たぶん日本で一番面白いセラピストだと思われる沖縄のジプシークイーンことひろみ姐さん。この方が最近イチオシのセッションがマインドブロックバスター。

沖縄でヒーリングサロンと占いサロンを持ち、自身のセッションとセミナーをこなす傍ら、数々の講師を招いてセミナーやイベント、海外ツアーをオーガナイズするひろみ姐さん。

有名どころから超マニアックなものまで数多くのセッションを体験している姐さんがそこまでオススメするってどんなものなんだろう?と興味を持った。

で、ネットで検索して色々調べたけど正直書いてあることだけでは全然理解できない。むしろ胡散臭い。ひろみさんのブログを読んでなかったら立ち止まることはなかっただろう。

信頼している人のコトバってすごい影響力。興味を持っただけでトントンと話が展開して、私はその得体の知れない、体験したこともないマインドブロックバスターのセミナーを受講することになっていた。しかもひろみ姐さんが講師。いやー面白い3日間でしたよ!これ先月の話。


あんまり面白かったからさらにインストラクターコースも受講することにした私。今日これから第一回目を受けに行って来る。

何がどう面白いのかは追々書いて行く予定。

ということで今日からしばらく東京生活。中野セッション、まだ21日火曜日の午後に1枠空きあり。

ご縁のある方、お待ちしていまーす。







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大島の椿祭りも終わりに近付いている。

元町港の夜祭りは昨日が最終日で、一度も見ていなかった私は温泉に行く途中でちょっと覗いてみた。

温泉の閉館時間も迫っていたのでヨサコイと御神火太鼓だけ見た。

ヨサコイは正直興味がないのだが大勢の参加者の中で1人だけ目を引く人がいた。たぶんこのチームの指導者と思われる女性で動き方がぜんぜん違った。カラダの中心がブレることなくキレイにポーズを決めていく様に目が離せなくなってけっこう熱心に見てしまった。

御神火太鼓はさすがの迫力、ザ.郷土芸能!

途中で高校生男子ふたりで叩く演目があって、このうちの1人がまた良かった。力強い太鼓を叩きながらも肩にチカラが入っていない。バチの先まで自分のカラダのような、しなやかで綺麗な動きだった。

もっと見ていたい気持ちを抑えながら温泉へと向かいつつ考えた。ああいうカラダの使い方をしている人を見ると何でこんなに気持ちが良いのだろう?

見ている自分までが整う感じがする。

中心が定まる、というのは自然のエネルギーがすぅーっと滞りなく流れていく状態。中心がズレてるとチカラでカラダを支えなくてはならないのでどこかに澱みができる。

カラダによどみが出来るということは宇宙に澱みを作っているのと同じことだ、宇宙の一部だからね、責任重大。

そんな問題を抱えているのは地球上で人間だけだ、他の生き物はちゃんと自分のバランスを知って動いてる。

ヨサコイを見ただけで脳内が宇宙の澱みを心配するとこまで飛躍するおバカさんも人間だけだろう。きっとアタマが澱んでいるんだ。

順番からいくと意識がカタチを生むのだろうが、カタチを整えればある程度の意識もついてくる。武道や茶道など「道」が付くものは型があり作法がある。

私はそういうのやっていないけど、中心が定まった綺麗な動きをすると自分だけでなく周囲の人まで整うのだったらやはり日常で心掛けたいと思った。

世界が良くなっていく根本て、案外こういうところにあるんじゃないかと思う。



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今回の引っ越しでは大量の物を捨てた。

人生で一番捨てた。

押入れに収納されていた物の大半は要らない物だった。ほとんど東京から持って来て、しまって、そのまま使われずにいた物だ。

思い出があったり、プレゼントでもらった物だったり、自分的には高価な物だったり…捨てる決断がつかないままただ所有してきた物たち。

私が記憶喪失になったら迷わず捨てるであろう。

つまり記憶への執着。

今ここにいる自分には必要がない物。

そういう物をバシバシ捨てた。捨てるほどに活力が湧いてくる。

物を捨てると空間を得る。

この空間に価値があるとは気付いていなかった。

今までただ物を得ているつもりであったが空間と引き換えにしていたのだ。

お金と交換するだけではなく空間も差し出していたのだ。そこんとこ無意識だったわー。

そして物は無言でお世話を要求する。

多分している。

ほったらかされた物達から無言のプレッシャーが放たれていて何かが吸い取られていく感覚がつらかった。

世話も出来ないくせにペットを飼ってしまったようなプレッシャーと罪悪感。

荷物を捨てるたびにそこから解放されていく。

そうやって散々捨てたにもかかわらず軽トラ4台分の荷物が残った。その後自分の車でも運んでるからもっとある。

現在、寝室とマッサージする部屋とキッチンまでは何となく使えるようになったが1階のリビングに大量の荷物が放置されたままになっている。

でもとりあえず生活出来ている訳で

…もしかして、あれは要らない物?

