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ボクの実験室

夢中になっていたものが、じぶんでもわからないくらいに関心が向かわなくなってしまった。


あれえ。


ちょっとこれはどういうことなんや。ちょ、ほんまにどうなってるのかわからん。

例えるなら賑やかな家族や居候のひと、友達がたくさん家にいてたのに、急にみんな帰ってしまってひとりでお茶漬け食べてる感じやな。


ものっそい寂しい状況ですやん。


からっぽがあるから、たくさん、ゆっくり、つめていこうかなあ。



誰かに仕事を任せるときは、いちばん忙しい奴に頼めと、よく言いますね。

そのほうがさっさと片付くんです。

時間がある人だと、有限な時間が無限に感じられて、結局は長くかかってしまう。

前にも言ったような話かな。ま、ええか。


今回は騒がしいほうが作業ができるのはなぜかってこと。

まあ、後ろから殴られるとかプリントどっ散らかされるとか極端な話ではない。


家族で暮らしていたら少なからず生活音があって、テレビみて笑う声とか談笑していたりすると思う。

ほんまうるさくて勉強できないから、図書館に行く。

今度は静かで眠くなってしまうから、息抜きってことでファーストフード店や喫茶店に入る。

電話してる声や話し声がうるさくて、集中できないからやっぱり家に帰る。

んじゃ晩御飯の時間になって、テレビがはじまって、またうるさくて集中できないから寝る。


ってわけわからんことになってる人います。

下に兄弟がいてうるさいらしいねん。まあ、2つ下ならそんなに無茶な騒ぎ方しないはずやねんけどな。

もう離れてたらノート破るし、よだれ垂らすし、絵描くし、やりたい放題やもんなあ。


うるさくて集中できないってどういうことなんかなあ。

工事現場の騒音。近所のこども。いろいろあるな。


でもな、わかるねんけどな、それは本当にうるさいのは自分自身の思念やったりするねん。


覚えないといけないものがあるとする。それが手ごわくて、なかなか覚えられないとする。

集中できない!集中できない!うるさい!ああ、覚えられない!

って慌てまくって、そこらへんの椅子投げ飛ばして、楽しく話してる女子高生にハンバーガー投げつけないといけなくなるねん。


自分の思念がうるさくてどうにもできないときは、騒がしいとこに行くほうがいいねん。研ぎ澄まされた集中力なんかそんな持続できないもんやねん。まず、自分で集中してるなって感じるときは、集中することに集中してるだけやったりするからな。






友達から、シンプルで雰囲気のいい装丁の本を借りた。

たぶん「自分をかえる100の方法」とかってタイトルかな。


なぜかアドバイスとか啓発系の本は、斜めに捉えたり窄んでしまう人が多い。


自分をかえる?!かわるわけないやろ!!あほか!!って、近づきもしない人がいてる。

あと、読んだ途端に変われるって思ってる人もいてる。


そもそも骨柄があるし、100変えたら0になるのと同じやからな。


もう極端から極端に走りたがる。白黒つけたいねんやろな。

漫画や映画じゃないねんから、そんな白黒つけれないのにな。

筋肉は一日でモリモリになるわけがないことは理解できても、精神は一日で変わると思う人がいるから、啓発コーナーは殺伐としてるねん。

あ、行き詰ってるなって思わせないとあかんからなあ。

悲壮感をただよわせるねん。こう、耳の後ろあたりから。それは加齢臭か。

友達に、この話したらわかりやすい返答がきた。

人と話してやっと理解できることが多いなあ。


「つか読んだ途端変わると勘違いしてる人は読む以外の行動をしてないから変われないのよね。まぁそういう人らは本気で変わりたいわけじゃなくて変われるってテンション上がってる自分を楽しんでるだけだよねー。そういう奴に限って変化が怖いくせにねー。」

うん、うん。
そういうことです。

読む以外の行動として誰かにアドバイスするためってのも楽しい読み方やけど、説得力って価値がほしいなら実行と結果がいるもんなあ。

変化が怖いかあ・・・。まあ自分は止まってられると思っても、時間は進むから後退してしまうもんなあ。