この一年間は10数年ぶりに地区の班長が回り番でやってきた。前回の班長業務がトラウマとして記憶に残っているので、常に心のどこかに不安の塊が残っているような感じだった。が、結果としては前回の負担の3分の1程度くらいだったと思う。一番の大きな出来事は、2人の逝去者の弔いだった。同じ班の方が亡くなったら、仕事は二の次ですぐに香典受付、班員への周知などをしなくてはならない。会社員でもだ。この圧力はすさまじい。幸いどちらも思ったより苦労はしなかった。

 集金業務が年頭に一括して行えたのが軽減策として助かった。おかげでお宅にうかがい、ピンポーンをほとんどすることがなかった。神社の業務が多かったが、これもまあなんとかなった。

 家の事では、子供が4年生、5年生になり、勉強が少しずつ難しくなってきた。親が宿題を確認するときも普通にわからん問題もある。それでも2人の成績は優秀。塾にも行ってないのにな。長女は何も習い事をしてないが、マイペースなのでなるにまかせている。長男はサッカーをはじめた。まったくもって下手くそだが、楽しんでやってるからありがたい。僕としては、スポーツは上手になることに意義があると思っていたのだが、これは軽いショックだった。こんなスポーツのやり方もあるのかと。

 2人の体格や性格の違いも少しずつはっきりしてきた。長男はリーダー的なことができるらしい。面談で先生によく言われる。問題が解けない生徒にも親身になって教えているらしい。だが、彼は決して強引に引き寄せたりしない。そこがすごいところだ。長女は静かでおとなしいながら、友達や動物を大事にする。猫を飼い始めたが、その扱いも丁寧そのもの。決められたことは実直にこなし、宿題などはしっかりし、なにより字が綺麗。転校して距離が離れてしまった友人にも手紙を書いている。

 その長女は、今年潰瘍性大腸炎という難病になった。インフルエンザになったときにお腹の調子を崩したのがきっかけで、その後ずっと不調が続く。数か月そのままにしていたが、これは何かあるんじゃないか、とかかりつけを受診し、その後大きな病院を受診して判明した。3週間妻と一緒に入院もした。今は退院できており、普通に通学もできているが、これからはずっと定期薬を飲み、月一の通院が必要となった。

 

 自分のこととしては、正社員として転職した今の仕事が5年目となった。リーダー的な役もまかされ、責任がある業務が増えてきた。後輩育成もまかされているが、うまく対応はできていない。上もやきもきしていると思うが、この辺は合理的配慮を受けつつなんとかやっていくしかない。秋ごろからは苦手な職員が抜けたこともあり、だいぶ仕事がしやすくなった実感を得た。本音でものを言える機会が増えてきたのも大きい。上には「今以上の立場にならないようにしてください」と消極的なことをいっているが、職員不足なこともあるし、厳しいかもしれない。ただし、精神科には相変わらず通院しているし、吃音症状も変動がある。適度に休まないと長期休養になる恐れもあるから心配である。

タイム:7:48:28(キロ6:48)

心拍数:アベ139(最高164)

 

 7時間は切ろうと思っていたが、後半しんどくなりブレーキ。10分かかることもあり、まいった。

 前半は6月にある那岐ピークスの練習で近場のトレイルを走る練習をした。32キロを5時間以内で走るつもりでいたのだが、結果としては14分オーバー。切れなかったらトイレイルラン同好会の代表を辞める覚悟も決めていた。その後自分のふがいなさが嫌になり、サークルも辞めてしまう。

 夏場は近場のマイナーな沢をやり、100か所アブに噛まれたり大変なことになった。秋からはのんびりの山。

 

 

↑開会式の様子

 

 

*ヤマレコはこちら

 

天気:晴れ

気温:7時(-5度)~13時(12度)。

体重:62,7キロ

タイム:6:23:51(キロ5:54)

順位:3位/135人

累積標高:↑1468(公式)*ガーミンでは↑1867

 

〇直近の走行距離

 

8月:243キロ

9月:316キロ

10月:343キロ

11月:202キロ(大会前まで)

 

〇ポイント練習

 

9月29日:午前中15キロPR(キロ4:43)~午後26キロ起伏走(キロ6:12)↑710

10月11日:午前中10キロPR(キロ4:40)~午後35キロ起伏走(キロ5:52)↑580

10月17日:43キロ起伏走(キロ5:48)↑800

10月24日:40キロ起伏走(キロ5:44)↑708

11月12日:ハーフマラソン。キロ4:19。

など。

 

