お父さんがまだ6歳のころ、
お父さんの兄である穣太郎、という人が、(あなたも知っている穣太郎おじさんだよ)
自分のデイトにまで私を連れて行ってくれた。

 兄貴と彼女のあいだに、でんと映っている、私の写真がある。

 …きっと、お邪魔虫、だったに違いない。

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  そんなに私を愛してくれた兄(あなたにとってはおじさん)が亡くなったとき、
長い病気のあとだったので、“…兄き、もういいよな…”なんて思った。

 千葉から、関西まで、病院に見舞いに行ったあとだった。

 苦しそうな姿を見たあとだったので、余計にそう思えたのかもしれない。

 夜の11時ごろ、一人で車に運転しているとき、
いきなり、フッと、そういう想いが浮かんだ。

 家に帰ってしばらくして、義理の姉(兄貴の嫁さん)から、
「11時43分に、息を引き取りました」
 と電話があった…。

 車の中で想いが浮かんだ時間と、ほとんど同じだった。

 きっと、兄が、私を安心させるために、来てくれていたのだろう。

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  そう、この身体は死んでも、魂は生き続ける、という知識が胸に落ちれば、
『死』は、ただ未知の世界に行くだけの怖さになる。
 さて、「四つの苦しみ」の最後、
『死の苦しみ』について。

 「死の苦しみ」について述べるのは、
すこし難しいかもしれない。

 死ぬことが怖くない人なんて、ほとんどいないだろう。

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  でも、お父さんは、自分が5歳で母親を亡くしてしまった経験から、
ずいぶんと『死後(死んでから)』のことを、調べてきた。

 寂しくて、悲しくて、いつも、死んだお母さんに会いたいと思っていた。

 小学生のころには、催眠術を利用して、霊媒になり、母と通信したいと、
思ったほど、だ。

 で、身体は死んでも、魂は死なないのだ、ということを知った。


 じゃあ、なぜ生きて人生をおくってるんだ、っていう疑問は深くなったけど、
母という存在が、肉体には会えなくても、なくなってはいない、と知って、
すこしホッとした。

 これを“知る”と、人と死別する悲しみも、すこし軽くなる。
 人生のなかの「四つの苦しみ」のうちの 
  『老いの苦しみ』
 は、そんなに大変なものじゃない。

  外見や、力の誇示や、若さの誇示、などを価値観にしなければ、
逆に、たのしみなることもある。

 生あることの時間をかけて、生命の意義や、生きていることの意味を
さまざまな経験に耳を澄ますことで、聴いていけば、

 今だからいえるけれど、人生は感動の旅になる。


 その年代になってみなければわからないので、
わかってほしいとはいわないけれど、人生を前向きに過ごしている
すべてのお年寄りに聴いてみれば、おそらく同じ答えが返ってくると思う。

 体力的に落ちていくことは多少は仕方ないけれど、
きっと「心は老いない」といわれるはずだ。
 (体力的にだって、66歳からダンスの競技会まで出て、
 72歳まで現役だった人がいる)

  おそらくは、“老いたな…”と、自分の心で思ってしまうときが、
老いた、時なのだろう。

  はじめの方に書いたけれど、
いつまでも美しく在ろうとするのはいいけれど、しわにだって、
美しい「しわ」が在ることを知っていてほしい。

 本当の外見とは、心の美しさがにじみ出たもの。

 お父さんはそんなふうに考えている。