コンサル・カウンセリング・コーチング

最近このあたりの勉強をしていて

ピラティスの素晴らしさを改めて感じる

 

 

ピラティスの奥深さとは?

今日はそれをあえて言葉にしてみたい。

 

 

言語化できること、できないこと

 

コンサル・カウンセリング・コーチングは

問題を言語化して考える。

 

問題を言葉にできた時点で

客観視できて

解決法がある程度見えてくるので

 

「言葉で表現できることは

言葉で解決できる」

とさえ思う。

 

式が立てられれば、あとは解けばいいのだ。

 

 

 

しかし、世の中にはそれができない問題も

たくさんある。

 

世界には

言葉にできないことだって存在するし

 

言葉にすることで

さらに傷つくようなことだって

あるかもしれない。

 

 

だから

「言葉を介さず自分に寄り添えて

道を見出せる」

 

それこそが

ボディワークの強みではないだろうか

 

 

世界を捉えているフィルターである

自分のカラダに直接働きかけることで

 

言葉にできない感覚の存在を

自分で認めることができたり

 

言葉にしなくても自分で自分を

理解することができたり。

 

 

カラダを感じながら動かすことよって

自分の存在を感覚で確かめられ

自己肯定感がおのずと上がるのだ。

 

 

 

 

 

世界と言葉のあいだに、カラダがある

 

そもそも世界と言葉はイコールではない。

 

 

子どもの頃に見ていた世界は

名前がなくて輪郭がなく

ぼんやりしていたし

 

話し相手の大半は

人間でなかったような気がする。

 

 

大人になるにつれて

 

名前のないものや

他人に通じないものは

自然に見なくなるのだろう。

 

 

世界と言葉の乖離は気になっていたが

いつの間にか人と共有するのは

あきらめてしまった。

 

あるいは、それを越えられるのが

私にとっての音楽だったのかもしれない。

 

 

 

私の好きな高松次郎の作品に

「この7つの文字」(1970)

「THESE THREE WORDS」(1970)

という作品があるが

 

これらの作品のように

もし言葉が

それを意味する対象とイコールだったら

 

どんなに悩まなくてすむだろうかと

いつも思っていた。

 

 

いま思えば、私の生きづらさは

そのあたりにあったのだろう。

 

 

 

 

 

ピラティスが教えてくれたこと

 

だけど、ピラティスが教えてくれたのだ。

 

 

ものごとの感じ方に正解はない

結局すべては自分の責任

「自分で自分をどう扱うかが問題なのだ」

ということを。

 

 

世界はいつもニュートラルで

混沌とした日常から

なにを拾い上げるかは自分次第。

 

「自分が自分を

その瞬間にどう扱っているか」の連続が

「世界の見え方そのもの」なのだと

 

 

 

それがわかったいま

言葉と世界の乖離は

豊かさを生むあそびにさえ見える。

 

 

 

ボディーワークは

言葉にできない領域にダイレクトに届く。

 

 

言語化できる(=共有できる)ものでないから

経験した人にしかわからないけれど

 

感覚が変わって体験が変わるから

言語でラベルを貼り変えるよりも

もっと根本的に「経験」

つまり「人生そのもの」を変えられる

 

 

 

ボディワークの魅力は

到底言葉では伝えきれないが

やっぱりこの素晴らしさを多くのひとに

伝えたいな、と思う。

人類の生存戦略

それは「社会性」にあると思う。

 

私にとっての「社会」

 

私はこれまで

自分の興味のおもむくまま

好きなこと=音楽とボディワーク

やってきて

 

「社会」なんて正直

なんの興味も持てなかった。

 

 

「みんなのため」「社会のため」

と言うと、いろいろ話が通りやすいから

こじつけで?そういう風に言ってきたけど

 

結局いつも好きにやりたかっただけだ。

 

 

大人になった今も

常に人のことを考えて

行動している人に比べたら

 

私はだいぶ自己中心的だと思う。

 

 

 

私は昭和の最後の方に生まれた

いわゆる「ゆとり世代」だが

 

中学・高校時代は

「生きる力」を育むはずの「ゆとり教育」で

大混乱する教育現場を見て

 

大学時代はリーマンショックで

大混乱する社会を醒めた目で見て

 

どちらかというと

「社会なんてあてにならないな」

と思いながら社会に出た。

 

 

「社会は変えられないが自分は変えられる」

そう思ってボディーワークを仕事に選んだ

ような気もする。

 

 

 

 

カラダと「社会」の関係

 

しかし、ピラティスティーチャーとして

毎日クライアントの身心の不調と向き合い

よりよい身心の調和を探るなかで

 

次第に

「からだとこころの調和」を目指しても

「健康」を目指しても

なぜだかカラダの機能が完全に開花しない

という現実に気づいた。

 

 

カラダは、もちろんよくできていて

その精巧さに「すばらしい」「美しい」

と毎日感嘆するものの

 

それにしても

構造があまりにも

頼りなさすぎるのである。

 

他の動物と比べて非常に

頑丈さ・安定感に欠ける。

 

まさに「考える葦」なのだ。

 

