尚子


    公園を歩く。


    通り過ぎる人たちが、あいさつを交わす煩わしさ。


    目を合わせず頭だけ下げ歩く。


    大きな池の見える東屋のイスに座り足を前に伸ばす。


    離れたイスに散歩中のオバサン達が座り会話をしている。


    どうやらこの散歩中にだけ出会う人たちらしい。


    通る人たちに声をかける。何周目とか、久しぶりとか。


    すると、座って話すオバサン達に、一人近づき、家から持ってきた果物を渡していた。


    わぁーありがとう。美味しそう。と座っているオバサン達は喜んでいる。


    渡し終えたオバサンが歩き出した途端、座っているオバサンの一人が、持ってきた果物を見ながら言い放つ。


    「私これいらない」


    「私これ嫌いなの」


     すると、もうひとりのオバサンも、


   「私も好きじゃない」


    と、言った。


 

    でも、捨てる勇気もないから、「私も好きじゃない」と言ったオバサンが持って帰ることになった。


   こんな、公園の東屋のベンチでも、女性関係の縮図が見られるなんて、思わず可怪しくなって、座っているオバサン達を睨んでやった。


   オバサン達には、悪意の自覚が無いので、私が睨んでいるのも理解できるはずも無く、笑顔で会釈をしてきた。



    帰り道、降りはしないだろうと、手ぶらで歩いたが、くもり空。


    まだ、家までは、距離がある砂利道で、霧吹きのような雨。


    イラついて、せいいっぱいの毒を吐き、早歩きするのもバカバカしく、ゆっくりと歩いてやった私。


     遠くの空には日が差すもんだから、立派な、大変立派な虹が映えていた。


    きちんとアーチ状になったその虹は、ようく思い出してみてもしばらく見たことはなかった。


    だいたい右側だけなのか、東側だけなのか

わかんない、だって、いつも片一方だけのが多かったから、


    つい、見とれたんだ。


    そして、


    ようやく、顔に付いている雨水を拭った。


    歩いた。



   





    自分の部屋には帰らず、距離的に近い、父の家に寄った。


    シャンプーと石鹸だけしかなかったお風呂場で、シャワーを浴びた。


    脇に触れた。ジョリっとした。


    父が使うひげ剃りで、脇を剃る。


    念入りに剃ったあと、脇の皮膚をせいいっぱい伸ばし、念入りに触れた。




    父がタタミの部屋でストレッチをしている。


    炊事場を覗くと、テーブルの小さな紙皿に置かれていたバナナが、やけに細く、小さかった。


    思わず笑ってしまった私を、父は、何をそんなに笑ってるの?って顔のまま、やりかけのストレッチを続ける。


 私は何も言わずに、洗面所に行き、ドライヤーを当てる。髪が乾く頃の私の心は軽く、浮かれていた。


    ・・・そうだ。そうなのだ。そんなもんなのだ。

もう、浮き上がることなんて無い。と、諦めていた心は、細く、小さなバナナのおかげで軽くなるんだ。


    そうだ。そうなのだ。


    そんなもんなのだ。


    日々は、偉そうに言うと人生は、その繰り返しなんだ。




 

   私は日常を諦めていた。


   誰かと、仲良くして、笑うことを。


   誰かに、何かを相談したり、されることを。



   いいや。諦めていたのではなく、望んでは、いけないと決めていた。





    父は、親子丼を作ってくれた。かしわをまず、焼いて出汁に入れるのだ。


   どんぶりを置いて、お箸と、スプーンを置いた。


   父は、スプーンで食べることなどないのに。


   私は、スプーンの裏に付いたごはんもねぶって食べた。



   案の定、父はスプーンを使って食べなかった。











    夏季連休に入る前の最終日は、工場内の掃除が主な作業になる。


   おおよその掃除が終わり、出たゴミを外にあるゴミ捨て場に運ぶ。


   捨て終え、工場内に戻る際、外用のパーカーを脱ぎ、ゴミを載せていた台車を畳む。



    ふと、手を見るとそこには、テントウムシが止まっていた。


   嬉しくなり、もっと近くで見ようと顔に近づけると、飛んでしまい、見失ったと思った瞬間、青白い光の方、バチッ!と音がした。



    数秒後、その全部が、4コマ漫画みたいで、その、「バチッ!」が、オチみたいで、笑ってしまった。


   笑ってしまうともう、止まらなかった。


   大声を出して笑った。


   あの男性が見えた。


   びっくりした顔のあと、笑顔になった。


  







