しばらく展覧会関係の備忘をしておりませんでしたが、”せめて週に一回は、何かしらインプットしていく”という今年の目標、細々と続いてはおります。

というわけで、今回記事にするのは、それでも、割と最近までやっていた展覧会となります。一つの会場は、フオリサローネで町を徘徊している最中の4月早々に訪ねました。



Hidetoshi Nagasawa 1969-2018 長澤英俊 回顧展
c/o Building

展覧会の前に、この会場について、ちょっとだけ。
前回2022年の時の記事が、下のリンクになります。

ギャラリー・ビルディング

この時も日本人アーティストの作品で、それで初めてこの会場のことを知ったのでした。上の記事にある通り、非常に「一見さんお断り」感すごいギャラリーで、私も初回がなかったら、裏を返すなんてことは無理でしたわ~。

このフオリサローネの時は、暑い中長時間行列に並んでアルマーニのお屋敷をのぞいた後で、疲労が激しく、次に移動する前に、ちょっと涼んでいこか、という展覧会を見るにあたってはかなり失礼な思惑で、ベルを鳴らしてしまいました。

正直大正解でした。
とても涼しいし、なんといってもフオリサローネで週末の竹下通りと化している外の喧騒とは180度真逆の人口密度、静けさ…。入場しただけで、癒しがすごかった~!

では本題に入ります。

今回も日本人アーティストの、それも回顧展となりまして、このビルディングが、この本拠地と、市内もう二か所を使って、代表作40点ほどを展示しています。
長澤英俊さん。

お名前は、うっすらと存じ上げていましたけれど、実際の作品は知りませんでしたし、どういったアーティストであるかなども知見がありませんで、大変失礼しました、気分です。
今になって、このような展覧会のおかげで、その面白い経歴を知ることとなり、いずれにしても交わることなどはない人であったことは間違いないのですが、そうはいっても、20年以上も同じ町に暮らしていたのに知見がなかったという事実をもって、自分にがっかりするっていうか…。

長澤さんは1940年生まれの日本人ですが、1967年にミラノに来られて、亡くなる2018年までお住まいだったとのことです。
1967年のミラノには、日本人はほぼゼロという時代と思います。当時ローマにはすでに住まわれた方がいらっしゃったはずですが、外交官等をのぞけば、簡単に数えられる程度の数しか在住者はいなかったはず。
東洋人を見れば、おそらく中国人としか思わない人々、まさかそんな東洋人が現代美術をやるなんて、というところから始まったのではないのかと想像します。

彼は、多摩美で建築とインテリア・デザインを学んだそうで、それできっとミラノだったんでしょうか。展覧会でいただいた冊子によれば(無料なのに、冊子までいただけるギャラリーなのです!)、1966年、自転車で西に向かい、ヨーロッパを目指した、とありました、笑。1967年8月にミラノに到着。
当時の8月…。
すべてのお店が閉じていて、人っ子一人いない町だったはず。

時代はかなり違うんですけど、でも、日本人にとってのミラノって、私が来た当初と今でも、すごく距離感が違うので、色々と思うところもあって、純粋に作品を見る裏側に、時代背景などを思わずにはいられません。



壁についているのが、Casa del Poeta(詩人の家)、手前がNastro(リボン)そして、道に面した奥の床にあるのが、Due Cerchi(二つの輪)。

Casa del Poeta 1999(鉄、鋼、紙)
Nastro 2012(大理石、銅)
Due Cerchi 1972 (ブロンズ、直径70センチ):(作家の説明)「和の一つはブロンズ製。最初にチューブがあり、それをたたくことで輪ができて、その鋳型によって、二つ目の輪もできた。そのため、二つの輪は全く同じであるが、一つは作り出されたもので、一つはコピーなのである。オリジナルの表面に存在する手作業による変更のみが、非識別を可能にしている。私は、物体が客観的に見出される色、形、匂いなどのアイデンティティよりも、物体の本質に興味がある。私たちが二重の世界に住んでいるように、2つの並行世界を作りたかった。1 つの円はハンマーで叩かれて表面が破壊され、もう 1 つはコピーされた。しかし、どちらが最初なのかは分からない。」



イタリアで活動されていたので、オリジナルのタイトルもイタリア語だったでしょう。でも、和のテイスト。大理石を使っても、あるような。
詩人の家は、茶室のようなお座敷を小さくしたようなイメージ。