本もなければないで読まないし、音楽もタブレットでインターネットラジオから好きなジャンルを選んで聴ける。

まぁ、お気に入りのアルバムをもっと良い音で聴いたり、好きな作家の本を読みながら珈琲飲んだりする時間は豊かだ。

必要な物の優先順位ってなんだろう?

豊かで密度の濃い時間と空間を得るために何が必要で何が邪魔なのか。

よーく考えながら今から1階の荷物を片付け始めよう。




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私はずーーーっと不調であった。

特に大島の家にいる時。

朝目が覚めても動けない、家事が出来ない、人付き合いを避けたい、仕事以外は家に引きこもる、疲れているのに眠りが浅い。

医者に訴えたら向精神薬を処方されそうな状態が7年も続いた。

鬱病ってワケじゃない、と思ったのは島の外に出ている時は元気だったからだ。

仕事、セミナー、瞑想キャンプ、月の半分くらいは出掛けていたのでそのせいで疲れているのかとも思っていた。

持病のC型肝炎があるので疲れやすいのも事実であるが、その割には過酷なフジロックの仕事も毎年ちゃんとこなせていた。

つまりやれば出来るのに家に帰るとひたすらダラダラしている。

それってただの駄目な人じゃん!!

このことでずいぶん悩んできた。

セラピーやリーディングを受けたりしたが、どんなに納得する答えをもらっても家に帰れば元の木阿弥。

瞑想で素晴らしい体験をしても家に帰ればまたダラける。

もしかして家に悪い霊がついているとか?!

そういうことも分かるというQXって機械で調べてもらったら霊の影響はないけどこの家は磁場が狂ってる、地下に水脈があるのではないか?と言われた。

一番いいのは引っ越すことだけど無理な場合は…ということでベッド周りの配置とか改善すべき点を教えてもらったりして若干マシになったが根本的には変わらなかった。

大島に引っ越してから呆れるほど移動をしまくっていたが、それもこの家から逃れたい一心だったのかもしれない。

環境は良かった。自然に囲まれ広い庭と日当たりの良い家。しかし家は痛んでいた。壁や天井を漆喰でリフォームしてもらって一見キレイだったが内側は腐食していて、もっても5~6年と言われていた。前の住人の荷物や管理人の荷物もガレージや押入れに残ったまま生活していた(そういう条件だったので)。

好きで移住したはずの大島に帰ることがあまり楽しくなかった。だらしのない自分をどんどん嫌いになっていってた。

それがですよ!

引っ越した途端、夢から覚めたかのように全てが変わった。

朝は早く目覚め、午前中からテキパキ用事をこなせる。やろうと決めたことがちゃんと出来る。夜もぐっすり眠れる。

同じ景色もキラキラ輝いて見えるほどに、あーもう大島大好き!って叫びたくなるほどに

自分が変わった。

いやー、空間も含めて自分な訳だね、ものすごくよく分かった。

合わない場にいるってことはエネルギーが乱れるんだよね、それは努力で補うにも限界があり、合う場所に移動するのが一番健全なのだということが分かった。

もう引っ越し後の自分が新鮮でしょうがない。

新しい自分が楽しい。

こんな気持ちになれるなら7年も無駄ではなかったと思える。

生きてると色々ありますなー。










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おうち探しの旅②を書く余裕なんてないままに引っ越し祭りは終了した。

今度は自分の家っていうよりお店みたいに人が集まれるところにしたいなーと思っていたら、ホントにお店みたいな家が見つかった。

みたいな、というより店をリフォームして住居になってる。
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リビングにはカウンターがある。

いや、リビングという呼び方にはかなり無理やり感あり。どう見てもスナック。

しかもカウンターの中は設備を外したまんま。
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…ここは隠して収納スペースにしようかと。

場所は元町港のすぐ近く、二階の窓からは工事のトラックの向こうに海が見えるリアル港町。

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海が見えるといっても全然素敵ではないのだが、なぜか私はこの家が大変気に入ったのである。

今度はお店みたいな家にしようと思ったのは東京の仕事で使わせてもらってるスペース、中野ムーガの影響だ。

ムーガはオーナーのご好意で良心的な価格で宿泊までさせてもらってるレンタルスペース。いつも綺麗に整った空間で気持ちよく仕事させてもらってる。

そこに行くと普段片付けの苦手な私でもキチンと生活しようという気持ちになる。

なんで自分の家だと出来ないのか?

