少し前の話になるが、地元患者会の役員さんに在宅リハビリの講演会(県外)に誘われた。
ちょうど夜間NPPVの導入を検討する時期に差しかかっていることもあり、お誘いに応じた。
主催はALS患者の生活支援を行うNPO法人である。
会場の椅子に座った時、役員さんが私の耳元でこう仰った。
「ここでは『気管切開は考えていない』とはオクビにも出しちゃダメよ。絶対ダメよ」
私は気管切開した当事者の前では、なるべくそれを言わないようにしている。
どうしても言わなくてはならない時は「信仰上の理由」と、相手が納得するような嘘をつく。
だが参加者は介護事業所の関係者や学生がメインで、当事者はほぼ見当たらなかった。
講演会の内容もALSリハビリの最新情報で、気管切開の有無に関係なく学べるものだった。
役員さんはなぜわざわざ、小声で警告してきたのだろう。
それが分かったのは、リハビリ器具の「お試し」タイムが始まった時だった。
業者さんに現在の呼吸状況や主治医の見解を尋ねられ、「基本的には自発呼吸だけで」と話していたら、それを耳にした参加者たちに咎められたのである。
「あなた、まさか気管切開しないの? もったいな~い、生きられるのに死ぬんだ」
「見た感じ、あなたは進行が遅いタイプだよね。進行が遅いと気管切開した後も予後がいいのに。へえ、命を捨てるんだ」
「きっと後悔するよ。うちの施設にも鎮静を選んだ人がいるけれど生きる屍だよ。本当はもっと生きられて楽しいこともあっただろうにね~」
面食らい、トイレに行くふりをしてその場を離れようとした私に、彼らはなおも食いついてきた。
「気管切開したくないという理由、教えてくれる?」
私は「閉じ込め」になったら耐えられないからとお答えした。
「閉じ込め? 誰がそんな状態になるなんて説明したの!? 主治医?そんな主治医なら替えなさい。たとえ瞼すら動かせない状態になっても専門的訓練を受けた熟練ヘルパーなら、体温の微妙な変化で当事者さんが何を語っているか、全て解読できるの。つまり『閉じ込め』なんて状態は存在しないの」
私は母の事を思い出した。
レビー小体型認知症で自律神経が乱高下を起こす母は、在宅療養していた頃、しばしば呼びかけに応じなくなった。
耳は聞こえているけれど、言葉も発せなければ瞼も指先も動かせない状態だ。
訪看ステーションのベテラン師長と私で、なんとか母の意思を読みとった。
特に私は母と一心同体、以心伝心で生きてきたので、読みとれる自信があった。
救急搬送後に体調が落ち着いた母はこう言った。
「私はあの時、勝手な解釈をしないでと叫びたかった。あんた達に何が分かるのと言いたかった」
気管切開しないことで総括をかけられた強く詰られた私は、半強制的に パージされ 退場を求められたのだった。
「生きるつもりがない人が、なぜリハビリや投薬は受けようとするの?それって矛盾だよね」
「ここは生きる意志のある人たちと、それを応援する人たちの場所。なんで来たの?」
私は気管切開を選んだ人や選ぼうとしている人の前で、気管切開をディスったわけではない。
気管切開する勇気が出せないと相談したわけでもない。
なぜ、しかもALSになったこともない福祉関係者や社会学者が、ALS当事者の人生観を「正解・誤り」で"採点"しようとするのか。する権利があるのか。
お爺医(前医)と繰り返している問答のヒントが見えた気がした。
私は自分の人生の舵取りは最後まで自分でやりたい。
けれども医療専門職に舵を渡すべき時もある。
その境界線をどう見極めればいいのか。
お爺医は医療的な判断基準以外は明言しない。
なぜなら「自分の舵取りは自分でやりたい」当事者が、人生判断への介入を医療者に求めること自体、矛盾を孕んでいるからだ。
余談ながら上記のタイプの支援者は、決心した当事者が気管切開の手術を終えると「祝福」と表現することがあるようだ(ALS関連の取材記事でたびたび目にする)
お爺医はこう言っていた。
「切開するかしないかは何度揺れてもいいし揺れるのが当然。一度決めたからと自分を縛り付けることはない。ただSNSやメディアで充実した生活を披露する気管切開者が標準と考えることには慎重に」
またいろんなALS界隈の話を聞きに行ってみよう。
取材に走り回っていた若い頃を思い出して血が騒ぐぜ。
ボクハ ウチュウジンダ~
参加者プレゼントだけは、しっかり貰って帰ったでござる(ぬいぐるみは別)
