています。
それを真似します。学んでしまいます。
おだやかな気持ちから出ていないことばだと、すぐに理解します。
この前、算数が出来ない子を「ボケかお前は!シバくぞ!一年生からやり直せ!」
って罵倒してる親がいました。なんなんやろな。
算数が出来なくてシバかれるなら、あなたは処刑か?
って怖くなったもんな。
自分自身が親に乱暴な言葉で罵られた経験が少ないってことかも知れんけど、それは萎縮するし、それを言われて勉強が楽しくなるとは絶対に思えないねんな。
その子は100×100を200と思ってたみたいやねん。
足し算は出来るけど、記号が理解できてないようやねんな。
で、サッカーをしてるらしい。親が「サッカーやめさせて塾行かすぞボケ」って大声出してたわ。
もう勉強が運動のどっちかをとるしか考えられないねんな。
ほんま極論いってしまう。
どっちも楽しんだ結果、勉強の方が楽しくって時間が惜しいからって優先理由があるならわからんでもないけど、なぜか一方しか取らせないねん。
母親「こいつボケやで?100×100を200言いよる!」
父親「ふ~ん」
子供「わからんねんもん。アホやねんって」
母親「ほんまボケや!あそこの塾行かすぞ!」
って父親は携帯いじって聞いてないわ、こどもは自分でアホとか言ってしまうわ、母親は追い討ちかけるわ、救いようがないもんなあ。
その携帯いじりは娘さんの明日より大切なんか。そうなんか。
なんで生まれてわずかなら理解していないって思うんやろ。胎児の頃からわかってるねんで。名前の候補とか、生まれる前に話していたことを知ってるねん。
教えるときとか、相手が何も理解してないって思い込むんじゃなくて理解していることをわかることって、こうゆうことでもあります。
かといって、前提条件ありきで指導しまくるのもあれやけど。