お元気ですか。
さて今日は授業で製本作業をします。
本作りの話については昨日の記事(コチラ )をご覧ください。
今日の授業ではカバーを含めて全ての原稿を用意しなくてはなりません。
先程メールを確認したら1人の学生から
「どうしても表紙と裏表紙のデザインが決まらない。」
と相談のメールがありました。
やばい。。。やばいよこれ。。。
究極の選択だ!!!
彼女は中国系アメリカ人。
アメリカで生まれ育ち英語は完全なネイティブだが、家では英語の話せない両親と中国語(彼女はアメリカ訛り)で話すそうだ。中国語を話すことは出来る彼女だが書き方はもうほとんど忘れたと言う。
そんな彼女は小さい頃「西遊記」の絵本を愛読していた。何度も何度も読んでいたので、今でも「西遊記」(の絵本)だけは読めるらしい。
彼女にとって今や「西遊記」はただの幼少時代の愛読書だけではなく、中国人であるアイデンティティーの象徴となっている。
移民の子供として育った彼女は18歳になって
「私はアメリカ人?中国人?」
確固たる国民アイデンティティーを強く求めるようになり、
今回の本ではそのジレンマを体験に基づいて語っている。
中国に一度も住んだことのない、中国の教育を一切受けていない彼女が中国を祖国と呼ぶことに抵抗を感じ、罪悪感すら感じていた。
そして幾ら自分は中国人だと言っても、世間ではアメリカ訛りの中国語を話す彼女を純粋な中国人として見られないことに寂しさを隠せずにいた。
I am Chinese American.
「私は中国系アメリカ人です。」
学期の初めからそう言い続けていた彼女だが、本を全て書き終えて彼女の心は決まったらしい。
表紙からもそれははっきりと現れている。
What are you burning to tell the world?
I am Chinese.
4ヶ月間、中国人であることの意味を問い続け彼女の出した結論は自分は中国人であると言うこと。
これからは世間に何と言われようと、胸を張って言えると晴々とした口調で綴っている。いつか自分の子供には「西遊記」だけはしっかりと中国語で読み聞かせしようと決めていると。
「人種の坩堝」と言われているNYの大学で教えていると、こう言った文化的/国民アイデンティティーをテーマにする学生に良く出会う。
読んでいて実に興味深い。
もう1つ非常に面白いと感じることはアメリカでしか教育を受けていないと言いながら、彼ら(2世3世)の書く文章は所謂ネイティブの文体とは全く異なるということ。
ネィティブ文体の典型なんてものが存在するのかどうかという疑問はここではひとまず置いといて(この話をすると長く&複雑になりすぎます)。
例えば今日紹介した学生に関して言えば、表現の仕方や物事の筋を説明する時にアイディアが複雑に交差するのである。例題命のEnglishWritingだが彼女は例題もいつも非常に少ない(正直私には読みづらい)。
Bookmakingを教える魅力の1つは教師が学生から学ぶことが非常に多いというのがある。
さて、彼女はどちらの絵柄を表紙にしたのでしょうね。
今日の授業が楽しみです。