他人のスペースには気を使って綺麗にするのは何故か?

そこに「自分の」「他人の」というエゴがあることに気付いた。

自分の物は雑に扱ってもよいのか?

この世界に自分の物などあるのだろうか?

そもそも自分てなによ。

よく分からないけど自分への執着と向き合い、それを解放するための場所を作ろう、ということに決定した。

お店みたいな場所だがお店ではない。

まだ荷物を運び込んだだけの状態で上京して来てしまったが、帰ってからの場所作りがとても楽しみだ。















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7年前、伊豆大島に移住を決めたきっかけはナンシー.クラークというヒーラーのリーディングだった。

その時「どうやったら家が見つかりますか?」と質問してみた。大島では不動産屋が管理する物件はヒジョーに少なく人づてに頼る以外に方法がない。そして新たなる余所者に貸したがる人もなかなか居ない。

ナンシーは言った。「自分が住みたい家をイメージするのよ。家賃や外観や間取りを出来るだけ具体的にね」

島の家はほとんど平屋の日本風、だが私のイメージはこうだった。

「可愛い二階建てで海と山が見えて家賃は3万円」

島の友人達にそれを伝えると皆さん「ふざけるな」とのお返事。

いやー見つからない、見つからない。東京からやって来て1ヶ月半家無し、不安で涙ぐみながら、それでも条件に合わない家は断り続けていた。

でもね、あったんです、条件通りの家が。
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別荘に建てられた家、写真では見えませんが土台が1メートルくらい高くしてあって二階からは海も山も見える。
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敷地は380坪。
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そして家賃は3万円!後に大家さんが変わった時の手違いで何故か2万円に値下がり(下がった時にも魔法が起こるきっかけがあったのだが、それはまた改めて書きます)

いくら大島が安いと言ってもこれは夢の物件であった。

しかし格安にはワケがある。家の裏側の壁が腐食していて、もっても5年だろうと言われていた。

そして7年経過、雨漏りが増えてきてさすがに引っ越しを考え始めた頃にやって来ました、爆弾低気圧!

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裏側の壁はあと一歩で破壊されるところであった。嵐も佳境に入った頃、さすがに怖くなってこの家のリフォームをしてくれたAさんに来てもらった。

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大概のことには「大丈夫だよ」と言ってくれるAさんだが、この時ばかりは顔色を変えて「もう駄目だよ、壊れるかもしれないよ!」と言いつつ家の中から材木を打ち付けて応急処置。おかげで何とか持ちこたえた。

怖かったー、住んでる家が倒壊の危機に遭うとは思わなんだ。もう、311以来の衝撃。

もうこの日家が揺れに揺れたから家中が歪んであちこちギシギシいい出したし、雨が色んなとこから侵入して来るようになった。

おうち、強制終了。

そして引っ越し先を求めてまた新たなる旅が始まるのであった。

つづく











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最近ヒプノセラピーのセッションをよくやってる

それぞれの方が受け取るメッセージはなかなか感動的だ

アタマで考えるのではなく、潜在意識からやってくるコトバは胸に響く

日々そんな体験に接しているうちに、自分もヒプノのセッションを受けたくなったが大島ではやってくれる人がいない

なので今日はセルフヒプノでハイヤーセルフのメッセージを受け取りに行ってみた

特にセルフヒプノのテクニックは習っていないが、いつも自分が誘導するのと同じ道筋をひとりアタマの中で辿ってみる

ハイヤーセルフの部屋に到着すると、いつもと同じ静かな目をしたイケメンハイヤーセルフが現れた(ハイヤーセルフとは高波動意識なので姿は自分のイメージの産物だ)

