ドクターエックスの見ろよ、てめえら! -6ページ目

アンコール!!

仲違いしていた、息子にステージを見に来てくれと思いきって頼めたのも、マリオンの意思がアーサーに乗り移ったからである。ジェームズは行かないと断るが、アーサーの思いに気づいたのだろう、ステージに孫娘を連れてくるのだ。

白けた観客達を尻目に、なかなか唄い出せないアーサーを一押しする、頑張って!おじいちゃん!の孫娘の声援

アーサーはためらいながらも、唄い始める、このシーンを見ているとアーサーのマリオンへの思い、息子や孫娘、エリザベス、年金ズの仲間達、そして自分の為に感情をさらけ出し唄い上げる姿が見事に表現されている。その感情に自分自信押し潰されそうになりながらも72歳で唄うアーサーの姿に俺は素直に感動して泣いてしまった。

それが観客達や息子と孫娘にも伝わったのだろう。拍手喝采で幕を閉じる。唄には力があるのだ。

そして3位入賞、アーサーは息子とも和解し、唄を続けてゆくだろうマリオンと共に....

この作品は大作では決してないが、不器用な男が妻の死をきっかけに周りの人間との繋がりの大切さに気付いてゆく作品である。ありきたりだが人は一人では生きていけない。今までは明るいマリオンが世話をしてくれていたお陰で人に心を開かず、他人と一線を引き生きてこれた。しかしそれが消えた時....自分から世間との繋がりを築いてゆかなければいけない時がやがて訪れる。それは妻に限らず、仲間にも親にも言える。
そんな事を教えてくれる作品だ。

ちなみに合唱団が練習するシーンで今年他界したイギリスのレミーキルミスターのバンド。モーターヘッドをエリザベスが語るシーンがある、メタルだってすばらしい!音楽の形に拘る必要はない!とさすが、イギリスのバンドを出す辺り監督は分かってるなというシーンである。音楽にメタルもクラシックも格式も関係ない、それも暗にこの作品は訴えている
てな訳で頑固じいさんが妻の死を切っ掛けに大切なものは何かを唄を通じて映し出す、家族愛音楽ムービー

2012年、ポール・アンドリュー・ウィリアムズ監督作品


アンコール!!



見ろよ、てめえら!!!!!!!!!!


今回も風邪や持病や仕事でブログが長引いたが、まだまだ続けるぞ!!(笑)

アンコール!!

この作品、息子ジェームズとアーサーの親子間のすれ違いに関して、説明をはしょってるんで、作品を見た方が理解した方が良い。

こんなすれ違いばかりの親子だが、マリオンを亡くした瞬間、一人きりで泣きわめくアーサーの部屋の外にジェームズが立っており、ジェームズは心ではアーサーの深い悲しみは理解しているのである。アーサーは決して人前で感情を出さないから、マリオンが亡くなった後にケロッとした何時もの無表情で周りの人間には降るまっているが、そして渋々ながら女教師のエリザベスに手解きを受けながら、人前で唄うなんて考えられんと言っていた、アーサーも同じマリオンが夢中になっていた唄に接する事で同じ気持ちになり、同じ目的に向かい始める

唄は感情を表現するには最高の贈り物である。楽器もそうだ、俺自信もギターを始めてから表現てのが分かった気がする、不器用で感情を伝えるのが下手な人間ほど特に音楽に触れれば世界が広がるのは経験した人間には分かるはず、不器用な人間は音楽に触れ表現を出せる様になり、元々器用な人間は更に表現豊かになる音楽とは不思議である。だからマリオンの意思を受け継ぎ最終的にアーサーが唄を通じて自分をさらけ出せる様になる姿は不思議でもなんでもないと分かるはずだ、あれほどやりたくなかった、唄を練習する事により、一円にもならない合唱団を導き完璧に若く美人な女教師としてアーサーに唄を教えるエリザベスも元は不器用で私生活では毎回付き合う男にフラれてばかり、しかし唄を教えて貰う事を通じて先生と生徒という間柄でありながら、アーサーは彼女の話しに耳を傾け、理解しエリザベスはアーサーに痛みをさらけ出してゆく様は正に音楽を通じたからこそ壁を超えたのである。まるで父と娘の様に、彼女も音楽があるからこそ生きてこれ、マリオンを通しアーサーに唄を教える事になったのはやはり音楽は素晴らしいと実感出来る、作品になっている。

これだけ練習したにも関わらず、オーディション会場で規定外で出場出来ないと言われた時にあの、人前に出る事が恥ずかしいと言っていたアーサーが怒り亡くなったマリオンの為に強引にステージに上がる姿は彼が今までの人生で始めて自分を知らしめたいと突き動かされた証だろう

アンコール!!

まあ映画とはいえ、人生なんとか上手く回る様になってる訳で、亡くなった後のマリオンのやりたかった唄を、そして生き甲斐を渋々丸ごと引き継ぐ事で、生きる事の意味や自分の中でくすぶっていた。葛藤をさらけ出し外側に出し表現する喜びを、マリオンによって教えられる事になる訳だ。

合唱団に渋々入るのも仲間達やエリザベスの寛容さがあったとはいえ、亡くなったマリオンの背中を押す人押しが授けられていたからこそと言える。正に良妻の力は亡くなった後でも偉大なんだなと気付かされる。

人は大事な人間が身近に居るとそれが当たり前となり、時にワガママになり冷たくしたりいかに自分が救われているか気付かない生き物である。勿論、生きてる内にそれを見出だす人間も居るが、愛する妻が去り、親が去り、仲間が去り、様々ではあるが後で後悔する事がある、気付かない人間は不幸せか余程、ひねくれているんだろう(笑)
しかしマリオンが生前より小さな誤解とその不器用さにより、すれ違っていた息子ジェームズとの関係は更に悪化してしまう。

ジェームズは孫娘と二人で暮らしている。作中で説明はなされて居ないが奥さんは居らずシングルファザーだと冒頭から理解出来る

時々、アーサー達の元にジェームズは孫娘を連れて来るから仲は悪くないとも思えるが、元々、シングルファザーになり職を変えてきた息子を認めようとしないアーサーとジェームズの間には相容れない感情があり、具合の良くないマリオンの為に来週、孫娘を連れて家に来いと言ったにも関わらず仕事の忙しさから、ジェームズが約束を忘れていたり、マリオンが亡くなる直前に病院に車で連れて言ってくれと頼んだのに来ずに、これはアーサーが伝え忘れていたんだが、ジェームズの家にアーサーがやってきてジェームズに約束したのになぜ来ないんだ!と叱責する。しかしジェームズは聞いてない!と口論になる。
しかもマリオンが亡くなった後に暫く会わん方が良いとアーサーはジェームズに伝える。ジェームズも今まで一度も息子としての生きざまを認めないアーサーに憤慨して、俺も会わないと言い出す始末
それを孫娘はなぜ、おじいちゃんとお父さんはいつも喧嘩してるのか疑問を抱いたりする。

お父さんはなぜおじいちゃんに怒られるの?と問いただしたり