同調圧力という言葉があります。
みんながやってるんだからあなたもやりなさい。
みんながやっていないんだからあなたもやるべきではない。
何でもみんなと一緒にやりなさい。
和を乱すな。
このチームは全員坊主だ。
ルールなんだからとにかく守れ。
自分の頭で考えるな。
自分で判断するな。
最後の方は極端な表現ではありますが、オブラートに包まずに言うとこういうことだと思います。
同調圧力に内包されるメッセージは、自分で考えるな、自分で判断するな、みんなと同じ行動をとれ、みんなと同じ思考を持て、です。
僕にとってこれらは「みんなと同じ価値観を持て」とさえ要求されているように感じるのです。
もちろん、生物的に弱い種は集団を作り、集団で行動することで生命を保つ可能性を上げています。
集団の中で和を乱すものの存在はそのまま生存リスクにもなります。
人間にもこれらは引き継がれているのかもしれませんが、日本社会はとりわけそれが強いのは知っての通り。
みんなと同じ=安心
が変性して
みんなと違う=悪
にまでなっていることだってあります。
僕は娘たちをほぼ毎日保育園に送り迎えしていますが、登園時の子どもたちは一筋縄では動いてくれません。
何をするにも嫌だの連続だし無視されたりもします笑
もちろん仕事の時間もあるから親たちは大変でございます。
そんな時にものすごく聞こえてくるのが、
「みんなもうお外行ってるよ!」
「みんなはもっとちゃんとしてるよ!」
みたいな子どもに同調圧力をかけてしまうワードたち。
*もちろん集団行動を学ぶというフェーズは必要だが、個人の判断を抑圧するような傾向には異議ありという意味です
「みんなやってるよ」は、本来その行動をとる理由にはならないはず。
「みんなやってるよ圧」の裏にあるものは、「集団から外れることは悪だ圧」。
そんな圧を家庭・保育園・学校・職場、ありとあらゆる場面で繰り返し繰り返し受けるもんですから、
いつの間にか僕らは「みんながやっているから」が判断や行動の理由になってしまう。
みんながやっていないことをやることになぜか勇気が必要になってしまう。
みんなと違うことやってるやつがなぜか悪者に見えるようになってしまう。
自分で状況を見て、前提条件や目的や意味を考え、優先順位を考えながら判断および行動する。
みんながやってるからじゃなくて、「自分の意思と決断」で行動できる。
僕だったら我が子たちにはそんな人になって欲しい。
だから我が家では「みんなもやってるから」は判断や行動の理由にはできません。
却下しています。
「〇〇を買ってほしいねん」
「何でや?」
「みんな持ってるから」
「却下です」「みんなが持ってることは理由にはならんのやで」「何でそれが欲しいかもっと考えてみ」「みんなが持ってなくてもそれ欲しいかな?」
子どもにとっては厳しい環境かもしれません。。
めんどくさい親かもしれない笑
でもちゃんと自分なりの理由が表現できたら喜んで買ってあげます。
”言葉のない”同調圧力がかなり強いこの社会では、それを感知する能力、それに対応する能力はかなり意識的に育てなければならないと僕は考えています。
非常に多くの場面で圧を受けるからであり、知らず知らずのうちにそうなるような仕組みが多い社会だからです。
同調圧力を感じ取らなければ、必ず屈すると言えるほどシステムとして作り込まれています。
社会として安定するし予測もしやすい(もしかしたら誘導も…)からですね。
同調圧力に身を任せるのは、自分で判断しなくていい(思考停止)から、結果に対しての責任の感じ方が異なります。
みんなやってたから。
みんなもそうしてたから。
おれだけじゃない。みんなもやん。
おれのせいじゃない。
(だっておれが判断したんじゃないから)
こんな人は身近にもそれなりにいるかもしれません。
問題は保育園の例のように、かなりかなり小さい頃から刷り込まれているマインドセットなので、なかなか自分では気づけないことです。
無意識だし、自分は違うという前提を作ってしまいがちな部分です。(僕自身を含めて)
同調圧力による行動
自分の意思による行動
両者は、仮に同じ行動だったとしても自分の行動に対する責任への向き合い方がまるで違います。
何度も言いますが、同調圧力を打破するのはしんどいことです。
己を貫けば貫くほど、孤立します。孤立させられます。
集団から外れる存在に加担するのはリスキーという動物的な反応です。
歴史的には命を落とすケースだってありました。
*この動物的な反応は"Ijime"、”HibowChushow”という現象に姿を変えています。
でも大きな発展のきっかけを作ってきたのは、同調圧力に屈せずに自らの頭で考え、自らの判断を行い、その判断による行動を貫き続けた人たちです。
トップアスリートも、もちろんそんな人たちばかりです。
同調圧力をちゃんと感じ取り、自分の判断がそれに影響を受けているのかどうかにはいつも気をつけよう。
全てはパフォーマンスアップのために。
中野 崇
追伸
JARTAのトレーニングをやるのは当初は「みんなと違うことやってる変なやつ」という視線と戦うことが要求されてしまってました。
多くのプロアスリートが水面下で導入するようになった今でもそうかもしれませんが。。
自分の頭で考え、自分の身体で感じ、判断してみてください。
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追伸2
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二つの前提条件(前提条件理論)new
追伸3
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