ホンダナンダ ~本だ映画だ何だかんだ~ -2ページ目

松尾芭蕉でパロディ「ちはやふる 奥の細道」

W・C・フラナガン, 小林 信彦
ちはやふる奥の細道

前半は慣れないせいもあってか読みにくかったのですが、後半は芭蕉に焦点があっていたせいかすらすら読めました。

あとがきは余計だった気がします。おもしろいといえばおもしろかったのですが(コラムとか)こういう自己主張と意識の強い人に自作品のことを書かせてはいけないのではと常々思います。森雅裕とか……誤解を受けてこれだけは言っておきたいというのがあるんでしょうけども。 
とりあえず最後にぞくっときました。狂歌がドンっていうインパクトにやられた。よく字のサイズなどをいじっているのは小説と呼べないなんていう意見も見聞きしますが、この衝撃はサイズが大きいからこそ。

パロディだそうですがかなり怖い描写が多いです。まあパロディとコメディとは違うのでアレなんですが…誤解の積み重なりには大爆笑でした。万菊丸て。


ちはやふる奥の細道

大正・昭和の生活「東西味くらべ」



江戸っ子の谷崎潤一郎が東京と京都・大阪の味や風土について記したエッセイ・小説をピックアップしてをまとめた一冊。

大正・昭和初期の東京や京阪の雰囲気がしっとりと味わえます。漆器についての話はとても納得しました。素敵な文章なのでここで紹介せずにぜひ紙媒体で手に取って読んで貰いたいです。日本のよさが胸に染み入ります。

小説は人によって好き嫌いが別れそうですが、不気味で官能的な雰囲気は一見の価値アリです。

装丁も文庫より少し大きいサイズのハードカバーで、より一層味わい深いです。昔のおおらかさもあって、著者本人の狭量さは差し置いても良い本でした。


東西味くらべ

子猫殺し・坂東真砂子のエッセイ「聖アントニオの舌」「愛の迷宮」

最近「子猫殺し」を新聞のエッセイで自白して非難轟々の坂東氏のエッセイを2つ。(子猫殺しについて詳しくはこちら


聖アントニオの舌 」は私が初めて読んだ坂東氏の本です。イタリア関連の本を探していて手にしました。
聖遺物として聖アントニオの舌が保存されている教会の話だったり魔女狩りの話だったり、そうしたイタリアのちょっと怖いものを集めたエッセイです。
イタリアのイメージとしてまず出てくる明るく陽気な人々とはまた違った面が見えてきます。
死国 」なども名前しか知らなかったので、後で著書一覧を見てこういう薄暗い土着的なものが好きな人なのだろうなあと思いました。
基本的な「今時の日本人は…」という姿勢さえなければもっと楽しめたのですが。



愛と心の迷宮―イタリアと日本 」はタイトル通りイタリアで長く暮らした著者がイタリアと日本を比較しているもの。
日本の大石内蔵助に代表される鬱憤を溜めて溜めて爆発するヒーロー像の分析は納得させられました。
敵役が何かひどい事をしてくる
 ↓
じっと辛抱強く耐える(ここで他人の同情が得られる)
 ↓
敵役が遂に悪逆非道な事をしてくる
 ↓
ここまでされては我慢ならぬ、と大義名分をもとに敵役を倒す
という流れ。
私はもとから吉良上野介に同情的だったのでこういう英雄像はどうか、というのに頷きました。
他の部分はあまり覚えていませんが、このくだりは印象深かったです。
でも更に第二次世界対戦にも言及してたのですがそこはちょっと首を傾げたような気もする…(うろ覚えですみません)


どちらもどうかという点もありましたが、納得出来る部分もあったのでこれからも読んでみるつもりだったのですが…
自分の飼い猫が産んだ子猫を崖下に放り投げるという行為は勿論、それを正当化するための文章の矛盾がひどく(「人間がペットに避妊させる権利は無い」←なら殺す権利もないんじゃ…)、更に自分から子猫を殺していると告白しながら「政府には事実関係をしっかり調べて貰いたい」なんて言えるような人が書くものは他も論理性を欠いているのではないでしょうか…
昔の本はともかくとしても(論理性の面において、ですが)、これから先に坂東氏が書いた本は読む気になりません。

