続)三匹荒野を行く
てな訳でだな、要は以前、俺の動画ベンジーシリーズを語るでも触れたが、この作品も主要人物、ハンター一家やロングリッジやお手伝いの老夫婦、三匹が旅をしていく過程で様々な人間と出逢う訳だが、基本的にワンニャン目線でストーリーが進む訳よ
で年寄り犬ボジャーは歩き始めて直ぐに 疲れて休憩したり、シャム猫テイオは途中で道草ばっか食う訳
で道中、養鶏所の鶏を盗まれると勘違いされて発砲されたり
熊にテイオが立ち向かったり、山猫に追い回されたり、川を横切って向こう岸に行かなければ先に進めない、そん時にルーアと年寄り犬ボジャーはなんとか石をつたい向こう岸に着けるが、テイオは川に落ちて激流に飲まれて流されてしまう
でAmazonでだな三匹荒野を行くの購入者の一人が感想でこのシーンを見てこの映画は虐待映画だ!と言ってる訳よ
確かに今時のCGとか使ってないから、直に猫を川にドボンとやってんだろうな
リアリティーを生むには昔の映画って動物にある程度手荒な演技させてるだろう。その後の処理が大事だが、確かにこの映画、熊にテイオが襲われそうになったり、山猫に追われたりそういうシーン全て虐待にあたるよな
けど良く考えたらだな、それを言ったら動物に演技をさせたり、サーカスでライオンに火の輪くぐりさせたり全て虐待になってしまわんか?
例えばラブいぬベンジー初めての冒険やがんばれ!がんばれ!ベンジーなんかは動物は一切傷付けておりませんと表記がされてんだよ
こういう虐待、虐待と視点で見る連中の為に表記しても良かったかもな
まあそれはさておき川に流されたテイオはある家族に拾われてそこの娘さんに気に入られて、飼われる事になる訳、けどルーア達の事が忘れられず、夜中にこっそり家を抜け出しルーア達を探しに向かう訳
で一方ルーアは山嵐にちょっかいをだし鼻に山嵐のトゲが数本刺さる訳、で抜けない訳
そこで鴨猟に来ていたハンターにルーアが拾われ、トゲを抜いて貰ったり、その時にやってきたボジャーがハンターが針を抜く痛々しそうなルーアの姿を見て、虐められてると勘違いして噛みついたり(笑)トゲを取るのに邪魔をするんで、カミサンにドアの向こうに連れてってくれと言われボジャーがドアの向こうでドアを開けろよとばかりにピョンピョン跳ねるんだわ(笑) 続)
で年寄り犬ボジャーは歩き始めて直ぐに 疲れて休憩したり、シャム猫テイオは途中で道草ばっか食う訳
で道中、養鶏所の鶏を盗まれると勘違いされて発砲されたり
熊にテイオが立ち向かったり、山猫に追い回されたり、川を横切って向こう岸に行かなければ先に進めない、そん時にルーアと年寄り犬ボジャーはなんとか石をつたい向こう岸に着けるが、テイオは川に落ちて激流に飲まれて流されてしまう
でAmazonでだな三匹荒野を行くの購入者の一人が感想でこのシーンを見てこの映画は虐待映画だ!と言ってる訳よ
確かに今時のCGとか使ってないから、直に猫を川にドボンとやってんだろうな
リアリティーを生むには昔の映画って動物にある程度手荒な演技させてるだろう。その後の処理が大事だが、確かにこの映画、熊にテイオが襲われそうになったり、山猫に追われたりそういうシーン全て虐待にあたるよな
けど良く考えたらだな、それを言ったら動物に演技をさせたり、サーカスでライオンに火の輪くぐりさせたり全て虐待になってしまわんか?
