「病む」ことの苦しみは、じつは気づきだったりする。

 答えのないクイズ、みたいなものだけれど、何かを伝えてられている。



  お父さんも、去年の二月なかばから、けっこうたいへんな「病い」に
 なってしまったけれど、

  四つから五つの原因が候補にあがってしまって、いまだにはっきりしていない。

  身体的原因は、職業的(手技療法者として)にはまず間違いない判断だった。



  けれど、皮膚の病が、人間関係のストレスだったり、肝臓の不調が、
 “怒り”の感情に関係していたりする。

  
  病いの原因には、『身体的なこと』 『精神的なこと』 『魂の修行』
 なんてこともある。

  
  答えは、原因“らしきこと”を修正して、その結果を見なければわからない。

  原因がわかると、「病い」も“感謝”になる。

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  心療内科の先生によると、病いの80%以上に、精神的なものが関係している、
という。

  すこしスピリチュアルな話しをすると、
生殖器系の病気の時は、
女性は男性と競うようながんばり方をしていることのストレスだったり、

男性は、男性としての立場がなくなること、自信喪失や、奥さんや彼女に対する、
男性としての役目を果たしていない、ということになるかもしれない。

 病気になることは、けっこう大変だけれど、
ちゃんと受け止めれば、けっこう大きな気づきになる。

 ただ、その答えは、しっかりと自分を観つめないと、わからない。
人生の苦しみは、「四苦八苦」だっていう。

 苦しみっていうのは、その本質を知るだけですこし軽くなる、
っていうから、その苦しみをすこし書いてみようと思う。


 人生を生きていくなかでの苦しみの大元、といえば、
「生まれの苦しみ」
「老いていく苦しみ」
「病の苦しみ」
「死の苦しみ」
 …ということになる。

  けれど、苦しみっていうのは、ある意味主観の問題で、
人には苦しみ、と見えることが、その人にとっては課題だったり、たのしみだったり、
することがあります。

 山登りの趣味がない人にとっては、重い荷物を持って足場のわるいところを歩くなんて、
“遠慮します~~”ってことになると思う。

 『生まれたこと』 …そもそも今在ることが”苦しみ”になっていても、
ちょっとしたことに気づくと、  逆にそれが、すばらしい“感謝”になる。

 ”人生そのもの”が感謝になってしまう。

  人生は、過ぎてしまえば本当にわかるけれど、
 けっして闇ばかりじゃない。

  おそらくは、それを信じられないことそのものが「闇」なのかもしれません。

あなたたちに、何を伝えておけばいいのだろう。

ながいあいだ、人生を生きてきて、気づいたことはいっぱいある。
しかし何を伝え、何を教えればいいのだろう。

 けっして、強要ではないし、無理にきいてほしいことではない。


 お父さんが気づいたことは、理屈や理論で説明は難しい。


 …けれど、いくら歳を重ねても、老いない心や、気づきや感動のある生活を、
”しあわせ”なことなのではないかと思う。

 やはり、年齢を重ねたからこそ、本当にわかることがある。 

  そして若いうちにはけっしてわからないことは、
どんなに歳をとっても、心は老いない、ということだ。

 また、人生というものは、その意義の問いかけを続けるうちは、
いつだってあたらしい、ということかもしれない。

 私にとっては、子どもたちがいてくれた、こと、
 それが私の人生の救いであり、最高の幸せだった。

 子どもたちの存在が、唯一、自分の中の愛を教えてくれた。

  この世での私の生命が、尽きるまえに、これだけは伝えておきたいと、
 …思う。