名前はアレックス

以前ヒプノのセッションを受けた時に「ハイヤーセルフに名前をつけてください」と言われ、なぜかアレックス.パターソンが出てきたのでそのまま命名したのである

アレックスに聞きたいことは色々あった

原発の今後とか、このまま関東に住み続ける選択で良いのかとか、東京にいる家族をどうしたら良いのかとか…

アレックスは言った
「私の目線で見れば分かりますよ、ちょっと体験してみますか?」

へーっ!今まで質問に答えてもらったことはあったけど自分がその意識を体験したことはなかった

私はアレックスに溶け込んでみる



あっらー!これはもう全然世界が違うのであった

例えば今までの私が木で出来ているとする

ゴツゴツと武骨な形でところどころ表面がささくれ立った木をせっせと磨いてきたわけだ

だんだんと滑らかな形になりツヤツヤと輝きも出てきたように感じていた

これをさらにピカピカに磨くぞーと思っていたのであるが

アレックスの世界は透明な水晶で出来ていた

木をいくら磨いてもここには届かない

ここに来るには木製の自分を手放さなければならない

そういうことだったのか

木の自分が悩んでいることは木に属する悩みであって、水晶の世界にはまったく当てはまらなかった
つまりノープロブレム

ふーん

元の自分に戻って目を開けて、しばらくボーっと考える

手放すってことの意味

手放した結果あんなクリアな世界に行けるんなら安心して手放せるな

今心配していることは、今自分がいる次元に執着しているから起こることなんだな

つまり本質的なことではないってことだ

今持っている世界が最高で、これをどんどん磨いていくんだって決めつけないで

もう想像を超えた別の世界が待っているということを受け入れる

うまく言えないけどそんな感じを味わった

気持ち良かったからまた行ってみたいな

アレックスの世界
今日出会った日月神示のコトバ


「今の武器は幽界の裏打ちあるぞ。
神界の裏打ちある武器でなくてはならん。
まことの武器ぞ。ビックリであるぞ。
念からつくり出せよ。
その念のもとをつくれば、神から力を与へるから、
この世の力と現はれるぞ。
念の凸凹から出た幽界を抱き参らさねばならんのざ。
中々の御苦労であるなれど、
幽界を神界の一部に、力にまで引きよせねばならん。
(春の巻 第46帖)

念が新しき武器であるぞ。
それでは人民まわりくどいと申すであろうなれど。
ものごとには順と時あるぞ。
もとのキから改めて下されよ。尊き御役
(春の巻 第47帖)

念なりと、今の人民申す思想はマコトの念でないぞ。
思想は思想ぞ。念とは力であるぞ。
実在であるぞ。喜びであるぞ。
喜びは神ぞ。弥栄。
(春の巻 第48帖)

カタは形をもたねばならん。
念は語ることによって現れるのぢゃ。
・が無なればなる程○は有となるのであるぞ。
このことよく判りて下されよ。
肚の中のゴモクすてるとよくわかる。
(春の巻 第11帖)」


念は思想じゃないらしい、アタマで考えても念の武器はつくれない

念は語ることによって現れるらしいのでナニを語るかはやはり大切だ

肚の中のゴモクすてるとよくわかるんだね

ワタクシまだまだゴモクを搭載しておりますのでわかっちゃいないことでしょう

今いろんなことが起こっていて、不安や恐怖や怒りや打算や保身や護身やもうぐるんぐるんしている方も多いことでしょうが

今、この場でできること

回りくどいとか思わずにキを改める(気、機、基、期、器…)

ものごとには順番があるらしいので、それをしなくちゃ始まらないんだね

個人の選択は様々だけど、何をしながらでもキを改めてハラの中のゴモクを捨てるってことを忘れないで行動したい

それをしなくちゃ、どれだけ戦っても、どこまで逃げても、たぶん世界は変わらないんだと思う

まず自分の中をきれいにしよう

チカラであり、実在であり、喜びである念で出来た

ビックリするようなまことの武器を、みんなが手にするかっこいい日に向かって
この世のすべてはエネルギーで出来ている

カラダも意識も石も植物も愛もお金もエネルギーのひとつの形態にすぎない

国土やお金や天然資源や人の尊敬なんかを巡って戦争が起きるわけだが、つまりはエネルギーの取り合いだ

電気なんかは分かりやすいエネルギーだ

今までは天然資源を使って発電してたのが、それじゃ足りなくなるっていうので原子力というものを使うことにしたのだろう

与えられたエネルギーの範囲でやっていこうと思わないのはなぜか?

