事業を行う上で重要なことは信念を曲げないことだ。
しかし、信念を曲げないというのは本当に難しい。
本当に喜ばれることと不幸にしてしまうことは表裏一体であるからだ。
一体何を言っているのだろう?と思うだろう。
人を手助けして喜ばれればいいじゃないか、不幸になる人なんかいるのか?
実はいるのである。
しかし、それを知ったとしても、自分の目指す世界はその先にあるのであるから曲げてはいけない。
分かりずらいので、たまにはフィクションの作文でもしよう。
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ある主人公が不動産収入で悠々自適な暮らしができるようになり、何か社会貢献をしようと
考えた。
自分の物件の空テナントで商売を社会貢献性の強く打ち出したことしようと考えた。
主人公は、この物価高だから、農作物を買ってきて利益を乗せずに販売をした。
お店で働く人の人件費も不動産収益で補填して運営した。
周りの相場の半額程度で販売できたので、またたく間に世間で評判になり、多くの人でにぎわった。
順調に同じビジネスモデルで3店舗目を出店したころのことだ。
手紙が届いた。
その内容は「お前のせいで、うちのスーパーがつぶれた。家族離散だ」と書いてある。
それも1通や2通ではない。
その時に気づいたのである。
自分は良かれと思って、していたことが社会貢献ではなく、人の温和な生活を壊していた
ということだ。
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どうだろう。
良いことをしているようで、実はそうでない人もいるのだ。
貧困国への寄付も実は同じ現象がある。
最貧国へ送る物を市場から買うのだから、市場では物価が上がる。
それまでギリギリで食べれていた貧困国の人はその物価上昇で食べ物が買えず
飢えてしまう。
こういうことだってあるのだ。
しかし、我々は偽善と言われようとも信念に基づいて寄付をするし、助け合いをする。
結局つまるところ、自己満足なのかもしれない。