昨日、息子の授業参観に行ってきました。

 

その授業で違和感が。。

科目は図画工作。

小学2年生です。

 

 

 

「お母さんが喜ぶデザートを作ろう」というテーマで、型紙とクレヨンを使ってデザートグラスの絵に模様をつけていきます。

 

まず先生が、模様のつけ方を説明し、子どもたちがそれを真似してやってみる、という流れです。

 

 

 

その時、僕は一人の子が先生が教えた方法とは違うやり方で模様を入れているのに気づきました。

やり方は違うけれど、とても素敵な模様で、僕は「これならお母さんも喜びそう」と感じました。

 

 

 

しかしその子に気づいた先生が近寄ってきて、「全然やり方違うやん。先生の話聞いてた?ちゃんと教えたやり方でやって。」と、”みんなと同じやり方”を指示したのです。

 

 

 

もし、この授業が、専門家になりたい人を集めて、専門技術を教える場であれば、全く違和感はありません。

模様のつけ方というスキルを教える場という枠組み、目的があるからです。

 

 

 

しかし、ここは小学校。しかも低学年です。

 

 

 

優先順位おかしくないかな?

 

 

 

「お母さんが喜ぶデザートを作ろう」というテーマには合致しているんだから、少なくとももっと他の言い方はないのか。

 

 

 

先生から教わった方法ではなかったかもしれない。

でもその子が自分で考えて、自分なりに素敵だと思う方法でやった表現に対して、まずは肯定してあげてほしいな。。

 

 


もちろん、集団で授業を受けている以上、集団で何かをやろうという枠組みがある以上、そして指導者である先生が提示した方法がある以上、それをやってみる必要はあると思いますし、そのことによって表現の幅が広がるという授業展開があるのはよくわかります。

 

 

 

しかし、特に図画工作という、創作についての意欲と能力を高めることが目的である科目において、「手段」であるはずの「先生が教えた方法」が目的化されているように感じてしまう言葉を聞いたのはとても残念。

 

 

 

小学校という、好奇心や意欲、そして知識への欲求を伸ばしていくべき場において。

注意・指導する理由が、先生の教えたやり方と違う、周りと違う、という基準にあることに、僕は違和感を感じる。

 

 

 

そんなことをやっていると、「周りと違うこと」を恐れる、良くないこと、という価値観を子どもに植え付けてしまうのではないかと思うのです。

 

 

 

僕がもしその授業をやるとしたら。

とにかくお母さんを喜ばせるデザートが出来上がればなんでもOKだから、好きなようにやってみよう。

材料はクレヨンと型紙ね。

 

ちなみに先生はこんな方法使えるぜ。

教えてほしい人はやり方見せるから真似してもええよ。

真似した後は自分でもっといい方法ないか試してね。

 

 

 

いろんな子がやっている方法をどんどん紹介したり他の子のを見て回る時間を確保して、「あの方法めっちゃええやん」という感じで全員が表現の引き出しが増えていく展開を目指す。

 

 

 

そして、お母さんが喜ぶデザートっていろんな形があるやん、喜んでもらえれば(目的が達成できれば)どんな形でもいいんだ、という価値観の醸成につなげる。

 

 

 

手段に囚われずに、お母さんを喜ばせよう。

 

 

 

授業でもう一つものすごく気になった、「この子の模様は”うまい”」という先生からの紹介の仕方も、絶対にしない。

 

 

 

上手いか下手かを評価する場ではないから。

 

 

 

 

上手いか下手かではなく、

 

 

 

「そこにチャレンジがあるか」「そこに自分で考えたものがあるか」「目的を忘れていないか」

 

 

 

上手いか下手か。

うまくできたか失敗したか。

 

 

 

それが評価基準になると、その時点で上手くできる子だけがそれを好きになって、その時点で上手くできない子はきっと好きじゃなくなってしまいます。

 

 

 

それって、本当に子どもたちにとって大切なことかな?

 

 

 

僕が子どもたちに身につけてほしい能力。

それは自分がやりたいことを見つける、見つけ続けられる能力。

そしてそれを実現する手段を見つける、または作る能力。

 

 

 

このブログは教育関係の方もたくさん読んでいただいてます。

小学生を指導するスポーツ関係者の方もたくさん読んでいただいてます。

 

 

 

実際に教育現場や小学生の指導現場にいない、若輩者が失礼を承知で書きます。

 

 

 

小学生で身につけるべきものは何なのか。

小学生たちに大人が伝えるべきことは何なのか。

小学生に見せるべき大人の姿はどんなものなのか。

 

 

 

少なくとも、デザートを描く方法や、目先の勝利ではないはずです。

少なくとも、大人の言うことを聞かせるために怒鳴ることではないはずです。

子どもたちに読書してほしいなら、大人自身が読書している姿を見せているか。

 

 

 

子どもたちにチャレンジしてほしいなら、言葉よりも大人自身がチャレンジしているかが一番子どもの心に響きます。

 

 

 

ずっと大切にすべき本質的な部分と、社会の変化に合わせて変えるべき部分を整理し、子どもたちを縛るのではなく、子どもたちの可能性を伸ばす関わりをしてあげてほしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

全てはパフォーマンスアップのために。

 

 

 

 

 

中野 崇

 

 

 

 

追伸

ちなみにその授業でわが息子は、型紙をなぜか途中で紛失し、今回の話とは全く別の理由で指導を受けていました笑

 

 

JARTAのトレーニングはお子さんの姿勢や活力にも、良い変化を与えられるトレーニングです。

特に背骨が曲がっている、硬い、というお子さんは情緒にも影響が及びますので、もし気になる場合は一度ご相談ください。

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