【この記事のポイント】
・初夏の雲雀ヶ原に集う四百騎の騎馬武者と、爆走する甲冑競馬の圧倒的な熱量
・厳しい帰宅作戦を踏破するための、合理的な「兵站」としての味噌焼きおにぎり
・荒ぶる馬たちと、限られたスペースを譲り合う人間たちが織りなす中庸の調和


全騎が入場を終えると、雲雀ヶ原祭場地は騎馬武者だらけに。



参加総勢は400騎。
これほどの騎馬が一同に集う光景は、日本最大級のスケールを誇ります。


集結する騎馬武者たちは、旧相馬藩の領地に基づいた五つの郷(宇多、北、中ノ、小高、標葉)の騎馬会に分かれているんだとか。
それぞれのプライドを胸にこの平原へと集う様子は、まさに戦国絵巻そのもの。
螺貝の音が響き、旗印が風になびくのを見ていると、一気に歴史の渦中に引き込まれます。


相馬野馬追は、かつて7月の酷暑に耐える荒行だったとのこと。
安全への配慮から、2024年より5月開催へと移行したんだそうです。


伝統の重みはそのまま、初夏の爽やかな風を切り裂いて進む馬たちの息遣いがここまで聞こえてくるかのようですね。



さて、腹が減っては戦はできぬ。


時刻は11:15過ぎ、先ほど下に降りた際に購入してきた味噌焼きおにぎり。
これを息子と一つずつ頬張ります。


うん。
炭火で焦げた味噌の香ばしさに、初夏の風に乗って鼻腔をくすぐられるような。


ガブリと一口、外は炭火の熱を吸ってパリッと香ばしく、中はふっくらとした米の甘みがじんわりと。
思わず、これで日本酒が一杯やれたらなぁ、なんて不埒な考えが頭をよぎるんですけど…


実はこの時間に軽く食べておくというのは、この後の「帰宅作戦」を勝ち抜くための重要な戦術なんです。
以下、わが軍の作戦要項をまとめておきましょう。


・最終目的:14:50原ノ町駅発の臨時特別列車「相馬野馬追2号」への無血乗車。
・戦略目標:乗車前に「相馬のお土産確保」および「いかにも浜通りらしい昼食補給」という二大任務の完全遂行。


この二大任務を短時間で同時達成するには、「道の駅南相馬」の包囲・到達がベストな選択肢。
しかし、道の駅までは雲雀ヶ原祭場地から4km弱あり、徒歩では約40分の強行軍を強いられます。


さらに道の駅から駅まで、1.5kmで15分ほど。
余裕を持って14:30に駅に滑り込むとして、逆算で行軍計画を組み立てます。


13:00 雲雀ヶ原祭場地より撤退開始
13:40 道の駅に到達
(昼食補給と土産確保:猶予は35分)
14:15 道の駅より離脱
14:30 原ノ町駅帰還


そう、逆算すると、13:40までまともな食料補給にはありつけないんですよね。
その上、4kmを踏破するための移動エネルギーも確保しておく必要がある。
13:40まで、飢餓の恐怖に晒されながら強行軍を行うなど、わが軍の兵力(スタミナ)が保つはずないだろうなと。


このタイミングでの味噌焼きおにぎり投入は、単なる食欲に負けた結果ではない。
飢餓の防波堤であり、極めて理にかなった「兵站(ロジスティクス)」の確保なんですw



さて、肝心の甲冑競馬が始まったのは、予定より少し遅れて12:15。
このペースだと、13:00開始予定の神旗争奪戦も時間がずれ込むに違いない。


「お〜、すげ〜!」と目を輝かせて盛り上がっている息子に一言。
「いいか、ここを出るのは13:00ジャスト。競馬が盛り上がっている最中だけど、我が軍は出立である。」


息子も心得たもの。
名残惜しさも見せず、素直に頷いて再び目の前の爆走に視線を戻します。
こういう時に余計な抵抗をせず、状況を瞬時に理解してくれるのは実に頼もしいものです。



段取りが決まり、頭の中の整理もすっきり。
改めて甲冑競馬に集中すると、これが凄まじい迫力なんですよ。


出走しているのは、かつてターフを沸かせた元競走馬たちなんだとか。


一度ゲートが開けば、闘争心に火がつくのか。
重い甲冑と武者を背負っているとは思えないスピードで、ダートを爆走していきます。



本来、馬は客観的に競争など好まない草食動物のはず。
なので本能的に前を走る誰かと争うことなど、望まないのではないかなと。


しかし、やはりここに連れてこられるサラブレッドたちの血脈には、「前を走る奴は絶対に許さない」という、何代にもわたる人間のエゴによって磨き上げられた闘争の遺伝子が眠っているのでしょう。


引退して余生を送っているとはいえ、武士の甲冑を背負い、螺貝の音が平原に響き渡った瞬間。
眠っていた野生とプライドが呼び覚まされ、「おい、俺の前にいるあいつを抜かせろ」と魂に火がつく。
そうして時速60kmを超える本能のぶつかり合いが成立しているのだと思うと、なかなか感慨深いものがあります。



引きのポジションから会場全体を。
先ほどまでと比べて、観客の密度が一段と上がっているのがよく分かりますよね。


街中での「お行列」を見届けて戻ってきた人々が加わり、自由席は完全に飽和状態に。
しかし、ここが非常に面白いところなんです。


ダートの上では馬たちが火花を散らすほどの闘争心をむき出しにしているというのに、こちらの観客席には闘争心の「と」の字もなし。
割り込む側も、受け入れる側も、ごく自然に肩をすぼめ、限られたスペースを分け合って寄り添っています。


荒ぶる馬たちと、静かに中庸の調和を保つ人間たち。
同じ「密度の高い集団」でありながら、片や時速60kmで命がけの火花を散らし、片や数センチの隙間を分け合って穏やかに寄り添っている。
この見事な非対称性が実にシュールで、なんだかたまらなく愛おしく思えるのですよね。


こういうささやかな譲り合いに出会えるからこそ、旅の記憶は美味いものと同じくらい、長く心に残るものです。



甲冑競馬は全9レース、最後から2つ目が終わったところで無念のタイムアウト。
さて、これから観客をかき分け、まずは坂の下まで降りなければ。


この作戦行動の続きは、また明日のお楽しみに。


 

 



【おまけのワンポイント】
甲冑競馬で疾走する馬たちの多くは、JRAなどの競馬場で活躍したサラブレッドたち。引退した彼らは相馬の地で大切に飼育され、第二の馬生をここで謳歌しているんだそうです。
彼らが背負うのは騎手だけでなく、約10〜20kgの甲冑、風圧を受ける大きな背旗。時速60kmを超える爆走の中、巨大な空気抵抗を受けながら真っ直ぐ駆け抜ける姿は、物理的にも驚異的なバランスの上に成り立っているようでした。
強風を受け流しつつ、重たい負担を最小限に抑えるための人馬一体のフォームには、厳しい伝統の訓練に裏打ちされた高度な力学的合理性が隠されているんですね。