国際女性デーの昨日。

 

 

株式会社デンソーさん×

キャリアカウンセラー岩橋ひかりさん主宰

MYコンパスラボの、コラボ企画

 

ウーマンイノベーター育成プログラム

第1弾の中間報告会に

 

6ヶ月になる次女と、参加してきました。

 

 

これは、MYコンパスラボのメンバーが

消費者目線やビジネス経験を生かして

 

デンソーさんの給湯機「エコキュート」

プロモーション案を考える、というもので

 

オンラインで議論に参加できるので

 

会社員でも主婦でも育休中でも

全国どこからでも海外からでも

参加できて

 

社会経験を積めるという、

新しい取り組みでした!

 

 

 

 

昨日は、コンセプト案を発表する日。

 

 

プレゼン未経験だけどやってみたかった私。

 

おそるおそる立候補するも

なにがわからないのかさえわからず、

 

「時間とやる気だけはあるんですが・・・」

とごにょごにょ言ってみたりして。

 

 

でも、MYコンパスラボのコミュニティ内で

途中経過をシェアすると、

 

多才すぎるメンバーたちが

いろんな視点からフォローしてくれました。

 

 

 

文章のエキスパートからは

 

「企業の発信は、影響が大きいから

科学的に実証され、事実に即していて、

明確な表現であることが大前提」

 

と教えてもらい

 

考えてみれば当たり前だけど

仕事柄スルーしやすいところだったなと

反省したり

 

 

 

資料作りのエキスパートからは

 

パワポのテンプレートをいただいたり

 

「画像を入れることで文字を減らしてみて」

とアドバイスいただいて

 

「画像ってそういう効果があるんだ!」

と勉強になり

 

 

 

「資料できましたー!

発表はこのまま読めばいいんですよね?」

とトンチンカンな質問をしても

 

「読んじゃだめだよ、伝えるの!」

 

と丁寧に答えていただいたり

(これ聞いて本当によかった。

そのまま読むところだった。笑)

 

 

 

スピーチのエキスパートには

 

夜中にZoomで発表を聞いてもらい

 

「音で聞きづらい単語は

わかりやすい言葉に言い換えた方がよい」

と教えてもらって

 

イクキューチューを育児休暇中に

言い換えてみたり

 

 

 

それ以外にも、コミュニティ内のみんなから

「いいね!」やフィードバック、

励ましのコメントをもらえたりして

 

初めてのチャレンジでも

全然こわくなかったし

 

すごく夢中になれて楽しかった!

 

 

みんなの意見をまとめただけで

みんなのおかげで発表できたのだけど

 

終わってみたらちゃんと

やり遂げたという達成感もあり

 

本当に、すばらしい経験ができました。

 

 

そして

「伝わったよ!」

「全然はじめてに見えなかった!!」

とみんなに言ってもらえたけど

 

そりゃそうだよね!と思いました。

 

だって、こんなにたくさんの人に

サポートしてもらえて

 

いろんな角度からアドバイスをもらえて

 

なにより、みんなで一緒に作ったんだもの。

 

 

さらに、デンソー側の担当者さんも

応援してくださるという。笑

 

 

こんな環境自体、会社内には

あまりないんじゃないのかな?と

思いました。

 

 

 

MYコンパスラボも、この企画も、

すごい!!

 

 

みなさま、本当にありがとうございました!

古来より

心身を整え鍛えるメソッド

(武道・座禅・呼吸法・気功・

ヨガ・ピラティスetc.)は

それぞれいろんな方法で

「丹田(=ハラ)をつくること」

によって精神に働きかけるのだが

 

これらは正直言って

「ハラ(=子宮)のない男性向き」

の方法論であって

全く同じことを女性がやっても

うまくいかないことがある

 

女性は丹田の場所に

もともと子宮があるので

ハラを「後天的につくろうとする」と

2つのハラができてしまい

エネルギーを相殺してしまうのだ

 

 

 

女性のからだは構造的に

円を描くような運動を得意としており

不規則な動きにもわりと耐えられるので

環境が変わっても適応しやすく

 