そんなことじゃお金エネルギーが集まらないからだ

なんでそんなにお金エネルギーが必要だと思うのか

愛情もそうだ

たとえば化粧品エネルギーで自分を補うのは他人からの愛情を集めたいからだろう

なんでそんなにエネルギーを集めたいのか

それは自分のエネルギーでは足りない、枯渇していくという不安があるからだと思う

そして人間の目指すところは突き詰めてみれば非常にシンプルで

幸せになりたい、ただそれだけなんじゃないのかな

宗教なんかはその部分を追求するのが目的なはずなのだが、いつの間にか権力エネルギーや尊敬エネルギーの奪い合いに発展することが多い

どうしてそうなっちゃうのか?

生きているうちに自分のエネルギーを高めていきたいと思うのは自然なことなのだろうが

よそからエネルギーを持ってきて自分のものにしようとしてもなかなか身に付かないのではないか?

電化製品が進化して自らの能力が退化していく様子はわかりやすい

お金や物や愛情や

失うことがあるエネルギーは元々自分のものではないってことだ

だから不安でより多くをかき集めようとする悪循環

そろそろ気が付く時期なのだろう

決して失われることのない無限のエネルギーとは何なのか

どうしたらそれと繋がることが出来るのか

いや私もよくわかりませんが(笑)

多分それはある

そこに向かってる

それだけは確信している

皆さんこちらですよ、と案内できなくてすみません

ということで

まだ続く

震災以降、東京は節電体制

もう慣れてしまったが初めて見た時はその暗さにびっくりした

実家のある調布は元々都会じゃないし近所も畑や住宅なので気が付かなかったが

都心に出ると駅やデパートの照明や街灯の消えた街は寂しくしぼんで見えた

大島は月のない夜は前も見えないくらい暗かったりするのだが、この寂しさはない

見えなくてもそこには大地や植物や動物 の生きるエネルギーが漂っているからだろう

コンクリートに覆われた都会が輝いていたのは電気のせいだったのだと気が付く

私はバブル期の東京を知っているがあの当時の消費電力は異常であった

ベイブリッジから電飾輝く夜景を眺めた時、こりゃもうすぐ崩壊するなと思ったことを覚えている

電気で輝いているからチカラがあるように勘違いして次々と自然を潰していった東京

それが消えた時に残ったものは命がない無機質な環境

暗い街を見て、あっ、電気に騙されてた!と思った

私は昭和36年生まれ、電化製品の発展と共に育ってきた世代である

子供の頃の電化製品なんて電球とラジオ、白黒テレビ、洗濯機(脱水は手動でグルグルするやつね)あとはトースターとこたつくらいかな

冷蔵庫は木製で氷で冷やすものだった

電話も掃除機もなかった

近所ではまだ井戸を使ってる家もあり、その家の洗濯はタライと洗濯板だった

1970年の大阪万博、私は日本の未来館に入った時のことを覚えている

そこには顔を見ながら電話が出来る大きなテレビ電話があって、うわーまさか実現しないよねーと思ってた

スマホでスカイプやってる未来など想像するのも無理な時代である

テープレコーダーがカセットテープになり、8ミリフィルムがビデオになり

ウォークマンが誕生し(iPod世代の皆さんは初期の巨大な代物を見たら腰を抜かすであろう)レコードがCDになり、ポケベルが携帯電話になっていく

コンピューターが普及し始め、今ではこうやって携帯からネットにつないでブログを投稿し、たくさんの人に読んでもらうことが可能だ

手塚治虫先生もここまでは想像しなかっただろう

なんかもう色んなことが出来る気分になっていたのだが

実は電気がやっていたのであって私が何か出来ていたわけじゃなかったのである

それどころか電気に頼ってた分いろいろ出来なくなっていた

ホウキやハタキを使った掃除、手縫い、手洗い、鍋で炊飯、辞書で物を調べたり、手紙を書いたり

以前は当たり前だったことをもう長いことしていない

ということは10代の子には未経験のこともあるだろう

私たちはいつの間にか能力が衰えている

電気に依存してチカラを失っていた

前の日記で化粧品に対する依存を書いたけど同じことだ

電気がないと何も出来ないように仕向けられ、しかもその電気の供給はひとつの会社が独占しているのである

やられたっ!て気がついた


ということで

2に続く