こんにちは。
スポーツトレーナー協会JARTA代表の中野崇です。
昨日、PRO CRIXを務めているスポーツニュースサイトVICTORYにて「ピッチャーのグラブ側の腕の使い方」の記事についてコメントしました。
「グラブを持つ手の使い方で球速が一気に上がるメカニズム」
https://victorysportsnews.com/articles/1672
コメントだけではどうしても抽象的になってしまったので、この場を借りて補足したいと思います。
記事の要旨としては、
グラブ側の腕を引くのか、
それともグラブを体の前に置いておき、そのグラブに対して体を寄せていくのか。
前者は日本の伝統的な指導、後者はアメリカでの一般的な指導です。
記事では近年は日本でも後者の方が良いとされるような流れがあるような記載があります。
果たしてどちらが良いのか。
あなたはどう思いますか?
結論から申し上げると、僕はこの議論はあまり意味がないと考えています。
理由は後ほど述べるとして、
まずそれぞれの指導の意図について、分析してみましょう。
どちらにも、指導の意図と「有効と無効の境界線(条件)」があるはずです。
前者、グラブを引けという指導。
これはグラブを引くことで反対側である投球側の肩・腕が入れ替わりで前に出やすくなるのでそれを加速に利用しようという考え方です。
これのメリットとしては、確かにグラブ側を引くことで反対側が加速されるという物理的反応は得られやすくなります。
境界線としては、身体の中心が柔らかく安定し、ズレ合えるのであれば有効、そして「引くタイミング」そして「どのように引くのか」という質的な点です。
この条件を明確にしなければ、選手によって、すなわち「センス次第」で効果の違いが大きくなります。
これらの条件を満たさないで「グラブ側を引いた」場合、共通して起こることは大回りの回転運動です。
回転半径が大きくなるという現象です。
回転半径が大きくなると、一般的に物体(ここでは身体)の加速には時間がかかります。またそこには大きな力が要求されます。
ピッチングを行う身体の構造として、リリースまでに回転できる範囲はある程度決まっています。
なので、加速に時間がかかること・力が要求されることは、リリースに加速を最大化できなくなる可能性を孕んでいます。
そうなると、もうグラブを引くことの意図が満たされなくなり、この場合は「無効な指導」になってしまいます。
身体の中心がズレ合えるかどうかについてですが、これがないままグラブ側を引こうとすると、肩を中心に引く力が生まれ、身体は大回りに回転する作用が生じます。
また、引くタイミング・引き方についても、間違えた時に起こり得ることは同様です。
例えば早くから引いてしまうと、当然下半身から生まれる運動連鎖による加速作用を無視した動きになり、いわゆる「肩の開きが早い」動きになります。
引き方については、肩周りの筋肉を固定した状態で肩関節を支点にして引くと、上記で述べたように大回りの回転作用を引き起こすことになります。
…しかし言葉での説明が難しいですね。。
対してグラブを身体の前に置いてそこに身体を寄せていく指導は、前者の引くタイミングによるデメリット(=肩の開きが早くなる)を防ぐ意図が大きいです。
また、記事にはリリースポイントの安定というメリットも記載がありますが、これはグラブの位置を「仮想の支点」とすることで、運動の再現性を高める作用であると想定されます。
いずれにせよこの動き、すなわち身体の前にグラブを置いてそこに身体を寄せていくだけでは投げられません。
そのあと必ずグラブ側の腕は後方に移動していきます。
このことから、これらの指導方法が意識の発動による運動の誘導であることがわかります。
そしてここまでくれば、両者の方法は「意識を発動するタイミングが違う」ことにお気づきでしょうか?
時間的には、後者が並進運動から回転開始のタイミング。
=主に上半身の回転のタイミングをギリギリまで粘らせて下半身からの運動連鎖を最大限活用しようとする意図がある。
前者が回転開始の直後のタイミング(選手によっては回転のきっかけ)。
=上半身の加速を補助し、最大化しようとする意図がある。
ピッチングの構造から考えて分析すると、これらのようになります。
(もちろんいろんな考え方がありますので、それはそれでいいと思います)
いずれにせよ、冒頭に述べたように僕はこの二つの方法論のどちらが良いか、という議論には意味がないと考えています。
回転のキレが不足している投手には前者のグラブを引く指導が有効ですし、肩の開きが早くて力が分散している投手には後者のグラブに身体を寄せる指導が有効です。
つまり対象となる選手の状態に、有効か無効かの境界線があると考えています。
なので指導者には選手の動作を論理的に分析する能力と、投球ってどんな作用が必要なのかという分析能力の両方が必要です。
それなしにこのような議論をしても無意味です。
グラブの使い方よりも腰の動きや膝の動きに意識を置かせた方がうまくいく選手もいます。
そんな選手にグラブの使い方を闇雲に指導したら、投球のバランスを崩して取り返しのつかないことになったりしますし、実際プロ野球でもそんな選手はたくさんいます。
重要なことは、このような指導の結果、どのような動きが誘導されるのかを指導側が十分に理解して使いこなすことです。
そんなことを理解せずに例えばグラブの使い方を指導し、「あ、この選手にはあんまり効果なかったな」なんてことが許されるでしょうか?
経験論、感覚論、確率論だけでは指導が成立しない理由がこの辺りにあるのではないでしょうか。
お読みいただき、ありがとうございました。
全てはパフォーマンスアップのために。
中野 崇
追伸
僕自身も野球経験者で投手でした。
このような指導の議論は、グラブ側の使い方に関わらず、もう何十年も繰り返されています。
どっちが良いかの二元論だけだと、いつまでたってもこのような議論は終わりません。
その弊害を食わされるのはいつも選手です。
このオフもそんな理由でフォームがわからなくなったプロの投手が僕のところに来ました。
投げ方はボロボロで、「投げ方がわからなくなってます」というのが第一声でした。
当然怪我のリスクも高まります。
僕はこのようなことはもう無くしていきたい。
今度開催する投手用トレーニングセミナーは、僕のこんな想いが詰まっためっちゃ重たいセミナーです。
参加される方は覚悟しといてくださいね笑
投手用トレーニングセミナーの詳細
*追加日程の東京と大阪はありがたいことに1日で半数埋まりました。
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