例えばラブいぬベンジー初めての冒険やがんばれ!がんばれ!ベンジーなんかは動物は一切傷付けておりませんと表記がされてんだよ
こういう虐待、虐待と視点で見る連中の為に表記しても良かったかもな
まあそれはさておき川に流されたテイオはある家族に拾われてそこの娘さんに気に入られて、飼われる事になる訳、けどルーア達の事が忘れられず、夜中にこっそり家を抜け出しルーア達を探しに向かう訳
で一方ルーアは山嵐にちょっかいをだし鼻に山嵐のトゲが数本刺さる訳、で抜けない訳
そこで鴨猟に来ていたハンターにルーアが拾われ、トゲを抜いて貰ったり、その時にやってきたボジャーがハンターが針を抜く痛々しそうなルーアの姿を見て、虐められてると勘違いして噛みついたり(笑)トゲを取るのに邪魔をするんで、カミサンにドアの向こうに連れてってくれと言われボジャーがドアの向こうでドアを開けろよとばかりにピョンピョン跳ねるんだわ(笑) 続)
三匹荒野を行く
1963年のディズニー作品、心暖まるワンニャンムービーっていやあ、この三匹荒野を行くに尽きるかなと個人的に思ってる訳だ
まずこの作品1993年にリメイク 奇跡の旅と1996年の奇跡の旅2 サンフランシスコの大冒険も作られてるが、こちらは喋るワンニャンムービーになってて犬種や猫種が大幅に変わっているストーリーも改良されてるよ
片やこちらの三匹荒野を行くはワンニャンの動向をドキュメントタッチとナレーションでストーリーを進める形になってる、しかもナレーションの吹き替えは今は亡き久米明さんだぞ!久米明。大陸ドキュメントのナレーションやらせたら右に出る者はいない久米明な(しつこいってか?)
しかし三匹荒野を行くって邦題が正にその時期ならではって言うかさ、まるで三匹が斬るみたいな(笑)
ストーリーは若いゴールデン・レトリバーのテイオーと年老いたブルテリア犬ボジャー、やんちゃなシャム猫のテイオを飼っているカナダに住むハンター家は半年イギリスに滞在する為に家を留守にする事に、しかし三匹を滞在先に連れてはいけない
そこで友人のロングリッジに三匹を預ける事に、しかしロングリッジも3週間カモ猟に出掛ける為、家を空ける事に三匹は留守番をする事に、猟に出掛ける間、家の掃除をする事になった老夫婦に三匹を頼みます手紙を残し(後々この手紙がテイオのせいでとんでもない誤解を生む)
ロングリッジが猟に出掛けた後に、ルーア達三匹は西に飛び立つ雁の群れを見てあの懐かしい我が家に帰りたいと思い、300キロ離れた主人の家を目指す為に三匹は旅立つのだった
そこで色々な出来事に出会いながらも三匹は家に向かって進み続ける、果たして年寄りのボジャーと気まぐれなテイオを引き連れ若いルーアは無事に主人の家に辿り着く事が出来るのか?てな、ワンニャンロード?いや荒野ムービーになっている続)
まずこの作品1993年にリメイク 奇跡の旅と1996年の奇跡の旅2 サンフランシスコの大冒険も作られてるが、こちらは喋るワンニャンムービーになってて犬種や猫種が大幅に変わっているストーリーも改良されてるよ
片やこちらの三匹荒野を行くはワンニャンの動向をドキュメントタッチとナレーションでストーリーを進める形になってる、しかもナレーションの吹き替えは今は亡き久米明さんだぞ!久米明。大陸ドキュメントのナレーションやらせたら右に出る者はいない久米明な(しつこいってか?)
しかし三匹荒野を行くって邦題が正にその時期ならではって言うかさ、まるで三匹が斬るみたいな(笑)
ストーリーは若いゴールデン・レトリバーのテイオーと年老いたブルテリア犬ボジャー、やんちゃなシャム猫のテイオを飼っているカナダに住むハンター家は半年イギリスに滞在する為に家を留守にする事に、しかし三匹を滞在先に連れてはいけない
そこで友人のロングリッジに三匹を預ける事に、しかしロングリッジも3週間カモ猟に出掛ける為、家を空ける事に三匹は留守番をする事に、猟に出掛ける間、家の掃除をする事になった老夫婦に三匹を頼みます手紙を残し(後々この手紙がテイオのせいでとんでもない誤解を生む)
ロングリッジが猟に出掛けた後に、ルーア達三匹は西に飛び立つ雁の群れを見てあの懐かしい我が家に帰りたいと思い、300キロ離れた主人の家を目指す為に三匹は旅立つのだった
そこで色々な出来事に出会いながらも三匹は家に向かって進み続ける、果たして年寄りのボジャーと気まぐれなテイオを引き連れ若いルーアは無事に主人の家に辿り着く事が出来るのか?てな、ワンニャンロード?いや荒野ムービーになっている続)
更に続)ランブルフィッシュ
そしてラストは....