Barca(船)1980-1981(大理石、土、木)
奥の方に転がっているのは、まんま、Tegola(瓦)1977(大理石)。
自然と、作り物の船。そして、わざわざ大理石で瓦。
やっぱりなんとなく和のイメージとか思想を持ち込んでいるのかも。

当時のミラノでは、すぐにアーティストとかかわりだしたそうですが、オリエントとヨーロッパの融合といった方向性というのは、現代としてそこでやっている人がいない状態だったでしょうから、受けたかもねぇ。

本人としては、例えば大理石なんていう素材が、おそらく簡単に手に入ることなど、日本と大いに状況が違ったでしょうから、そういう面白さがあったかもしれないですよねぇ。



Nicchia(ニッチ)1975(ブロンズ、漆喰、大理石):作家の説明「型で作られた漆喰のヴィーナス。鋳型の反対側が拡大され、ヴィーナスのニッチとなる。」
ニッチって、よく町角とかにマリア像が置かれていたりする、あのイメージかな。



Colonna(円柱)1972(大理石):作家の説明「建物の柱や何かの支柱ではなく、異なる11個の大理石が完璧に組み合わされたもの。ただし、私はこれらの大理石を美的意味で使用したのではなく、それらが異なる場所から来たものであり、一般的に異なる機能を持っているためである。たとえば、カッラーラの真白なもの、ポルトガルのピンク色、そしてフランスの赤などがある。それらはすべて非常に異なっており、同時に非常に統一されているため、あたかも単一の大理石のブロックから生まれたかのように、まるでいつも一緒にいたかのように見え、たとえそれらが一つ一つ、異なる遠い場所から来たものだとしても、それらを別々に考えることは不可能であるように思われる。」

一続きに置かれていますから、一つ一つが違う石だったということは、気付きもしませんでした。確かに、色が違ったりしますね。
そういえば、フランスには赤い石が多い印象があるなぁ。でも大理石の赤ってどういう色合いのことだろう。下の右端のような感じなんですかね。



Un’Altra Meta’(もう一つの半分)1972(石、ブロンズ):作家の説明「二つに割れた石の一部を青銅で鋳造した。割れ方は完璧なので、「欠けている部分」とも言える。ただし、これら 2 つの形は自律的に存在し、共通点は割れている継ぎ目のみとなっている。」



横が33センチありますが、普通のお家でも、これなら飾れそう。石が好きなので、こんなのは欲しくなります、笑。



Top of Piramid(ピラミッドの天辺)1969(大理石)

ギャラリーの二階に、素敵な中庭空間があり、一階部分の天井にもなっているガラス張りの真ん中に置かれた、小さな平べったい四角の石版のようなのが作品です。This point is top of pyramidと書いてあるようです。

こういう作品って、置かれる場所でも、全然見え方が違ったりしそう。この展示、とても雰囲気良いですが、気付かないケースもあるかも、笑。



Rotolo(巻物)1979(ブロンズ、金)作家の説明「ブラジルで発見された巨大な豆(種子の長さは1.20メートル)。金メッキのブロンズ鋳物は、ブロンズの巻物に浮き彫りにされた木の枝から現れ、豆の物語が巻物に包まれている。」

唐突なお伽話感満載で、これ、結構好きです。サイズが小さければほしい…。



奥の角に置かれたBastone(杖)1972(大理石、紐)作家の説明「両端は交換可能で、つかんでいると行為を繰り返しているような感覚があり、使用した部分が古いものなので上になります。時間も、物も、物語も、すべてが消え、私は消えたかった。大理石は、長い年月を経たかのように、上端が摩耗している。下端は作りたての状態。同じ一つのものの中に異なる時間が存在する。」



見るからに地味で、実はちゃんと見なかったですけど、そんな思いが込められた作品だったとは。
なんか、ちゃんと説明を読んでいると、時とか場所とか、移ろいだったり距離感の錯綜だったり、表現したかったことが、なんとなく浮かび上がってくる感じありますね。説明過多は苦手なのですが、この人の言葉は、嫌いじゃないかも。



この他に絵画的な作品や、短いビデオなどもあったのですが、せっかくなので、作家ご自身の解説がある作品を中心にアップしてみました。

別会場の展覧会に続きます。

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