 

 

そして

日々クライアントと接するなかで

 

丹田(=子宮)にエネルギーが集まるような

カラダの使い方になり

 

「自分で自分を幸せにすることで

まわりを幸せにしよう」

という気持ちになった途端

 

不妊治療をやめても病気があっても

赤ちゃんがやってくるのを

何度も目の当たりにしたり。

 

 

また

自身も出産(=全治6週間の怪我)を2度経験し

超安産でもカラダヘ負担は大きく

 

なのに家でじっとしていることもできず

 

人間は本当に

ひとりで生きていくようには

できていないんだなと改めて感じたり。

 

 

 

そんな経験から、人類は

 

カラダの脆さを

社会で補うこと前提で設計されている

 

身体機能の一部を

社会に外部委託している

 

と考えるようになった。

 

 

 

 

カラダ目線の「健康法」

 

カラダに備わっているすばらしい機能を

すべて開花させる

そのためには社会のしくみが必要!?

思った私は

 

只今キャリアコンサルタントの勉強中。

 

 

 

なにになるの、どこにいくの

とよく言われるけれども

 

別にカラダは

なにかになれとか、どこかにいけとか

全然言ってないんだよね。

 

 

「カラダさん」は

ワクワクにしたがって動いて

そこでエネルギーを使い切れたら

 

幸せと充実感と

深ーい眠りがちゃんとやってくるから

そうしてほしい

 

ただそう言っているだけだと思う。

 

 

ワクワクをつかまえて

ガーッとやりきったら

ダラーンとゆるんで

ボーっとする

 


人類のカラダは

安定より自由を選んで

進化してきたのだから


この繰り返しで生活できたら

みんなきっと健康になるのに。

 

これPDCAみたいに広めたいな。

姿勢に対するイメージ

 

今日のテーマは「姿勢」です。

 

姿勢と聞いて

どんなことを思い浮かべますか?

 

姿勢の話をはじめると

大抵の方は「ビクッ」とされます。

 

そして、急に胸を張ってみたり

顎を引いてみたり。笑

 

 

いまの姿勢が最適でないことは

みなさん、なんとなく感じている。

 

でも、どういう姿勢が

「カラダさん」にとっていいのか。

 

「カラダさん」の身になって考えたこと

ありますか?

 

 

 

 

「直立二足歩行」は曲芸!

 

実は「カラダさん」にとって

立ったり歩いたりするのは

曲芸のようなもの。

 

なぜなら、二本の脚で重力に抗い

胴体と重たい頭を

垂直に支えなければならないから。

 

二足歩行をする動物は

鳥やカンガルーなど他にもいます。

 

しかし、脚と胴体の両方を

地面に対して垂直に立てているのは

人間だけなのです。

 

 

他の動物から見たら、きっとこんな感じ。

 

人間は進化の過程で

前足を歩行以外のことに使うために

「安定性」にはちょっと

目をつぶっているのです。

 

 

そんなカラダさんを助けるには?

 

 

 

 

からだの中心軸がポイント!

 

重たい荷物を持つとき

身体に近づけて持ちますよね?

 

もし、腕を横に伸ばして持ったら

疲れてしまいます。

 

からだの中の重たい荷物ベスト3は

①頭

②内臓

③骨盤

 

なので、

それらを中心軸に近いところで支える

「カラダさん」はとても助かりますし

いいこともたくさんありますよ。

 

 

 

まず「筋肉」は

無駄な労力を使わないので

疲れにくくなります。

 

スマホやPCを見るために

頭が前に出ている方

 

「頭重いよー」と肩の筋肉が

悲鳴を上げているかもしれません。

 

 

つぎに「骨」。

 

骨は急に変形することは

ほとんどありません。

 

しかし

いつも細胞が入れ替わっているので

姿勢が崩れて血行不良になり

 

骨の中でも

栄養が来るところと来ないところの差が

大きくなってしまうと

 

少しずつ形が変わってしまうので

要注意です。

 

 

さらに「内臓」も

ポジションがずれることによって

本来の力が発揮できなくなっていることが

多いので

 

姿勢を変えるだけで

働きがよくなり、代謝も上がります!

 

 

 

 

まずは、からだを上下に伸ばす!

 

とはいえ

軸って実は感覚的なものなので

解剖しても出てこないし

非常に難しい。

 

でも、その感覚をつかめたら

カラダさんにいいことばっかり!だとしたら

つかんでみたくないですか?

 

 

そのためには、まずはからだを

上下に伸ばすこと!です。

 

骨盤と肋骨の間のスペースを

できるだけ開けるようにします。

 

 

朝起きたら

または仕事中の休憩でも

気がついたときに

 

「ぐーっ」とひと伸び

してみましょう。

 

 

 

くわしくは、また次回!

からだは変えられる!

 

私はこれまで、スタジオに来てくれた

クライアントにのみ教えてきました。

 

しかし育休中のいま、

スタジオの外で出会う人たちと

からだについて話していて、

大きな気づきがあったのです。

 

 

それは、スタジオに自ら来る人は

 

「もともと、からだに興味をもち

からだは変わる!という希望を

持っている人」だった!