〇装備

 

 

 7時時点で-5度でかなり寒いので、はじめの1,2時間くらいはカッパを着ていこうと思っていた。グローブもメリノウール。キャップも少し保温性があるの。ただ、キャップは邪魔になると思い、はじめから化繊のキャップでいった。ほかの参加者をみるに、8割がズボンをはいていたが、タイムを狙ってる僕は短パン一択。特に下半身に寒さを感じることはなかった。服装で一番気をつかったのは、グローブの着脱。選択。時間が経つにつれ、化繊グローブの出番が増えてくると思いきや、後半の坂道は日当たりに乏しいところが多く、思ったよりもだいぶメリノの世話になった。ただ、50キロ以降は化繊の出番が増え、残り10キロくらいは素手になった。

 ザックについても書いておく。ザックはマーティンウイング6。フロントボトルが苦手な僕は、ハイドレに1リットルの水を入れていった。ポカリは塩分のせいか途中でのみにくくなるのでやめている。40キロくらいのエイドで600mlくらい補給した。ウエストベルトには、ケータイ、干し梅(脚つり防止)、アミノバイタルゼリー4個(10キロにつき1つずつ補給)。サイドポケットにはバナナ2本を入れた。このバナナだけど、どんな状況になっても食べられるものという位置づけで入れていた。固形のものが苦手なので、かといってドロドロのジェルは苦手。でもバナナなら吐き気があるとき以外をのぞけば食べられる。お守りのような意味もあった(実際は45キロを過ぎてから2本とも食べた)。

 

 

 また、ケータイにはあらかじめこのように高低差表が見られるようにしておき、気になったときは随時すぐにみられるようにしておいた。

 

〇戦略

 

 65キロの長丁場を3部に区切って対応することにした。

 

1部:~25キロまで。キロ5:30。山は4つ。

2部:25~55キロ。キロ6:00。山は6つ。

3部:55~65キロ。キロ6:00。山は4つ。

 

 だいたいだけど、こんな感じ。全てがうまくいけば、6時間15分くらいでゴールできるイメージ。なので、6時間22分でゴールした今回は特別不思議なことじゃない。

 この3つの中で、やはり一番の難関と思っていたのは2部。最低点が標高300くらいで、最高点が600くらいなので、300メートル登る。それに加えて山が6つもある。30キロという長い区間なのもあり、ここをどう乗り切るかがキモだった。

 

〇レースの所感

 

 スタート5分前にスタート地点で記念撮影があったが、寒さが気になったので参加せず、マイカーの中で保温につとめた(この時点でマラニックなんてのんびりした雰囲気じゃなくてシリアス)。まずは30番くらいでゆっくり走りはじめるが、あまりに遅いので、すぐに前にでちゃう。15番くらいで様子見。それでも自動的に順位があがっていき、8番くらいである程度固定してきた。上りを別に速く走ってないのに心拍数が早くも150とかでちゃう。昨晩は1時間しか眠れず、そういうのも影響してるのかもしれない。

 10キロ付近から1部の中で一番長い坂道がでてきて、上位陣でも早くも歩く人がでてきて驚く。僕はマイペースで5:45くらいでいく。1時間しか眠れてないけど、ランの調子はまずまずよく、下りでキロ5を切ってしまい「やばい、速すぎる」と声にでちゃうほど。それでも下りをある程度とばす練習はしてきたので、無理におさえることはしなかった。18キロから25キロまではずっと下りなので、たぶんここのラップはキロ5ちょいくらいだと思う。そんなこんなで、1部の25キロ地点までは平均キロ5:29でこれた。

 2部に入ると「ここからは天国だなあ。地獄のような」と一人思いながら走った。坂道も考えようによっちゃ天国だ。それからは次々と坂道の山が牙をむいてきた。傾斜が急な坂も増えてきて、上位陣の中で歩く人や立ち止まる人もでてきた。それまでずっとトップで走っていた人も25キロくらいだろうか、とぼとぼと歩いていた。見るにザックも背負ってない。水分のようなものもないし、丸腰で挑戦しているのかもしれない。2位はたしか女性だった。どうも88キロウルトラの女子優勝者らしく、たしかにその走りからも躍動感が垣間見れた。ただし、その彼女も35キロをすぎたあたりの坂だろうか、一気にペースが落ちてきたので抜かせてもらった。