また

月経・妊娠・出産と

自身のからだも常に変化を繰り返しており

 

からだそのものの

「生命力」だけを見たら

男性とはかなりの差がある

 

 

一方で男性のからだは構造的に

直線的な動きが得意で

不規則な動きには非常に弱く

環境の変化の影響を

とても受けやすい

 

なので

男性社会は

そもそも

男性のからだが得意な動きのエネルギーを

最大化させ

それを評価するしくみ

になっているのだ

 

男性は変化に弱いからこそ

自らの安全を確保するために

組織をつくることによって

環境の変化を減らし

直線的に歩めるしくみを作って

より多く歩んだ者が評価されるように

まわりを整えて生きてきた

 

意思決定のもととなる

本音のある場所であるハラ(=丹田)を

ある程度後天的につくれる男性だから

 

枠組みをつくり

与えられたポジションで

まっすぐに速くたくさん働く方が

男性のからだ的にはリスクが少なく

生き残れるのである

 

 

一方で

女性のからだは変化に強いので

基本的になんでも

「やろうと思えば」

どうにか耐えられてしまう

ところがあり

 

月経・妊娠・出産がありながらも

組織の決められた枠組みの中で

男性並みに

まっすぐに速くたくさん働く

スーパーウーマンも

不可能ではない

 

しかし

ハラ(=子宮)が「先天的にある」女性は

「自分の本音を押し殺して生きること」が

実はからだにとって

一番負担のかかることなのである

 

 

どんな環境でも

なんとか耐えて生き残れる

女性だが

 

女性のからだの持つ

このすばらしい生命力を

ただ環境に耐えることに費やしては

自分のなかでエネルギーを相殺するだけで

非常にもったいないと

 

からだをみては

いつも思っていた

 

 

からだの性差をみとめ

それを生かすという

視点を持たなければ

「女性管理職を増やす」とか

「男性も育休を取る」とか

根本的にズレた議論ばかりが増えて

 

それって本当に

男女平等になるんだろうか

 

どちらのよさも強みも

生かされなくなってしまうんじゃなかろうか

 

 

だから

わたしたち女性にできることは

からだの声に耳を傾け

声を上げて

女性のからだが得意な動きのエネルギーを

最大化させ

それを評価する社会のしくみを

自分たちの手で作ることだと思う

 

「耐えることが強さ」になるのは

男性が男性社会で生きるときの話なのだ

 

 

 

女性のからだの生命力が

あふれる社会

 

それはきっと

男性にとっても

生きやすい社会に

なるのではないだろうか

先日ハローワークで

キャリアコンサルタント国家資格の

教育訓練給付金を申請するための

「訓練前キャリアコンサルティング」

を受けてきた。

 

 

ジョブカードに

学歴とそこで学んだこと

取得した資格とその内容

それから

今回なぜこの資格を取得したいのか

今後どう生かして働きたいのか

を事前に書いて

それについて話すことに

なっているのだが

 

こういういわゆる履歴書って

その人の人となりを

本当に知れるのかな?

と思ってしまった。

 

 

記入例を見ると

○○高校普通科卒業 部活の結果

とか

△△大学経済学部卒業 卒論の内容

とか

書いてあるけど

 

これはあまりに

表面的なのではないだろうか。

 

 

一瞬どこまで本音を書くべきか

迷ったけど

今回は就職希望じゃないし

ダメなら書き直せばいいと思って

正直に書いてみた。

 

 

 

高校(音楽科ピアノ専攻)で学んだことは

 

音楽科の先生方の働き方を近くで見て

とてもすばらしい人たちなのに

社会的な評価が低いと

精神的に不安定になるんだな

つぶしが効かないって

雇用主の言いなりになるしかなくて

こわいな

 

音楽の才能がある、と

まわりから評価されてやってきても

結局ほとんどは食べていけないのに

過去の評価を捨てられないから

プライドは高くて

他のことにチャレンジもしないまま

社会への不満ばかり

 

