小さな会話、大きな未来? | BoBokoとNekoとNY→メイン→ダラス?

BoBokoとNekoとNY→メイン→ダラス?

前略 お元気ですか。 BoBokoは元気です。 Nekosも元気です。 BoBokoとKuroNekoの味のある(はずの)NY→メイン→ダラス生活のお話です。

 

皆様、どうもどうも、

お元気ですか。

私は一昨日の徹夜が祟り、本日はヘロヘロで出勤です。

いやぁ、しかし、毎度のことながら、

本当私は春休み何をしていたのでしょうね。


私の怠惰にまつわる小話を書きたいのですが、

今日は予定していた通り、

「BoBokoNYへの道」で行こうと思います。


最初から読みたい方はテーマ「気が付いたらNYに」

にいって頂けると嬉しいです。


これまでの要点:

1.素晴らしいH教授→H教授の授業中に泣くほど苦労して書いたペーパー(テーマ「書けないということ」)

2.H教授の授業で読まされたある一冊の本→その本の著者に書いた質問はBuddhismについてだった。→その本の著者、O教授との出会い、会話(Buddhismの漫画)。→O教授のセミナーで、私は記録係だった→セミナーの後、O教授とメールを1ヶ月に渡りやり取りした。

3.H教授と全国的な学会で発表。→その学会でO教授に再会し、私の発表を聞いて頂いた。


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H教授のお陰で私は随分と書く力が伸びた。


そして3学期目、4学期目には少し自信が湧き始めていた。

自分が思っている以上に私には英語で書く力があるのかもしれない。

そんな気がしてきたのは、書く論文、書く論文、

驚くほど褒められていたからだ。


書いている間は、寝れない日が続き、

床にのた打ち回る程、「書けない、書けない」と苦しんでいるのだが、

書きあがったものは高い評価を頂いていた。


ペンシルバニアにいた最後の方では、

リサーチライティングの授業を教える仕事を頂けた。

書くことと書くことについて教えることというのは、

全く別物だなということに気付き、

Writingを教えることに興味を持つようになった。


H教授の1個目の授業で書いた

「書けないことについて」のペーパーは、

私がWriting、正確にはCompositionという分野に進む

引き金となった。


「書けないこと」の辛さを体験したので、

どうにかして「書くこと」の面白さ(例え学術的であっても)や、

意味のある書き物をする方法はないのか、

以来ずっと模索していた

(そしてBookmaking Project--コチラ について考えるようになる)。


「書けないことについて」のペーパーを評価された時、

嬉しかったなぁ。


「取りにおいで」とH教授に呼ばれてOfficeに行ってみれば、

「このペーパーはここに留めて置くのは勿体無い。学術誌に提出しなさい。」


何で何もしなかったのだろう。

ああいう物は出せと言われた時に出さないと、

あっという間に時代遅れになり、使い物にならなくなる。

あの時はまだCompositionの道に進むとは思っていなかったので、

学術誌に論文を提出することは私にとっては重要度が低かった。


とにかく褒められたことが嬉しかっただけ。


それを更に引き伸ばして書いた論文は、

学科内で上位に選ばれ、

大学学科のサイトに掲示された。


更にその後に、とある学会でその論文の発表をすることにもなる。


その発表した学会に言った時のこと。


自分の発表時間や場所を確認しながら、

プログラムの内容をパラパラとめくっていると、

「O博士」


お、O教授だ。


久しぶりに彼の名前を見た。

あの大きな学会から8ヶ月は経っていた。

彼もこの学会に来ているのか。


彼の発表内容は正直言ってあまり興味のないことだったが、

せっかくだから彼に挨拶だけでもしに行こうと、

彼の発表する会場まで出向いた。


「お久しぶりです。」


「おお、BoBokoか。元気にしているか。H教授はどうしてる。」


たわいのない会話、ほんの少し言葉を交わしただけ。

大勢の人達が集まっていたので、

それ以上話すことは気が引けた。


彼の発表を聞き終えてからも

「とても興味深かったです。それでは、また。」

と軽く挨拶をしただけ。


今回の第7話はこれだけ。

特にその後何か特別なことがあったわけではない。

O教授と久々に再会し、短い挨拶を交わしただけ。


この小さな出来事は、

私のNY行きに直接的に関係があったかどうかは分からないが、

全く関係ないとは思いがたい。


あのペーパー(書けないことについて)を書かなかったら、

この学会に来ることは私はなかった。

そしてO教授と再会することはなかった。


そして私はNYに行くことはなかったかもしれないと時々思うのである。


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1.素晴らしいH教授→H教授の授業中に泣くほど苦労して書いたペーパー(テーマ「書けないということ」)→このペーパーの引き伸ばし版をある学会で発表→O教授に再会(大きな学会以来)

2.H教授の授業で読まされたある一冊の本→その本の著者に書いた質問はBuddhismについてだった。→その本の著者、O教授との出会い、会話(Buddhismの漫画)。→O教授のセミナーで、私は記録係だった→セミナーの後、O教授とメールを1ヶ月に渡りやり取りした。


3.H教授と全国的な学会で発表。→その学会でO教授に再会し、私の発表を聞いて頂いた。

もう少しで終わります。

でもNYの仕事が決まってから引越しするまでの

話をするという手もあります。

お話できそうな出来事が幾つかあるのです。