師走になると思い出す。
小生の父親は厳格、、、というか家庭では、超ワンマンオヤジでした。そんな父親が大晦日にとある事件を起こしたことがあります。
あれは小生が8歳くらいの頃の12月31日の出来事。大みそかのテレビ番組といえば『NHK紅白歌合戦』。当時中学2年生くらいだった姉貴は大そう楽しみしていたようだった。
そんな姉貴の姿が、父親の目には『テレビに囚われているアホガキ』と映ったらしい。
姉貴の楽しみにしていた『NHK紅白歌合戦』がいざ始まらんとする夜の9時。
父親はテレビのチャンネルをNHKではなく別の番組にチャンネルを回した(ココが大切で、当時のテレビのチャンネルというのは、リモコンなどではもちろんないしプッシュボタン式でもなく、ガチャガチャと回してチャンネルを切り替えるものでした)。
『紅白歌合戦』を楽しみにしていた姉貴は、猛抗議。
厳しかった父親をモノともせず猛抗議をし始めた。
父親はちょっと意地悪な気持ちと、テレビ番組なんぞに心を奪われているその姿が気にいらなかったのでしょう。
姉貴を一喝したあとに父親が起こした、大晦日の夜の恐るべき行動。
テレビのチャンネルを引っこ抜き、当時住んでいた集合住宅の窓から、眼下に広がる闇夜に向かって、引っこ抜いたテレビのチャンネルを放り投げてしまったのだ。
チャンネルの引っこ抜かれたテレビでは、映し出す番組の切り替えが不可能になり、ずーっと同じテレビ局の番組が映し出させているのみ。
『恐るべし、わが父親』と、大してテレビなんぞに興味のなかった小生であるが、そのワンマンな行動を畏敬の念で眺めておりました。
元旦の朝から、『テレビのチャンネル、チャンネル、、、』と呟きながら、母親、姉貴ともどもテレビのチャンネルつまみ部品を探したのでした。
今から思えば、せっかく家族全員が顔をそろえている大晦日の夜、、1年を振り返る家族の会話なんてものより、テレビ、テレビと騒ぐ娘のアホさ加減に怒り心頭したのであろう。
それにしても、大晦日の夜にテレビのチャンネルをベランダから思い切り闇夜に放り投げる父親ってのもどうなんだろうか。さぞかしスッキリしただろうな、、、、なんて思いますな。
そして、時は流れて、、、、、
父親がチャンネルを闇夜に掘り投げてから40年近い時間が経過し、元旦の朝からチャンネル探しに奔走していたガキだった小生が、今では子供3人の父の役割を担っている。
テレビは進化し、ガチャガチャ回すチャンネルは、リモコンに取って代わっている。ハードディスク録画なんてのができて、録画しておいたテレビ番組を瞬時に検索できるし、100時間程度のテレビ番組がキレイな画質のまま録画できて便利この上ない。
小生も父親の影響かテレビ番組ほとんど見ないに等しい。しかし、我が家の子供らには難しいと思っていたテレビ番組録画の方法もあっという間に習得し、ドンドンと録画するようになっていった。簡単、便利になるというのは人間を堕落の道にいとも簡単に導く。とにかくテレビを録画しておく、、なんていう傾向は我が家の子供らにも浸透してきて、とにかくちょっと見たいと思ったテレビ番組は録画しておいておくようになり、あっという間に100時間のHDDの容量が一杯になるほどテレビ番組が録画されるうようになってきた。さらには、1度見た番組をデータ消去することなく、繰り返し見るなんていう姿も見られるようになり、我が家の3人も『テレビに囚われている子供』になりつつあったので、厳重注意を何度かしたことがありました。『便利になったテレビに自分の時間を支配されるな』と彼らに繰り返して言ってきたつもりなのですが、、、、、
そして今朝、娘は早朝6時30分から部活動に出かけ、次男はサッカーの試合に行くべしと準備し、小生は朝飯を食べ、妻は次男を送り届ける準備やら家事やらでバタバタし、ひとり長男だけが録画してあったテレビ番組を眺めておりました。ちょっとイライラモードの入っていた妻は、長男が自宅でひとりになった時にやるべき事の指示をしておりました。
