どら焼き屋さんの映画ですが、ちょうど赤福があったので。

傷害事件で刑務所にいたことがある、どら焼き屋の店長(永瀬正敏)
従業員募集の張り紙を見て雇ってほしいと言ってきた徳江さん(樹木希林)
家庭環境がさびしい常連の中学生(内田伽羅、樹木希林の孫だそう)
それぞれに、しょった荷物が重い。
この三人の心の通い合いが、映画の最初から最後まで静かに流れる。
店長さん、最初は年寄りだからと相手にしなかったのだが、徳江さんの作るあんがあまりに美味しくて、雇ったところ、どら焼き屋さんは大繁盛。しかし‥‥

セリフはみな、芝居っぽくなくて、1メートル先でふんわりしゃべってる感じがする。
どら焼き屋の桜の季節、新緑、ハンセン病療養所の中を歩くシーン。
木々や光や、建物や調度品やなんかをひとつひとつ丁寧に撮って、それから人にアプローチしていく。

河瀨直美監督が、何年か前に愛知県の吉村医院(産婦人科)を撮ったドキュメンタリー「玄牝-げんぴん-」を思い出す。
産もうとするとき、生まれるとき、死ぬとき、とてもシンプルな真実に触れることができるのかもしれない。
いやいや、私が子どもたちを産んだとき、そんなデキたお母さんではなかったが。
いつか死ぬときに向けて、いらないものを捨てて、純粋な人の中心のところだけになっていきたいなと願う。
風の音や天の声、小豆のつぶやきが聴こえるような人に。無理かー

この映画の中で、樹木希林ふんする徳江さんが言う。
「店長さん
私たちはこの世を見るために聴くためにうまれてきた
だとすれば
何かになれなくても
私たちには生きる意味がある」
ここ、メモした(笑)
あまりに真実だと感じたので。

近所の美味しいパン屋さんユロのあんぱん。
業務用でなく、あんを煮て作るお店のは、おいしいし、小豆の人生が宿ってるよね、徳江さん。
どら焼きも、食べたーい!


