量産型院生の省察日記

量産型院生の省察日記

某国内某県某大学に通う某分野の大学院生の日記

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すっかりご無沙汰してしまいました…

気がつけば年も明けてしまい、2020年にうずまき
新年の目標は自分に誠実であること、自分の言動にこれまで以上に気を使いながら生活することです。サムです。

最近友人が何かを諭すように僕にちょっとした記事を渡してきました。
タイトルは
「ずるさとの戦い」
所属分野柄、言語の特徴とかを考えたりすることが多いのですが、日本語には「便利」な表現が結構ありますよね。

これってどうやって英訳したらいいの??とよく聞かれる日本語は「よろしくお願いします」でしょうか
外国人の友達によく聞かれるんですよね、「何が?」って。

初めて会った人、これからお世話になる人に対して言う「よろしくお願いします」。
誰かに何かをお願いするときに言う「よろしくお願いします」。
誰かが提案を持ちかけてきたときに言う「よろしくお願いします」。

汎用性が高すぎて逆に今使って良いのか…
もっと適切な言い回しがあるんじゃないか…
いや、何がだよ…
なんて考えた経験をお持ちの方もいらっしゃるのでは??

その類の言葉として、まず記事で取り上げられていたのは、
「ごめんなさい」
「申し訳ありません」
でした。
ごめんなさいと申し訳ありませんの二つは自分が失敗してしまったと感じたときに相手に謝罪の意を伝えるための言葉ですよね。
ただ、「何に対して」ごめんなさい。
なのかをきちんと言葉にできている人ってどれくらいいるんでしょうかね…
言葉にしなくても、指摘されたことへの返答として返すなら相手には伝わるよね。という場面も当然ありますし、事の重要度や相手の人柄とか価値観なんてものも関わってくると思います。

言わないよりは言った方が当然良いのですが、多投しすぎると謝罪しただけで終わらせようとする感が芽生えてくるのも事実。
となると、「ごめんなさい」とか「申し訳ありません」には、前後に何かしらの+αとか、相手との良好な関係性がないとダメなのかもしれないですね(2020年の目標に合致)。

そして、もう一つが
「しかたがない」
です。
この言葉はいつ使いますかね?

パッと思いつくものだと、
相手を励ますときの「しかたないよ」。
妥協案を出すときの「しかたないよ」。
相手に何かをお願いされたときの「しかたないよ」。
などでしょうか

さて、この記事のタイトルは
「しかたないよ」
という言葉のどんな文脈を取り上げているのでしょう。

それは、
自分が失敗をしてしまったと感じたときに咄嗟に口に出てしまう「しかたないよ」
です。

自分は全力でやったつもりなので…。
頑張ったけど、こういうことがあって…。
何事にもトラブルってつきものだし…。

だけどこうだったんだよね…。
だから自分の責任はそんなに多くないよね…?
まぁ、次があるよ。次。

これ全部「しかたがない」で片付けることの善悪判断って人によってすごく分かれますよね。
ただ、、、失敗を目のあたりにしたときに「しかたがない」で片付けられると、、、
周囲には「愕然」「軽蔑」「呆然」といったようなマイナスな雰囲気が漂ってしまうのではないでしょうか。

相手に「しかたがない」と言われたときに

それを受容してもいい、
それを受容した方がいい、
それを受容しなきゃいけない、
のってどういう時なんでしょうね…?

相手から「しかたがない」が出てきたときには、それで片付けても良いのか、そうして欲しくないのかを考えられる人って結構いると思いますが、自分が咄嗟に抱いてしまった「しかたがない」に自分で疑念を持てる人ってそんなにいないのではないでしょうか…

なんていうことを考えた結果、僕が抱いたのは
「自分がミスしたときに出てきた、しかたがないという気持ちを口に出す前に一度疑ってみるのって大事なんかも…」
という感覚です。

結局自分の頑張りを認めてくれるのは周りの「何か」なんですよね probably...
その前に「便利な言葉」を予防接種してしまうとかえって侵されてしまうのかもしれませんね。

きちんと社会に出る前に考えられてよかったなと思ってます(早く出ろ)。

あと、人から出てきた「しかたがない」に疑念を持って、根拠持って
「それはしかたがないかもね」
って言ってあげられる人間になれるのも大事かなと思いました。

厳しい社会で生きているのだから失敗はつきもの。
だから足掻いて踠いて、自分はやり切ったけど問題が残っちゃった…
そんなときに相手に納得してもらった上で
「しかたないんじゃない?」
って言ってもらいながら一つずつ大きくなっていくのが2020の抱負です(甘えんな)。

ともあれ、良い気づきをくれた友人には感謝感謝。
皆さんもちょっと考えてみてはいかがでしょうか。