 

ということ。

 

 

 

そして一般的にはまだまだ

からだについては知られていなくて

 

痛みのあるとき以外は無意識な人とか

 

悩んでいるし、気になっているけど

どうしたらいいのかわからないとか

 

自分のからだはこうだからって

思い込んであきらめている方も多く、

 

すごくもったいない!と思ったので

 

 

これからは

「カラダさん」のキモチを代弁する、

「カラダ目線」で考え、感じる力が育つ、

そんな記事も書いていきたいと思います。

 

 

 

 

からだは資源の宝庫!

 

からだって、いつも一緒にあるし、

自分そのもの。

 

なのに、意外と知らないし

思うようにならない。

 

そして、知っていけばいくほど奥が深く、

私自身も、知ることがひとつ増えると

知らないことがふたつ増える

(まさに「無知の知」?)という感じ。

 

 

でも、からだは私たちに

幸せに生きるために必要なこと

教えてくれますし

 

私は自分の仕事をからだの「宝探し」!

思っているくらい

 

いろんな可能性が眠っている資源の宝庫!

 

 

 

なので、少しでも興味をもっていただき、

からだってすばらしい!を共有できたら

嬉しいです。

 

 

 

 

「カラダさん」と連絡、取れてますか?

 

からだに関する膨大な情報に、

どこからでも簡単にアクセスできる現代。

 

 

からだに興味を持つのはすばらしいことで

いろいろ気になっていたり

すでにあれこれ試していらっしゃる方も

多いと思います。

 

 

でも、その情報について

自分の「カラダさん」的にどうなの?って

考えたこと、ありますか?

 

 

○○がいい、××がいいと聞いて、

鵜呑みにしていませんか?

 

 

もちろんお医者さまなどの専門家の意見は、

とっても大事!です。

 

 

 

でも

あなたの「カラダ」の声を

内側から受信できるのは

 

あなただけ。

 

 

なのに肝心の「カラダさん」を無視して

いませんか?

 

 

 

そうは言っても

「カラダさん」と連絡?どうやって!?

という方が大半だと思いますので

 

これから「カラダさん」と相談する方法

「カラダさん」が求めていることや、

必要なことは何なのか?ということを、

 

「カラダ目線」で、お伝えしていきます。

 

 

 

それではまた!

前回の記事はこちら→

 

 

ウーマンイノベーター育成プログラム

参加のため、こんな感じで

会場のデンソー社に行ったところ

 

 

主宰者の岩橋ひかりさん

「ウーマンイノベーターっぽい!」

と言われたので

 

そのままプレゼン。

 

 

が、やってみてあらためて

おんぶっていいなあと思いました。

 

 

体幹が自然に使えて、お腹に力が入るから

すごく声も出やすかったし

 

緊張すると、肩が上がったり

胃が持ち上げられたような感じに

なりがちですが

 

子どもの重みが

肩にドーンと乗っかっているので

 

それもなかった。

 

 

そして、この日はとても寒かったのだけど

 

抱っこよりも股関節を動かしやすいので

血行もよくなり

 

足も温かいし、背中も温かいし

 

さらに身体の前側が開くから 

身体ごと外の世界=社会に向けられる

 

両手がかなり自由に使える。

 

 

そういえば、長女と出かけるときも

次女をおんぶしてると

 

「ママを取られた」っていう感じがないのか

ご機嫌だな。

 

 

 

抱っこももちろん素晴らしくて

 

目が合うとキュンとするし

お腹の中にいるときみたいに

とても安心するみたい。

 

 

ただ、こちらが

バランスをとるために身体を引くので

 

かかと重心になって

股関節が動かしづらくなり

 

一歩踏み出すのがすごく億劫な姿勢

なってしまう。

 

そうすると、フットワークも重くなる。

 

 

 

とはいえ、都内の電車におんぶで乗るのは

ちょっと怖い。

 

みんな前を見ていないからぶつかりそう。

(私も以前はスマホ見て歩いていたし。)

 

 

でも、おんぶして満員電車に乗ってみたら

 

私の見えないところで

誰かがあやしてくれている!

 

次女の方から手を伸ばして、

誰かのリュックの紐を引っ張っている。笑

 

 

勝手に社会勉強している!?

 

 

 

子どもが大人と同じ目線でものを見れるって

すごくいいのかもしれない。

 

 

大人がどうやって

外の世界と関わりあって生きていくのかとか

全部肩越しに見て学べる。

 

 

今回のプレゼンも、次女は私のうしろで

ドヤ顔をしていたそうですが

 

こうやってチャレンジしていくんだー!

 

つまづいてもいいんだー!

 

好きなように生きていいんだー!

 

っていうのを

背中で見せられるような母親でありたいな。

 

 

 

子育てももうすぐ3年。

 

子どものことは大好きだけれど

家事も育児も全く不向きで

全く上達しなくて

 

だけど、こうやって社会に出て

チャレンジしていく姿を

 

背中で見せていこう!

私の子育てはこれでいい!

 

そう思えたのでした。