【この記事のポイント】
・名古屋を後にし、快晴の新東名を東進。目指すは往路のジャンク飯を雪辱する「ご当地グルメ」
・NEOPASA浜松「はまきた食堂」でいただく、駿河湾産桜えびと遠州灘産しらすの贅沢三色丼
・「楽器の街」を実感させるMUSIC SPOTの誘惑を振り切り、迫り来る上り渋滞へと舵を切る
妻の実家へと立ち寄って別れを告げ、いよいよ東京への帰路につく時間。
この3日間、すっかり頼もしい相棒となってくれた車に荷物を積み込み、ナビの目的地を自宅へとセットします。
往路の雪辱を胸に、新東名を東へ
黒光りするアルファード。
その姿を見つめながら、往路の記憶が蘇ります。
沼津で新鮮な海の幸を頬張るはずが、港北の焼きそばとファミマのハムカツ、そして足柄の肉まんという「どこでも買える炭水化物祭り」に化けてしまったあの無念。
せめて帰り道くらいは、高速道路ならではの土地の味をきっちり胃袋に収めたいものです。
往路の敗北感を成仏させるべく、東名・新東名の分岐を快調に進み、ピットインしたのがこちらでした。
雲ひとつない青空に映えるNEOPASA浜松(上り線)。
近代的で広々としたサービスエリアに足を踏み入れ、いざリベンジの舞台へと向かいます。
フードコートのソロバン勘定と、駿河湾の海の幸
フードコートに足を踏み入れ、並び立つ看板を品定め。
賑やかな品書きの数々。
名古屋コーチンの鶏三和、浜名湖の鰻、そして中央に店を構える『肉つけうどん&丼ぶり はまきた食堂』か…
ん?
「駿河湾産 桜えびと遠州灘産 釜揚げしらす、まぐろの三色丼」って魅力的じゃないですか。
1,780円と、フードコート飯としてはなかなかに強気な価格設定だけど…
往路が安かったので、復路くらいは少々贅沢しても罰は当たらないでしょう。
食券ボタンを押し、呼び出しベルを握りしめて。
このベルを見るといつも思い出すのは、小さなころの息子の顔です。
突然鳴りだしたベルにビックリ。
泣きそうになりながら、早く消してもらわなきゃと走っていたっけかな。
華やかな紅白のコントラスト。
中央の丼を囲むように、小鉢のひじき煮に味噌汁、そして柴漬け。
整然としたフォーメーションに、焼きそばや肉まんとはひと味違う品格を感じますね。
よし、それではいただきましょう。
山葵醤油を回しかけ、まずは駿河湾の桜えび。
殻の香ばしさがパッと弾け、身の甘みが口いっぱいに広がっていきます。
続く遠州灘の釜揚げしらすは、塩気も柔らかくふんわりとした食感。
そこへとろりとした鮪のたたきが合流することで、丼全体に重層的なコクが生まれる仕掛け。
「新東名らしい土地の味を食べた」という確かな実感。
これを噛み締めることができ、胃袋を通じてこの情報が伝達された脳も大満足。
往路の無念、完全成仏です。
楽器の街の誘惑を振り切り、いざ大渋滞の待つ東へ
大満足で食器を返却し、出口へ向かって歩いていると、近未来的な空間が視界に飛び込んできます。
ガラス張りのスタイリッシュなブース、「MUSIC SPOT HAMAMATSU」。
ヤマハや河合楽器、ローランドを擁する「世界の楽器首都・浜松」ならではの展示・体験スペースです。
ヘッドホンや音響機器、電子ピアノが並び、音と戯れることができる仕掛けなんだそうですけどね。
ふと腕時計に目を落とすと時刻は正午過ぎ、こんなところでのんびりしている場合じゃない。
後ろ髪を引かれつつも足早に駐車場へと戻り、アルファードのエンジンスターターを押すことにしました。
理性を保ったおかげで帰路は渋滞もなく、と言いたいところでしたけど、現実はそう甘くはない。
そんな様子は、明日の記事でお届けすることにします。
【おまけのワンポイント】
浜松がなぜ「楽器の街」になったのか。その原点は1887年(明治20年)、浜松尋常小学校のアメリカ製オルガンが故障した際、医療機器の修理技師だった山葉寅楠(やまは・とらくす)が修理を依頼されたことに始まります。構造の面白さに感銘を受けた山葉は自力でオルガンを複製・製作し、これが現在のヤマハ創業へと繋がりました。その後、河合楽器やローランドなども浜松に拠点を置き、今や世界シェアトップクラスの楽器産業集積地となっています。NEOPASA浜松上り線に設けられたMUSIC SPOTは、そんな浜松のDNAを高速道路利用者に体感してもらうためのユニークなアンテナスペースです。