 そんなこんなで、まさかの僕が暫定で1位になってしまう。気が付いたら1位だった。前にまだ1人2人いるよな?と思っていたが、先導車が「まもなく先頭のランナーがやってきます」というもんだから、確定した。えー! マジで! と心の中では嬉しさと同時に同じくらい戸惑いを感じていた。

 45キロくらいまではまずまず順調だったと思う。しかし、それからは少しずつ調子を崩していく。原因の一端は先導車の「まもなく先頭のランナーがやってきます」だった。この車にのった係員さんは何度も同じ文言を拡声器にいっているのだけど、この言葉を言われるたびにけっこうなストレスを感じることになった。おそらくそれは自分の持病である社交不安症にも関係している。人から見られなくないがために一人で練習している節もある。なのに、目立たせようとしている先導車にかなりのストレスを感じていたようだ。現実ペースにも乱れが生じ、上りを速く走りすぎてしまった。

 40キロの後半からは弱気になり「ここは後ろのランナーに抜いてもらい、しばらくは追わせてもらおう」と本気で思って、不自然にペースを落とした。実際50キロくらいから著名なランナーさんが抜いていき、しばらくはそのあとを追わせてもらう展開になった。しかし、次第に離れていき、55キロくらいからは両足の前ももがつり、本格的にペースダウンすることになる。55キロ時点で平均ペースはキロ5:45。

 第3部のスタートはかなりひどい状態だった。あと10キロしかないのに、「まだ10キロもあるのか」と気持ちがなかなか前向きにならない。「干し梅を何度も食べたのになんで足がつるのかなあ」という疑問もマイナスの方に進んでいた。最後の3キロが一番しんどく、一瞬意識がとびそうになることもあった。吐き気もあるし、けっこうやばい。あと5キロあったらリタイヤだったかもしれない(それか全部歩いてゴール)。

11日:大きな行事があるので、前もって想像しながら動いた。それでも人がいないので臨機応変にやることが求められた。休憩は45分はとれたのでよかった。思ったほど疲れず、残業もほとんどなかったのがよかった。自分の中では上出来。

 

12日:ハーフマラソン。家族3人もついてくる。思ったより雨は降らなかったが寒い。11度。だが、自分には走りやすかった。ランの後は右腕がなぜか痛かった。思ったより元気で、家路についてからも活動。

 

13日:薬のダブルチェックで5秒くらい名前がでてこず苦労した。予期してなかった業務もふられ、一時的にパニック。加えて9時くらいから左すねがズキズキ痛み出した。おそらく昨日のハーフマラソンの影響。きになる。

 

19日:娘がインフルエンザになった。やっぱり。僕は仕事を休まず、妻に休んでもらう。せきがひどく、熱が最高8,3度でたが、それ以外は症状なし。

 

20日:長男の学校での人間関係がけっこう複雑なのか?的な出来事があって夫婦で少し話す。体も大きいし、リーダー的存在なようであまり心配はしてないが、悩みを話してくれない雰囲気がある。そういう悩みを話しやすくさせる空気感をつくりたい。

〇月間走行距離

 

1月:190キロ

2月:233キロ

3月:209キロ

4月:301キロ

5月:287キロ

6月:209キロ

7月:129キロ

8月:243キロ

9月:316キロ

10月:343キロ

11月:277キロ

12月:193キロ

 

合計:2930キロ

 

〇レース

 

3月

出雲くにびきハーフ:1:34:47(キロ4:28)

第2回大庭とこわかトレイルラン(12キロ):1:25:41

37位/65人

 

6月

那岐ピークス(32K):5:14:56

 

11月

第一回帝釈峡マラニック(65キロ):6:23:51(キロ5:54)

順位:3位/135人

日時:2023年11月12日(日)
天候:くもり時々雨、11度(9時時点)、風速1~2メートル
直近の体重:61,7キロ
順位:76位/492人エントリ、年代別28位
ハーフマラソンタイム:1:31:21(キロ4:19)

アベレージ心拍数:156(最大170)

 

〇ラップ

4:19-25-27-38-25

15-15-18-17-10

10-13-20-24-21

25-22-37-20-3:57

3:52

 

〇直近の練習

9/29:15キロPR(キロ4:43)

10/7:15キロPR(キロ4:45)

10/14:2キロ×3本(4:05-14,13-11,11-16)

10/22:10キロPR(キロ4:24)

10/27:400×5本、2分ジョグ繋ぎ(アベ93)

