ベベル乗りの先輩の影響を受け、夏休みの家族旅行に南三陸町を訪ねました。
夏休み?
先生に事情を話し、休みをいただきました・・・
昔じゃ考えられんし、じいちゃん、ばあちゃんもグッと堪えてたんでしょう
 
仕事を片付け5日午後9時30分、高速の深夜割引を当て込んで出発。
40超えてから、車を運転するとすぐに眠くなるので、どこまで行けるやら
それもあって早めの出発。高山ICを目指します。
 
ブリッツェンは快調。足の収まりもよさそうです。
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レガシィワゴン 後ろ席の足元に生協の発泡スチロールの箱を置き、リクライニングさせ快適なようです。
高山へ行く頃にはご就寝
 
高速もすいているし、嫁も寝てるし、給油できるSAを目処に休もうと考えて走る。
富山あたりで休もうと考えたが、雨が降ってきた
雨の高速を走って思った、この車、こういうシュチエーションのためにあるんだな とっても快適です。
 
片側交互通行の北陸道しか知らないオラでしたが、とてもよい道になってました。
 
結局休んだのは
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名立谷浜SAだった。 皆さんぐぅぐぅぐぅぐぅぐぅぐぅ トイレは?の問いにも返事なし汗
25ℓ給油して出発 1:50
 
黒埼PAで2度目の休憩
ここで仮眠をとろうと考えたが
トイレから帰ってきた嫁「朝7時から西会津のあたりで道路工事で通行止めとあったよ」
でも 電光掲示にもそんな表示なかったような
とりあえず1時間寝て 出~発
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皆さんぐぅぐぅぐぅぐぅぐぅぐぅ
嫁が目覚めたころ、しらじらと夜が明けてきたいよいよ磐越道
新潟って 結構な都会なのね よく整備されている街に見えました。
 
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会津磐梯山がよく見えるパーキングで休憩
これがそうなんだ「あいづ~ばんだいさーん♪」 なんか歌があったような でも調子がわかりまへん
 
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もうあきまへん 横になると気持ちいい いつでも眠れます。
でも日が昇ると眠気も去り、東北道へ
国見SAで二度目の給油30ℓ 6日 9:00
 
その後、三陸道へ入り仙台あたりから、少しづつお墓の新しいものや、ブルーシートが屋根にのった建物が目に入るようになる。行き先を大川小学校にセットした。
小学校2年生と4年生の子どもを現場に連れて行くか迷ったが、行くことにした。
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宮城ナンバーの車が数台 老夫婦が手を合わせていた。
小2のボウズは、久しぶりに車から降りたのではしゃぎまわる・・・
やっぱり無理だったか
嫁が何を話したか知らないが、静かに家族4人で線香を供え、冥福を祈った。
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そして周囲を見て回る。
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津波の恐ろしい力
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神妙な面持ちの若者も多数手を合わせていた。ボランティアに来たのかな、NPOの方がガイドをしていた。
 
子を亡くした親の思いやら、無念だった教師の思いやら、
うちの子のようにここで走り回っていたはずの74人の子を思うと
なぜ裏山に  なぜこんな低地に学校を  なんて思いが沸いてきていた。 
ここを去ろうとする頃、大型バスが一台。
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頭をまるめた僧侶のご一行が到着。 数十名による読経が始まった。
お経のなか便乗してご冥福を祈った。
 
複雑な思いになりながら南三陸町にナビをセット
トイレに寄った仮設の店舗で初めて、地元の方と話した。
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津波の高さを聞いて驚いた
ガードレールもひん曲がっていた。流木がぶつかったのだろうって弁当を買いに来ていた作業員の方。
工事車両が本当に多く、店には予約してあった弁当を求める工事車両でひっきりなしだった。
 
このあたりからどんどん景色が変わっていった
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ナンバーがついたぺっしゃんこの車たち、なかには消防車も
止まってカメラを向けると警備員のお兄さんが車から下りて来て撮影禁止と告げられた
非礼を謝り立ち去った。
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こちらも学校と思われる建物
ここらあたりから南三陸町?
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正面には鉄道が走っていたと思われる
何十年も走ってなかったかのような荒れ模様。
 
気分は沈んだが、今回の目的は、人生勉強と少しですが東北でお金を使うこと
防災庁舎が見え、南三陸町についたことを知る。
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使用でくなくなった庁舎の隣に復興商店街があった。
駐車場は他県ナンバーが多く見られ、スーツ姿のサラリーマンが遅い昼食をとっていた。
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数軒ある食堂のなかから、海鮮ものが食べられるお店に入った。
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うにが食べたかったけど8月で終わりのようですね。
皆、心底元気というわけにはいかないまでも、がんばってみえます。
ぷりぷりのえび、オラにはたこが最高にうまかったな~
嫁はビール  オラはノンアルコールビールビール (アサヒのうまかったな。、ビールはキリンかサッポロですが)
 
お土産のお酒やお菓子、小物を購入し、二つ目の目的地を目指します。
ここからすぐの防災庁舎
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線香を供え、お参り。
同じ職のものとして、いろいろ考えながら手を合わせた。
地元の建設会社社長が毎日、ここを訪れ、お参りに来る方にいろいろ話しかけてるみたいで
嫁が今日の人に選ばれた?
当日のようすやがれきの下敷きになった方を助けたこと、震災直後をどう乗り切ったか
支援物資がありがたかったことなど伺った。
この庁舎をモニュメントとして残してほしいと働きかけていると言われた。
「夢を見ているようだった」
 <お話してくれた皆さんが地獄とかの表現でなく夢と例えられたのが印象的だった>
 
そしてミレさんが紹介されていたお宿を目指す。
ぐるぐるさまよいながら4時半ごろ到着
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津波の被害を受け、リニューアルオープンされた下道荘。
さっそくお風呂に入り、ビールを一口飲んだら、爆睡していた。
そろそろ食事を起こされ
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ご馳走に舌鼓
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おいしいお酒もいただいた。
 
隣のテーブルはどうやらボランティアで来ている方々のようす。
さらに隣は復興に来ている業者さんらが 今日もお疲れさまでしたと食事をしていた。
少し引け目を感じながら、家族との楽しい時間をかみ締めた。
 
部屋に戻り、気がつくと電気をつけたまま皆、寝ていた。