これは自分の将来の姿かもしれない

生きづらそうだな

ということだった。

 

 

だから大学は普通の大学に行きたかったが

 

芸大の楽理科なら両親もまわりも納得して

なにを研究しても許されそうだったのと

音楽科は数学Ⅰすら終わっていなかったので

受験科目の準備の都合で選び

 

晴れて合格して自由を得たので

他大学で心理学や哲学の授業を受けて

ボディワークもやって

人はどうしたら

幸せに生きることができるのかを

日々真剣に考えていた。

 

 

大学では音楽の教員免許も取ったが

 

結局そこから学んだのは

私の学校教育に対する怒りや違和感は

「先生の言うことは聞くべき」

という両親の価値観への反発であり

 

「先生の言ってることこんなに変だけど

それでも言うこと聞かなきゃダメ?」

と思っていたから

単に私の目にそういう風に映っただけ

ということだった。

 

 

あとは高校で礼法の資格も取れたが

 

ここでは

自分の生きづらさはまさに

この日本文化特有の

「タテマエ」と呼ばれるもののようで

 

「タテマエ」を考えすぎて

「ホンネ」を無視し続けると

身心のバランスを崩すなあとか

そんなことばかり考えていた。

 

 

 

ピアニスト志望からの楽理科進学も

音楽からのボディーワーカーも

そこからのキャリアコンサルタントも

キャリアチェンジに見えるかもしれないが

 

私はいつも

「人が幸せになるには

どうしたらよいのか」

というたったひとつのことを

追求してきたつもりで

 

しかし

私にとってはまっすぐなその道のりが

とても説明しづらく

 

書きながら

話しながら

自分がひねくれているんだか

まっすぐ生きてきたんだか

まったく

わからなくなってしまった。

最近なんでも自分でやりたがる

2歳半の長女Sちゃん。

 

なにかひとつやるのにも

 

「Sちゃんが!」

「できないー!」

「ママがおてちゅだい!」

 

頼まれて手を出したのに

 

「ちがう!じぶんが!」

「んー!でーきーなーい!」

「やーだ!ママがやるー!」

 

もう、どっちなんだよ?!

 

それもなんだか

こっちが無意識でやっちゃうような

「え?これ?」みたいなところまで

やりたがる。

 

たとえば今朝は

体温計を「ケースから出す」とか

歯ブラシを「歯ブラシ立てから取る」とか。

 

体温を「計る」とか

歯を「磨く」とか

メインなところ(?)だけじゃなくて

 

え?なに?そこ?みたいなところまで

いちいち

 

やりたいー

できないー

やってー

 

を3回くらい繰り返さないと次に進まない。

 

 

 

ここ数日の悩みは

風呂上がりに服を着ないこと。

着せようとすると大暴れすること。

 

一昨日は結局怒鳴って

押さえつけて

無理やり着せてしまったけど

 

あとから考えたら

結構笑える光景なのになあ

そんな怒ることでもなかったかなあ

と思って

 

また

「すぐ服を着ないと風邪をひく」とか

「早く寝ないと明日起きれない」とか

「大声を出すと次女が起きる」とか

起こっていないことを

私が勝手に心配して

ハラハラしただけだったし

 

さらに

「子どもは親の言うことを聞くもの」

という前提が私にあるから

イライラするのかな

と反省したので

 

昨夜は静観してみることに。

 

 

風呂上がり

やっぱり全く着ようとしないので

次女を寝かしつけ

しっかり室温を上げて

向きあってみた。

 

抱っこをせがむのでぎゅっと抱いてみた。

10分経過。

 

「すべすべしたい(ワセリンぬりたい)」

というので一緒にぬってみた。

20分経過。

まだ全裸。

あーあー、床ベトベト。

 

あの手この手で

「パジャマどれがいい?」

「着れたら本読もうよ!」

と誘ってみるも

結局泣きわめく。

30分経過。

 

しばらく無視していたら

やっと自分で着てくれた!が

下着を着ていない……

「着れたのね!」と言いつつ

しばらくして

「下着も着よう?」

と言ったら再び大号泣。

40分経過。

 

 

で、さすがに私も

これでは

らちがあかないことに

気づいた。

 

なぜなら長女

背中を向けてはいるけど

こちらの様子を

すごく察知しようとしていて。

 

あれ、私たちは結局

似たもの親子なのか?

