雪辱、もう、迷わない | 僕はまたあの蒼い海の夢を見る

僕はまたあの蒼い海の夢を見る

魚と自然を愛する僕の釣行記とか

もう2度とあの魚に出会えないかも知れない

そう絶望さえ悟ってしまうほどの魚だった

思い出すのさえ躊躇ってしまうほどの深い傷跡を、奴は残していった

時間が経てばその辛さも忘れるだろう

だが、この雪辱を忘れぬために、もう2度とこの過ちを繰り返さぬようにここに書き綴る


ここ数日イワシが寄り各地で好釣果が聞かれている

僕もこのチャンスに便乗する形でまずまずの釣果を得ることが出来た

この日もまた海へ魚との出会いを求め、磯へと向かった

その背中には大きなタモを背負って

いつもであれば磯にタモは持っていかないのだが、そろそろデカイのが掛かりそうな気配がしていたので、念のために持っていくことにした

この時までは、タモが自分にとってプラスになる。と信じていた


暗いうちからエントリー

潮位は高いものの、波は穏やかで安全に釣りが出来た

まずは16cmミノーでフルキャストし、全体を探る

だが反応は無く、さらに飛距離の稼げる15cmのファットなミノーにチェンジ、より広範囲を探る

すると時折コツっと小さなバイトがあるが、フッキングしても掛からない

おそらくサイズが小さいのだろう

ルアーのサイズを小さくしようと14cmのスリムなミノーに替えるがバイトも無くなった

このルアーに食わない魚はいらないと考え、ルアーを戻した


しばらく攻めるとミスキャストし、回収しようと早引きで巻いてきたルアーに足元でヒット

60cmほどのシーバスでテールフックに掛かっていた

すぐにランディング体制に入ったが、引き波に飲まれバレてしまった


気を取り直し攻め続ける

ここでルアーを16cmミノーに戻し探りなおす

するとまた小さなバイトが

瞬間的にフッキングすると今度はヒット

ファイトからしてそれほどのサイズではないので強引に寄せる

最後はタモで掬い上げた



予想通り50cmにも満たないシーバス

先ほどからこんなサイズが悪戯していたのだろう

すぐにリリースし、次を狙う


そして、辺りが明るくなり始めたころ、雪辱が訪れた


ミノーを漂わせるようにアクションしていると不意にバイトが

フッキングしファイトするが、重いだけで動かない

それでも巻くと浮いてくるので根掛かりではない

このファイトに、あの魚かもと思う相手がいた

それはヒラメだ

サーフなどで何度か釣っているが、あまり引かずに掛かってもゴミかと思うことが多々あった

もしそうだとしたらこの重量感、とんでもないサイズであるとこは確実だ

慎重にファイトし、ゆっくりと寄せる

そしてようやく浮いてきた魚は予想通りのヒラメ

しかも、デカイ

見たこともないようなモンスターヒラメが僕のルアーを咥えて浮いてきた

今までにヒラメは50cmまでしか釣ったことがない

そこにいるのはその倍近くはあるような、座布団じゃ効かないサイズだ

慎重に間合いを詰め、頼みの綱であるタモに手を伸ばした

タモは65cm枠の大きなものだ

掬おうとヒラメの横まで持ってくる

が、タモに入らない

タモ枠よりも遥かにデカイその相手は65cm枠のタモでも入らない

頭から入れたいが、フックがタモに掛かりそうになるので尻尾からのランディングを試みるが入らない

ふと目線をやるといつの間にかアングラーが遠くからこっちを見ていた

彼に助けてもらうか。その考えが脳裏をよぎった

だが、その考えは捨てやった

自分で掛けた魚だ、自分でケリを付ける


おそらく5分は格闘しただろう

何度となくタモ入れにトライし、何度となく失敗した

磯は波が高くなり、よりランディングを困難にした

左手にロッド、右手にタモを持ち続け、両腕が痙攣しだした

そして、意を決してフックがタモに掛かるの覚悟で頭からのランディングに挑んだ

波に合わせ、掬った


そして全てが終わった


無情にも魚が入る前にタモにフックが掛かってしまった

魚は暴れ、魚はフックから外れ海へ帰っていった


しばらく立ち直れなかった

声も出さず、ただ呆然とタモを見つめていた

ST-56のフックは無残に伸ばされていた

見たこともないサイズなので正確には言えないが、80cmは完全に超えていただろう

悔しさを押し殺し、話しかけてきたアングラーに声を掛けた


「シーバスですよ。70ちょっとくらいじゃないっすかね」



あの魚はどうやったら獲れただろうか

車内でずっと考えていた

あのままタモを使うべきではなかったのか?

ハンドランディングのほうが良かったか?

それともギャフを使うか?

結局、答えなんて出なかった

たらればが無い以上。これだったら獲れたなんて答えはないのだ

それでも、自問自答の末に固まった結論がある


磯でタモはいらない


当然のことのように思えるが、悩みに悩みぬいて出した結論である

タモではそのタモで掬えるサイズまでしか獲れない

自分で獲れるサイズの線引きをしているようなものだ

結果的にタモでもハンドランディングでもバレるものはバレる

ただ、ハンドランディングのほうがデカイ魚を獲れるというだけだ

もし、磯でモンスターを浮かせたとしよう

そんな時、タモがあるとしたら使うか、使わないかと問われた時に僕は使わないと答える

僕以外の人が掬おうとする場合でも磯では拒否するだろう

いつだって信じるものは己自身だ

波に乗せてのハンドランディングを選ぶ

もちろんこれは磯、そしてハンドランディング出来る場所があるのに限る

足場の高い堤防や、降りれない釣り場ならばやむを得ずタモを使うが、極力タモは使いたくない

そもそも自分で掛けた魚を最後タモという道具に頼ろうとすること自体がナンセンスなのかも知れない

もう二度と迷わないために、ここに書き綴っておく


雪辱の後、アングラーに言われた一言が僕の心の傷を舐めてくれた



「デカイ魚ほど上手くいかないよね」