
↑開会式の様子

*ヤマレコはこちら。
天気:晴れ
気温:7時(-5度)~13時(12度)。
体重:62,7キロ
タイム:6:23:51(キロ5:54)
順位:3位/135人
累積標高:↑1468(公式)*ガーミンでは↑1867
〇直近の走行距離
8月:243キロ
9月:316キロ
10月:343キロ
11月:202キロ(大会前まで)
〇ポイント練習
9月29日:午前中15キロPR(キロ4:43)~午後26キロ起伏走(キロ6:12)↑710
10月11日:午前中10キロPR(キロ4:40)~午後35キロ起伏走(キロ5:52)↑580
10月17日:43キロ起伏走(キロ5:48)↑800
10月24日:40キロ起伏走(キロ5:44)↑708
11月12日:ハーフマラソン。キロ4:19。
など。
〇装備


7時時点で-5度でかなり寒いので、はじめの1,2時間くらいはカッパを着ていこうと思っていた。グローブもメリノウール。キャップも少し保温性があるの。ただ、キャップは邪魔になると思い、はじめから化繊のキャップでいった。ほかの参加者をみるに、8割がズボンをはいていたが、タイムを狙ってる僕は短パン一択。特に下半身に寒さを感じることはなかった。服装で一番気をつかったのは、グローブの着脱。選択。時間が経つにつれ、化繊グローブの出番が増えてくると思いきや、後半の坂道は日当たりに乏しいところが多く、思ったよりもだいぶメリノの世話になった。ただ、50キロ以降は化繊の出番が増え、残り10キロくらいは素手になった。
ザックについても書いておく。ザックはマーティンウイング6。フロントボトルが苦手な僕は、ハイドレに1リットルの水を入れていった。ポカリは塩分のせいか途中でのみにくくなるのでやめている。40キロくらいのエイドで600mlくらい補給した。ウエストベルトには、ケータイ、干し梅(脚つり防止)、アミノバイタルゼリー4個(10キロにつき1つずつ補給)。サイドポケットにはバナナ2本を入れた。このバナナだけど、どんな状況になっても食べられるものという位置づけで入れていた。固形のものが苦手なので、かといってドロドロのジェルは苦手。でもバナナなら吐き気があるとき以外をのぞけば食べられる。お守りのような意味もあった(実際は45キロを過ぎてから2本とも食べた)。

また、ケータイにはあらかじめこのように高低差表が見られるようにしておき、気になったときは随時すぐにみられるようにしておいた。
〇戦略
65キロの長丁場を3部に区切って対応することにした。
1部:~25キロまで。キロ5:30。山は4つ。
2部:25~55キロ。キロ6:00。山は6つ。
3部:55~65キロ。キロ6:00。山は4つ。
だいたいだけど、こんな感じ。全てがうまくいけば、6時間15分くらいでゴールできるイメージ。なので、6時間22分でゴールした今回は特別不思議なことじゃない。
この3つの中で、やはり一番の難関と思っていたのは2部。最低点が標高300くらいで、最高点が600くらいなので、300メートル登る。それに加えて山が6つもある。30キロという長い区間なのもあり、ここをどう乗り切るかがキモだった。
〇レースの所感
スタート5分前にスタート地点で記念撮影があったが、寒さが気になったので参加せず、マイカーの中で保温につとめた(この時点でマラニックなんてのんびりした雰囲気じゃなくてシリアス)。まずは30番くらいでゆっくり走りはじめるが、あまりに遅いので、すぐに前にでちゃう。15番くらいで様子見。それでも自動的に順位があがっていき、8番くらいである程度固定してきた。上りを別に速く走ってないのに心拍数が早くも150とかでちゃう。昨晩は1時間しか眠れず、そういうのも影響してるのかもしれない。
10キロ付近から1部の中で一番長い坂道がでてきて、上位陣でも早くも歩く人がでてきて驚く。僕はマイペースで5:45くらいでいく。1時間しか眠れてないけど、ランの調子はまずまずよく、下りでキロ5を切ってしまい「やばい、速すぎる」と声にでちゃうほど。それでも下りをある程度とばす練習はしてきたので、無理におさえることはしなかった。18キロから25キロまではずっと下りなので、たぶんここのラップはキロ5ちょいくらいだと思う。そんなこんなで、1部の25キロ地点までは平均キロ5:29でこれた。
2部に入ると「ここからは天国だなあ。地獄のような」と一人思いながら走った。坂道も考えようによっちゃ天国だ。それからは次々と坂道の山が牙をむいてきた。傾斜が急な坂も増えてきて、上位陣の中で歩く人や立ち止まる人もでてきた。それまでずっとトップで走っていた人も25キロくらいだろうか、とぼとぼと歩いていた。見るにザックも背負ってない。水分のようなものもないし、丸腰で挑戦しているのかもしれない。2位はたしか女性だった。どうも88キロウルトラの女子優勝者らしく、たしかにその走りからも躍動感が垣間見れた。ただし、その彼女も35キロをすぎたあたりの坂だろうか、一気にペースが落ちてきたので抜かせてもらった。
そんなこんなで、まさかの僕が暫定で1位になってしまう。気が付いたら1位だった。前にまだ1人2人いるよな?と思っていたが、先導車が「まもなく先頭のランナーがやってきます」というもんだから、確定した。えー! マジで! と心の中では嬉しさと同時に同じくらい戸惑いを感じていた。
45キロくらいまではまずまず順調だったと思う。しかし、それからは少しずつ調子を崩していく。原因の一端は先導車の「まもなく先頭のランナーがやってきます」だった。この車にのった係員さんは何度も同じ文言を拡声器にいっているのだけど、この言葉を言われるたびにけっこうなストレスを感じることになった。おそらくそれは自分の持病である社交不安症にも関係している。人から見られなくないがために一人で練習している節もある。なのに、目立たせようとしている先導車にかなりのストレスを感じていたようだ。現実ペースにも乱れが生じ、上りを速く走りすぎてしまった。
40キロの後半からは弱気になり「ここは後ろのランナーに抜いてもらい、しばらくは追わせてもらおう」と本気で思って、不自然にペースを落とした。実際50キロくらいから著名なランナーさんが抜いていき、しばらくはそのあとを追わせてもらう展開になった。しかし、次第に離れていき、55キロくらいからは両足の前ももがつり、本格的にペースダウンすることになる。55キロ時点で平均ペースはキロ5:45。
第3部のスタートはかなりひどい状態だった。あと10キロしかないのに、「まだ10キロもあるのか」と気持ちがなかなか前向きにならない。「干し梅を何度も食べたのになんで足がつるのかなあ」という疑問もマイナスの方に進んでいた。最後の3キロが一番しんどく、一瞬意識がとびそうになることもあった。吐き気もあるし、けっこうやばい。あと5キロあったらリタイヤだったかもしれない(それか全部歩いてゴール)。