ネタバレになるがラストはモーターサイクルボーイが銃弾に倒れ、町中の人間が集まり嘆き悲しむ姿は、どれだけ彼が凄い伝説的な男だったか、皆に内心、愛されていたかが良く分かる
モーターサイクルボーイは闘魚達の入った水槽を川に逃がす途中で、銃弾に倒れた、ラスティは地面にぶちまけられた水槽を拾い上げ、のたうち回るランブルフィッシュ(闘魚)を水槽に戻し、川に運び逃がしてやるのだった
そしてラスティは兄貴の最後に言い残したバイクで海岸に行けと言う言葉の通り海岸に行き波打ち際に立ち尽くすのだった....
この作品やあ、アウトサイダーもなんだけど、特にランブルフィッシュは刹那的な作品なんだよ。見る人から見りゃじれったく哲学的なメッセージも含まれてて単純に合わない人も居るだろうな
要は争いなんて何の意味もなさないって事を言ってんだけどな
実は俺自信、アウトサイダーより何かを感じる映画になったかなと、アウトサイダーも兄弟愛や仲間愛、若者達の葛藤とかテーマになっててそこは変わらないけど、ゴッドファーザーと家族愛と実は争い事は虚しいんだよってのを真っ向から争いをテーマにした上で陰に訴えてる気がする。コッポラの作品てマフィア撮ろうが不良撮ろうが、そういう一貫したテーマがあると思う
てな訳で若さの葛藤、貧しさ、怒り、争いの本質を紐解き、切なくそれでいて見る者に心突き刺さる名作だと俺は思うぞ、1983年の作品ランブルフィッシュ
見ろよ。てめえら!!!!!!
ちなみにこの作品、1984年 サン・セバスティアン国際映画祭で2部門受賞 サントラがゴールデングローブ賞 作曲賞ノミネートだってよWikipedia参照(笑)
ネタバレになるがラストはモーターサイクルボーイが銃弾に倒れ、町中の人間が集まり嘆き悲しむ姿は、どれだけ彼が凄い伝説的な男だったか、皆に内心、愛されていたかが良く分かる
モーターサイクルボーイは闘魚達の入った水槽を川に逃がす途中で、銃弾に倒れた、ラスティは地面にぶちまけられた水槽を拾い上げ、のたうち回るランブルフィッシュ(闘魚)を水槽に戻し、川に運び逃がしてやるのだった
そしてラスティは兄貴の最後に言い残したバイクで海岸に行けと言う言葉の通り海岸に行き波打ち際に立ち尽くすのだった....
この作品やあ、アウトサイダーもなんだけど、特にランブルフィッシュは刹那的な作品なんだよ。見る人から見りゃじれったく哲学的なメッセージも含まれてて単純に合わない人も居るだろうな
要は争いなんて何の意味もなさないって事を言ってんだけどな
実は俺自信、アウトサイダーより何かを感じる映画になったかなと、アウトサイダーも兄弟愛や仲間愛、若者達の葛藤とかテーマになっててそこは変わらないけど、ゴッドファーザーと家族愛と実は争い事は虚しいんだよってのを真っ向から争いをテーマにした上で陰に訴えてる気がする。コッポラの作品てマフィア撮ろうが不良撮ろうが、そういう一貫したテーマがあると思う
てな訳で若さの葛藤、貧しさ、怒り、争いの本質を紐解き、切なくそれでいて見る者に心突き刺さる名作だと俺は思うぞ、1983年の作品ランブルフィッシュ
見ろよ。てめえら!!!!!!
ちなみにこの作品、1984年 サン・セバスティアン国際映画祭で2部門受賞 サントラがゴールデングローブ賞 作曲賞ノミネートだってよWikipedia参照(笑)