前回ラグビー記事からの続きです。
今回は、
指導という行為の本質に踏み込みたいと思います。

ラグビーに関わらず、トレーニングや競技の指導に関わる方にはご一読いただきたい内容です。
前回記事(相手の力を封じる)はこちら参照。




当日は、指導に携わる方々が集まられるということだったので、僕なりに捉えている指導における要点を、トレーニング理論に加えてお話させていただきました。





要点と言いましても、何を目的とするかで要点など無限にあります。

ここでは、「子ども達の身体能力を伸ばす上で重要な要点」としました。
身体能力には、「ケガをしない」という要素も含むとしています。






では、そもそもトレーナーも含めて指導者の役割を一言で表現すると何でしょうか?

それこそ運動にどのような価値付けをしているかによって無限にあると思いますが、僕は、「選手の伸びしろを伸ばすこと」と考えています。






「伸びしろを伸ばす」






この表現には実はたくさんの重要な意味が含まれています。


例えば、よく指導者やトレーナーにありがちな落とし穴は、「選手を伸ばそう、育てよう」と思い過ぎてしまうことです。

そもそも伸びるのは選手自身であって、その意思を持つのも選手自身であるべきはずです。

そして伸びる努力をするのは選手自身でないと意味がありません。

我々の立場は、その伸びる努力をする方向性やアイデア、コツを提示してあげることだけです。

伸びしろを伸ばすという表現は、まずその部分をもちろん僕も含めて認識しておく意味を込めています。






そしてこの表現には「常にその選手の可能性を探り続ける」という指導者・トレーナー側に求めたい姿勢も含んでいます。

この姿勢は非常に重要です。

なぜなら選手として「あなたにはもう伸びしろはない」と言われたらどうでしょうか?

もし選手が「自分にはもう伸びしろはない」と感じてしまったらどうでしょうか?





現役のサッカー日本代表選手が僕に言ってくれました。

「例えば全てのトレーニングが簡単に出来てしまうことほど、僕にとって怖い事はないです。だって自分には伸びしろがないってことを感じてしまう事につながるから。」





これはジュニア年代に関わらず、全ての選手が無意識にせよ必ず考えていることです。

競技レベルに関わらず、スポーツをやっている以上、「もっと上手くなりたい」と思わない選手はいないはずです。

それほど選手にとって伸びしろや上手くなる可能性って大事なんです。






僕はこれまで自分の伸びしろ・可能性を自ら見い出せなくなっていた選手をたくさん知っています。

そのように感じてしまって引退した選手もたくさん知っています。

そのうちの数人は、今ではJARTAの関係者や認定トレーナーとなって選手を支える立場になっています。

(それらの選手が、JARTAのトレーニングやトレーナーに出会って、「もっと早く出会いたかった」と言ってくれているのです。)






泣きながら引退を相談されたこともあります。

人は自分の限界に気付いてしまったときに心が折れるのだと思います。

でも自分にはまだ可能性があると気付けた選手は前を向けます。

そう感じる事ができた選手はまた努力できるのです。






指導者やトレーナーが選手の伸びしろに気付いてあげることができて、その方向に気付かせてあげられることももちろん重要で、そこが我々のやりがいにもなっているわけですが、でも最も肝腎なことは、「選手自身が伸びしろを感じ続けられること」です。






イチロー選手やカズ選手、武豊騎手がまだまだ現役でやれるモチベーションって、彼らの発言から察するに、きっとまだまだ上手くなりたい、上手くなれると本人が感じているからですよね。
(武豊騎手はJARTAの長谷川トレーナーが担当しているので、直接の話です。60歳まで現役を目指すと言われていますよ)






ではそのために必要なことってどんなことなのでしょうか。

選手がそうなれるために、我々トレーナーや指導の立場にある方々はどうすればよいのでしょうか。


続く。







JARTA
中野 崇