妖怪と一緒にお江戸を楽しもう「おまけのこ」

畠中 恵
おまけのこ


しゃばけシリーズ第4弾。

表題作は普段十把ひとからげに「かわいい!」な生物・鳴家の一人(一匹?)をクローズアップしています。ちょっと落ち零れなのがいい味出してます。立ち位置としてはマスコット、もっと言ってしまえばペットのような鳴家の視点からで、児童文学のような趣があります。鳴家ファンには堪りません。
鳴家から見た若旦那が優しくて安心出来て、鳴家と同じように若旦那に甘えたり若旦那を守ったりしたいなーと思わされます。
幼い若旦那と栄吉達の冒険もあって、全体的にいつも以上にほのぼの出来る一冊。


おまけのこ

心強い妖怪達「しゃばけ」

畠中 恵
しゃばけ


江戸+物の怪モノで、時代物は殆ど読んだことが無いのでどんなものかと思っていたらかなり楽しめました。それぞれキャラが好感もてます。

ぬくぬくと育っているが故の悩みや、それでもまっすぐ行動力を示したりして若旦那が主人公でよかったなぁと思います。このぬくぬくと育ったっていうの曲者ですよね。お金が無くて苦しんでいる人も多い中、病弱な大手庄屋の若旦那は両親に過保護に甘やかされて育っています。思うように動けない、両親や手代が過保護すぎる、病弱なのが辛い、でもそんなのは「もっと苦しい人がいる」でばっさり斬られてしまうことすらある悩みです。だからこそ人には言えない。例えば何かで悩んで苦しんでいる時に「でもご飯さえろくに食べられない人だっているんだからあなたは幸せじゃない」って言われたら。そういう無神経な励ましに挫けそうになってる人は共感できるんじゃないでしょうか。そして一太郎はそこでただ悩んだりするのではなく、自分の出来る範囲で頑張ろうとしているからより共感出来るし応援したくなります。
そんな一太郎を支える妖怪達もとても魅力的。兄やの白沢や犬神、鳴家や屏風覗きなど。特に鳴家は表紙の小さなぎょろっとした目の生き物で、マスコットキャラのような感じで可愛らしくて和みます。
文章もライトノベル的なので読みやすく、私が小中学生の頃に読んでいたらきっと江戸時代や妖怪にハマっていたに違いないと思います。きっかけとして最適。小中学生にぜひ読んで欲しい一冊です。


しゃばけ

映画好きの夢?「カイロの紫の薔薇」

カイロの紫のバラ

映画から抜け出てきた登場人物とのラブストーリーと紹介されていて、ラブコメみたいなものかと想像していたら全然違いました。


主人公は辺鄙な田舎町で暴力亭主のもと細々とバイトをして貧しい暮らしを送る、映画だけが唯一の楽しみという主婦。彼女が映画を観ていると、なんとスクリーンの中から俳優が話しかけてくるではありませんか! 

銀幕の中では皆それぞれが意識を持っているそうで、その映画の中の彼はいつも自分を見ているヒロインが気になって仕方なくて出てきたというのです。町の小さな遊園地でデートをしたり映画の中に入ったり、ヒロインは亭主とは似ても似つかぬ憧れのスターと逢瀬を重ねます。それはまるで夢のよう――ですが、勝手に映画の中の人物が抜け出てしまった事で映画界は大騒ぎ。もともとその役柄を演じていた俳優も「自分が演じる役が勝手にスクリーンから抜け出してしまう」という悪評がたってはならないと役柄の自分を説得にやってきます。そして彼は次第に役柄の自分と同じようにヒロインに惹かれてきたと言い、ヒロインに迫ります。二人の間で揺れるヒロイン。


――とまあ、主婦の願望夢物語かと思って気軽に観ていたらかなりシビアで見終わった後は「……」でした。とはいえこれは好みの問題なので、ドタバタはそれなりにおもしろいし好きな人は好きなんだと思います。


カイロの紫のバラ

日本の悪女「歴史をさわがせた女たち 日本篇」

日本に絞った悪女モノ。この人の世界篇を昔読んでいて、こちらもふと見かけたので購入しました。でもあまりおもしろくなかったかも…古い本なのでママゴンとか時代を感じさせるものには笑っちゃいましたが。最近新装版が出たのでその辺は修正されているのかも知れません。


ラインナップは
・和泉式部
・淀君
・北条政子
・持統天皇
・清少納言
・出雲のお国
・紫式部
など34人。


上記した人物は有名なのでそれなりに読めますが、そうでない人物にはインパクトが無いから名が残っていないだけという人も多く、世界に比べるとやはりインパクトが弱いのが難点。多分どこの国でも一国だけに絞るとこのレベルになるのでしょうが。