11/3:12キロPR(キロ4:30)

 

〇所感

 

 直近の練習や、当日の雨模様の感じなどから、キロ4:30でいき、1時間33分を切れたらいいなくらいでいこうと思っていた。

 はじめの5キロは上り基調でかつ西の風をもろにあびるらしいので、かなりタイムが落ちると思ったけど、キロ4:38までしか落ちず。風も思ったよりは吹いてない。下りに入ってからは、キロ4:20でいけたらいいなと思っていたが、ペースランナーに使っていたランナーが思ったより速く、7キロ連続で4:20を切っていた。

 12キロからは18キロまで上り基調なので、ここがもちろん踏ん張りどころ。キロ4:45くらいまで落ちる可能性もあったが、ここでも周囲に合わせやすいランナーがいたので、好都合だった。ただ、心拍数は12キロからゴールまで160を超えていた(数字ほどの負荷は感じなかったが)。

 ペースランナーを渡り歩くようにしてぴったりくいついていく作戦が見事あたったが、下りになる最後2~3キロからは飛び出す。体感はあまりスピード感は感じなかったが、キロ4を切っていたらしい。3:57-52と繋ぎゴール。

 中間くらいから小雨は降ったが、走りにはほぼ影響なし。ラップをみたら1年前とかなり似ていてあとからびっくり。自己採点は100点。

 

1日:心配だったので、ソラナックス1錠のんでいく。環境に少し変化があったが、良い方だったのでうまく転んでいけばと思う。

 

2日:「朝食後」を「あさ」と言い換えをすることによってだいぶ楽になった気がするが、自分の中でまだ違和感がある。慣れていけばと思う。行事の準備で2時間残業。

 

3日:妻が休日出勤。なので、子供2人の面倒をみる。燕趙園のイベントに参加したり、バイキングにいったり。子供もだいぶ大きくなってきたので手がかからなくなってきた。25度で暑い。家に帰るとぐったり。2時間も寝てしまう。

 

6日:精神科へ。このごろソラナックス半錠→1錠になっていることを告げる。仕事の不安なども伝える。この前は6週間あいたが、次回は一か月後。

 

7日:今の職場になってはじめて通院介助をする。新鮮だったが、まあまあ疲れた。

 

8日:レクリエーション担当なんて苦手なことをしてしまったが、思ったよりだいぶうまくできた。でも調子にのらないでおこうと思う。別件でかなり肝を冷やすことがあり、いわゆるヒヤリ。

 

10日:行事の準備でなかなかしんどい。午後はさらにしんどくなる。どこまで職場に貢献したらいいのか、匙加減を考えてしまう。

 22キロ起伏走(キロ6:44)。↑481。マーティンウイング6を背負ってゆっくり走る。思ったよりも勾配がある道も安定して走れる。このスタイルでウルトラ本番もいけそう。これに補給食とカッパ、その他のものも含めると少々の重さを感じると思うが、なんとかキロ6は維持したい。

10月16日

 

支援を拒否されることがあり、変わってもらう。仕事で外線を使い、業者に連絡。うまくできたが、ところどころ吃音でる。また、集会の司会をするが、かなり吃音がでて苦しめられた。

 

17日

 

校長先生に吃音啓発のティッシュを370個お渡しする。

 

20日

 

子供の学習発表会に参加する。夫婦別の席に座る。広場恐怖があるので、後ろのすみっこ。

 

21日

 

倉吉駅前で吃音啓発のチラシとティッシュを配る。7名。雨で寒い。10人くらいに配れた。アルプラゾラム半錠のむ。

 

22日

 

第10回天女ウォークに参加。19キロを6時間半かけて歩いた。最高気温23度。めちゃくちゃペースが速く、最後尾になってしまうことが何度か。人付き合いがいくらかあってしんどくなることが少しあり、かえって1時間寝る。

 

26日

 

ダブルチェックの名前と時間がうまく言えないことが増えてきて、不安定になる。しんどいので上司に伝える。

 

28日

 

苦手な人と同じ空間になり、一気に精神不安定になる。ソラナックスのむがいまいち改善せず。夜は子供らが実家に泊まる。

 

30日

 

夜はあれこれあり、仮眠してもいつもの14時に起きれず、16時になった。さらに子供が上着を教室に忘れてしまい、職員玄関から先生に言葉をはっしなければならず苦しい。

 

31日

 

人生で2度目のくさかりをする。天気よく暑いくらい。