こんにちは。
スポーツトレーナー協会JARTA代表の中野崇です。
今日は息子たちの保育園の発表会でした。
朝から保育園に行き、子どもたちの姿を見て、家庭で見るのとはまた違う姿に成長を感じる時間でした。
もはや職業病なのですが、子どもって本当に良い動きをするな、、とすぐそんなところを見てしまいます笑
大人だったらもっと固い動きになりそうなところでも、しなやかで力みのない動きをします。
それもほぼ全員。(もちろん年長ともなるとすでに動きの質に差はありますが…。)
それでふと思ったのですが、子どもっていつから「下手な動き」になってしまうのだろうか。
それも大半の人が、もう子どもの頃のような動きはできない。
ということは、もしかしたら社会のシステムに運動が下手になるような理由があるのではないかと仮説を立ててみる。
ただ、ずっと前から言われ続けている、外でのびのび遊ぶ環境の欠乏やゲームの流行による運動不足を語ったって仕方がない。
他の多くの人が語ってくれてるし、こんだけ言われ続けても変わらないなら、それはもはや時代の流れ。
もう生活の環境の中で運動能力が自然と育まれる時代には戻らない。
手段としての運動ではなく、運動そのものが目的になる時代。
だったらその前提で物事を考えないと、何も変わらないのではないかと思います。
そんな中で僕がポイントに考えているのが小学校教育。
保育園などとは比べものにならないぐらい大きな制約を、子どもたちが初めて受ける場。
小学校の先生たちには、もちろん運動能力を含めて子どもたちの能力を高めるチャンスがたくさんあります。
何せ子どもと過ごす時間、交わす言葉が多い。
親以上かもしれませんね。
しかしそれは同時に、子どもたちの能力を「下げる」機会が多いとも言えますね。。
本当に大変な職業だと思います。
もちろん学校教育に子どもの運動能力向上の鍵があると考える人もたくさんいて、「もっとこうすればいい」という意見はたくさんあって、多くの熱心な先生方は知っておられると思います。
それでも、実際は無理、、ということが大半なのではないでしょうか。
じゃあ、、
ということで逆説的に、「子どもの運動能力を下げる方法」を考えてみました。
極端に言うと、これに当てはめなければいい。
これは本来子どもが持っている運動能力を学校や大人という環境によって制限・低下させないためには理解が必要な部分だと考えます。
小学校教育の常識が思ってもみないところで子どもの運動能力に影響を与えているのではないか、という示唆になればと思っています。
子どもの運動能力を下げる方法は簡単です。
例えば授業中に焦点を当てると、
面白くないのにとにかくじっとさせる。
行進や気を付けを徹底する。
選択肢を提示せずにとにかく禁止する。
言葉にすると、
「じっとしなさい」
「ふざけてはいけません」
「姿勢をよくしなさい」
「〇〇してはダメ、〇〇しなければいけません」
これらはすべて、子どもの運動能力を下げる方向に作用します。
「そんなん言っても授業や学校生活を成立させるためには必要でしょ!」という声が聞こえてきそうですね。。
ですので、これらの言葉を全く使うなとは言いません。
この言葉を子どもに使う回数をなるべく減らしてください。
そしてできれば、この言葉を言う必要がある場面では、「同じ意味で違う言い回し」をしてください。
記号学の考え方です。
例えば、〇〇してはダメ、ではなく、「△△したらもっと良くなる」です。
例えば背中丸くしたらダメ、ではなく、「背中まっすぐにしてたらベイブレード上手くなるよ」です。
なぜこれらの言葉が運動能力を下げるのか。
「じっとしなさい」
「ふざけてはいけません」
「姿勢をよくしなさい」
「〇〇してはダメ、〇〇しなければいけません」
これらはすべて、子どもの「運動を制限する言葉」だからです。
行進や気を付け、も同様です。
自由な運動を制限すると子どもの運動能力は低下します。
1日の多くの時間を占める学校生活で、子どもたちは何度も何度もこれらの言葉を浴び続け、運動の制限を受け続けます。
そもそも、子どもはじっとしていられない存在です。
「じっとしていられない理由」、わかりますか?
大きく分けて理由は二つ。
1、好奇心。そもそも子どもが一つのことだけに長時間集中するのは無理です。
いろんなことに興味が移りまくりです。
2、じっとしていると気持ち悪いから。
じっとしているということは、身体が固まることを意味します。
子どもは、そもそもまだ勉強や授業の必要性に対する理解や目的意識が低いですから、固まることを本能的に避ける行動の方が優位になります。
大人がじっとしていられるのは、理性でこれら2点を犠牲にしているからです。
この2つと、学校生活、授業の成立という社会の枠組みがせめぎ合っているのが小学校という場です。
このことを子どもの前提としておかなければ、むやみに子どもの運動を制限し、それが意図せずとも子どもの運動能力を低下させることにつながってしまうことになり得るのです。
とはいえ、実際には決められた指導要領に遅れないように進まなければならないし、そのためには子どもたちにはじっとしていてもらわないと授業が成立しないのは確実。
姿勢がめっちゃ悪い子をほっとくわけにもいかない。
だから両者を成立させるには、授業を面白くするしかありません。
子どもたちが「食いつく」演出。
流行っているアニメを使うとかですね。
めちゃ楽しいことやっている時って、大人が呆れるぐらいずっと同じことをやります。
その時の姿勢はしっかり骨盤が起きているし、何より目が輝いています。
じっとして当たり前、というのではなく、授業としてはここを目指して欲しいなと願っています。
体育の授業にもたくさん問題は感じていますが、それはまた別の機会に。
お読みいただき、ありがとうございました。
追伸1
行動の制限は、同時に目標達成能力も下げます。
目標を達成するとは、目標に向かって必要な行動をとることであり、行動をとることはすなわち運動がその土台にあるからです。
加えて、「〇〇してはいけない、〇〇をしなければならない」は常に正解を求める思考を生産します。
正解ばかりを求める思考は、社会に出れば使えません。
社会に出れば、正解は前提条件やタイミングによって変わってしまうので。。
追伸2
先生の現場の大変さを鑑みずに書きました。
小学校教員の友人もたくさんいるので、怒られるかもしれません。
ただ、先生の最も重要な役割は指導要領を遂行することではなく、子どもたちの人としての成長というのが本質ということを先生方が心得ておられることを承知しての内容です。
ほんの少しでも先生方に現場で使ってもらえそうな部分があれば幸いです。
全てはパフォーマンスアップのために。
中野 崇
JARTAオフィシャルサイト
