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ボクの実験室

おえ?あれ?ん??なんで一切記事UPしていない状態でアクセス数が上がってるのか謎やな。



腰がギックリみたいなもので、痛くて情けない気持ちです。

はあ、ギックリ腰になったらもっと痛いぞ。覚悟やな。


ちょっと、最近ひとと話したことが体系化できた。やっぱり人と話さないとあかん。


親との関係について


『親は躾られません。』

もう間違ってるぞって子供に言われることに腹がたつんでしょうね。
そんなもん、こっちは十月十日以上の間、内側から見てる。親が世間の知識は膨大に蓄積されていようと、こっちは遺伝子レベルで親のことをわかっている。ほんま親より親をわかっている。

世界(社会・視野)が狭くなっていくと、自分が一番だ!わたしは絶対だ!って少なからずおごってしまうのかもしれない。上司・教師が、自分の力でどうにでも出来る存在と、そういう風に部下や生徒をみだしたら怖いことになってしまう。だから、たまには思い切って文句も言わないといけない。


正しさのなかの、正しさは何が正しいのかわからずに、正しいものにしていることがある。



指導者も観客も批評者もなくなったら世捨て人になってしまうねん。
思い切って行ってみたら、文句が返されて順序も道理も理解してもらえないことが多いけどな。


あと、親がなにを目的に、どこをみているかも重要で、お互いが一時の感情で話し出したらとんでもないことになる。やっぱり「家族」であるから、その関係は感情的に話せるもんでもあるから、冷静になりにくい。


一方があまりに冷静すぎても、話聞いてるのかって、また腹を立てることになってしまう。




孫子兵法のお気に入り資料が貸し出し中だったので、違うものも読んでみました。


それはどっちかというと、文学的に紐解いたもので、実践しようとか現代に合わせて体系化したものではなかったけれど、それはそれで面白い内容でした。


最後に孫子に感化された当時の主将?みたいな人が、孫子にどうにか兵(戦略)を仕組んでくれみたいなこと頼んだ話が載ってた。孫子は超現実主義者やから、思い切った行動と判断力で体系化していった。


女中ができることをできるように説明してみたけれど、上手くいかなくて、自分の伝達ミスだと考えて、行動しなおした。丁寧に教えて、何度も訓練させてみてやらせてみた。今度は伝達が行き届いてるにもかかわらず、出来ていない。これは指導者(孫子)ではなく、監督者(女中の中のリーダー)のせいだと見切って、切り倒すことにした。


さすがに主将は「その女中達を切られては、この先を生きる気力がなくなる。勘弁してくれ」

と言い出した。


孫子は

「あなたは口当たりのいい言葉だけが好きなのだ。実践しようとはなさらない。」

とハッキリ言い切って、

「ここでの指導権は私がもっている。口出しは無用だ」

そして女中のリーダー2人を切り倒した。


もう一度、女中達の中から監督者を出して、同じように指導すると、ピタリと動きが合い、ぶれることはなかった。それからは一切の兵(戦略)を孫子に委ねた。


孫子が言い放った「口当たりのいい言葉だけが好きなのだ。実践しようとはなさらない」


これはグッときました。

安定は欲しい。危険は冒したくない。そう考えて、どうにか都合のいいようになれば・・・は甘いわけですね。

実際、それは安定になってるのか、危険なのではないかと長期的に考えると実行する前から結果は見えている。と、孫子は考えている箇所があります。


型破りなことで成功した人はいますが、型が出来てないうちに、そんなことすると形無しになるだけです。


タイムスケジュールをつくれ!計画通りに実行だ!とか自分ひとりではなかなか難しくて、思ったときにしか出来ないなら、最初はそれでもいいと思います。徐々に形をつくる。10分、30分。昨日2時間出来たのに、今日は30分でしんどいって思って、後退したように感じても確実に30分は進んでる。そんな毎日が計画通りに進むわけがないのに、ひとつだめなら嫌になる人もいてる。


まず、ひとつだめになっただけで全体が狂うような計画がマズイけれど。

なんか計画立ててると気分が盛り上がって、いける!やれるぞ!って精神力とか、そのときの状態・状況だけで判断してしまうねんな。実像を把握して細分化することで、その時クリアーできる方向に持っていく。朝起きれないなって人は、起きれた日は合格!寝坊しても、昨日より1分早ければ合格!ってしていく。


そんなことくらいって思ってても、1分だけでも早く起きるって難しいことやねん。

起きても布団から出たくない人もいてるからな。

だから、起きたら合格!早く準備したら合格!おはようって3人に言えたら合格!って

ちょっとのことと思えることだって、達成させていくねん。


高校のとき、おはようっていうのもしんどくてハイとか、ん、って相手に失礼な態度とってしまってた。

自分は体調が優れない、単に眠いってだけでも、相手からしたら「嫌われてるんじゃないか」とか色々悩ませてしまうからな。


この失敗しまくったおかげで、今は機嫌に左右されず挨拶をするようになった。

ほんま、自分でもすごいことやって思えるもんな。

無意識にできていることでも、ほかの人からみればすごいことってあると思うわ。



時間はあるけど、動けないって嘆きだす子います。

周りに、無駄な時間はあるはずだから工夫しろと言われても、それが出来たら苦労しないわ!と思うみたいで。

まず悩む時間、悩む余裕を作ってる時点でしんどくなるような。

家に帰宅して休憩してから、さて始めましょかって意気込む必要はないと思っています。

そんな普段の生活で疲れるって知れてるねんけどな。余力というか、省エネ化してる。

眉毛も抜けないほど疲れることって、毎日続くはずがない。

実際にできることまでしなくなったから、出来ないと勘違いしたり、出来ていた人は以前と同じようなことが出来ると過信したり。

考える隙を与えずに、とりあえず作業を始めるべきで、それからやり方なり工夫を入れていくと見えてくる。

一番なにがマズいって、時間が無限にあるとか精神力で乗り切れると思い込むこと。

掃除でも、勉強でもタイマー使って、自分がタイムキーパーになるといいかな。

1時間かかるかもしれないけど、他にも時間は使いたい。それなら掃除を15分でしてみる。

だって、本読んだり、ゲームしたり、友達とメールとか忙しいやろ。

ごはん食べる、お風呂に入るって現実的に使える時間は限られてくる。

生活で一番大事な食事と入浴の時間を減らすことはありません。

なぜか、この部分が『無駄』で減らすべきって考え出す人が多いねんな。

入浴時間がもったいないからシャワーだけとか。

そんなことばかりだと、血行は悪循環するし、匂いも疲れも取れにくい。

だいたいの比率を決めて動く。じゃあ危機感もでるって思う。

危機感って怯えまくって慌てるとかではなく、行動を冷静に行える精神状態と考えてます。

そんなん、変な奴に追いかけられたりした時、その場で竦んだり考えてもしかたない。

逃げるか殴るか、動くしかない。


反射神経みたいな感じかもしれん。卓球の要領でテンポよく。

工場の流れ作業とかを思い出すと、手順が身体に馴染んでいて、

もう目をつぶっていたとしても出来るんですね。

だからこそ、効率化できて、工夫が生まれる。

最初から工夫したろって意気込んでも、楽なほうに行くだけで全く効果につながらないことありますもん。


無意識で馴染むように意識化する。

ちょっとわかりにくいやろな・・・・