KWS BBSをお気に入りから削除しました。

別にふとさんと何かあった訳ではないのですが、今後は角松ちゃんとの話は私一人の楽しみします。


山口実

30数年前、女優のジェーンフォンダさんと侃々諤々議論したことがあります。それは、男性と女性が同質ではないとい就いてでした。

所謂フェミニストの私は男女平等と言うことを認めています。しかし、男女は同質ではないのですから、女性は女性特有の資質を世の中の為に活かして欲しいと考えています。女性は男性の真似をしたり、男性の権力者の手先になったりするのではなくて、女性特有の芯のしっかりした優しさで世の中を包んで欲しいと思うのです。

 10年後にジェーンに遭った時、ウーマンリブの闘士が芯のしっかりしたとした優しさを持った女性に成長していました。私は、自分のことを差し置いて、身を削りながら頑張る芯のしっかりした優しい女性が男性優位社会を崩壊から救うのだと考えています。

 この数年ヒラリークリントン女史を尊敬し、彼女の活動を注視していますが、彼女の政治活動は微に入り細に入って、到底男性の政治家には真似の出来ないものがあります。彼女はビル・クリントンを遥かに凌ぐ才能の持ち主だと聞きます。ヒラリーが次期大統領になることを切望します。

 日本にも、そう言った女性リーダーやそれを支える女性の方々が増えることを切望しています。その時、私達男性は優しいアドバイザーになります。

山口実

P.S.このブログにも感情的な書き込みをされる女性の方々がいます。見た目とか表面的な印象で感情的に反応するのではなくて、本質を見抜く目を見につけて頂きたいと考えます。それが、女性自身やこの世の中を救うことに繋がるからです。世論調査の支持率が、嘘だと証明できるような女性パワーに期待しています。

別の記事で経済競争力の上位はスイス、フィンランド、スウェーデン、デンマークだそうです。これらは、皆女性の活躍する福祉国家です。日本も女性が活躍する社会を制度的に作って行くことが肝要だと考えます。http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/kaigai/news/20060927k0000m020122000c.html

CHUNICHI WEB PRESSに「実体なき言葉の怖さ 分かりやすいものほど疑いたい」と言う題の作家田口ランディさんの意見が掲載されています。ご覧下さい。http://www.tokyo-np.co.jp/kokoro/

 先日来私のブログが独断と偏見に満ちていると言うコメントを頂きましたが、私は出来るだけ私と同じ意見を持った方のお話や記事を選んで皆さんに紹介しています。まあ、それらは、私が一人で選ぶしか方法がないで、その点はご理解願いたいと考えます。そして、私がお話していることが偏見であると断定される方も自分自身の心に手を当てて考えて頂きたいと思います。巷で多数意見と言われることに反対したからと言って、「独断と偏見」と断ずるのは、文字通り独断と偏見であると考えます。時々若者を代表しているかのような論調で、勇ましいことを書き込む方がいますが、私はそれが「結局自分の首を絞めることになるのだ」と繰り返し申し上げています。また、コメントに大しては、問題点をしっかり指摘していますし、疑問にも出来る限りお答えしていますから、「逃げている」と言う批判もあたりません。    私達は、今の世の中で「実体のない言葉」に弄ばれて「分かったつもり」になってはいけないと思います。国のリーダーに無批判に追従することは、裸の王様をまた一人作ることになります。対話と言うのは、ただの気持ちの良いキャッチボールではなく、真摯なものであるべきだと考えます。時には、言い争いになることがあるかもしれません。しかし、お互い様の気持ちがあれば、誹謗中傷で終わることはないでしょう。「人のふり見て我がふり直せ。」私も肝に銘じておきます。

山口実

http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006092401000641.html

あの与党がボロ勝ちした小泉劇場選挙は何だったのでしょう。

政治が数あわせだけのパッチワークであれば、改革など望むべくもありません。

ましてや恵まれない婦女子の救済など、後回しにされてしまいます。

私達選挙権を持った国民はしっかり覚醒して選挙に臨まなければなりません。なぜなら、失政で苦しむのは私達自身だからです。

このブログは「NGOのブログで政治について書くのはいけない。」と批判する人々が若者や一般大衆を代表するかのようなコメントを書き込まれます。その方々には「明日は我が身」という言葉を再度肝に銘じて頂きたいと考えます。なぜなら、その人たちは外見の柔らかさや勇ましさや改革と言う言葉に翻弄され、ご自分でご自分の首を絞めているのが、私には良く分かるからです。そんなのは悲しすぎて耐えられません。

 これからの世の中は国民自身が賢くなって自らを救済しなければなりません。それには選挙で、より良い候補者を選ばなければなりません。結果を見て、ブーたれるのではなく、その前に自分の権利と義務を行使しなければなりません。欧米ではそれが選挙の度に起こります。そして、それがよりバランスの取れた政治を可能にしています。

 上記のことは、過激なことでも何でもなく、日本憲法上ごく当たり前のことです。これが、批判されるような世の中が間違っているということに気付く必要があります。

山口実

 東京新聞の本日の「週のはじめに考える」に掲題の社説が掲載されてます。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20060924/col_____sha_____001.shtml

 私達が国際社会で生き抜くためには多様な考えを理解し、多面的な思考力を持つことが必要であると考えます。

偏狭な島国根性に拘っていては、異文化理解は夢のまた夢ではないでしょうか。

 このブログにもいろいろな書き込みがありますが、子供達を守るためには衆智を集めて、力を合わせなければなりません。音楽を始めとする芸術も、スポーツも、政治も、経済も理解し、活用する寛大さがなければ有効な活動は望めません。


山口実

アーミテージ米国務副長官(当時)が2001年の米同時多発テロの直後、米政府がパキスタンの情報長官に対し「対テロ戦に協力しなければ、爆撃を覚悟しろ。石器時代に後戻りすることを覚悟しろ」などと脅迫の言葉を発したという。http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200609220001.html

なんと恐ろしい。テロ(Terror)とは「恐怖」。米政府のやり方は、所謂テロリスト達と変わりがないようです。

テロはテロリストを孤立させてこそ、その対処が可能になると考えます。今のように、誰がテロリストか分からない、テロリストが民衆に紛れ、増殖している状況では解決は望めません。(本当はそれが狙いだったりして。怖い!怖い!)


山口実

 昨日は、秋分の日にも拘わらず、小倉に英語を教えに行きました。教室が閉まっていて、「アアしまった。」

仕方がないので、久しぶりに小倉城を見に行きました。生憎修復工事中でしたが、初秋のお城も雰囲気があってとても良かったです。(僕は白鷺城や烏城など、お城が大好きです。多分DNAが騒ぐのでしょうね。)

 その帰りに目に付いたのが、小倉の一等地に外資が建てている商業ビルです。東京も天神も小倉も、一等地は知らないうちに外資の手中に取り込まれています。国を守ろうと叫んでいる人々が外資に寛大なのはどうしてなのでしょうか?いつも不思議に思います。


山口実

小倉城

ビルの建設現場