    店内が急に騒がしくなった。


   休みの日、めんどくさいと行ってなかった買い物の為に、スーパーに来た。


 女性と男性の争うような声。


 店員の困ったような声。


 何を揉めているのかまでは分からない。


 ただ、その女性だけが、周囲から浮いて見えた。


    見たことのない形相で、怒っていた。


 俺は、気づけばその女性に声を掛けていた。


 「・・・外、行く?」


 女性は少しだけこちらを見て、何も言わず、 ついて来た。


    男性も何か言っていたが、無視した。


 公園のベンチ。


 何も喋らない。


 街の音だけが、遠くで鳴っている。


 その時、ぐぅ、と、女性の腹が鳴った。


 女性は何事もなかったみたいに、前を見たまま。


 俺は、さっき買ったスナックパンを差し出した。


 女性は少し迷って、受け取った。


 細長いパンを、ちぎりもせず、そのまま口へ運ぶ。


 黙ったまま、食べ続ける。


 不思議だった。


 あんなふうに食べているのに、下品に見えなかった。


 背筋が、ずっと伸びていたからかもしれない。


    女性は、急に口を抑えて咳き込んだ。喉につっかえたみたいだったので、スーパーへ行き、カップの自販機で、飲み物を買った。


    とりあえず、アイスティーを差し出すと、受け取り、カップのフタを取り、そのまま飲んだ。


 全部食べ終わると、女性は空になった袋をきれいにきゅっと結んだ。


  それから立ち上がり、頭を下げ、そのまま、振り返らず歩いて行った。



    とても上品に見えた女性。


 ベンチの上。

 西日に照らされた携帯の画面が汚れていた。


 なぜだか、こころがほっとした。


 そのあとで、そんな自分に、がっかりした。



 俺はすぐ、きれいに結ばれた袋と、外されたフタの事を考えた。



    もう一度、朝食べる用のパンを買おうと思ったが、あのスーパーにまた行くのも嫌だったので、家の近くのコンビニで、高くなるけれど、買うことにした。


    空の途中に隠れるように沈む夕焼けは、まだ、眩しかった。


    身体ごと避けた先に、お寺の像に祈る人の後ろ姿が見えた。


     ずいぶんと長く祈っているように見えた。


    俺は、その祈りの行く先が気になった。


    その後ろ姿はとてもきれいで、どんな祈りなのかわからないけれど、だんだん、どんだけ、願い事してんだよ!って俺の気持ちはイラ立ちに変わっていく。

    

    まだ、祈りを止めない女性から目が離せないまま歩く。


    躓き、イラ立ちはさらに強くなる。


    視線が動く。


    視線の先にあった寺の文字に、(水子)の文字が見えた。


    こころが冷えた。


    そして、


    届いてほしいと思った。


    同時に改善部屋で笑った女性の顔が浮かんだ。



    帰り道。


 いつもと同じ道。


 同じように歩いているのに、


 なぜか、さっきのやり取りだけ、

 うまく消えない。


    顔だったのか、

    言い方だったのか、

    わからないけれど。


 ふと、思い出して、


 少しだけ、口が緩む。


   

    なんだか、話したいことがたくさんある。


    貼り付けた丸いシールを

    きれいに剥がそうとした。


    けれど、剥がれそうで剥がれない。


    はしっこだけが

    少し浮いている。


   それをきれいに直そうとして、指で押さえた。


    でも、 きれいな丸じゃなくなった。


    そんな月が、 あかみがかっていた。










    穴の空いた靴下のつま先を縫った。


    洗濯後、かかとの大きな穴を見つけたときチカラが抜けた、捨てようと思った。


    でも、俺がしたのは、また、針に糸を通し、かかとを縫うことだった。


   糸を結び、余った糸を切り、灰皿に捨て、煙草に火をつけた。


    扇風機の風で煙を、ニオイを、遠くまで運んでくれる気がした。


   でも、もう、扇風機の風だけでは、何も運んでくれはしなかった。


   暑さもしのげなくなっていた。









   職場での顔。


   スーパーでの怒りの形相。


   そして、


   改善部屋での笑った顔。








   そういえば、すっかりコンビニでパンを買うのを忘れていた。


   冷蔵庫を開け、明日の朝食べられそうなモノを探す、チョコレートを見つけた。


   晩ごはんを食べてないことに気づいた。


   チョコレートを半分に折り、食べた。


   テーブルの上に落ちたチョコを拭く。


    拭ったあとが薄っすらと紅く滲む。


    あのお月さんみたいだ。


    その時なんでか、


    何度も頭を下げ、周りに申し訳無さそうな表情をみせる、


    おかあちゃんの顔を思い出した。





やぶらこうじのぶらこうじ