1度見たはずのテレビ番組の録画をあらためて必死に見ている長男。妻の声は耳に届いていない様子だった。妻がイライラして『ねえ、ちょっと聞いているっ!』と声をかけても、その言葉さえも聞いていない。
『許せんっ! 成敗の時がやってきた!』
妻と長男のやりとりを眺めながら朝飯を食べていた小生でしたが、心の中が『織田信長モード』に切り替わりました。長男を名を大声で叫び、彼が振り向くやいなや、愛の拳を彼の額にやや控えめに一発。よく父親にビンタを食らっていたせいか、こういう時に小生は、思いっきり子供を張り飛ばすことはしないのである。母親の話に返事もしない態度を諌め、テレビが生活の中心になっている生活態度を叱った。
ビビりながら頷き、涙を浮かべ反省した様子を見せる長男。
が、しかし、冷徹な判決文を小生は読み上げた。
『判決、過去にハードディスク録画したテレビ番組をすべて消去せよ』
番組消去の刑は即時執行された。
涙を浮かべながら、録りためた番組がすべて消去されていくテレビ画面を眺める長男。
繰り返し彼らに言ってきた言葉を、あらためて裁判長である小生が述べる。
『意味なくテレビを眺めるのはヤメロ。お前たちはテレビを見ているのではなく、テレビに見させられている。便利になったテレビに完全に生活のリズムを侵されている』
激昂して怒鳴ったものの小生の心のなかは案外と冷静でした。
その時に小生の脳裏に走ったものは、38年前の大晦日の夜にテレビのチャンネルを闇夜に放り投げた父親の姿でした。
ああっ、きっと父親もこんな気持ちであったのだろうな。
世の中が便利になり、モノに心を奪われて、家族の対話がなくなっていくことが許せなかったのだろうと。
モノとココロ、、、38年前の父親の姿を自分を重ね合わせながら、通勤電車の車窓から流れゆく風景と師走の曇り空を眺めた今朝なのでした。
小生の父親は厳格、、、というか家庭では、超ワンマンオヤジでした。そんな父親が大晦日にとある事件を起こしたことがあります。
あれは小生が8歳くらいの頃の12月31日の出来事。大みそかのテレビ番組といえば『NHK紅白歌合戦』。当時中学2年生くらいだった姉貴は大そう楽しみしていたようだった。
そんな姉貴の姿が、父親の目には『テレビに囚われているアホガキ』と映ったらしい。
姉貴の楽しみにしていた『NHK紅白歌合戦』がいざ始まらんとする夜の9時。
父親はテレビのチャンネルをNHKではなく別の番組にチャンネルを回した(ココが大切で、当時のテレビのチャンネルというのは、リモコンなどではもちろんないしプッシュボタン式でもなく、ガチャガチャと回してチャンネルを切り替えるものでした)。
『紅白歌合戦』を楽しみにしていた姉貴は、猛抗議。
厳しかった父親をモノともせず猛抗議をし始めた。
父親はちょっと意地悪な気持ちと、テレビ番組なんぞに心を奪われているその姿が気にいらなかったのでしょう。
姉貴を一喝したあとに父親が起こした、大晦日の夜の恐るべき行動。
テレビのチャンネルを引っこ抜き、当時住んでいた集合住宅の窓から、眼下に広がる闇夜に向かって、引っこ抜いたテレビのチャンネルを放り投げてしまったのだ。
チャンネルの引っこ抜かれたテレビでは、映し出す番組の切り替えが不可能になり、ずーっと同じテレビ局の番組が映し出させているのみ。
『恐るべし、わが父親』と、大してテレビなんぞに興味のなかった小生であるが、そのワンマンな行動を畏敬の念で眺めておりました。
元旦の朝から、『テレビのチャンネル、チャンネル、、、』と呟きながら、母親、姉貴ともどもテレビのチャンネルつまみ部品を探したのでした。
今から思えば、せっかく家族全員が顔をそろえている大晦日の夜、、1年を振り返る家族の会話なんてものより、テレビ、テレビと騒ぐ娘のアホさ加減に怒り心頭したのであろう。