 

 

……いや、ちがう

これ、どこかで見たな。

 

わかった、私の夫への態度か。

私の真似!?

 

途端に全部自分の問題になった。

そうかあ。

これは変えなきゃだ、私が。

 

 

そしてこれを書いていたら

夜勤明けの夫が帰宅して

 

昨夜の出来事をただ淡々と

話していただけなのに

「そっか、オレも甘えたいとき

結構すねることあるんだよなあ」

と言っていて

 

なんかちょっと救われたような

救いようがないような。

 

 

 

子どもがふたりに増えてから

「子どもは親の鏡」とは

よく言ったものだなと

殊に思う。

 

身体もそうだけど

2枚鏡があったら

見えないところは

なくて

 

次女が産まれてから

子どもたちを通して

自分の先入観や思いこみ

考え方や心のゆがみが

よーく見える。

 

 

 

最近、5ヶ月の次女に

かかりっきりになっていたから

 

今日は

長女とふたりだけで

ちょっとお出かけしてみよう。

身体には

そのひとがどんな価値観をもって

まわりに対してどんな反応をし

どんなふうに行動してきたのかが

ぜんぶ

姿勢や動きの特徴となって

現れるのだが

 

近年よくある

健康を「目指す」という

考え方は

身体の仕組みに

合っていない

と思う

 

 

 

私たちは

なにかを「目指す」とき

「目」を起点にして

全身を緊張させている

 

たとえば

次のようにしてみてほしい

 

手のひらをやわらかく

鎖骨の下(胸骨のあたり)に当て

ある一点を集中して見つめてから

部屋全体をぼんやり眺め

それから目をそっと閉じてみる

 

目のちからをゆるめていくと
胸のあたりも一緒にゆるんでいき
身体全体が少し重たくなり
また
なんとなく気持ちが落ち着き
ほっとするのではないだろうか
 
 
このように
「目」の動きは
緊張度や呼吸の深さ
重心や足裏の感覚
そして感情まで
全身の状態に影響しているが
さらにそのひとの
情報との関わり方まで
現れる
 
ある一点を目指して
ストイックに走り続ける
という状態は
全身が緊張して固くなり
浮き足立ったような感覚で
意識は「未来」にあることが多く
 
それはすなわち
身体の外に重心を置いている状態で
外の情報や状況に振り回されやすい
不安定な
身体の使い方だ
 
 
では次に
目を閉じて
からだの重さを感じたまま
ゆっくりと
目をひらいてみよう
 
ぼんやりと全体を眺めるような
この目の使い方は
意識が「いまここ」にある
 
これは
身体の内側に重心がある状態で
まわりとバランスをとりつつ
自分を大切にできる
自分重心の選択ができる
身体の使い方だ
 
 
 
自分の身体のために
なにかをするなら
外から情報を得るのと
同じくらい
自分の身体の状態を
内側から感じとれることが
大事だとわかりつつも
 
健康情報を外から
たくさん収集するという
不安定な身体の使い方によって
自分の身体は緊張し
呼吸が浅くなり
血行不良になり
さらに不安になるので
また情報収集に走る
という悪循環になっているひとは
案外多い
 
 
 
健康になるには
もちろん知識も大切
でも
なにかを足したり
入れたりすることばかり気にして
それらをいかに吸収して
排泄するのかというところには
無関心だったり
 
なにより
意識は過去や未来に行けるが
身体は「いま」しか生きられない
のだから
 
健康は
「自分の身体で
いまを幸せに生きていこう」
という生き方の副産物
であり
 
健康を「目指す」
というあり方は
いろんな意味で
身体に合っていない
と感じる
 
 
健康への第一歩は
まずは自分で
いまの自分の身体を知るための
感覚を育てること
ではないだろうか