日本に限定した悪女モノはあまり見かけないのでそういう点では読んでみてもいいかも知れません。



歴史をさわがせた女たち 日本篇

子ども達のちいさな冒険「ぼくセザール 10歳半 1m39cm」


フランスって教育が厳しい、というか親や教師が日本より強くて怖いのでしょうか? 以前見たフランス映画でも親が厳しかったので…子どもの言い分を何も聞かずに誤解した上叱りつけるなんてアリ? そりゃあ浮かれて誤解を訂正しなかった部分もセザールにはあるだろうけど、セザールが悪いわけじゃないし。単なる創作上の表現だとは思いますが。


映画の方は過激な発言(というか下ネタ方向に過激)なのも多くて、これを子どもに言わせるんだ…と思いました。これも文化の違いなんでしょうか。でも吹き替えでは普通に日本人の子どもが言ってるわけで、子役も大変です。プロだなぁ。
私から見るとちょっと汚かったり子どもがそんな事知ってるの!?とかおしゃれすぎる気がするとかあるんですけど、でもあっちの小学生として考えたらこんな子どももいるのかなと思わされます。


そして小説にしても映画にしても最後になって10歳半の男の子に人生について語られても…という感じ。女の子が親友よりセザールを選んだ理由がよく分からなかったので、出来損ないだったボクだけど彼女が出来ました!やっぱ人生捨てたもんじゃない!とか言われても困ります。


でも映画の方は映像が綺麗で、それだけでも十分楽しめました。最初の傘と最後の風船の対比が物語として素敵。海を渡るくだりやお金を調達する時の機転の利かせ方だとか、冒険の部分はドキドキして最高におもしろかったです。小説よりは映画の方がオススメ。



ぼくセザール10歳半 1m39cm スペシャル・エディション (映画)

ぼくセザール10歳半 1m39cm (小説)

円紫さんと私シリーズ「空飛ぶ馬」

北村 薫
空飛ぶ馬

円紫さんと私シリーズの第一弾です。


私はシリーズを順番に読んでおらず、以前読んだ他の話で「私」に対しそれはちょっと…と思ったことがあったのですが、これが一番「それはちょっと…」でした。まさかシリーズ第一作が最も効くとは。


勿論描写や日常の謎においてはさすがと唸るところがたくさんあります。


が、文章に時々作者を感じるのがひっかかります。

「私」の、メイクしている子に対しての感想なんて顕著です。それが上記の「それはちょっと…」なんです。「私」がメイクしない理由は「父が本心ではメイクすることを望んでいないから」だそうです。

作者の理想の娘像を見せられた気分というか、何か色んな意味で嫌です…

まさに「羞じらい」という言葉が似合う潔癖な女性を書くのは本当に上手いと思うのですが、これだけは受け付けられません。

こう感じるのは主人公と同世代だからこそかも知れませんね。作者と同じ世代の男性からしたらどう感じるのか聞いてみたいものです。


北村 薫:空飛ぶ馬

少女の頃の夢「美女と野獣」

ボーモン夫人, 鈴木 豊
美女と野獣

「美女と野獣」はじめボーモン夫人の童話がいくつも収録された短編集です。

訓話的なところばかりが目に付いていてしばらく放っていたのを読了。子供に聞かせる寓話としても教訓が鼻につきます。一つ一つの話をもっと膨らませて中篇にしてもおもしろそうなんだけどな。

レヴェイエがちょっと可愛かった(笑)。


表題作はやっぱり好きです。お屋敷の素敵な家具が自分の思う通りに動いてくれて、本は読み放題……小さい頃に読んでうっとりしたものです。

相手が愛情を持ってくれている上に、それを表す品物まで持っているという…理想的な環境です。そりゃ外見が多少不自由なくらい目を瞑りますよ。あ、違った美しい愛の話ですこれは。野獣の濃やかな心遣いと、愛に慣れていないが故の不器用さが本当に愛おしい。

幼い頃に読んだのは多分子ども向けに改変されたものだと思うのですが、根本のエピソードひとつひとつから浮かぶ情景が綺麗で大好きな一作。


ディズニーでも王子様の中では野獣が一二を争うほど好きです。ほんと可愛い。王子様に戻った時もがっしりしてて、なのに心はああっていうのがまた可愛い。今度ディズニー映画の感想も書こうっと。


美女と野獣