話の流れ上、まだご覧になっていない方はこの二つの記事を先にお読み頂けると幸いです。
今回はその流れを汲んだ内容です。
前回までは選手の伸びしろを伸ばすという観点を持つ事の重要性についてお話ししましたが、「伸びしろを伸ばす」ために必要なことは大きくは次の2点。
〈伸びしろを伸ばすために必要なこと〉
①本人にとって「成長したい」「良い動き」というベクトルの基準を作ること。
1)まず、選手がその競技を「楽しい」、「やってて気持ちいい」と感じられているかどうか。
これは高いレベルでケガが少なく選手寿命が長い選手に共通していることです。
彼らの多くが、とにかくその競技が楽しくて仕方ない、やっていて気持ちよくて仕方ない、
という経験を持っています(継続しています)。
「好きこそものの上手なれ」
考えてみれば当たり前ですが、楽しくなくて、気持ちよくなかったら誰がその競技を長く続けたいと思うでしょうか?
誰が寝る間を惜しんでその競技のことばかり考えて没頭する事ができるでしょうか?
これはイタリアでも学んだことですが、とにかく、その競技が好きであること、楽しいと感じられること、やっていて気持ちいいと感じられること、これが何にも勝って肝腎です。
その根底があって初めて全ての上達理論が乗っかる事ができるのです。
本来、スポーツは娯楽なのですから…。
そして身体運動という、僕の専門分野的な観点からしても「気持ちよく動ける」「動いていて気持ちいいと感じる」ことは非常に重要なポイントです。
人間には、自分にとって良い動きならばそういった感覚を感じるセンサーが備わっています。
理屈抜きで、非常に原始的で動物的な部分です。
動物は、自分にとって不快な動きは絶対に運動様式として採用しません。
非効率な動きだからです。
自然の中では非効率な動きは死に直結します。
幼い子どもも同様です。
なのに成長して頭で理屈っぽく考えることを迫られてきた選手たちは、そのセンサーに蓋をしてしまうのです。
筋肉増強の理論を知った選手は、自分の感覚よりも、「筋肉をつける感覚」「筋肉を強く使っている」を追い求めるようになってしまいます。
これは僕のブログでもJARTAの記事でも度々表現していることですが、筋力=パフォーマンスアップではありません。
むしろ良い選手は筋力の発揮は最小限にとどめる、すなわち力まないことに重点を置いています。
テレビで見ていても、良い選手は力みが少ないですよね。
ぜひプレーの合間の選手の行動に注目してみて下さい。
ほとんどの選手が、身体をほぐすように揺らします。これは力んでいると動きにくいと無意識に感じているからですよね。
一流アスリートまで上り詰めることができるアスリートたちは、その点に関しては非常に我を通すことができます。
というより、我慢がならないのかも知れませんが…。
つまり自分にとって不快な感覚が入るフォームは採用しないし、そのような練習は手を抜こうとするのです。
インテルユース|JARTAイタリア研修2014
それが誤解されて(本人も説明することが出来ず)、「あいつはワガママな選手だ」というレッテルを貼られていることもあります。
(ほんとにただワガママな選手もいると思いますが…)
指導者の方、チームで扱いにくいと感じている選手は、もしかしたら超一流アスリートになれる感性を持っているのかも知れませんよ。
選手にそのような基準を選手に備えさせていくためには、具体的な指導場面では、とにかく選手に問いかけることが必要です。
「今のプレーの感覚はどうだったか」
「気持ちよく動けたか」
「無駄な力みはなかったか」
「もっと気持ちよく動くにはどうしたらいいか」
などです。
多くの選手は聞かれて初めて自分の感覚に意識を向けます。
2)指導の際の表現ベクトル
根性、気合い、忍耐力などは非常に重要なものされて指導されてきていると思います。
それらの要素の重要性は確かに否定することは出来ません。
ただ、それを育むための手段には首肯できないものも多く存在します。
つまり、特に子どもたち対象の場合ですが、
「怯えさせて」ませんか?
「失敗を恐れさせて」いませんか?
結論から言いますと、それは選手のパフォーマンスをあげる事、学習させることにおいてはマイナス作用になります。
様々な心理学分野・脳科学分野での検証から、明らかにネガティブな結果が出ているのです。
つまり、例えばネズミでの実験を例に出すと、褒美(エサ)と罰則(痛み刺激)の両方を与えるよりも、褒美だけを与える方がネズミは早く学習し、しかも行動が積極的になったのです。
ではエサ+痛み、または痛みのみの場合はどうなったかというと、ネズミは動かなくなります。
消極的になったのです。
エサを欲しいという欲求よりも、痛みを避けたいという欲求の方が勝るのです。
(指導場面だと、よくやったと褒めることと、何やってんじゃ!と怒ることに置き換えられます。)
これは実際に子ども達にもよく見られる現象ではありませんか?
もしご自身が選手だったらと想像してみて下さい。
怒られると次は「積極的にチャレンジ」するのではなく、「怒られないように」ということが行動の基準になりませんか?
何を目的に指導しているのか、子ども達にどうなってほしいのか、選手にどうなってほしいのか、今一度見直すことが必要な場合もあるかも知れません。
もちろん、嘘をついたり、人を罵倒したりすることに対しては全力で怒っていただきたいので、怒ってはいけないという話ではありませんのでそこはご理解いただければと思います。
続く。
次は伸びしろを伸ばすために必要なこと、その②内的認識力です。
JARTA
中野 崇