それにしても、大晦日の夜にテレビのチャンネルをベランダから思い切り闇夜に放り投げる父親ってのもどうなんだろうか。さぞかしスッキリしただろうな、、、、なんて思いますな。
そして、時は流れて、、、、、
父親がチャンネルを闇夜に掘り投げてから40年近い時間が経過し、元旦の朝からチャンネル探しに奔走していたガキだった小生が、今では子供3人の父の役割を担っている。
テレビは進化し、ガチャガチャ回すチャンネルは、リモコンに取って代わっている。ハードディスク録画なんてのができて、録画しておいたテレビ番組を瞬時に検索できるし、100時間程度のテレビ番組がキレイな画質のまま録画できて便利この上ない。
小生も父親の影響かテレビ番組ほとんど見ないに等しい。しかし、我が家の子供らには難しいと思っていたテレビ番組録画の方法もあっという間に習得し、ドンドンと録画するようになっていった。簡単、便利になるというのは人間を堕落の道にいとも簡単に導く。とにかくテレビを録画しておく、、なんていう傾向は我が家の子供らにも浸透してきて、とにかくちょっと見たいと思ったテレビ番組は録画しておいておくようになり、あっという間に100時間のHDDの容量が一杯になるほどテレビ番組が録画されるうようになってきた。さらには、1度見た番組をデータ消去することなく、繰り返し見るなんていう姿も見られるようになり、我が家の3人も『テレビに囚われている子供』になりつつあったので、厳重注意を何度かしたことがありました。『便利になったテレビに自分の時間を支配されるな』と彼らに繰り返して言ってきたつもりなのですが、、、、、
そして今朝、娘は早朝6時30分から部活動に出かけ、次男はサッカーの試合に行くべしと準備し、小生は朝飯を食べ、妻は次男を送り届ける準備やら家事やらでバタバタし、ひとり長男だけが録画してあったテレビ番組を眺めておりました。ちょっとイライラモードの入っていた妻は、長男が自宅でひとりになった時にやるべき事の指示をしておりました。
1度見たはずのテレビ番組の録画をあらためて必死に見ている長男。妻の声は耳に届いていない様子だった。妻がイライラして『ねえ、ちょっと聞いているっ!』と声をかけても、その言葉さえも聞いていない。
『許せんっ! 成敗の時がやってきた!』
妻と長男のやりとりを眺めながら朝飯を食べていた小生でしたが、心の中が『織田信長モード』に切り替わりました。長男を名を大声で叫び、彼が振り向くやいなや、愛の拳を彼の額にやや控えめに一発。よく父親にビンタを食らっていたせいか、こういう時に小生は、思いっきり子供を張り飛ばすことはしないのである。母親の話に返事もしない態度を諌め、テレビが生活の中心になっている生活態度を叱った。
ビビりながら頷き、涙を浮かべ反省した様子を見せる長男。
が、しかし、冷徹な判決文を小生は読み上げた。
『判決、過去にハードディスク録画したテレビ番組をすべて消去せよ』
番組消去の刑は即時執行された。
涙を浮かべながら、録りためた番組がすべて消去されていくテレビ画面を眺める長男。
繰り返し彼らに言ってきた言葉を、あらためて裁判長である小生が述べる。
『意味なくテレビを眺めるのはヤメロ。お前たちはテレビを見ているのではなく、テレビに見させられている。便利になったテレビに完全に生活のリズムを侵されている』
激昂して怒鳴ったものの小生の心のなかは案外と冷静でした。
その時に小生の脳裏に走ったものは、38年前の大晦日の夜にテレビのチャンネルを闇夜に放り投げた父親の姿でした。
ああっ、きっと父親もこんな気持ちであったのだろうな。
世の中が便利になり、モノに心を奪われて、家族の対話がなくなっていくことが許せなかったのだろうと。
モノとココロ、、、38年前の父親の姿を自分を重ね合わせながら、通勤電車の車窓から流れゆく風景と師走の曇り空を眺めた今朝なのでした。